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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
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九話「小隊結成」

 虎生との試合の翌日。

 将真は何時もより早くに目を覚ます。

 早々に帰りすぐ体を休めた結果、腕の痛みはかなり引いてきた。それでもまだ、あまり強く力を入れるのは辛いのだが。

 目を覚まし、学園へ行く準備を済ませると、更には部屋に置いていた自分の荷物も可能な限り片付ける。

 近いうちに将真も学園の寮へと移るから、その準備だ。


「__よし、こんなもんかな」


 ある程度片付けると、それでもまだ少し早い時間だった。だが、今日はそれでよかった。




 学園への道筋にも慣れ、到着時間は予定より更に少し早くなった。将真のように学園敷地外から通っている生徒は勿論、他の生徒も殆ど見当たらない。

 だが、将真が校舎前に辿り着くと、リンと莉緒が彼の到着を待っていた。


「あっ、おはよう将真くん」

「おはようッス」

「し……、リンも莉緒も早いな……、おはよう」


 今後仲間として活動するのだから親しみを込めて、という莉緒の提案の元、名前で呼び合うことになったのだが、やはりすぐになれるものではなかった。

 学園長室へ寄りたい、という莉緒の呼び出しに応えて、こうして朝早くから出てきたのだが、学園長室へ行くのには理由があった。


 昨日、莉緒が提案した小隊への誘い。

 当然将真はよく分かっておらず、リンも何となく理解している程度のものだったので、莉緒が解説してくれたのだ。


 中等部までは、都市の外での任務は危険すぎて認められていなかった。

 例外的に優秀な生徒だけが、学園長と自警団上層部のお墨付きの教師、或いは自警団員のお目付け役があって初めて可能な都市の外での任務は、高等部になって漸く解禁される。

 だが、解禁されても外への任務に出るには条件がある。その一つが小隊チームの編成だ。

 一人ソロは学生にはあまりに危険で、自警団員ですら基本は三人一組スリーマンセルの小隊で行動する。

 高等部の生徒は自警団員見習いのような扱いでもある為に、自警団のやり方に習って同じく三人で小隊を組む必要があるのだ。

 更に高等部は、小隊ごとに寮の部屋が割り当てられているらしい。

 尤も、莉緒の興味は外での任務以外にはなさそうだが。


「元々、明日学校でリンさんを誘おうとは思ってたんスけど、あんな面白い試合もの見せて貰ったら気になっちゃったんスよねぇ」


 莉緒が将真たちを、と言うか将真を誘った理由はそんな所らしい。

 ともあれ、その小隊だが。どうやら学園長の承認が必要なのだそうだ。

 小隊の組み始め時期としては、序列戦の結果が出た次の週、つまり今日からだという話なので、本来その話すらでてない以上早すぎるくらいなのだが、莉緒は朝からずっとソワソワしている。


 将真もあまり人の事は言えないのだが。

 街の外に出られると聞いて思い出したのは、初めて〈裏世界〉に来た時に見た、荒廃した世界。その光景に圧倒されたと同時に、確かに外をもっと見たいとは思っていたのだ。

 魔物なども出るようだが、そこは高位序列の莉緒とリンが一緒ならば問題ないだろう。むしろ有難いくらいだった。


 そんな昨日の話を思い出していると、一行は学園長室前に到着していた。

 ノックをすると、柚葉の返事が聞こえてくる。

 この時間を指定したのだから、莉緒にはいる、という確信があったのだろうが、将真は少し驚いていた。


「失礼するッスよ」

「あら、莉緒じゃない。……後ろは、リンと将真? また変わったメンツね、どうしたの?」


 どうやら、柚葉は莉緒とも顔見知りらしい。今更だが、柚葉の顔はかなり広いようだ。

 そして柚葉はというと、莉緒の後ろの二人に気が付き、その組み合わせに怪訝そうな表情を浮かべている。


「まだ発表はないけど、いち早く小隊の申請に来たッス!」

「え? ……早すぎじゃない?」


 莉緒の勢いに圧倒されたように目を瞬かせる柚葉。

 暫く見つめ合う二人だったが、莉緒の無邪気な視線に苦笑を浮かべて、柚葉は告げる。


「__ダメ。許可できません」

「…………え? えぇぇぇっ!?」


 思いもよらない回答に、莉緒は沈黙の後、悲鳴のような叫び声を上げて詰め寄った。


「なんでッスか!? やっぱり早すぎるからッスか!?」

「それは別に問題ないんだけどねぇ。何でだろうねぇ? というわけで何ででしょう。はい、しょーくん!」

「しょーくん」

「は? 俺?」


 将真の渾名を思わず反芻しながら、莉緒の目が将真の方を向く。

 目が少し血走っていて怖い。


「いやいやいや、なんで俺に振るんだよ! 知るわけないだろ!」

「いいえ違いますぅー、貴方にしか分かりませんよーだ!」


 いつもはいる秘書すら居ない、柚葉の本性を知る身内のような関係の人間しかいない現状で、柚葉がおかしなテンションで将真を指さす。

 言われて、改めて考えてみるも、やはり思いつかなかった将真はお手上げ状態だ。


「……ごめん、やっぱりわかんねー。俺が何かしたのか?」

「逆だよ、逆。やってないでしょ」

「やってない? ……あ、そういう事か」


 柚葉の言葉で、将真は漸くそれに思い至った。

 忙し過ぎて、完全に忘れていた。確かに、まだ終わっていなかった。

 将真と柚葉は、お互いに人差し指を立てて、答えを合わせた。


「「追試」」




 リンと莉緒が覗き込みながらという落ち着かない空間で追試を終えた将真が、何とか及第点を貰えたことで小隊の編成を承認して貰うことが出来た。

 小隊名は〈百期生第一小隊〉となった。単純に小隊の登録を終えた順番がそのままに起用されるようだ。

 基本的には省略されて第一小隊と呼ばれるみたいだが。

 そして第一小隊は、学園長直々に一日休みを言い渡される。

 学生寮に引っ越す為の余裕を作ることが目的で、将真の朝の片付けは、莉緒に予め聞いていてこうなる事がわかっていたからである。


 辿り着いて気がついたのだが、高等部の寮は中等部と比べると小さいようだ。

 それもそのはずで、高等部の寮部屋は小隊ごとで与えられているからだ。そして更には、将真も何度か見ている空間魔法を刻印された扉がある。

 極端な話、壁に取り付けただけで部屋として成り立ってしまう代物なのだから、とんでもない魔法だ。


「……わぁー」


 三人揃って部屋の中に入ると、リンが感嘆の声を漏らす。

 別段、何か変わったところは無い。だが、リンの部屋を見ていた将真はその気持ちが何となくわかった。

 中等部の寮部屋は、安アパートの一室みたいな様子だったが、高等部の寮部屋はマンションの一室のようだったからだ。

 莉緒は莉緒で鼻息を荒くしている。

 まだ知り合って二日目だが、リンとの試合は観ていたし、飄々とした様子しか見ていなかった将真は意外な様子に少しだけ驚く。

 廊下の途中には風呂もトイレもあるようだ。廊下の先にはリビングに続く扉と、各々の部屋に続く扉が三つ。こっちは普通の扉のようだ。

 さらに凄いのは、部屋の中にちゃんと窓があり、時間に応じて日差しが差し込むこともある、という事だ。

 これが普通の部屋ならまだしも、空間魔法で作られた空間のはずだから、この日差しは普通のものではあるまいが。


「それじゃあ部屋割りして、荷物整理始めるッスよ!」

「はーい」

「了解」


 意気揚々と拳を掲げる莉緒を見て、二人は苦笑を浮かべながら応じるのだった。




 __小隊を組んでから、数日が経った。


 莉緒は早く外の任務に出たがっていた。

 それは将真も同じだが、流石に今の将真のまま外に連れ出しても、足手纏いもいい所。

 そこで、時間を見つけてはリンと莉緒の二人掛かりで将真の基礎を鍛え上げていく方針が決まった。


「将真さん、それじゃダメッスよ!」

「そう言われても!」

「あはは……」


 まず最初に手をつけたのは、唯一間隔で掴み取って辛うじて使えると言える武器生成の魔法。正確には〈物質生成魔法〉というのだそうだが。


「これ、本当に使用に耐えるもんなのか? めっちゃ脆いんだけど」

「それは将真さんが下手くそなだけッス」

「オブラートに包んでくれない? 俺、今割とナイーブなんだけど……」


 生成した棒を片手に、少し肩を落とす将真。その目の前では莉緒が手本を見せるように、短刀を生成して見せた。


「さて、どう違うと思います?」

「分からないから困ってんだけど……」

「将真さんって確か竹刀持ってるんスよね。持ってきて貰ってもいいです?」

「……まあ、わかった」


 言われるがままに、部屋から竹刀を持ち出した将真。

 それを受け取ると、莉緒はあまりに自然な動作でその竹刀をへし折った。


「そいっ」

「何すんだお前ぇッ!?」

「何ってほら。竹刀の断面を見せようと思って」

「だからってへし折るか!?」


 何度か買い直しているとはいえ、それなりに愛着のある物を破壊されて、猛然と抗議する将真。

 そんな彼を、へし折った竹刀の断面を見せながら、今後の将真の為だからと宥める莉緒。リンは苦笑を浮かべながら、ちょっと空気になりそうだった。

 悲しいかな、リンより莉緒の方が、教えるのが上手かったのである。


「将真さんに足りないのは魔力制御だけじゃないッス。物質生成魔法は、実際に作ろうとしているものに近づけるためにちゃんとイメージしないと」

「してるつもりなんだけど……、足りないって事か?」

「そうッスね。今の将真さんは、それっぽい型を作ってるだけで中身がスカスカなんスよね」

「なるほど……」


 へし折られた衝撃が抜けきらないまま、将真はその説明に頷く。

 確かに、初めて武器を生成しようとした際、脳裏に過ったのは竹刀だった。但しそれは見た目だけで、その作りまでは考えていなかった。

 真っ当な物を機能するように生成するには、ただ形を思い浮かべて魔力で象るだけでは足りないのだ。


「ただ、正直細かい物をイメージするよりは、それこそ中身がしっかり詰まった棒を生成できるようになれば、武器にはなるッスね。それに虎生さんと試合してた時の技術を形に出来れば、尚いいッス」

「……そう言えば、リンは武器の生成とかしないのか?」

「あっ、うん。ボクは使わないかな」


 空気になりかけていたリンは、急に声をかけられて肩を跳ねさせる。

 リンの武器である、彼女の身長ほどもある長槍。これは、東区の案内の時に紹介された魔道具なのだそうだ。

 魔道具は、魔物から取れるという魔石や素材、魔力を含む鉱石を材料に製造される。

 素材の質が強ければ高性能な物を作ることも可能だ。それこそ魔力で武器を作るよりも。


「リンさんの槍って、アレ実はかなりハイスペックッスよね? 何処であんなものを?」

「えーっと……、柚葉さんに、プレゼントで貰ったものなの」

「あー、なるほど。納得の性能ッス」


 中等部の学生が、何処でそんな高性能な武器を作れるほどの素材を手に入れたのかが気になったのだろう。だが、柚葉の実力であればむしろ取り放題と言ってもいいのではないだろうか。

 尤も、柚葉の実力は又聞き程度にしか知らないのだが。


「まあだからぶっちゃけ、普通の戦闘スタイルならむしろ魔道具用意した方がいいッスね」

「じゃあ今やってる勉強と俺の竹刀がへし折られた意味は?」

「勿論あるッスよ! 当然の話なんスけど、高性能の物であればそれだけお金がかかるッスし」

「……だよなぁ」


 へし折られた事には納得がいかないものの、暫くは自前の魔力で作った方がいいというのは理解した。

 それに使い勝手もいい。それ故に莉緒は、敢えて魔道具を使わないそうだ。

 とにかく、魔術がまだちゃんと使えない以上、武器がなければ話にならない。勿論、武器が生成出来るだけでもダメなのだが、そうして色々教えられながら、数日間を過ごしていた。




 やっていたのは当然、それだけでは無い。

 早朝に起きては、将真は都市の結界の起点となっている山の麓まで走っていく。

 学園の施設がある中央区からはそれなりに距離が離れているものの、ここ数日のうちに身体強化魔法を教えられ、多少使えるようになっていた。

 そのお陰でそう時間がかかり過ぎることも無く、目的地までのいい準備運動になっていた。


 実は一度、リンに連れられてきたこの場所。彼女曰く、鍛錬に丁度いい場所なのだという。

 漸く、最近は生成した武器の中身も伴うようになった。それでもまだかなり脆いが。


 息を整え、棒を構え、目の前に見据えるのは、山の至る所に生い茂る木の内の一本。

 直径一メートルにもなりそうなその幹に、将真は何度も打ち込む。

 初めに寸止めしなくてもいいと聞いた時は驚かされた。魔術師の力で攻撃しようものなら、いくら頑丈そうな木であっても容易く叩き折ってしまうのではないかと思っていたからだ。

 だが、そうはならなかった。


「……くそっ、ダメだ全然折れねー」


 何度も打ち込んだ後、棒が限界を迎えて砕け散る。

 その反動で少しふらつきながら、将真は両手を膝の上に置いて荒い呼吸を繰り返した。

 目の前の木は、傷こそついているものの、すぐに目に見える速度で修復されていく。


 マナプラント。結界の起点となる山に、所狭しと生い茂る木々の名前だ。

 本来は都市の外原産で、魔物になりかけていた木なのだと言う。その性質は非常に頑丈で、更に魔力を吸って再生するようだ。

 その為、将真のような未熟な魔術師が下手に攻撃しても、叩き折る事は愚か、大きく傷を入れることも難しい。


 息が整うのを待ちながら少し休憩を入れる将真は、先にここへ向かったはずのリンの姿を探す。

 無論、同じ場所に来ているとは限らないが、最初に案内された場所と同じなのだから、いる可能性は高かった。

 だが、その姿は見当たらない。

 まあいいか、と思い再び棒を生成し直す。そうして構え直すと、不意に山の奥から物音が聞こえた。

 気になってそちらに意識を逸らすと、徐々に近づいてくるのがわかる。

 そして。


「__ッ!」

「……は?」


 凄まじい勢いで何かが飛び出し、この近辺でも最も幹が太い木を突き破った。

 その勢いを、滑るように着地することで抑えて__リンはゆっくり立ち上がる。


「……うーん、やっぱり最近、ちょっと伸び悩んでるかなぁ」

「…………リン?」

「……あっ、将真くん。早速来たんだね!」


 息を切らしながら、汗を拭うリン。

 その格好は、動きやすそうな半袖のスポーツTシャツに短パンと、ラフな格好だった。

 名前を呼びかけられると、朗らかな笑みを向けたが、呼んだ当人はと言うと、呆気に取られていた。

 今の一瞬、目の前で起きた光景がフラッシュバックする。


(俺が傷をつけるので精一杯だったのに、一際頑丈なやつをぶち抜くかよ……)


 勿論武器の性能もあるだろうが、それを扱うリンも大概だ。例年なら十席レベルと言われている実力は伊達ではない。

 本人に聞いた話だが、入り組んだ森の中を切りつけながら駆け上がり、自警団本部のすぐ側の森が切れる所で折り返し駆け下りる。基礎鍛錬以外にも、そんな鍛錬をこなしているそうだ。

 確かリンの戦闘スタイルは、火力よりも速度に寄っていたはずだが、これではいつになったら追いつけるようになるか分かったものではなかった。


「……スゲーな、おい」

「そうかな? もう何年もやってるから慣れちゃって」

「そうだよな、継続してるんだもんな」


 そう。経験の浅い将真が、そう簡単に強くなるはずがないのだ。

 二度も完膚なきまでに負かされているのだから分かっていたはずだが、今の将真では焦るだけ無駄というものだ。


「ボクはそろそろ戻るけど……、将真くんはどうする?」

「俺はもう少しやってくよ」

「うん、分かった。遅刻はしないようにね」


 そう言うと、リンは槍をしまって駆け足で中央区側へと走っていった。

 これも分かっていたことだが、将真より速い。


(……てか、どこに槍しまってんだ?)


 彼女の手から、一瞬にして消えていったが。そう言えば試合の時も、どこからともなく取り出していた気がする。


「……気にしてもしょうがないか」


 気を取り直した将真は、改めて木に向かい合い、再び打ち込み始めた。




 ここ数日のうちに将真たち以外にも小隊が結成され、寮の部屋が埋まっていくのを感じながら、結成翌日に将真は疑問に思った事を柚葉に問うていた。


「なあ柚葉。幾ら個人の部屋があるって言っても、男女でルームシェアすんのはどうなの?」


 という事である。

 どうも魔力が影響しているのか、男女問わず、そして大人子供問わず、容姿が整っている者が多い〈裏世界〉。

 そんな中で、年頃の男女が同じ部屋で過ごすのだ。間違いが起きる可能性は十分あるはずだ。少なくとも〈表世界〉でリスクのあるルームシェアは考えられない。

 実際、


「まあ確かに、そういう事例はあるけども」


 と言うのが柚葉の話だ。だが、それ以上に都市の方針があるらしい。


「でもむしろ、くっついてくれるならこっちとしては有難いのよねぇ。勿論、節度は守って欲しいけど、〈表世界〉と違ってそんな法律もないし」

「無法地帯過ぎるだろ」


 学生時代に相手をみつけ、早くに結婚し、次の世代を産んでくれるなら万々歳。これが上の考え方なのだそうだ。

 と言うのも、次世代というのはどうにも親世代より優秀である傾向があるらしいからだ。

 当然と言うべきか、あくまで人権を考慮した関係性であるべきだとは考えているらしいが、過激的な考え方をする者もいるにはいるらしい。

 そして相手をみつけるだけでなく、その結果肉体関係に及んでも、その者たちが責任をきちんと果たせるのならば口うるさく言うことはない。


 正直、〈表世界〉の常識が抜けきっていない将真にとっては不安要素だった。

 タダでさえ容姿が整った者が多い中で、リンも莉緒も頭一つ抜けていると言うのに。

 例え間違いが起きずとも、それよりは些細な、だが問題が起きることはあるだろうに。


 そして将真の不安は、鍛錬から帰ってきて見事に的中するのだった。




「「…………」」


 将真とリンが、開かれた扉を挟んで目を見開いていた。お互い、硬直して動けないでいる。

 リンよりも数十分遅れて帰ってきた将真が、汗を流そうと風呂に続く扉を開けたのだが、数日経って、女子との生活という特殊環境に慣れてきたのが良くなかった。

 そう。開ける際にノックを忘れたのである。

 そして熱気と共に将真の視界に入ったのは、鏡の前で髪を拭きながら、一糸纏わぬ姿のリンだったのだ。

 こうして、お互い経験したことのない状況に陥り、脳の処理が追いつかず硬直する現場が出来上がったのである。

 ちなみに、シャワーの音は未だに続いている。リンが締め忘れたという事でなければ、他の使用者がいるはずで。


「__リンさん、なんか静かになりましたけどどうしたんスか……、あっ」


 そしてその使用者は、風呂の扉を開けて脱衣所を覗き込み、しまったというように小さく声を上げる。

 その瞬間、二人の硬直は解けた。


「「__っ!」」


 動き出しはほぼ同時。

 大変なことをしでかした、と気づいた瞬間、将真は土下座を敢行。だが悲しいことに、身体能力で未だ将真を上回るリンに、まして速度で適うはずもなく。


「ごめんなさフブゥッ!?」

「将真くんのバカァ__!!」


 罵倒と共に振り抜かれたタオルが、将真の顔面を強かに打付ける。

 通常なら痛いだけで済むその一撃は、無意識に魔力が込められていたようで、将真の体が軽々と吹き飛び意識を刈りとる。


「あっ……」

「あちゃぁー……」


 顔を真っ赤にしたまま、やり過ぎた、という顔をするリンだが、やってしまったものはしょうがなかった。

 そもそも、将真の自業自得なのだから。

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