プロローグ「斯くて運命は動き出す」
空は曇天。
雨は強く降り頻り、雷鳴すら轟く悪天候。
だが、地上ではそんな悪天候すら嘲笑うかのような、地獄が広がっていた。
それは、血の海とも形容されるべき死屍累々の戦場。
その屍の中には人ならざるものも存在したが、大半は人間のものだった。
そして積み重なる屍を踏み台にするかのように、いくつかの影が立っていた。
中でも、特に禍々しい武装をした男は、何かを片手で掴み、掲げていた。
夜のように暗い空が、稲妻で一瞬照らされる。
男が片手で持ち上げているのは、一人の歳若い女性だった。
少女とも見紛うその顔は、苦悶の表情を浮かべていた。
当然と言えば当然か。
二人の間には大きな体格差があり、女性の方は地に足がついていない。首を掴みあげられて、呼吸すらまともに出来ない状態なのだから。
だが、男の方は手を緩める気配はない。
女性の方も苦しそうではあるが、抵抗する様子もなくどこか諦めたような表情だった。
「……なにか、言い残すことはあるか?」
男は問掛ける。禍々しい武装と体格の割に、その声は余り威厳を感じさせない。
だが、低い声は憤りを感じさせるには十分だった。
その感情に気がついた、〈聖女〉と呼ばれたその女性は、悲しそうな表情を浮かべる。
「……やはり、話し合って、解決する、ことは……」
「不可能だ。それはお前たちがよくわかっているはずだ」
そう。〈聖女〉はよくわかっていた。
もう、どうにもならないのだ。
「……でしたら、一つだけ……」
「いいだろう」
どうやら、男は律儀に聞いてくれるようだった。
その甘さに、〈聖女〉は思わず苦笑を浮かべる。
そして。
「……あまり、人間を、舐めないで下さいね」
「……肝に銘じておこう」
男は、握力を強め、ぐっと手を握る。
〈聖女〉の首を掴んでいた手を。
その首はいとも容易く潰れ、ちぎれて、残された胴体からは勢いよく鮮血が噴き出す。
〈聖女〉の鮮血は男へと降り注ぎ、雨と共に溶けて流れていく。
背後に控えていた、仲間と思わしき者の一人が声をかけた。
「……気分は、晴れましたかな、魔王様?」
「……聞くまでもないだろう?」
「……左様でございますか」
男は、空を見上げる。
雨はまだ、止みそうにない。
「…………最悪だよ」
人類史が終わる__。