第四十七話「捜索」
十月十日、午後四時頃。
俺たちは行方不明のクェンティン・ワーグマンを捜すため、北の森に向かっていた。途中で午後四時の鐘が聞こえたが、黒く分厚い雨雲のため、既にかなり暗くなっている。
北の森の中は更に暗く、靄が掛かって見通しが効かない。
俺たちはクェンティンから見えるように、灯りの魔道具を点けて森の中を進んでいった。
三十分ほどすると、数時間前に複数の人が通ったような痕跡を見付けた。だが、今朝はまだ雨は落ちておらず、何人かの冒険者が森に入っていると考えられ、彼のものかは判別できなかった。だが、俺たちに見付けられた手掛かりはその痕跡くらいしかなく、仕方なくそれを追っていく。
一時間ほど森を進み、一旦引き返そうと思った時、野犬か狼のような遠吠えが聞こえてきた。
更に耳を澄ますと、少年の叫び声もかすかに風に乗っている。
俺たち三人は顔を見合すと、すぐにその方向に走り出す。
ベアトリスは槍を低く構えながら、野生の動物のようにしなやかに森の中を駆け抜けていった。その後ろを俺とリディが追いかけるが、引き離されないようにするのがやっとの状態だ。ベアトリスは既に目的地を割り出しているようで、脇目も振らず、迷いもなく走っていた。俺はさすがベテランだと感心しながら、必死に彼女についていった。
二、三分、森の中を走ると、三十mほど先で棒を振り回す小柄な人間の姿が見えてきた。それは泣きながら杖を振り回し、野犬を追い払おうとしているクェンティンだった。
服はボロボロだが、彼の動きを見る限り、大きなケガはしていないようだ。
だが、彼の周りには五頭の野犬が隙を見て飛び掛かろうとしており、一刻の猶予もない。
俺とリディが走りながら素早く呪文を唱えていく。ベアトリスは雄叫びのような叫び声を上げながら、更にスピードを上げていった。
リディが旋風の刃を、俺が炎の砲弾――教授の魔法を見て作ったファイアボールの改良版――を放つ。
リディの方が僅かに発動は早く、草を切り飛ばしながら、ベアトリスに気付いて振り向いた一頭の野犬の首を斬り裂く。
俺のファイアキャノンはその直後に発動し、辺りを明るく照らしながら、高速で飛んでいった。そして、一頭の野犬に命中して爆発し、その爆風でもう一頭も吹き飛ばした。吹き飛んだ野犬は木の幹に激突し、そのまま動かなくなった。
ファイアキャノンが命中した場所では、木の下にある落ち葉に火が着き、チロチロとした小さな火が辺りを照らしていた。
俺たちの魔法が三頭の野犬を倒すと、残った二頭は俺たちを攻撃しようと威嚇する。だが、本物の虎のように森を駆け抜けるベアトリスの姿を見て、二頭は抵抗することなく逃げ出した。
ベアトリスはクェンティンの前に倒れる三頭の野犬が死んでいるのを確認し、周囲を警戒しながら、俺たちを待っていた。
その頃になって、ようやく俺とリディが追いついた。
俺は「ミスター・ワーグマン! 無事か!」とクェンティンの安否を確認する。
彼は俺たちの魔法が野犬を吹き飛ばした後、張り詰めていた気が緩んだのか、地面にへたり込んでいた。
彼は弱々しく「ミスター・ロックハート?」と尋ね、そこで完全に緊張の糸が切れ、わんわんと泣き出してしまった。
俺は泣いている彼の体を確かめていくが、数箇所の擦り傷と打撲程度で大きなケガは負っていなかった。とりあえず、傷に治癒魔法を掛け、彼を強引に立たせた。
「家に帰るぞ。ベアトリス、悪いけど、この子を背負ってやってくれないか」
ベアトリスは「男の子がピィピィ泣くんじゃないよ」と言うが、仕方が無いねという感じでクェンティンを背負ってくれた。
辺りは完全に暗闇に包まれたが、俺たちは灯りの魔道具を消して、森の中を進んでいく。灯りの魔道具に魔物が寄って来るのを防ぐためだ。
ベアトリスが後ろを歩く俺に「本当に見えるんだね」と言ってから、話しかけてきた。
「それにしても、さっきの魔法はなんだい? それに森の中で火の魔法はご法度だろう」
「さっきの魔法は炎の玉の改良版だ。火力と速度を上げてある。あと、森の中で火の魔法を使ったのは仕方なくだ。風属性の魔法では野犬が俺たちに気付きにくい。光属性の強力な魔法があれば良かったんだが、咄嗟に思いついたのはあの炎の砲弾だ。この雨なら火事になることはないだろうし、気力だけで立っている彼が魔法を見れば、助けが来たって気付くだろうと思ってな」
ベアトリスは感心したように、「ふーん」と言ってから、
「ちゃんと考えているんだね。確かにあのタイミングで火の魔法なら、辺りは一気に明るくなる。この子は灯りの魔道具も持っていないし、暗闇の中で不安だっただろうしね。ほんと、あんたといると飽きないわ」
そう言って笑っていた。
午後六時の鐘が遠くから聞こえてきた頃、俺たちは森を抜けた。
途中で大コウモリが襲ってきたが、リディと俺の魔法ですべて叩き落している。
家に帰り、クェンティンが無事だったことをワーグマン議員の屋敷に伝えにいく。
屋敷では執事のスチュワートが雇った冒険者が多数おり、今から森に入るというところだと言う。
俺がクェンティンを無事保護したと伝えると、スチュワートは俺に何度も礼をいってきた。俺はこの騒動の後始末をした方がいいと伝え、彼を連れてくると言って家に戻っていった。
家に戻ると少しだけ落ち着きを取り戻したクェンティンが、シャロンの作ったスープを飲んでいた。事情はリディが聞き出しており、まだ震えているクェンティンに代わり、説明してくれた。
クェンティンは朝九時頃家を出て、俺の家の前まで来たそうだ。だが、一向に俺が出てこないので、既に森に入ったと思い、十時前に森に向かったそうだ。なぜ家にいるリディやシャロンに確認しなかったのかと聞くと、声をかけたが誰も出てこなかったからで、ちょうど出てきた隣の人に聞いたそうだ。
どうやら、シャロンもリディも二階にいるタイミングで、更に育ちがいいクェンティンが大声で呼ばなかったため、二人は気付けなかったようだ。
隣のリトルフさんは学院で事務員をしており、知っている彼に声を掛けたそうだ。そして、俺の行方を聞くと、リトルフさんは八時過ぎにベアトリスと出かけたとだけ教えた。
運が悪いことにリトルフさんのところで聞いた話は、武器を持って出掛けたというだけで、どちらに向かったかという話を聞かなかったそうだ。武器を持って出たのなら、森に行ったと短絡的に考えたようだ。
そして、十時頃森に入り、一時間ほど森を歩いていたが、途中で出会った角ウサギを運良く一撃で倒し、それで調子に乗ってしまった。
角ウサギを倒した後、はぐれの野犬が一頭いたため、光の矢で傷を負わせ、止めを刺そうとした。だが、大した傷を負わせられなかったようで、野犬が逃げ出した。彼は何も考えずにその野犬の後を追い、そして、道に迷った。
午後になり雨が降り始めたため、森の中の視界が悪くなった。そのため、自分がどの方向から来たかすら判らなくなり、ひたすら森の中を彷徨っていた。
徐々に暗くなっていき、食料も持っておらず、空腹と雨に打たれた寒さで木の下で座り込んでいた。そこへ傷を負わせた野犬が群れを率いて襲い掛かってきた。
魔法で何頭かにダメージを与えたものの、野犬の怒りを買うだけの結果になり、彼はその場から逃げ出した。
だが、すぐに追い詰められ、杖を振り回して野犬を追い払おうとしていた時、俺たちが到着したということだ。
運良く見つけられたのは、彼が同じところをグルグル回っていたからで、複数の足跡に見えたのは、彼が同じところを歩いていたからだろうというのが、ベアトリスの考えだった。
俺は事情を聞き終わり、クェンティンに声を掛けた。
「スチュワートさんが心配している。一応、連絡は入れてあるが、家に帰ろう」
彼は首を横に振って「帰りたくない」と駄々を捏ね始めた。どうやら、命の危険がなくなったことで、家に帰ってから叱られることの方に気が向いたようだ。
俺が説得しようとしていると、リディがベアトリスに「早くゆっくりしたいわ。悪いけど、担いでいってくれない」と言い始めた。
ベアトリスも不機嫌そうな声で
「そうだな。こいつには迷惑を掛けられているんだ。それにザックに礼の一つも言わない。あたしもいい加減、鬱陶しくなってきたよ」
その言葉にクェンティンがブルッと怯え、すぐに立ち上がった。
リディはともかく、ベアトリスは演技だと丸分かりなのだが、クェンティンには判らなかったようだ。
俺は怯えるクェンティンに
「俺に礼を言えとは言わないが、ベアトリスには礼を言ってくれ。君を森の中から背負ってきてくれたのは彼女なんだ。それに君を助ける義理などないのに、雨の中、森に入ってくれたんだからな」
俺がそう言うと、クェンティンはようやく自分が駄々を捏ねている子供だと気付き、
「ありがとうございました、ミス・ベアトリス。ミス・リディアーヌ。ミス・ジェークス」
彼は大きく頭を下げ、「そして、ミスター・ロックハート。本当にありがとう……」と俺に礼を言った。
ベアトリスがニヤリと笑っているが、俺もいい加減疲れていたので、さっさと彼を屋敷に送っていった。
結局、家に帰ってきたのは午後八時過ぎであり、風呂はいれずにシャワーだけで済ませた。その時のベアトリスの顔が、あまりにガッカリとした表情だったので、噴出しそうになった。
さすがに悪いと思い、翌日はラスペード教授の授業の日なので、家に来たらいいというと、ぱっと花が咲くように彼女の表情が明るくなった。その時は我慢できずに思いっきり噴出してしまった。
翌日の十月十一日。
ラスペード教授の講義を受けるため、学院に行った。
クェンティンのことが心配で一度教室に顔を出すが、始業時間になっても彼は来なかった。俺とシャロンは仕方なく、教授の研究室に向かった。
“土の壁”の生成についての教授からの宿題――土を一から作らず、高速で生成する方法を考えること――だが、一人で考えて仮説を立ててみた。
教授から宿題について話が出たので、俺は自分の仮説を説明していく。
「私が考えたのは、地面の土を使うことですが、使い方に工夫があるというものです」
教授は満足そうに頷き、「使い方……うむ。よろしい、先を続けたまえ」と先を促す。俺はそれに頷き返し、説明を続けていく。
「先日は壁の真下あるいは周辺の土を利用すると答えましたが、恐らくそれで間違いないと思います。私の疑問点である周辺の土が減っていないことについては、極少量ずつの土を周辺から移動させたか、あるいは地下深くから土を盛り上げるようにしたのではないかと考えています。私が実験した結果ですが、後者の方が効率良いように思えました。私と先生ではイメージの仕方が違うと思いますが、先生も地下深くから土を盛り上げたのではないでしょうか」
教授は興奮気味に「正解だ! 私は地下から土を持ち上げるイメージで壁を作ったのだよ!」と大きく頷いた。
「考えれば判ることですが、壁を作るのに真下の土を利用したのでは、基礎部分の地盤が弱くなります。応急的な壁なら問題は無いでしょうが、城壁に使うような場合はそれでは不都合があります。ですから、地盤が隆起するイメージで壁を作られたのではないでしょうか」
教授は大きく頷き、「まさにその通り」と言った後、
「こういった考えは応用が利くのだよ。大量の水を使う魔法なども水源から汲み上げるイメージにすれば、一から生成するイメージより楽に水が作れる。木でも同じだね。木の枝を伸ばすには多大な魔力を必要とするし、何より成長速度が遅い。だが、他の木の枝や根などを使えば、木の枝を急速に伸ばし、拘束させることや攻撃にも使えるのだよ」
俺がそのことに気付いたのは、教授が言った事例にある水を作っているときだった。風呂に水を張っている時は、地下水をポンプアップするイメージで水を作っている。宿題のことを考えながら、水を張った時、唐突に今やっていることと同じではないかと閃いたのだ。
すぐに庭に出て、土の柱を作り出してみると、竹の子のように土が生えてくる。イメージとしては、地下のマグマの圧力で盛り上がる溶岩ドームだが、これがうまくいった。
このとき、岩の槍という魔法――十cmほどの太さの尖った岩の柱が地面から突き出す魔法――が、この応用だと気付いた。試しにロックスピアの魔法を使うと、今までの数分の一の魔力で、更に数倍の速度で岩が伸びてくるようになった。今までは一秒間に三十cmほどしか伸びず、簡単に避けられてしまうため、落とし穴の底に設置するくらいしか使い道が無かった。だが、今回は一秒間に一m以上伸び、まさに槍として使えるレベルになった。
その後は前回と同じように雑談混じりの問答が続いていった。
昼食の時間に教室に戻ってみるが、やはりクェンティンは来ていない。先日、クェンティンと一緒に話しかけてきたエリオット・ウェントワースがいたので聞いてみたところ、
「ミスター・ワーグマンは休みだそうだ。昨日、無理をしたからと先生は言っていたな。そっちの方が理由を知っているんじゃないか?」
俺が「どういう意味だ」と聞くと、
「ミスター・ワーグマンは君と森に行くと言っていたんだ。昨日、ワーグマン家の執事が僕のところに行き先を知らないかって聞きに来たな。君と一緒だったんだろ」
執事のスチュワートに、クェンティンが森に行ったかもしれないと伝えたのは彼のようで、俺と一緒に森に入ってケガをして休んでいると思っているようだ。
「詳しい話は本人に聞いてくれ。だが、どうして急に森に入ると言い始めたのか、理由を知らないか?」
エリオットは不機嫌そうな顔で、
「ラスペードのところに行ったら、僕の力では話にならないと言われたんだ。僕だって実戦の経験くらいある。そう言ったけど、全く僕の話を聞こうともしなかった。ワーグマンも僕と同じように言われたんじゃないか」
そう言った途端、プイという感じで踵を返して立ち去っていく。
どうやら、プライドを傷付けられて不機嫌になっているようだ。
(エリオットの言うことが正しければ、クェンティンが焦っていた理由は判る。それにしても、休むほどのケガじゃなかったんだが……精神的なショックという奴か……放課後に顔を出してやるかな……)




