19・嵐の前
結局、村に戻って連れてこられたのは長老の家でした。つまり、監視下です。まあよし、想定内。
「さ、嬢ちゃん。新しい家が建つまで、わが家だと思ってくつろいでくれ」
迎えてくださった長老、鷹揚に、わざとらしく手を広げてみせました。
「ありがとうございますー、お世話になります」
いいかげん図太くなった自分にちょっと自己嫌悪。
長老はおいとくとして、ベルのお父さんお母さん、お兄さんお姉さん、親戚の人たち、みんないい人ばかりで。ごはん食べさせてくれて、なにくれとなく親切にしてくれて。
この人たちまでどこかで疑ってる自分が、またイヤです。
それでも、なんとか一人の時間を作って、カイへの手紙をしたためました。
染め粉を指先に、布きれになすりつけてく体だから、あまり細かくは書けないけど。
「今、長老の家にいます。
晴れてたら寝ないで待つ、分かりました。
牢を抜ける手があるっていう話、信じます。でも、ぜったい無茶しないでね?
なにか起こったら、さっきの打ち合わせ通りあなたの家に向かいます。
あと、言い忘れたこと。もしも最悪、どうしても落ち合えなかったら、」
その先、書くのにとても覚悟が要りました。
*(幕間12)船長のケース
夕暮れ、漁船は今日も、不可侵の島のまわりを巡っていた。
女は今日も、船首に仁王立ちでいた。
「マダム。言いたくはないが、そろそろいったん仕切り直してはどうです」
船長が英語で問う。英語ができたので、行方不明の少女の母なるこの女に雇われたのだった。
日当は、油代は別として、小魚を追うよりはマシな程度。それでもこの日数だ、ちょっとした額になっている。
「仕切り直す? ハハハ、いーえ、もうちょっと粘ってみようかしらね」
短くない船上の暮らしにすっかり日焼けした東洋人の女は、こちらに一瞥すら投げず、水平線の向こうを見はるかしている。ブラウンの髪を風になびかせて。テレビで見た、サヴァンナの夕日をにらむライオンのようだった。
「マダム、俺への払いを滞らせないのは立派だ。が聞いた話じゃ、ずいぶんご無理なさってるとか。借金もかさんでるんでしょう」
だいたい、だ。女がこの、蛮族の住む島にこだわっているのも、『ここだけはまだ探していない』というだけの理由だった。……いや、少女が遭難した夜、海流がこの島に向かっていたのだったか。とにかく、探す根拠はそれだけ。気の毒だが、望む結果が得られるとは思えない。
「……右」
「は?」
「右手、木の板が浮いてるわ。拾ってみて」
やれやれ。ため息つきながら、波に漂う木切れを網ですくったが、
「……なにか彫ってあるわね」
「……たしかに」
VKI ALIV
そう読めた。
どこから流れてきた木片だろうか。どこであれ、そう遠くではあるまい。
数日前の嵐は、大潮と重なって高波を呼んだ。水上コテージや、もっと簡単な、例えば漁師のための仮小屋が壊れたとは充分考えうる。
「英語でしょうか。なんですかね、マダム」
問いかけたら、女は、白い歯を見せて笑っていた。ライオンのように。
「miyuki alive。そう読むわ」
「は?」
「あの子が、深雪が、メッセージを残したのよ。生きてる、ここにいるって。
木切れに字を掘るにも不自由するような状況なんだろうけど、必要なことは書けた。私以外の誰かが見つけても通じるように、ちゃんと英語で。
上出来だわ。帰ってきたらほめてあげなきゃ」
早口すぎて一部聞き落とした船長が、おずおず訊ねた。
「ええと……つまり?」
女は獅子の笑いを船長に向けて、
「まだまだ借金がかさむってことよ」
(幕間13)カイ
ミユキの手紙は、ベルのやつが届けてくれた。
『……今度は本物だろうな?』
『疑うなら持って帰るけど。あたしだって、じいちゃんの目を盗んで来てんだよ?』
一人になって、そいつに目を通して。
ぐしゃぐしゃに握りつぶして、肺の底の底から息をはく。ふ――っ。
落ち着け、冷静に考えろ私。
私は表向き、禁じられた荒海に出てカヌーを沈めただけだ。いくら長老でも、牢に入れておけるのはせいぜい二、三日のはず。
だから長老は、その間に決定的な手を打ってくるだろう。時間はない。
深夜。
ミユキに約束した通りの、よく晴れた夜。うまいこと、夏にしちゃ空気も乾いてる。大チャンスってやつだ。
「無茶しないでね?」
染め粉で書かれた文字が声になって聞こえ、思わず苦笑い。
まずは、灯り油の小皿に手紙をかざして火をつける。他人に読まれちゃまずい。
それから、燃えるそれを牢の壁に押しつけ、油をぶちまけた。
たちまち炎と煙を上げ始める、木と竹の壁。私は大きく息を吸って、
『助けてくれ! 火事だ! このままじゃ焼け死んじまう!』
見張り番のトゥヌイのおやじさん、泡食って駆け寄ってきた。
格子戸をふさいでた横木が外され、あっという間に自由の身になる。私は、流れというかドサクサというか、そのまま走り出した。一声、もっともらしく叫んで。
『私は人を呼んでくる! あんたは……そこの桶で、火を消せないかやってみてくれ! 川はあっちだ!』
『えっ? お、おう、任せとけ!』
人のいいおやじさんに心の中で詫びて、走りに走った。
いかに村外れとはいえ、火の手が上がれば、多少でも里で騒ぎになるだろう。
ミユキが気付いたら、長老の家を抜け出して私の家に向かう。そうなったらもう後戻りはきかない。
さっきの手紙、内容は頭に入ってる。その最後の一文も。
「どうしても落ち合えなかったら――
状況によっては、あなただけ先に行ってください」。
私が逃げたあと、一人で島に残ると言っているのだ。
「無茶はお前だろうが」
毒づいて、走るのに邪魔なサンダルを脱いだ。
あとは結末までノンストップです。




