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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第二章「学院生時代:学術都市ドクトゥス編」

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第四十四話「ラスペード教授の授業」

 十月六日。

 ワーグマン議員から、俺たちへのいじめに関する結末を聞いた翌日。


 秋空の晴天の下、俺とシャロンはほぼ半月ぶりに教室に入った。

 晴れの日に、それも朝から俺たちがいることに、クラスメイトたちは俺たちを遠巻きにし、コソコソと盗み見ていた。


 クェンティン・ワーグマンが教室に入ってくると、クラスメイトたちに緊張が走った。俺とクェンティンが衝突すると身構えたようだ。

 だが、クェンティンは俺たちを見るなり、「おはよう、ミスター・ロックハート、ミス・ジェークス」とにこやかに挨拶をし、俺たちも、「おはよう、ミスター・ワーグマン」と何事もなかったように挨拶を返した。

 その瞬間、教室の空気が一瞬張りつめ、そして、息を吐くように弛緩した。その中でもアニータ・イシャーウッドは自分の眼が信じられないという感じで、目を大きく見開いていた。


 俺はその様子に少し溜飲を下げた。やはり彼女が父親に指示され、俺たちの排除に回っていたと確信したからだ。

 だが、俺は彼女に構うことなく、シャロンとクェンティンとで雑談をしていた。クェンティンとシャロンには何の思惑も無いのだろうが、俺はこうすることでクラスメイトに、今回の“事件”は終わったと悟らせようとしたのだ。

 クラスメイトたちも俺たちの間の空気を読み、以前のような緊張する事態にならないと安心したようだ。そして、ベネット教諭が来るまでの間、彼らも仲のいい者たちで雑談に花を咲かせていた。


 午前八時になり、ベネット教諭が教室に入ってきた。入った瞬間、俺が席についているのを見て、僅かに落胆の表情を見せていた。俺がいなければいいと、まだ思っているようだ。

 俺はそれに気付かない振りをして、「起立! 礼!」と言って、始業時の挨拶の合図を行った。今までずっとこのクラスにいたかのように。

 ベネットは僅かに声を震わせながら、


「本日から少しだけ座学の授業が変わります。ミスター・ロックハートとミス・ジェークスはラスペード先生の講義を受けることになりました。ラスペード先生の講義は誰でも受講を希望することはできますが、ラスペード先生が認められた生徒しか受講できません。希望者は後で私に連絡してください」


 そして、ベネットは俺の方を見て、「君たちはラスペード先生の研究室に行きなさい。場所は判りますか?」と言ってきた。研究者用の建物はこの教室より多く訪れているので、「はい、判っています」と言って、シャロンと共に教室を出た。


 リオネル・ラスペード教授の研究室は研究者用の校舎の奥にあった。リディの旧友、キトリーさん――キトリー・エルバイン教授――の研究室の近くであり、俺たちは迷うことなく、ラスペード教授の研究室に到着した。


 教授の部屋の前で扉をノックするが、反応がない。留守なのかと思ったが、ドアノブに手を掛けて引いてみると、鍵は掛かっておらず、中からは灯りの魔道具の光が漏れてきた。

 人の気配があるため、俺は「ロックハートですが……」と恐る恐る声を掛けた。だが、一向に返事が返ってくる様子が無く、仕方なく扉を開けて中を覗きこんだ。

 中では本の山に埋もれたラスペード教授が、何かを必死に書いている。俺は邪魔するのは悪いと思いながらも、このまま帰るわけにも行かず、「失礼します」と中に入っていった。


(研究に夢中で、俺の声が聞こえないんだろうな。先生が一息つくまで待つか……)


 俺はシャロンに「先生が気付かれるまでここで待とう」と言って、本の山の近くにあった椅子を取り出し、座って待つことにした。

 ラスペード教授はそれから三十分くらい一度も顔を上げずに、ひたすら書き続けていた。

 そして、メモ用の紙がなくなったのか、急に立ち上がる。そして、入口付近に座る俺たちに気付いた。


「ミスター・ロックハートとミス・ジェークスではないか。そうか、学院長から聞いていたよ。今日から君たちの指導をしてやってくれと」


 そして、どのくらい待ったのかと聞かれたので、三十分くらいと答えると、


「それは悪いことをしたね。私は研究に夢中になると、他に気が回らなくなるのだよ。これからは遠慮なく声を掛けてくれたまえ」


 教授は「あと三十分ほど待ってくれないか。暇ならそこらにある本を読んでくれてもよいし、時間まで外に出ても良い」と言って、再び机に向かってしまった。

 俺はシャロンと顔を見合わせ、「三十分くらいなら、本を見せてもらおうか」と彼女に提案した。彼女もそれに頷き、近くの本を物色し始めた。

 さすがに一流の研究者の部屋にある本であるため、かなり高度な内容だった。特に魔法陣と魔道具に関する本は最新の研究成果――論文には教授の名前が必ず入っていた――が反映された物らしく、真新しい明るい色の羊皮紙の表紙だった。

 俺はその中から、比較的簡単そうなものを選び、パラパラとページを捲っていった。


 言っていなかったが、この世界の紙は低質のパピルスのような物から、地球の上質紙のようなきめの細かい手触りの良い物まである。

 この上質の紙なのだが、低質のパピルスのような紙に木属性魔法を掛けて、作っているそうだ。この学院の高学年の生徒も、紙の上質化に携わっているそうだ。実際にやっていたリディに聞いてみると、割のいいアルバイトだそうで、木属性魔法の使い手は金属性魔法の使い手と並び、裕福な学院生活を送れるそうだ。ちなみに金属性魔法は金属の精製に使われるため、こちらも学院生のバイト先なのだそうだ。


 俺は一冊の本、“魔法陣概論~基礎から応用事例まで~”という本を読み始めた。

 シャロンは魔道具の発展とかいうタイトルの本を読むことにしたようだ。

 俺が今まで図書館で主に読んできた本は苦手な属性、闇と金に関する本が多かったが、魔法陣の本を読み始め、すぐに好奇心を刺激された。

 魔法陣とは一種のシステムだと気付いたからだ。

 入力信号である魔力を魔法陣という回路を使って変換・増幅し、必要な事象を起こすというところから、電気回路のように感じたのだ。

 魔法陣には各精霊の力に対応する図が描かれる。そして、どのような順序でどの精霊の力を作用させ、更にどのような形の力に変換していくかということが図とルーン文字のような記号で表していく。

 その描き方というのが、まさにシステムの設計であり、元設計者の俺は魔法陣に強い興味を覚えた。


 魔法陣には大まかに分けて、二通りの使い方がある。

 一つは魔法の素養の無いものでも魔法が使えるようにするもの。もう一つが強力な魔法を効率よく使うための補助的な使い方だ。

 一つ目は魔道具として利用されている。もちろん、魔法陣だけでは起動せず、魔力を精霊の力に変えるための魔晶石が必要になる。魔晶石と魔法陣の組合せが魔道具と言っても過言ではない。

 二つ目の使い方は一般にはあまり知られていない。

 ルークス聖王国という西の宗教国家で使われているそうだが、複数の魔術師が魔法陣を使って、大規模な奇跡――本では光属性魔法の大掛かりなものと断定されている――を起こすために、聖堂の床に魔法陣が描かれているとのことだった。

 今は失われた技術らしいが、魔法陣を使って、攻城戦に使うような大規模な攻撃魔法や、転移魔法なども行うことが出来たそうだ。


 俺は我を忘れて、その本を読んでいた。

 シャロンが俺の肘をつつくまで、ラスペード教授がこちらを見ていることに気付かなかったほどだ。俺は“気配察知のスキルをもう少し上げないと”と関係ないことを考えながら、教授に謝罪した。


「本に夢中になってしまいました。お待たせしたようで、済みませんでした」


 俺が謝罪すると、教授は「うんうん、よく判るよ。私も同じことをするから」と笑っていた。

 俺は変人で有名な教授に自分と同じと言われ、少し凹むが、すぐに気を取り直す。


「それでは君たちの指導を始めるとしようか。まず、君たちの知識を確認しないと始まらないね。ミスター・ロックハートはミス・ジェークスの知っていることはすべて知っているだろうから、ミス・ジェークスに質問するとしよう」


 この一言でシャロンが緊張してしまった。そういえば、先日までロックハート君と呼んでいたのに、今日はミスター・ロックハートと呼んでいることに気付き、シャロンの緊張を解す意味も含めて、教授にその理由を聞いてみた。


「先日までは学院の生徒ではなかったからね。この学院では公式の場ではそう呼ぶことになっているのだよ。もちろん、卒業すれば別だがね」


 俺はこのラスペード教授が、そんなことを気にしているという事実に驚いてしまった。この人なら、そんなことは関係なく、自分の呼びたいように呼ぶと思っていたからだ。

 この会話でシャロンの緊張も少し解れたようで、教授はシャロンにいろいろと質問を始めた。

 教授は「それでは簡単な質問から行こうか」と言って、質問を始めた。


「魔法の発動に必要なものをすべて教えてくれるかね。その理由も含めて」


 シャロンは頷いて、ゆっくりとした口調で答え始めた。


「まず、術者の魔力が必要です。魔力は精霊に与えるものですから、これがなければ、精霊は力を貸してくれません。次に魔法のイメージです。これが一番重要だと私は思います。理由は魔力がたくさんあっても精霊がそれを理解できなかったら、魔法は発動しないからです。次は呪文ですが、これはそれほど重要ではないと思います。二番目のイメージを強くするだけだと思います……」


 ラスペード教授はシャロンの答えに頷きながら、時折質問を交えていく。


「二番目に言ったイメージだが、君はどういう風にイメージを強めているのかね」


 シャロンは少し考えた後、


「よく判りませんが、魔法で起こすことを何かに例えるようにイメージしています。例えば、空気の鎚(エアハンマー)では、村で冬によく吹く突風を思いながら、それが狭い場所に入ったらこうなるかなと。旋風の刃(ウィンドスラッシュ)は麦畑を吹く風と、麦を刈る大鎌を同時に考えています……これで答えになっているでしょうか……」


 ラスペードは「うんうん、素晴らしい答えだよ」と頷き、更に誰にそれを習ったのかと質問した。


「五歳の時、ザック様、いえ、ミスター・ロックハートから自分がよく見ているものを思い出しなさいと教えてもらいました」


 教授は俺の方を見て、「君は五歳の時にそんなことを知っていたのかね」と驚いていた。


「あまり覚えていないのですが、私も家庭教師のリディアーヌ・デュプレにそう習ったような気がします。恐らく、それを判りやすく例えただけだと思います」


 俺はやや言い訳染みた言い方でそう答えた。

 教授はうんうんと頷いたあと、更に呪文と魔法の発動効率の話や、魔法の規模と必要な魔力の関係について質問していった。

 シャロンはリディに習ったことをきちんと覚えており、それにスラスラと答えていった。

 俺はその光景を見ながら、シャロンの記憶力に感歎していた。


(俺より遥かに良く覚えている。やっぱりシャロンは天才だな)


 十分ほど質問を続けた教授は満足そうに頷き、


「やはり君たちは学院の生徒でいる必要はないね。君たちの知識なら十分に卒業出来るよ。そのデュプレという教師なのだが、何となく記憶にある気がするのだよ」


「四十年ほど前に、この学院を首席で卒業したエルフの女性です。四属性持ちですから、ご記憶にあるのかもしれませんね」


 教授はその言葉でポンと手を打ち、「思い出したよ。四属性持ちで風属性が得意な少女だった」と一人で納得していた。

 俺はラスペード教授の記憶力に驚いていた。毎年二百人近い卒業生がおり、更にリディが卒業したのは三十七年前だ。その間にも七千名以上の卒業生がいたはずだから、その中の一人を思い出せることに感心してしまった。


(俺は人の顔を覚えるのが苦手だったからな。同窓会に行っても誰だっけと、仲の良かった名前を覚えている友人に聞いていたくらいだ。しかし、百年以上もこの学院にいるってことは二万人近い生徒と出会っているんだよな。それでよく覚えていられるものだ……)


 後でキトリーさんにその話をしたところ、大爆笑され、「ラスペード先生が覚えているのは、優秀な人だけよ。恐らく今年の卒業生すら覚えていらっしゃらないと思うわ」と言われてしまった。



 教授はシャロンの知識に納得したのか、講義を始めた。

 講義と言っても、俺たちの質問に答える問答のようなものだ。

 俺は昔からの疑問で、どうしても判らないことがあり、それを教授に質問してみた。


「昔からの疑問なのですが、精霊の力とはいったい何なのでしょうか? 本を読んでも属性神の力の具現化とか、世界を構成する特殊な物質だとかいろいろ書かれているのですが、どうにも納得できないのです」


 教授は俺の質問が意外だったのか、少し戸惑ったような表情を浮かべて、「君は変わったことが気になるのだね。うむ。そう言えば、私も大昔に気になったことがあったような気がするよ」と少し遠い目をした。

 そして、「答えてあげたいところだが、精霊の力とは何かということは、まだ解明されていないのだよ」と答えた。


 俺は教授なら知っていると思っていたので落胆した。

 精霊の力は魔法の根源だ。そして、地球には無かったもので、それが地球とこの世界の最大の相違点だと思っている。

 精霊の力が何か判れば、今の魔法の力をかなり底上げ出来ると思っている。

 俺の魔法に対する大雑把なイメージは、この世界特有のエネルギーを術者の知っている形に変換することだ。その大元のエネルギーの形が判れば、より効率よく変換できるはずだ。

 何が言いたいかというと、変換前のエネルギーが、熱エネルギーなのか、位置エネルギーなのか、電気エネルギーなのかで、変換のイメージが変わってくる。俺は電気エネルギーのようなものと看做みなして魔法を使っているが、それが熱エネルギーだとしたら、効率が落ちている可能性がある。

 例を上げると、火属性魔法を使うとき、熱エネルギーを一旦電気エネルギーに変えて、それから熱を取り出すより、熱エネルギーを直接ほしい形に変えた方が、効率がいいだろうと思うのだ。

 だから、精霊の力がどういったものか知りたかったのだ。


 俺が落胆していると、教授は自分の仮説というかイメージを教えてくれた。


「私はその研究をしていないので何とも言えんのだが、私のイメージでよければ聞かせてもよい」


 俺が頷くと、


「私のイメージは世界を形作るものだ。地面も空もそして人も皆、精霊の力でできておると。物質という説に近いかもしれんが、物質というより力そのものではないかと考えておる……」


「力ですか……人も土も魔物も精霊の力でできていると」


「その通り。君は水属性魔法で水を作ったことがないかね。魔法で物質である水が出来るのだよ。同じように光属性魔法では物質ではない光、光という現象を起こすのだ。つまり、精霊の力とは現象や物質を生み出す力そのものなのだと私は考えておる。物質と考えると、何も無いところから、取り出せるという説明が難しい。何やら理由を付けておるようだが、何にでも変換出来る力と考えた方が自然だと私は思うね。その証拠に光は精霊の力では物質化はできない。光は現象にしか変換できないのだよ……」


 俺は教授の言いたいことがなんとなく判ってきた。

 教授の言う“力”というのは“エネルギー”という意味なのだろう。そう考えると、俺にも理解しやすい。俺の大雑把な魔法に対するイメージと同じだからだ。


「つまり、先生は精霊の力はそれぞれの特性を持った力だと。光の精霊の力は光の特性が、水の精霊の力は水の特性を持った力だと」


 教授は大きく頷き、「私の考えはまさにその通りだよ」と言って、更に説明を加えていく。


「神々の力の具現化という考え方は間違ったものではない。だが、神に祈ったところで、魔法は発動せんのだよ。光神教の狂信者たちがどう言おうとな。光属性の魔法を使おうと思えば、光の神(ルキドゥス)に祈るより、具現化させたいイメージを明確に持ち、光の精霊の力を効率よく取り出した方がよい。彼らの魔法も同じことをしているのだが、彼らは決してそれを認めないがね」


「では、呪文にある神々の名を唱えなくとも魔法は発動するということでしょうか?」


 教授は「もちろん」と大きく頷き、「では、実践して見せよう」と言った。

 教授は「光の精霊よ。我に光を与えたまえ。灯りを(ライト)」と極簡単な呪文を唱え、手に小さな灯りを作り出した。


「このように神の名を唱えなくとも魔法は発動するのだよ。極端な話、呪文の詠唱なしでも魔法は発動するのだが、これはイメージ力がかなりいるから、効率が悪いがね」


 そして、魔法の灯りを消してから、


「実際、君たちも知っているはずだよ。灯りの魔道具を点けるときに一々、光の神(ルキドゥス)の名を唱えたりせんだろう」


 確かにその通りだと思った。

 魔道具は魔法を発動させる道具であり、その道具を使うのに呪文は必要ない。更に言えば、魔力を込めるという作業だけで、精神集中すら必要ないのだ。


 教授は笑みを浮かべ、「もちろん、私の考えが正しいとは限らんよ」と言ってきた。


「まだ、誰も証明していないのだから、物質説も神々の力という説も間違いではないかもしれんのだ。こういうことは決め付けない方がよい」


 教授とこのような問答をすることは、俺にとっては知的キャッチボールのようで、とても楽しかった。

ようやく少しだけ魔術学院らしい話になりました。

次話も教授の話です。

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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
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