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ガーベラさん、それはちょっと  作者: 海水
山の向こうへ行きましょう
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第二十四話 見なかったことにしよう、うん、それがいい

 俯き加減のユキシロが言葉を紡ぐ。


「嫁いでいくお姉様が浮かべた、悲しそうな笑顔が忘れられません」

「……悲恋、か」

「そのようなお話がユーニタスにもあるのですか」

「無くもない、程度だな。魔族は種族によって体格体型が違い過ぎて、政略的婚姻が成り立たない場合が多いからな」


 腕を組んで言い切るガーベラに、ユキシロは「そうなのですね」と呟いた。


「悲恋というのは、キュキィが何処からか持ってきた物語で読んだ。姉君の無念の気持ちは、わかる」


 ムネチカとの関係確立に役立つはずだと、キュキィが薄い本とともにせっせと届けていたのだ。

 ムネチカの前では読むことができないが、こっそり隠れて読んではいたのだ。


「……その姉君は、嫁ぎ先ではどうなのだ?」


 ガーベラはふと気になって聞いてみた。

 悲恋のその後、というのは、物語では描かれることが少ない。悲恋は悲恋であるからこそ美しいのだ。

 だが、この話は実際の話であり、その後があるのだ。


「嫁がれた翌年、母上と共にガゼリアン殿の元へ遊びに行くという名目の視察に行きました。母上も、思うところがあったようです」

「私はまだ母親ではないが、わかる気がするな」

「領地の屋敷にたどり着いたわたくしたちを、アヤメお姉様は満面の笑みで迎えてくださいました。妹だからわかる、演技ではない笑顔でしたわ」


 ユキシロは、目じりに涙をためながら、にっこりと笑った。


「意外、といっては失礼かもしれぬな」

「正直わたくしもそう思いましたわ」


 ユキシロが、ふふっと小さく笑う。


「お逢いした辺境伯は、噂どおり、がっしりとした殿方でした。歴戦の勇士らしく顔にも傷が目立ち、とても強面なのですが、不思議と恐怖を感じさせないお方でした」

「ほぅ、素晴らしい人物という印象だな」

「辺境伯同席でお茶をしながら、お姉様に色々聞きましたが、まぁ、すごかったですわ」


 ユキシロがやや呆れ顔に変わる。ガーベラは小さく頷き、その先を促した。


「なんでも、辺境伯が王都に来た際にお姉様を見初めていたらしく、この縁談を陛下に頼み込んでいたそうで……陛下も最初は断っていたようですが、手紙などでアヤメお姉様への想いを滔々と書かれること数十回、陛下が折れてしまったようですわ」

「……なんと……」

「お姉様が領地に着かれてからの歓待ぶりは凄かったようで、お姉様も頬を赤くしながら語ってくださいました。お姉様が辺境伯に絆されるのも、あっという間でした。その時には既に懐妊されてて、翌年に可愛い赤ちゃんまで」


 「それに引き替えわたくしは」ユキシロの顔が暗くなった。


「アヤメお姉様は王族の務めを立派に果たされておられましたのに、わたくしは、このごたごたの隙に、そこから逃げてしまいました」


 ユキシロは、本来であれば王国の礎としてどこかに嫁ぐ駒であり、その運命(さだめ)に従わなければならない身分だ。

 設けられた縁の先に幸せがあるかもしれないが、ユキシロは、ムネチカの傍にいるという選択をとった。

 そのことが、ユキシロに陰をさしていた。


「ふむ、ユキシロは「逃げた」というが、私という壁を失念しているように思えるな」


 ガーベラはフンスと胸を張る。

 魔王の娘という立場があるガーベラは、逃げ場所にされるなど容認できない。

 今のガーベラはどちらかというとアヤメに近い境遇であり、望まれた縁談ではなかったが、もはやムネチカを誰かに譲るつもりなど微塵もない。

 恋敵は焼き尽くしてやる、という勢いだ。


「もちろん、それはわかったうえです。それでもわたくしはムネチカを見ていたいのです。ムネチカには対象と思われないかもしれませんが」

「ほほぅ、ユキシロはいばらの道の幸せを選んだというのか」

「いばらかどうかは、わかりかねますが」


 ユキシロが薄い笑みをつくる。ガーベラを挑発しているかのようだ。

 ユキシロは、容易くムネチカを諦めるつもりはない。彼女も逃げ道を塞いでこの場所にいるのだ。

 そのくらい、ガーベラにも理解できる。


 ユキシロが成長すれば、眩いほどの美貌を手に入れるだろう。

 彼女の言葉が真実であれば、女性として豊な魅力を兼ね備えるはずだ。


 ガーベラはグっと奥歯に力を入れ、三つの目でユキシロを威嚇する。


「ふん、大した自信だな」

「まだまだわたくしにアドバンテージがありますもの」

「そんなものはあっさりと覆してくれる」


 「受けてたとう」とガーベラ。

 握手をしようとガーベラが手を伸ばした瞬間、ユキシロがくちゅん、とくしゃみをした。

 話しこんでいるうちに冷え切ってしまったのだろう。

 ちなみに、北方にすむ魔族であり体温が高いガーベラはへっちゃらである。


「長々と話を聞いてしまったな」


 ガーベラはガウンの開き、ユキシロをその中に包み込んだ。ガウンの下はほぼ肌着た。

 ユキシロの冷えた体がガーベラを侵食してくる。だが、湯上りにはちょうどいい。


「ちょ、わたくしはその手の趣味はありません」

「冷えては風邪を引く。宿敵になろう相手が不調では張り合いがないだろう」


 ガーベラはユキシロをガウンでしまい込むように抱きしめる。


「くっ、早速実力ですの?」

「む? なんのことだ?」


 ガーベラは首を傾げた。

 ちょうどユキシロの頭の位置にガーベラの胸が来ており、押し付ける形になっているのだ。

 もはや宣戦布告である。


 だが、ガーベラにしっかり固定されているユキシロに、抗う膂力はない。

 当のガーベラは、ユキシロとの会話が楽しすぎて部屋に戻るという思考がすっかり抜けていた。

 もっとしっかりくっつかないと風邪を引く、と斜め上の言葉を投げかけているのだ。


「五年後を、みていらっしゃい!」


 ユキシロの、怨嗟満載の叫びが、寒々しいバルコニーに木霊した。





「はー。いい湯だったー」


 ムネチカは湯浴みを終え、部屋へ向かっていた。ホカホカと暖まった体はには、冷えている廊下が心地よくもある。

 タオルで髪の水分を拭き取りながら、ムネチカは、ふとバルコニーを見た。


「ふぁ?」


 ムネチカが見たのは、ガーベラとユキシロが仲良くじゃれ合っている姿だった。

 湯浴み後のリラックスした恰好で、ガーベラがユキシロを抱きしめている。

 彼にとってそれは、刺激的な光景に他ならない。


「わわわわ、もしかしたらガーベラさんとユキシロって……」


 ポポポとムネチカの頬が熱くなっていく。

 ムネチカの想像していることは真実ではないのだが、その不埒な思考が彼をドギマギさせる。


「えっと、見なかったことにしよう、うん、それがいい」


 静かに、音を立てないように去っていくムネチカ。

 バルコニーのふたりは、それに気がつかないのであった。

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