6・とにかくも生きてゆくわたし
翌朝。弱い雨が、葉っぱで葺いた屋根を叩く朝。
わたしは寝床で、頭から掛け布かぶって震えてました。
なんか、いつだったかもやりましたねこれ。あのときは、ベルがよしよししてくれましたっけ。
「だから私は止めたんだ。やめなかったのはあんただ」
かぶった布ごしに届く声、当たったところがたんこぶになりそうでした。ただでさえ頭がガンガンするのに。うううカイ優しくない。
話は、ゆうべのことです。
*
村のいちばん奥まったところに、石畳が敷かれた広場。そこを神域と呼ぶそうです。
月のない夜。その広場にいくつものかがり火が焚かれ、人々が集まってて。
その中で、一段高い祭壇の上に立たされて、ぐるりを人に囲まれて。わたし、生きた心地しませんでした。
群れ集う褐色の肌、肌、肌。どこにいたのかと思うくらいたくさん。
みな腰布に、女の人は布のブラといういでたち。ただし、お婆さんたちの中にはそのブラもせず、ながーいおっぱいを垂れるがまま野放しにしてる人もいるようす。
暗くてはっきりしませんが、男性ほど、また年寄りになるほど、刺青の面積が増えるように見えました。なにしろ、わたしには未知の人々です。
「二百を超えたくらいか。だいたい出てきてるな」
「そりゃみんな来るよね。めったにないイベントだしー」
そばにいるカイとベルは平気な顔。いえ、いてくれるだけで心強かったけど。
祭壇の上に、もう一人。
「〇●□△××、■△!! ▲×●〇□……ミユキ●□□△!!」
長老が、もちろん島の言葉で、なにか呼ばわりました。たぶんわたしを皆に紹介しただけですが、しわがれた大声に思わずビクッと身がすくみます。
昨日も今朝も、普通のおじいさんに思えたのに。今こうして両腕を広げ、高々と聴衆に語りかける、誰よりも刺青だらけの姿、やっぱり異界の存在に見えました。ごめんなさい。
オオオオオ、地響きじみた声で応ずる人々。あるいは拳を突き上げ、あるいは手を叩き、あるいは異様に大きな仮面を掲げて。暗いかがり火のなかで、白目の部分や、やや黄色がかった歯だけがはっきり見えます。ごめんなさいごめんなさい、怖い。
「ミユキー、びびんなって、取って喰やしないから。こないだまでならともかく」
ベルのささやき。こないだまでって。この子冗談きつい。
「こないだじゃないだろ。取って喰ったのはもうちょっと前だ」
かかかカイ!!??
*
「よし、よく頑張ったなミユキ。あとは宴会だ、たらふく食え」
永遠にも思えたお披露目の儀式が終わって、肩を叩かれて。本っ当、泣きたいくらいホッとしました。
神域から少し戻った広場、つまりわたしの仮住いの前ですが、ここが宴の会場だそう。いつのまに、大きなかがり火がふたつ焚かれ、食べ物が山と積まれてます。
すべて蒸し焼きでした。大小さまざま、模様もさまざまの魚、カニ、エビ、貝。丸ごとの鶏と、分厚く脂が乗ったゴロゴロ大きな肉。なにか知らないけど、直径二十センチ以上はある黄色い丸い木の実に、これは分かるバナナ、なにか知らないけど白っぽい肌に茶色の点々のついた大きなイモ。ああもう、なんでなにも知らないんだわたし。
ウム、と呼ぶそうです。調理法のことです。あらゆる食材をバナナの葉に包んで、焼き石を乗せて焼くという。二百人前以上の量が、ホクホクといい匂いの湯気をたゆたわせてました。
ありがたいのは、男は男、女は女と、かがり火を囲んで宴の輪が分かれてること。流れに従ってるうちに、わたしは女の人だけに囲まれて座ってました。そして、両隣にカイとベルがついててくれました。
この場の男性は、今朝がた会った、左人差し指の先が欠けたおじさんだけ。
「ミユキ。オレ、いい魚獲った。うまいやつ。食ってくれ」
すこし得意げな笑顔で、蒸し焼きのなかでも一番大きな、1メートル近いのを指さします。
こんな南の島で、どんな奇魚が出てくるやら内心ヒヤヒヤしてましたが。おじさんが獲ってくれたというのは、黒い肌をした、あごのごつい、おいしそうなお魚でした。
大丈夫、わたしは基本お魚好きです。(犬よりは)魚が食べたいと言ったのもわたしです。この大きな頭でも出てこない限り、
「さあさあ、大事なお客様、一番おいしい頭、食べるいい」
お約束きたー。ちょちょちょっと待って目がこわいんですけど。
長老がなにか音頭を取って、皆がまたどっと沸いて。
あとは普通に宴会でした。ワイワイガヤガヤ、飲み食いしながら騒いで。
女の人だけでも、人数は多かった。少女、お姉さん、おばさんおばあさん。みな底抜けの笑顔で、わたしを歓迎してくれます。
「ミユキ×■? 島へよ△こそ」
「潮の、流れ。ふつうは、逆。あなた、水の神様が、助×◆くれた。よかった」
「私の英語、どう? カイの父さんに習ったの。カイが生意気言ったらあたしが締めてあげるよ」
「××? 〇■〇×▲△? □△◎●×〇」
あの祭壇の上から見た時には、長老と同じ、魔物みたいに思えてました。ごめんなさい。
この人たちも、ごく普通に、普通の人たちで。わたしのほうこそ異分子で、でも受け入れてくれたのです。
「ハイ、■×△▲!! ◆●〇×■▲△ー!!!!」
「「「Wooooooooooooo!!!!」」」
誰かのかけ声に、地の底から響くような歓声が応えて。けど、もう怖いとは思いませんでした。
まあ後で考えれば、ここまではよかった。
「〇●×。△、■□×▲」
全身刺青のおばあさんが、わたしに向けて差し出したのは、大きな木のカップ。中は透明な液体で。
匂いで分かりました。お酒。それも、そこそこ強そうな。
「あ、あ。ありがとうございます」
最初の一杯だけは、断ってしまうと失礼にあたる。チビチビでも飲むべし。前もってベルに教わった作法。
……大丈夫、このぐらいじゃ、どうともならないはず。
お母さんが言ってました。『私、外じゃ酔っぱらったことないわ』と。
『外で飲むときは、必ず、頭の芯にさめたところを残しておくのよ。秘技、さめて酔う、ね』
わたしだってお母さんの娘。できないはずはありません。
覚悟を決めて一口すすると、それだけでカッと胃が熱くなりました。まわりからどっと上がる、拍手と歓声。
「おいミユキ、無理しなくていいからな。形だけ口つけろ」
小声で耳打ちして、わたしのカップに水を注ぐカイ。
生まれて初めて……ではないお酒。イギリス時代に何度か飲んでます。あの国では、大人がついてれば、子供にもちょっとくらいは飲ませていい伝統なのです。でも、好きではなかった。
「ね、カイ。わたしね、昔……」
「うん? 昔、なんだ」
……なんだっけ。そうそう、
「ドンキで……」
……。あとが続かないので、お魚ムシャリ。お酒ももういちどグビリ。
「……どんきってなんだ。てか、まさかもう酔ったのか」
「わたしが? ううん、酔ってないですよー」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
酔ってないって言ってるのに、カイは心配性。わたしは秘技を使ってるというのに。秘技……なんだっけ。
おさかなは白身でホックリしっとり、塩加減もよくとてもおいしかった。目が怖いのにも慣れました。魚は頭がいちばんおいしい、知ってた。へへん。
蒸し焼きバナナも、名も知れぬまるい木の実も、ホコホコしてほんのり甘くてすてき。
脂身多めの肉、野ブタだそう。塩加減ほどよく、ちょっと硬いけどギュッと噛みしめるとすごくいい味。
ふと、ダイエットのことを考えて、でもまあ今日はいいやって自分を許しました。自分を許すのはとくいです。
これも食えやあれも飲めや、いそがしくてたのしいごはんでした。たべてはのみたべてはのみ、
「ミユキ、もうやめとけ。水飲め」
「あ、はい、ありがとカイ」
素直にお水いただきます。それからお酒ももう一杯。そう、お母さんの教えです、水に酔わないためにはいっしょにお酒を飲む。また勧められたのでもう一杯。……もう一杯? なにを飲んだんだっけ? 頭の芯がくらくらする。けど、冷静さは保てれいましら。
「やめとけってのミユキ! ああもう、みんなもこいつに飲ますなよ!」
「だいじょうぶれすよカイ。秘技つかってまふかりゃ。秘技、町田のドンキで、」
誰かの差し出すカップをぐっと空にして、カイがくれた水も空にしてまたカップのだれかをおさけにしておさかなムシャ
ポコポコ、トントン、太鼓の不思議なリズムが響 始めて。誰かに手を取られてフラ ラ立ち上が 、わた
*
わたしは、さんざん飲みつつ、歌い踊ったそうです。
いや、そうですじゃない。ほんのり憶えてました。導かれるまま輪の中に入ってって、みんなと手を取り合って、笑いながら、いっしょに体をゆすったり、意味も分からない歌を当てずっぽうに歌ったり。大盛り上がりだったとのこと。
「うう……」
「記憶にないとか、知ったこっちゃないぞ。私は止めた。やめなかったのはあんただ」
カイ、怒ってる。
これもうっすら記憶に残ってます、肩を支えて、家まで運んでくれながら、わたしの顔をわしづかみに押し返すカイ。ヘラヘラ笑ってるわたし。
なんでわしづかみ?
……思い出した。ほっぺちゅーを迫ったからです。カイに。わたしが。
「あああああ、なんで寝てるあいだに殺しといてくれなかったんですかー!!」
「殺すかっ。もういい、次は助けないからな!」
ううう。
「はよー。なに騒いでんのミユキ」
声とともに、掛け布が一息にはがされました。あっ。
いたのは、もちろんベル。腰に手を当てて、大きな目をくるくるさせて。
キツいいじりを予測して、とっさに身構えるわたし。
けど、ベルは、いつもと変わりませんでした。好意と親しみいっぱいに、
「おはよ。今日はあいにくのお天気ね」
「ベル……」
気をつかってくれてるのが分かりました。ダメージ受けた心に優しさがスーッと効いて、ジンと鼻のつけねが痛みます。
「ミユキ。ほんとは今日、あなたをお散歩に連れ出したかった。
でも雨だし、時間はいくらでもあるし。今日はのんびり過ごしまブハハハハハ!!」
わたしはとっさに、ベルの手から掛け布を奪い返し、再びくるまって丸まりました。
「ご、ごめんミユキ! ほら顔出して、お客さんを連れてきたのよ、外」
ベルの声とは別に、押し殺したような笑い声。カイでしょう。うう覚えとけ……
……お客さん? 外?
恐る恐る、頭だけ出しました。
開け放しの窓から、女の人が二人、白い歯を見せてました。ひとりはおばさん、もうひとりはベルと同じくらいの少女。
「ミユキ、おはゆうです。これ、食べるいい」
「ゆうべ、たのしかった。あなた、海の神様が助けてくれた。助かって、よかった」
窓越し差し出されたのは、見たことない模様した、大きな魚の干物。
「あ……ありがとう、ございます」
素朴で優しい、二人の笑顔。わたしはその贈り物を、大事に受け取りました。
あとで思えばですが。
その瞬間、なにかが動いたような気がします。生活が始まった、というような。とにもかくにも、この島で暮らすんだ、実感がわいた……肚がすわったような。
「じゃあまた。ミユキ、また、いっしょに、お酒のもう」
手を振り去ってゆく二人に、わたしも手を振って応えました。
「やめときます(日本語)」
*(幕間6)
「……なんで廻り込むの。まっすぐ行けばいいのに」
「この島のこっち側は遠浅なんですよ、マダム。カヌーくらいしか近づけない。
それに灯台は向こう側にある」
夜。漁船は、人と文明を拒む島の東側に近づきつつあった。
大昔だが、あまり接近して、矢を射かけられたケースもあったという。地元民である船長には、金を積まれても行きたくないところだった。
それでも行くのは……日当が悪くなかったからか。それとも、自身乗り込んで娘を探す母親にほだされたからか。
やがて、灯台の明かりが見えた。同じ民族だが、宣教師すら近寄せず、公用語も通じないという蛮人の焚く光。
信号を送った。
「我、遭難者を捜索す。心当たりなしや」
しばらくして、返事が戻ってきた。
「なし」
(第一章 順応編・終わり)




