一話「始まりの日」
鏡の前で、改めて制服に袖を通す。
数日前にも一度試着したが、改めて問題がないかを確認してみる。
胸ポケットの校章が目立つ、黒地に白の線が入ったデザイン。
動きやすく機能性に重点を置かれた、着ただけで不思議な感覚があり、戦闘服にもなるのだとか。
少年__片桐将真が、こんな新品の制服を着用しているのには、もちろん訳がある。
「……よし、じゃあ行くか」
そう呟く将真の顔は、少し緊張を帯びていた。
制服同様、支給された腰掛のポーチをつけて、借りていた宿の一室を後にして外へ出る。
快晴の空には、そよ風に揺られて舞い散る桜の花びらまで見て取れた。
誂えたような天候に、思わず将真は苦笑する。
まさに、新学期の始まりに相応しい日だった。
「……ほぁー」
目的地に到着し、校門の前で足を止めた将真は、思わず気の抜けた声を漏らす。
この場所に立つのも二度目だが、数日前とは大きく異なっていた。
その最たるものが、校舎まで続く桜並木。
ここに到着するまではそこまで気にしていなかったが、目の前に花びらが降ってきて、思わずそれを掴み取る。
そうして掌を開いてみると、花びらは淡い光を放っている……ような気がした。
更に視線を先に移せば、大学かと錯覚するほどの広大な敷地の校舎。
実は半分くらいが校舎ではなく学生寮なんだとか。
そして視線を改めて校門に戻す。
そこには、〈日本第一魔術学園〉と記されていた。
第一、という事はそれ以外にも存在するという訳だが、実はその校舎に併設されるように、〈日本第二魔術学園〉もある。
実はこの街__〈日本都市〉にあるのは、この二つの学校だけなのだ。
今日はその、数少ない学園の入学式。
他にも生徒がちらほらと見当たるものの、将真同様のお上りさんのような反応を示す者はひと握りだ。
(……そりゃ元々、田舎者だけどさぁ)
大半の生徒は、その景色を気に止めることも無く校門を通り抜けていく。
改めて少し恥ずかしさを覚えながらも、将真はようやく足を踏み出した。
そして入学式の会場に着いた将真は、ソワソワしながらも席に着く。
周囲には既に多くの生徒たちが席に着いていたが、驚きの余り、将真の目はあちこちに忙しなく動いていた。
(いやまぁ、ファンタジーな世界だとは思ったけど……、めちゃくちゃカラフルだな、染めてんのか?)
何に驚いているのかといえば、そう。髪色だ。そして目の色だ。
将真の髪はありふれているような黒目黒髪で、特徴をあげようにも髪が若干長く跳ねている、程度のものでしかない。
それが他の生徒はどうだろうか。
茶髪や金髪ならまだわからなくもないが、赤や青といった珍しい色だったり、果てはピンクまで。と言ってもどぎついピンクという訳ではなく、桜色と言った感じだが。
とはいえこれが地毛だと言うならば驚きだ。
目の色もまた、カラコンでも入れているかの如き多色さだった。
そんな物珍しい光景に目移りしている間にも、入学式は始まる。
とはいえ、一般的にあるような入学式と比べると内容はだいぶ違うのだが。
大きな違いは、とにかく時間が短い事だ。
一般的な入学式をなぞるような形ではあるが、余分を徹底して省いたかのような、簡略化された式典。
そんな違いを感じていると、式はテンポよく進んでいく。
そうして、終盤で壇上に上がったのは、一人の女性。
眩い程の長い金髪を三つ編みにした、少女と言っても差し支えないような見た目をした女性。
既に一度会い、再会した時には変貌ぶりに思わず目を疑った事を将真は思い出す。
「進級生、及び編入生諸君、私が第一学園の学園長、片桐柚葉だよ。まずは高等部への進級、入学を改めてお祝いすると共に、歓迎させてもらおう。
さて、祝いの席でありながら最初にキツいことを言わせてもらうけど、恐らく卒業時にはここにいる生徒のうち数人……下手をすれば一割程度の生徒は命を落とす事になるでしょう。高等部というのは、〈自警団〉の門下生とも言えるのだから、危険な任務を遂行することも増えてきます」
この時点で平静を保っているのは、恐らく進級生と呼ばれていた生徒たち。
編入生と呼ばれた生徒たちは、柚葉の言葉に多かれ少なかれ動揺を覚えただろう。
将真もその内の一人だ。
(命を落とすって、学生の身でそんな危険に晒されることがあるのか……)
「でもいざと言う時は自警団であったり、それこそ私もサポートして行きたいと思う。危険な任務は増えるけど、だからといって無茶はしないで欲しい。君たちが強く、逞しく成長してくれるのは望むところだけど、だからといって命を失うようなことは事態は望みません。出来ることならば、卒業を迎えた時、ここにいる貴方たちが一人も欠けることなく立ち会えることを願っています」
凛として言い切る柚葉に、生徒たちの表情が引き締まる。
その言葉を最後に、柚葉の祝辞は終わる__そう、思っていたのだが。
生徒たちの反応を見るやいなや、柚葉の雰囲気が凛々しいものから一転、緩んだように穏やかになった。
だが、その口元だけが、何だか妙に悪戯めいた笑みを浮かべている。
「あ、そうそう。この後抜き打ちテストがあるからそのつもりで!」
『…………えぇぇぇ__っ!?』
先程とは打って変わって軽い調子で告げる柚葉に、思わず生徒たちからブーイングの声が上がった。
だがそれも、進級生の生徒たちからであって、何がなにやらわかっていない将真含めた編入生たちは、ポカーンと呆けるばかりであった。
高笑いしながら壇上を去る柚葉からは、ある種の親しみやすさを感じながらも、学園長らしさをどこかに置いてきたような雰囲気も感じさせていた。
その後、数日間は目まぐるしい日々が続いた。
柚葉の宣言通り、高等部一年生には抜き打ちテストが実行された。
その内容は、読み書き算術、この世界における歴史、そして__魔術の基礎知識だ。
抜き打ちテストが終わった翌日は、魔術師向けの身体能力テストと、街の外へと出た時に向けた適応能力テストが二日に分けて行われた。
さすがに疲労を覚えながらも、全て乗りきったその翌日の放課後。
将真は柚葉に呼び出しを受けていた。
「……ねぇ、しょーくん」
「……その呼び方はそろそろやめて欲しいんだけど、姉さん」
「それを言うなら私のことは柚姉って呼んで……いや、今はそんな事はいいの。それより__これよ」
学園長質に呼び出されて、将真の目の前に掲げられたのは、数日間に及ぶテストの結果だった。
「読み書きはよし、算術も文句なし……むしろかなりいいかな? 歴史はまあ、編入生だから仕方ないとして。身体能力テストも、編入生にしては最高クラスかしら。まあ正直、適応能力テストの成績が優秀なのは謎だけど……」
「お、おう……」
「でもね、一個だけ問題があるの。分かるかな?」
「…………」
威圧感を増した柚葉に対し、将真は目を逸らして押し黙る。
柚葉が言いたいこと。
それを理解していた為に、余計に気まずいのだ。
「へー、そっか、黙るんだ。じゃあ敢えて指摘してあげるけど……魔術の成績。これ、どうなってんのよ!?」
「キレられた!?」
(そんな理不尽な!)
将真がそう思うのも無理はない。
柚葉が指摘する魔術の基礎知識のテスト。
その成績が、すこぶる悪いのである。もっと言えば、余裕で赤点の成績だ。
「無理だろ! 歴史にしてもそうだけどテスト勉強もせずにテスト受けろって言われてるようなもんだぞ!?」
「じゃあしてきなさいよ! ちゃんと資料渡したはずよ!」
「何の資料だよ!」
「魔術の基礎知識を学ぶためのものに決まってるでしょ! 制服と一緒にあったでしょうが!」
「ねーよ! 制服とポーチだけだったよ!」
「そんな訳ないでしょ!」
「あのー、姉弟喧嘩なら他所でやってくれません?」
激しい口論を繰り返す二人に、迷惑だと言わんばかりの困惑した声をかけたのは、同席していた少女だ。
少女、といっても柚葉よりは大人びて見えるのだが、柚葉は将真よりも七つ年上だ。
何より制服を着てる事からも柚葉より年下であることは明らかであり、つまりは柚葉の容姿が年齢に比べ幼い、と言うだけの事だ。
ただ、制服の校章に付属するリボンの色は学年ごとに決まっている。
その色から、三年の先輩であることは将真にも理解出来た。
「そうは言うけどねぇ、貴女もこの成績には問題あると思わない?」
「資料がなかったなら仕方が無いのでは? ほら、例年ではないにしても、編入生の手元に資料が届かない事例は無いわけじゃないでしょう?」
「……前から思ってたんだけどそれ、なんで確認して送らないのかな?」
「それは私に言われてもどうしよもないんですけど……」
「……そうね、私が悪かった。将真も悪かったわね、配慮が足りてなかったみたい」
「いや、まあいいけど……」
「ちょっと待ってなさい」
今の今まで激しい口論をしていただけに、急に落ち着かれると調子が狂ってしまう。
将真が口をへの字に曲げていると、柚葉は同席している少女に耳打ちをする。
すると彼女は小さく頷いて部屋から出ていった。
どうしたのかと思って扉の方に目を向けていると、暫くして何かしらの冊子を持って少女は戻ってきた。
「はい」
「あ、どうも……」
「それがさっき言ってた魔術の基礎知識を学ぶための資料。しょーくんには申し訳ないけど、またその内追試って形でテストさせてもらうわ」
「申し訳ないって思うんならその呼び方やめてくれない? 何か子供っぽいだろ」
「子供っぽいもなにも、十年来の再会なんだから、私が知ってる弟って、本当に子供だったんだからしょうがないでしょ」
受け入れなさいと言わんばかりの言葉に、納得いかねぇ、と将真は顔を顰める。
そんな様子を見て、柚葉の雰囲気は少し和らいだ。
「……まあ、本当に悪かったとは思ってるのよ。半ば無理やり、こっちに連れてきたことについても、ね」
「半ば、じゃなくて完全に無理やりだったけどな……」
(まあ過ぎたことだし、どうせ他に目的もなかったからいいんだけどさ)
そんな謝罪を受け取りながらも、将真は学園長室を後にした。
色々と説教を受けはしたものの、将真の心は少し浮き足立っていた。
何せ魔術だ。
空想の産物でしか無かったものが、今、この手で触れる事が出来る。
そして受け取った冊子は、魔術を使えるようになるためのものだ。
楽しみでないはずもない。
改めて勉強して、テストをいい結果で収めれば、柚葉も安心できるだろう。
そんな思いで、早速冊子を開いて__閉じた。
(……どっちにしろ歩き読みしながらで理解出来そうな内容じゃねーな)
諦めてまずは宿に戻ろうと、方針を決めて廊下を歩いていると、不意に物音が聞こえてきた。
ダン、ダン、と。
その音は徐々に大きくなってくる。
何事かと思い、将真は脇道に出て様子を見てみる。
脇道、と思ったがどうやら階段だったらしい。
(校舎デカすぎて未だに全貌がわかんないんだよなぁ)
そんな事を思っていると、ふと、階段から何かが飛び出してきた。
「……は?」
「……うぇ!?」
飛び出してきたのは、一人の少女。
あの物音は、この少女が階段を駆け下りてきた音だったのだ。
そう気づいた時には、既に衝突不可避のところまで二人の距離は詰まっていた。
「ご、ごめんよけ__」
「おあぁぁぁあああっ!?」
「ひゃあぁぁぁっ!?」
勿論、躱せるはずもなく、二人は派手に衝突して絶叫する。
衝突とはいっても、上から降ってくるように突っ込んできた少女と、下で呆然としていた将真とでは訳が違う。
衝突の際に縺れあった結果、少女が将真に馬乗りという、あらぬ誤解を受けそうな体勢になっていた。
「……いってぇ」
「あたた……あっ、ごめんね大丈夫!?」
「な、何とか……そっちは大丈夫か?」
「う、うん……あっ、ごめんね重いよね。すぐにどくから……」
そう言うと、少女はそそくさと将真の上から降り、スカートの裾を払って整え立ち上がる。
ぶつけた後頭部を擦りながらゆっくりと立ち上がった将真は、改めてその少女を見て息を呑んだ。
その容姿は小柄で華奢。
可愛らしい顔立ち。
肌は人並みより少し白いくらいか。
綺麗な銀髪のツーサイドアップで、将真を見上げる瞳は右が蒼色、左が紅色の虹彩異色症。
校章のリボンの色が将真と同じだったから、同級生なのだろうが……驚くほどの美少女だった。
(降ってきたことを除けば、漫画みたいな展開だな……)
そんな考えを振り落とすかのように軽く首を振ると、少女が心配そうに見上げてくる。
「ほ、本当に大丈夫……? ごめんね、ボクのせいで……」
(しかもボクっ娘かよ、初めて見たわ!)
余りの衝撃に思わず声に出してツッコミそうだったが、何とか思い留まった。
気づかれない程度に深呼吸を挟み、将真は苦笑を浮かべる。
「まあ、ちょっと頭はぶつけたけど大丈夫だよ」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
将真の言葉に安堵の表情を浮かべた少女だったが、階段の上から複数の足音が聞こえてくると、肩を揺らして焦りを見せ始めた。
「あ、あわわ、ど、どうしよう……」
「……どうかしたのか?」
「えっと、そのぉ……お、追われてて……」
「へぇ、追われ……は?」
少女の言葉に疑問を浮かべている間にも、足音は近づいてくる。
少女は目に見えて動揺し始めて、その場を後にすることも出来ずに、遂に来訪者と鉢合わせる事となる。
現れたのは三人組の少年。
制服を着ている以上、同じ学生なのだろう。
そして校章のリボンの色は、二年生を示すものだった。
「やっと追いついたよ、何もそこまで逃げることないだろう?」
「あ? なんだそいつ」
一人は親しみやすそうに少女に対して声をかけるが、少女は顔を引き攣らせて一歩下がる。
対して別の少年は将真を見るやいなや、高圧的に睨みつけていた。
(……なんか厄介事に巻き込まれたかなぁ)
面倒臭いと思いながらも、こうなっては見過ごすのも難しい。
意を決して、将真は少女を背に庇うようにして立つ。
「えーっと、先輩方? 何用かは知らないですけど、彼女、嫌がってるみたいですし、やめてあげては?」
「……ふーん、先輩だって理解してるのに、僕らのやることに意見しようって?」
「まあ、この場合上下関係はなしでいいかなって。相手が嫌がってるのに、無理やり詰め寄るのはよくないと思うんですけど?」
「随分強気じゃねーの? ……見ない顔だな、もしかして編入生か?」
「え? ……まあ、そうだけ、どっ!?」
質問に答えると同時、三人組の一人が将真を蹴り飛ばす。
あまりに急だった為に、将真も踏ん張ることが出来ずに尻もちを着いた。
(いや、ちょっと待て。何だ今の力!? わかってても踏ん張れたか!?)
正直、自分の力には少なからず自信があっただけに、いくら急であっても明確な力負けをした事に驚いていた。
それに蹴られた部分もじわじわと痛む。
「だ、大丈夫っ!?」
「おいおい、進級生ならまだしも、よりによって編入生が口出しだと!? 図に乗るなよクソガキが……」
元々、感じの悪い少年の態度が、明らかに敵意のあるものに変わった。
更に残る二人の少年も同様に、将真を見る目が変わる。
明らかに、侮蔑が混じったものへと。
いきなり敵意を剥き出しにされ、かつ暴力に訴えられれば、将真とて平静ではいられない。
元より、人並みより気は短い方なのだ。
「クソガキって……一つしか変わらないだろ。編入生だったらなんだって言うんだよ……!」
「ろくに魔術も知らねぇやつが、同じ校舎に立っていることすら虫唾が走る。痛い目見たくなかったらべそかいて帰んだな」
「……こっちが下手にでてりゃ、訳分かんねーことばっか言いやがって」
将真の怒りは限界に達しかけて、今にも飛びかからんと言うほどだった。
ちょっと少女を庇おうとしていただけのはずだが、頭に血が上ってその事すら頭から飛びかけていた。
今さっき、明確に力負けしていたことも。
そして、視界の端で少女が不安そうな表情でオロオロと慌てている事にも気づかずに。
将真の態度が気に入らなかったのだろう。
少年の一人が前に出て、将真と睨み合いながら足を前に進める。
「いいぜ新入り、先輩に対する口の利き方を教えてやフブッ!?」
「……は?」
一触即発。
いつ喧嘩が起きてもおかしくないという状況で、急に少年の姿がブレ、廊下の端まで吹っ飛ばされていった。
それだけでは済まず、少年は壁に強くたたきつけられてぐったりと倒れ込む。
割って入る影があったことに気がついたのは、その光景を呆然と見送ってすぐだった。
どうやら彼らと同じく二年生の生徒で、柚葉よりも僅かに赤みがかった金髪をサイドテールに結んだ少女が蹴りを放ったようだ。
その後ろには、二人の少女がついている。
「あ、榛名さん……」
「ったく、ほんと編入生に絡むバカが減らないな。いい加減恥さらしを自覚しろバカタレ」
見目麗しい容姿とは裏腹に、口調は男勝りという違和感この上ない少女。
今の呟きを聞く限り、榛名という名前のようだ。
榛名は次いで、吹っ飛ばされた少年の友人たちを睨み上げる。
「お前らが一番編入生への絡みが多いんだぞ、わかってるのか? 気持ちは分からなくもないが、編入生たちにはなんの罪もない。気に入らないってならアタシが相手してやるよ」
「い、いや、やめておこう。君たちと戦って僕らが無事で済むとは思えない」
「……その程度の判断をする冷静さは残ってたか。まあそれでも連行はするけどな。ほら、学園長の前に引っ張り出してやるから」
「ぼ、僕らが悪かったから、勘弁してくれないかな?」
「冗談。説教されても治らないやつには、きつい叱責を与えるように進言するくらいならしてやるよ」
呆然とする将真たちに、榛名は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべる。
尤もそれは、将真の背後の少女に向けられているようだったが。
「……悪かったな、アタシの同期がバカやらかして」
「……いや、まあ、ちゃんと罰されるなら文句はない、ですけど……」
「ならいい。お前には悪いとは思うけど、今後もこういう絡みはどうしてもある。アタシとしても頭が痛い話だけどな、それだけ覚えといてくれ」
「りょ、了解です……」
「ん、じゃあな」
そう言うと榛名は、二人の少年の首根っこを掴み、ズルズルと引き摺っていく。
将真たちは、その様子を見ながら立ち尽くすことしか出来なかった。
「えっと、改めてごめんね? 巻き込んじゃって……」
先輩たちの姿が見えなくなって、将真たちは我を取り戻した。
その後すぐに、少女が申し訳なさそうに視線を落とす。
「まあ、先輩のお陰で何事もなく解決したし……それに俺もちょっと頭に血が上ってキレそうだったし」
「それは……しょうがないと思う」
同意してくれたことにありがたいと思いながら、少女に向き直ると、目が合って思わず、揃って苦笑をうかべた。
すると、少女が気がついたように視線を落として、指をさしながら素朴な疑問を投げかける。
「ところでその……、ぐしゃぐしゃの冊子は……」
「ん? ……おあぁぁぁあ!?」
つられて視線を落とした将真は、思わず絶叫した。
柚葉から貰った魔術の資料が、しりもちを着いた反動か、指摘通りぐしゃぐしゃになっていたのだ。
流石に資料が使えなくて勉強出来ませんでした、なんて話は通らないだろう。だが、よく見ればぐしゃぐしゃになってるだけでなく破れてる箇所も見受けられる。
どうすべきか悩んでいると、少女は首を傾げてその様子を見ていた。
「えっと、なんでその冊子持ってたの?」
「……支給されてなくて、追試のために渡されたんだけどな」
「あー、そっか……。編入生だもんね、そういう事もあるよ」
少女もまた、将真と同じように悩ましげな表情を浮かべている。
巻き込んだ事を申し訳なく思ってくれているのかもしれないが、悪いのは明らかにさっきの三人組なので、彼女が悩むことは無いのだが。
「あっ、そうだ」
すると何を思いついたのか、少女は両手を合わせて顔を上げる。
将真は、何となく嫌な予感がしていた。
「お礼とお詫び。ボクが教えてあげるよ! 資料も持ってるし!」
「……マジで?」
嫌な予感は的中した。
知り合ったばかりの男子と同じ部屋で、という状況に危機感を覚えないのだろうか。そんな視線を送ってみても、少女は首を傾げるばかりだ。
まあ、将真に彼女を害する意思は毛ほどもないのだが。或いは、図書館とかで勉強するつもりなのだろうか。図書館があるかは知らないが。
(……でもその方が効率よく勉強出来る、か?)
「……わかった。じゃあそれでお願いするよ」
「うん、任せて! ……えっと、そういえば自己紹介がまだだったね」
そう言えば忘れていた。
ゴタゴタしていて、将真も完全に忘れていた。
少女は、将真の顔を見上げて、明るい笑みを浮かべて手を差し出す。
「__時雨リンです。よろしくね」
「……俺は、片桐将真だ。こっちこそ、よろしく頼む」
少し躊躇いながらも、将真は差し出された手を握り、リンと握手を交わした。
この世界で、将真に初めて友人ができた瞬間だった。




