第五十一話「同居」
十二月三十日。
今日はトリア暦三〇一二年の最後の日だ。
変な二つ名がついてしまったが、俺たちは順調に魔物を狩り続け、六級冒険者になった。
ステータス、スキルの方もかなり上がっている。
十一月に例の防具を手に入れてから、グールやオークといった人型の魔物を中心に相手にしたため、剣術などの近接戦闘用スキルが上がっている。
今の剣術士レベルは二十二、剣術スキルが二十七で、スキルだけなら六級傭兵、つまり一人前の傭兵並みになれていると言うことだ。
それだけでなく、魔法の方もかなり上がっている。得意の風属性が二十七になり、普通の冒険者パーティにいる魔術師並になっている。
ベアトリスに言わせると、信じられないくらい速いペースだそうで、ラスモア村を出てから、既に剣術士レベルが六、剣術スキルと風属性魔法がそれぞれ四レベル上がっている。
常識的にはレベル二十を超えると、半年で一レベル、多くて二レベルしか上がらないそうだ。剣術は三倍の成長速度のはずだから、自分ではそれほど違和感はない。
魔法と同時に剣術のレベルを上げていることになるが、通常の剣術士の三倍の速度で上がっているのは努力の結果と考えている。だが、シャロンの成長を見ると、まだまだ伸び代はあるはずだ。
シャロンは風属性レベルを二十二に上げ、更に火属性レベルも二十一になっている。魔力総量が俺より少ないはずなのに、レベル上昇が大きいのは彼女の努力の賜物だろう。
ちなみにラスモア村のメルとダンも順調にレベルアップしていると手紙に書いてあった。具体的な数字は教えてくれないので、来年の夏、俺たちが帰ったときに驚かすつもりなのだろう。
学院のほうだが、相変わらず五日に二日のペースでラスペード教授の指導を受けている。
その結果もあって、メインの風属性以外のレベルの上昇が速い気がする。
そして、今日は大晦日だ。
家ではシャロンが楽しそうに料理をし、リディとベアトリスが酒やパンなどを買いに行っている。
俺はというと、もちろん、風呂当番だ。
浴槽に水を張り、湯を沸かしていく。
そして、今日は少しだけ変わったことをしてみた。入浴剤として、カモミールの葉を入れてみたのだ。
俺の記憶では、カモミールは鎮静やリラックスの効果があったはずだ。それに甘いりんごのような香りもいい。
一ヶ月くらい前にハーブティを飲んで、急に思いついたのだ。
折角なので、大晦日のサプライズにしようと、三人には内緒でカモミールの葉を買っておいた。
ここドクトゥスの冬は、ラスモア村ほどではないが結構寒い。
特に北西にそびえるサエルム山脈を越えてくる風は、身を切るような冷たさがある。
今日も朝から冷え込み、風呂を洗う手がかじかんでいた。
こういう日に、香り豊かな暖かい風呂に入るというのも、いい物だろうと思ったのだ。
午後三時頃にはシャロンの料理もあらかた終わり、風呂を温めていく。
暖め終わったところで、布に包んだカモミールの葉を入れると、甘い香りが浴室に漂っていく。
今日の風呂に入る順番は、シャロン、俺、リディ、ベアトリスの順だが、一番に入ったシャロンがいい香りをさせながら、風呂から上がると、やや興奮気味に今までで一番良かったとカモミール風呂を褒めてくれた。
俺、リディ、ベアトリスと風呂から上がってくると、リビングに何となく甘い香りがしていた。
リディは「気持ち良かったわよ。これからも入れましょう」といい、ベアトリスも「贅沢な風呂だな。貴族様でも入れないぞ」とご機嫌だった。
俺のカモミール風呂作戦は大成功だった。
食事を始める前に、ここでも神へ感謝して乾杯をする。
俺は僅かな時間、今年は激動の年だったと物思いに耽った。
今年に入ってから学院に入る決意をし、ニコラス――内政担当の従士、ニコラス・ガーランド――に頼んで学院の入学資格を調べてもらい、五月の誕生日に受験することを家族に告げた。
初めての旅もした。
多くの人にも出会った。
バイロン――一緒に旅した傭兵、バイロン・シードルフ――。
キトリーさん――リディの旧友、キトリー・エルバイン教授――。
ラスペード先生、ワーグマン議員……
そして、ベアトリス。
別れもあった。
ラスモア村のメルやダン、ニコラスや従士たち、そして家族。
初めて死を覚悟した。
少し感傷的になっていたのか、三人が俺のことを見ているのに気付かなかった。俺がそれに気付くと、リディが声を掛けてきた。
「また、何か考えていたのね。でも、まずは食事を楽しみましょう」
俺はそれに頷き、シャロンの作った料理を味わっていく。
シャロンの料理はここに来た当時より、かなり上達していた。時々、近所の奥様たちに料理を教えてもらっているそうで、ラスモア村にはない料理も出るようになった。
「メキメキ腕を上げているよ。本当にうまい」
俺がそう言うと、リディやベアトリスも同じように褒め、シャロンは「ありがとうございます」と赤くなりながら、うれしそうに笑っている。
食事も終わり、片づけを終えると、暖炉の前でのんびりとした時間を過ごしていく。
暖炉の薪がガタンという崩れる音だけが部屋に響く。
リディが徐に「相談があるの」と話し始めた。
彼女が「ベアトリスのことよ」というと、ベアトリスはビクッという感じでリディの方を見る。
「出会ってから、もう三ヶ月くらい経つわ。そろそろ、ここに住んでもいいんじゃないかと思うの。あなたもここがいいんでしょ?」
問い掛けられたベアトリスは一瞬固まり、「ああ」とだけ答えた。
「多分、私に気を使ってくれてるんだろうと思って……シャロンはどう?」
シャロンは「私は大賛成です」と笑顔で頷く。
リディはそれに笑顔で頷き返し、「じゃ、これで決まりね。今日は元々泊っていく予定だったけど、明日以降もここで住むことでいいわね」とベアトリスに確認する。
俺が「俺の意見は聞かないのか?」と冗談っぽく言うと、リディはクスクスと笑いながら、
「あなたが断るわけないでしょ。私が人付き合いが苦手だから、言い出さなかったんでしょ」
確かにその通りだった。
十一月に俺が大怪我をしたときに言おうかと考えたが、あの時は出会ってから、まだ一ヶ月しか経っていなかった。リディの対人恐怖症を考えると、半年は様子を見ないと無理だろうと思い、春になったら切り出すつもりでいた。
もう一つ心配だったことがある。
ベアトリス本人のことだ。
彼女は十五年ほど冒険者をやっており、宿住まいが長い。逆に言えば、こういった住宅地に住んだことがなく、何となくやりにくいのではないかと思っていた。彼女自身、小さい子供に怖がられていると思い込んでいる。隣のノヴェロ家に三人の小さな娘がいることを気にしていたのだ。
ここは近所付き合いが比較的濃い地区で、両隣とはかなり交流している。俺たちが獲ってきた魔物の肉を分けたり、逆にたくさん作ったからと言って料理を分けてもらったり。恐らく、幼いシャロンが主婦代わりなのが心配なのだろう。
そんな関係を崩したくないと、ベアトリスが思ってもおかしくはない。
「もちろん、俺が反対する理由はない。大歓迎なんだが、ベアトリスは本当にいいのか? 一人の方が気が楽とかもあるだろうし……リディが先走っているなら、遠慮なく言ってくれ」
ベアトリスは小さく首を横に振り、「そんなことはない」と、彼女にしては珍しく、消え入るような小さな声でそう言った。
そして、俺たち三人を見ながら、
「本当にいいのか? あたしはあんたたちの邪魔はしたくないんだ。あんたたちは出会って六年以上なんだろう。あたしはまだ三ヶ月も経っていない。そんなあたしが……」
「時間は関係ないだろう。命を預けあっているんだ。そんなことは気にしなくていい」
俺は彼女の言葉を遮り、そう言った後、「じゃあ決まりだな」と言って、飲み物を手に取る。
「乾杯しよう。新しい家族のために」
三人も俺に唱和した。
トリア暦三〇一三年の年が明けた。
昨夜、ベアトリスが一緒に住むことが決まり、結局夜遅くまで起きていた。
眠い目を擦りながらも、毎日の日課の鍛錬に向かう。
まだ暗い午前六時。
いつものように小さな裏庭に行き、剣を振っていく。
三十分ほど剣を振り続けていると、徐々に体が熱くなり、汗が噴出してくる。
いつもなら、その時間になると、シャロンが起き出し朝食の準備を始め、気が向いたときにはリディが一緒に剣を振る。
今日は朝食の準備も遅くていいと言ってあるので、シャロンもまだ寝ているようだ。
俺はあることを考えながら、剣を振っていた。
(ベアトリスと一緒に暮らすことになった……俺の秘密を話すべきか。話すとしたらどのタイミングか。俺としては今日にでも話しておきたい。彼女は信用できるし、父上やじい様も彼女に話すことを認めてくれるだろうしな。だが、この話はそれだけじゃないんだ。家族たちやリディ、シャロンたちは抵抗なく受け入れてくれた。だが、普通はこんな突拍子もない話は信じられないし、気味悪がられるかもしれない。折角、いい関係になってきたのに……)
俺が雑念だらけで剣を振っていると、知らない間にベアトリスが後ろに立っていた。
「朝から精が出るね。しかし、何を考えているんだい。あまり集中しているようには見えなかったが」
俺は図星を突かれ、苦笑する。
「ちょっと悩んでいることがあってな。いつもなら、剣を振っていると雑念は飛んでいくんだが……」
「あたしのことかい?」
ベアトリスの言葉に俺は素振りを止めて振り返った。
「あたしのことで悩んでいるのなら、隠さずに言って欲しい」
真剣な表情でそう言われ、俺はどう答えようか悩んだ。
「判った。後で話すよ。リディやシャロンのいる時に」
俺がそう言うと、ベアトリスは黙って槍を取り出し、俺の横で同じように素振りを始めた。
シャロンが起き、朝食のいい香りが漂ってきたところで、素振りをやめる。
浴室に行き、シャワー用の樽に水を溜めて湯を沸かし、汗を流す。ベアトリスにも「まだ湯があるから使っていいぞ」と言って、俺は着替えにいった。
ベアトリスは「新年の朝から気持ちがいいわ」と湯気の上がる髪を拭きながら、リビングを通っていった。
その頃になると、リディも眠そうな顔で降りてくる。
昨日の残りと朝食用に温めたパンが食卓に並び、いつもより豪華な朝食が始まった。
食べ始めた後、俺はさっき考えていたことを切り出した。
「ベアトリスに聞いて欲しい話がある。リディもシャロンも知っている俺の秘密についてだ」
リディはパンをちぎる手を止め、シャロンは驚いたのか、カップをカタンと音を立ててテーブルにおいた。
リディの目が“話すのね”と言っていたので、俺は小さく頷く。
「俺には家族と信頼できる極一部の者しか知らない秘密がある」
そう言って、俺は話し始めた。
俺が生まれる前の記憶を持っていること。それが別の世界であること。俺が神の遣わす者を導くよう神に言われたこと。そして、神が危険視する者と戦わなくてはならないかもしれないこと。
俺は何の感情も込めず淡々と話していく。
ベアトリスは真剣な表情で聞いているが、時折、小さく首を振ったり、目を見開いたりしていた。
そして、俺の話が終わった。
食卓ではコトリとも音がせず、誰も何も言わない。四人の呼吸する音と暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音だけが聞こえていた。
どのくらい沈黙していたのか判らないが、ベアトリスが掠れた声で話し始めた。
「……冗談を言っているわけじゃないのは判る。だが、冗談であって欲しいと思ってしまうよ……でも、判る気がする。あんたの心が大人だっていうのは、初めて会った時から感じていたからね……済まないね。話が大きすぎて、あたしの頭じゃついていけないよ……」
そう言って、彼女は下を向き、テーブルを見つめていた。
「一緒に住む話はなかったことにしてもいい。だが、一つだけ頼みがある。このことは誰にも言わないで欲しい。まあ、言っても誰も信じないと思うが」
ベアトリスは何も言わず、黙っている。
俺はその沈黙を、俺に対する不気味さから来ているものだと思っていた。
「無理をする必要は無い。この子供の体に君の父親くらいの心が入っているんだ。気味が悪いと思っても仕方はない」
ベアトリスは「違う!」と鋭く言い、真剣な表情で俺の誤解を解こうとした。
「そんなことは思っていない! ただ、神々の話なんて……御伽噺でしか出てこない話だろ。そんな話に、はい、そうですねって言えるわけないだろう……」
今まで黙っていたリディが静かに話し始めた。
「あなたがそう思うのはおかしくはないわよ。私だって初めて聞いたとき驚いたんだから。でも、あなたはまだマシよ。私はこの子が四歳の時に知ったのよ。私の膝にちょこんて乗るくらいの時だったの」
ベアトリスは黙ってリディの話を聞いている。
「でも、話してみたら、すぐに納得したわ。だって、子供の話し方じゃないんだもの。あなたもそこは納得しているんでしょ」
ベアトリスは「ああ」と頷く。
「私も正直言って、ザックの使命って言うのがよく判らないの。この人が嘘をつくとも思わないし、つく理由もないんだけど……でも、そんなこと、どうでもいいのよ、私には」
ベアトリスはその言葉に「どうでもいい? 大事なことだろう」と反論する。
「そう? 私はザックと、この人と一緒にいられるなら、そんなことどうでもいいわ。もし、この人がそれで危険になるなら、私が身代わりになってでも助ければいい。でも、今は考えても答えは出ないし、私が考えるより、この人が考え、実行することを助ける方が確かなのよ。だから、今はこの人と一緒にいられれば、他はどうでもいいの」
ベアトリスは笑顔で頷き、
「そうだな。確かに頭の悪いあたしが考えるより、ザックが考えた方がいいに決まっている。あたしに今できることは、この子を守ってやるくらいだな」
リディの考えはベアトリスに理解されたようだ。
突然、リディは俺に向かって、「ベアトリスを迎え入れるんだから、覚悟は出来ているのよね?」と聞いてきた。
俺は一瞬首を傾げ、そして、すぐに合点がいった。
「覚悟? ああ、例え、ベアトリスが万が一、俺を裏切っても、後悔しないっていうことか」
リディは「違うわよ」と不機嫌そうに言い、
「ベアトリスがあなたを裏切るわけないじゃない。あなたもそれは判っているんでしょ。私が言いたい覚悟っていうのは、この子の想いに応える覚悟のことよ。言っていることは判っているんでしょ」
ベアトリスが真っ赤な顔をして、「お、おい……何を言い出すんだ」と狼狽する。
リディはそれを無視して、俺を見詰めていた。
俺はどう答えていいのか困っていた。
「ああ、判るつもりだが……だが、シャロンの前でする話じゃないだろう」
リディはニコリと笑い、
「シャロンももう理解できる年よ。それにこの子にも関係ある話なんだから。その上でもう一度聞くわ。ベアトリスの想いに応える覚悟はあるの?」
俺は「それは……」と言葉を濁してしまった。
「あなたは私のことを考えてくれているんでしょうけど、ベアトリスもシャロンも、ここにはいないけど、メルもあなたのことを想っているの。想いを受け入れるつもりもないのに、迎え入れるのは残酷なことなのよ。それを自覚している?」
ベアトリスとシャロンが真っ赤な顔をして俯く。
俺は「ベアトリスは何も言っていないじゃないか」と弱々しく反論する。だが、リディはすました顔で、「そう? じゃ聞いてみる?」とベアトリスの方を向いた。
「あなたはどう思っているの? ザックのことを」
ベアトリスは更に顔を赤らめながら、「そ、そんなこと……」と黙ってしまう。
「結構初心なのね。でも、言わないと始まらないわよ。それとも最初から諦める?」
ベアトリスはリディの挑発に顔を上げた。
「あたしは……確かにザックに魅かれているよ。今日の話を聞いて、理由も判ったしな。だからって、急にそんな話になるのは……」
リディは「まあいいわ。判ったでしょ」と俺の方を向いた。
俺にもリディの言いたいことは判っている。
だが、俺には四人の女性を愛するなんて器用なことは出来ない。
俺が返答に困っていると、リディが先に口を開いた。
「私のことは気にしなくていいわ。ベアトリスに負けるつもりもないし、シャロンやメルにもね。なぜ、私がこんなことを言うのか判る?」
俺は首を横に振った。
「私はこの子たちが好きなのよ。だから、悲しむのは見たくないわ。それに今の関係を壊したくないの。多分、すぐには壊れないと思うわ。でも、あなたがベアトリスの想いに応えなければ、この子は去っていくはず。私がその立場なら、そうするはずだから」
「だからって……こんなこと言いだすのは……」
「あなたもこの子たちに魅力は感じているんでしょ。なら、自分に素直になればいいじゃない。あなたがこの子たちのことをなんとも思っていないなら、私だってこんなことは言わないわ」
俺は呆れながら、
「自分の言っている意味が判っているのか? こういうことを言う女のことを“都合のいい女”って言うんだぞ。男にとって都合がいいからな……」
「あら、そんなことはないわよ。私は“あなたの一番”を譲る気はないし……まあいいわ。今すぐ結論を出さないってことは目があるってことね。ベアトリスもそう思っておきなさい」
リディはそう言った後、「さて、さっさと朝食を食べて街に行きましょう」と勝手に話を切り上げた。
俺は正直なところ、リディの言っていることが理解できない。
普通は愛する相手の愛情を独占しようとするはずだ。だが、彼女は他の相手がいてもいいと言う。
(理解できない……俺に対する愛情が無くなったのか? いや、そんなことはないはずだ。だったらどうして……)
その後、すっかり冷めた朝食を食べ、新年を祝う街に出ていった。だが、俺とベアトリスとシャロンの三人は微妙な空気に支配され、ぎこちない会話に終始していた。




