第四十一話「ベアトリス・ラバル」
ベアトリス視点です。
今日は槍の修理後の調整があるから、元々、森に入る予定はなかった。
あたしがギルドに行ったのは単に暇つぶしだったが、何となく面白いことが起きそうな気がしたから行ったのだ。
そして、それは大正解だった。
あたしがギルドに入ろうとしたとき、入口に若いテリーが転がってきた。
どうせ酔って喧嘩でもしたのだろうと思ったが、一向に誰も見に来る様子が無い。
いい加減、助けに来たらどうだいと思ったあたしは、「外にテリーが転がっているぞ! 誰も気付かなかったのかい!」と言いながら、中に入っていった。
中に入ると、口をあんぐりと開けたテリーの仲間たちがカウンターの方を見ていた。あたしも釣られてカウンターを見ると、マントのフードを被ったまま座っている者と、十歳くらいの男の子が受付のティナと話していた。その子はあたしの声を聴いて振り向いた。
あたしはその子の顔を見て、きれいな子だなと思った。そう、金持ちの中年女や男色のジジイなどが見たら、涎を垂らして求めそうなほどだ。だが、その子の目はそんな奴らが見たら腰が引けそうなほど命の力に満ちていた。そう、退廃的な雰囲気など微塵も無く。
あたしに美少年を愛でる趣味は無い。だが、その目を見た途端、あたしの好奇心が刺激された。
そして、用が済んだのか出て行こうとするその少年に、「坊やがテリーを伸したのかい?」と無意識のうちに声を掛けていた。
少年は、あたしの不躾な問い掛けに丁寧に答えてきた。どうやら、きちんとした教育を受けた上流階級の子供のようだ。
「剣で斬りかかられたので、魔法で反撃しました。一応手加減はしましたので、ケガはしていないと思いますが、もし、ケガをしているようなら、治療しますが」
あたしは魔法という言葉に「ほう、魔法でね……ケガも治せると」と呟きながら、彼の足捌きを見ていた。体重の移動を見る限り、いつでも回避出来るように身構えているし、それ以前に隙が見当たらない。
「ただの魔術師じゃないようだね。ちゃんと修業をしているって感じか。テリーがやられるのも仕方が無いか……」
知らぬ間にそう呟いていた。
あたしが独り言を言っている間に、彼ともう一人のマントの者は入口に向かっていた。あたしは思わず、「待ちな」と声を掛けてしまった。
我ながら口調がきついなと思ったが、彼は怯える様子も見せず、「何か御用でしょうか?」と聞き返してきた。
あたしはこんなでかい体をしているし、顔の造りも恐ろしいようで、子供に怖がられることが多い。この子くらいの年なら、何とか話は出来るが、それより幼い子供だと、近寄っただけで泣かれることもある。
あたしは失敗したと思いながらも、「テリーは舎弟でも何でもないが、どうやら一般の客に迷惑を掛けたようだ。詫びをしようと思ってな」と言ったが、彼は笑顔でそれを断ってきた。
あたしは少し面白くなり、無理に笑顔を浮かべて、「まあそう言うなよ」と言いながら近づいていく。
彼が少しだけ身構える感じがしたが、あたしは彼の名を聞くことにした。
「あたしはベアトリス。ベアトリス・ラバルだ。坊やは?」
彼は「ザックです」と警戒するような感じで答えた。あたしの勘が正しければ、上流階級の子供だから、本名じゃないはずだ。きっと頭の回転が速いのだろう。この状況を考えて、愛称だけを伝えてきたのだと思った。
ザックという名を聞き、あたしにはようやく彼が誰か判った。
以前イアンが言っていた恐ろしく腕の立つ子供、そして、今、ドクトゥスの旧市街で話題を攫っている天才、ザカライアス・ロックハートだと。
あたしは「ちょっと付き合ってもらえないか」と言いながら、更に近づいていく。
そうすると、マントを着た冒険者が、彼を庇うようにあたしの前に立ち塞がった。
その冒険者がマントのフードを取ると、そこには美しいエルフの女が立っていた。その女は濃いエメラルドグリーンの瞳であたしを睨みつけてきた。その時あたしは別のことを考えていた。三十年生きてきたが、これほど美しい女に会ったのは初めてだと。
そんなことはお構いなしに彼女は「私はリディアーヌよ。私のザックに何の用かしら?」と“私の”という部分を強調しながら、挑発するような声音であたしを見上げていた。
後ろにいる若い奴らが溜め息のような声を出しているが、あたしにもその気持ちはよく判った。これほど美しいと嫉妬すら湧かないと、関係ないことを考えるほどだったからだ。
あたしは何とか我に返り、
「裏の訓練場で坊やの実力を見たいんだよ。別に取って食おうってわけじゃないよ」
リディアーヌは「急いでいるのよ。それに子供相手に何を見たいのかしら?」と一歩も引かない。あたしの前に立っても特に怯まないところを見ると、見た目とは違い、かなりの手練のようだ。
あたしは面白くなり、大声で笑い始めた。
「アハハハ! 今、話題の天才、ザカライアス・ロックハートの実力が見たいだけなんだよ。そうなんだろう?」
さすがに自分の名が告げられると思っていなかったのか、彼は目を見開いて驚いていた。そして、すぐに警戒するような表情に変え、あたしを睨み付けてきた。
あたしがイアン――巨大ムカデに襲われ、ザックたちに助けられた若い冒険者――から聞いたというと、彼は本来の自分を少し出してきた。そう、このあたしに物怖じもせず、堂々と反論してきたのだ。
身長が五十cmも高い、目付きの悪い大女に睨まれても全く怯む様子が見えない。
「実力を見るも何も、俺にメリットがないじゃないですか。ただでさえ、言い掛かりをつけられて迷惑してるんです。それに剣で斬りかかられたんですよ。それなのに更に付き合えと言うんですか? おかしいと思いませんか?」
その言葉にあたしは少しだけ驚いた。そして、更に愉快になり、大声で笑い声を上げてしまった。そして、彼の顔を覗き込むように屈み込み、
「アハハハ! 面白い子だね。このあたしが怖くないのかい? いい度胸だよ!」
こんなことをするから、怖がられると判っているのに笑いが止まらない。
「メリットがあれば付き合ってくれるんだね。いいだろう。何か望みがあれば、言ってごらん? 何なら添い寝をしてやってもいいぞ。アハハハ!」
余計な一言を言ってしまった。だが、彼を見ると、あたしのことを冷静な目で観察しているようだった。
あたしは少しだけ凄みを加え、「本当に見掛けとは違うようだね」と言いながら彼を見た。
彼はその視線を正面に受けながら、あたしの視線を外そうとしなかった。
数秒ほど見詰め合っていると、リディアーヌが再び彼の前に割り込んできた。
そして、あたしを睨みつけ、「子供相手に殺気をぶつけるなんて、大人の女のすることじゃないわね」と言い放った。
確かに彼女の言うとおりで、少し調子に乗りすぎたと反省していた。
あたしがそんなことを考えていると、表情を緩めた彼が、「ベアトリスさんは三級以上ですよね」と尋ねてきた。
あたしは突然の問いに「ああ、三級だが」と答えるのが精一杯で、理由を考えることができなかった。あたしが戸惑っていると、彼が軽口を叩くように話しかけてきた。
「添い寝というのも魅力的ですけど、俺の実力を見て、後見に値すると思ったら、後見人になってもらえませんか? 冒険者ギルドに登録したいんです」
あたしにはその申し出が意外だった。学院の首席といえば、将来を約束されたエリートだ。そんな彼が冒険者登録をしたい理由が判らなかった。
あたしはそこで考えるのを止めた。この子の思惑がどうであれ、付き合えば面白そうだと思ったのだ。
そして、彼を伴ってギルドの裏にある訓練場に向かった。その時は魔法と剣が多少使える程度で、それほど期待していなかった。まあ、迷惑料として後見人になってもいいとは思っていたが。
テリーの仲間たちも暇なのか、勝手に付いて来ている。もちろん、あたしには関係ない。こいつらはパーティメンバーでもなければ、舎弟でもない。そもそも、あたしは固定のパーティを組んでいない。
獣人の、それも最強といわれる王虎族のあたしは、見た目が恐ろしいらしく、なかなか仲間ができなかった。何回か一緒にパーティを組んだが、何度か一緒に依頼をこなすと、“あんたとは実力が違いすぎるんだ”とか言って、パーティを解消されてしまう。それなら、実力のあるパーティに入れればいいんだろうが、そういうパーティは既にメンバーが固定されている。だから、あたしが入る余地なんてほとんどない。
男も同じだった。男って奴は何で大きな胸が好きなんだろう。あたしのこの胸を目当てに、結構男は寄ってくる。だが、何度か閨を共にすると、すぐに別れの言葉を切り出されてしまう。“男としての自信をなくしちまうんだよ”と言って。もちろん、あたしを見ず、胸だけを弄っているような奴は、こっちから捨ててやっているが。
話は逸れたが、結局、あたしはソロでやるしかなかった。そのため、いろんなパーティに助っ人に入ることになり、顔だけは広くなった。
そんなことから、あたしのことを姉御と呼んで慕ってくるテリーたちのような奴らもいるが、そう呼ばれるほど面倒を見ているわけじゃない。
訓練場につくと、あたしは訓練用の槍を手にしてから、彼に木剣を選ばせた。イアンの言うことが本当なら、この歳で魔道剣術士ということになるから、それを確かめるつもりだった。
彼は気負いもなく剣を選び、「魔法はどうしますか?」と尋ねてきた。本当におかしな子だとあたしは思った。学院の首席なら、魔法で勝負するのが普通だろう。
あたしは最初から魔法を使わせるつもりでいたので、「この距離だと、普通に呪文を唱えただけじゃ難しそうだね。最初に撃たせてやるよ」と言ってやった。その時、あたしは彼の実力を読み誤っていた。いくら天才でも僅か十歳、足捌きからそこそこ剣の修行はしていたんだろうが、それだけに魔法との両立は無理だろうと。
「それでは先に攻撃させてもらいます」
彼はそう言って、あたしの知らない魔法の呪文を唱え始めた。
呪文を唱え終わると、彼の右手から透明な鳥が飛び立っていく。模擬戦の最中だというのに、目を奪われるほどの完成された美しさがその透明な鳥にはあった。
すぐに気を取り直し、迎え撃つため身構えた。拍子抜けすることに、それは円を描くように天井に舞い上がっていった。
あたしは何が起こったのか一瞬理解できなかった。だが、上にいった透明な鳥に危険なものを感じ、そちらにも注意を払いながら、彼にも注意を向けていた。あたしがどう行動しようか迷っていると、彼はさっきと同じ呪文を唱えていく。
あたしはそれを見て自分の目を疑った。
このドクトゥスという土地柄、魔術師と行動を共にすることが多い。当然、魔法については他所の土地の冒険者より、知識はあると自負している。
だから、二つの魔法を並行で発動する非常識さに唖然としたのだ。
彼の非常識さはそれだけじゃなかった。先に飛ばした魔法で後ろから攻撃し、次に放った魔法で足元を狙ってきたのだ。そもそも、魔法で飛ばした物を自分の意のままに操るなど、ここドクトゥスにいても見たことが無い。この魔術師ギルドのお膝元でだ。
だが、それだけなら、まだ対応できた。彼の恐ろしさはそれだけじゃなかった。
彼は魔法を飛ばしておき、あたしがそれに対応せざるを得ない状況に陥れておいて、その隙をついてきた。彼は子供とは信じられないほどの瞬発力を見せて、あたしに斬りかかってきた。
あたしはそこで腹を括った。すべての攻撃は防ぎ得ない。ならば、足元に飛んでくる魔法は諦め、致命傷になりえる正面の剣と頭に向かってくる魔法に対応しようと。
あたしは久しぶりに燃えていた。王虎族の血がそうさせるのか、戦いになると気分が高揚する。そして、強敵に出会うと更にそれは強くなった。
そう、あたしは十歳の子供相手に熱くなっていた。
全力で飛ぶように彼は近づいてくる。あたしも同じように、全身の筋肉を使って、彼に向かって跳んだ。彼はあたしの行動を予想していなかったのか、僅かに戸惑いの表情を見せた。
そこであたしは気付いた。
この子は天才だが、経験が不足していると。だが、彼もそのことに気付いていると本能的に判っていた。
面白いと思った。
あたしは自分が持ちうる最高の技を繰り出して、彼を攻撃した。
彼の視線を追って、後ろから来る魔法を避ける。だが、自由に動かせる魔法だと思い出し、戻ってこないように槍で叩き落しておいた。
彼は驚いた表情を見せるが、あたしはその表情が嬉しくニヤリと笑った。そして、戸惑っている彼に槍を繰り出していった。
あたしの予想通り、彼は経験不足だった。一撃目と二撃目のスピードを変えると、彼の対応はすぐに後手に回っていった。
彼は防具を着けていない。それを知っていたから、一応手加減は加えたつもりだったが、槍の先が鳩尾に入ると、彼は反吐を吐きながらのた打ち回った。
あたしは少し焦った。いくら修業をしているとはいえ、十歳の子供に当てることはなかったと。
あたしが反省していると、足元を狙ってきた魔法が左太ももに命中した。命中した瞬間、痛みを覚悟したが、どうやら彼の方がちゃんと手加減してくれたらしく、風属性魔法なのに革鎧に傷を付けることなく消えていった。
あたしは今日何度目かの驚きを感じていた。普通の魔術師は魔法の質を変えることはしない。模擬戦でも多少威力を弱めることはあっても、切れ味を変えるような細かな芸をすることはほとんどないのだ。
彼は胃液を吐き捨てて立ち上がろうとしていた。
大の大人でも立ち上がれないような一撃を受けながらも、剣を杖にして立ち上がり、「もう一戦やりますか? それも魔法なしで」と普通に言ってきた。
あたしはさっきまでの余裕を失い、答えることができなかった。どれだけ厳しい訓練を受ければ、こんな風に立ち上がることができるんだろう。後ろで見ている若い奴らなら、これだけのダメージを受ければ、十分くらいは休憩しているはずだ。
周りで見ていた奴らも同じように考え、言葉を失っているようだ。
あたしが沈黙しているため、彼は少し困ったような顔で、「じゃ、これで終わりでいいですか?」と尋ねてきた。
あたしは「あんたは何者なんだい?」と掠れた声で呟いていた。
彼はその独り言に律儀に答えてきた。
「俺はザカライアス・ロックハート。ティリア魔術学院の生徒。それ以上でもそれ以下でもないですが?」
あたしは彼に何を言っていいのか判らず、「久しぶりだよ。これほど驚かされたのは」とだけ言えた。
そして、自分が魔法を受けたことを思い出し、「さっきは済まなかった。あんたの魔法を舐めていたよ」と頭を下げた。
その後、魔法なしで手合わせをした。
剣の腕はこの歳の子供としては驚異的で、二十歳を過ぎた七級程度の剣術士を上回っているように思えた。
何よりスピードが素晴らしい。
獣人のあたしに本気を出させるほどのスピードで攻めかかってくるのだ。さすがに槍と剣のリーチ差で懐には入らせなかったが、それでもあたしの槍を易々と回避していた。もちろん本気で技を繰り出せば、負けることはないが、それでもあたしに本気を出してもいいと思わせる腕だった。
更に彼の攻撃は多彩だった。
正統な剣術を学んでいることは構えから判ったが、それだけじゃなく、足払いのような攻撃を仕掛けてきたり、とんぼ返りのような突拍子のない動きを加えたりしていたのだ。相手があたしじゃなく、もっと若い連中なら、その動きに翻弄され、彼が主導権を握っていただろう。
それに腰に着けている投擲剣も飾りじゃないんだろう。今回は使わなかったが、剣と同じくらい投擲の才能があれば、槍のリーチを生かすのも難しかったかもしれない。
だが、残念なことに彼のスタミナが続かなかった。あたしはもう少し続けたいなと思いながらも、剣を弾いて喉元に槍を突きつけた。
彼は満足そうな笑顔であたしに礼を言ってきた。
あたしは一瞬不思議に思ったが、すぐに彼の意図が判り、少し気恥ずかしかった。そして、「礼を言われるようなことじゃないよ」と言って、槍を下ろした。
あたしは本気で彼の後見人になろうと思った。そして、この子がどこまで強くなるか見ていきたいとも。
あたしは後見人になる条件を付けた。あたしとパーティを組むという条件だ。
あたしがそのことを言うと彼は理解できないというように呆けた顔をした。正直、あたしは傷付いた。
彼は「もう一度言って頂けますか?」と丁寧な言葉で尋ねてくる。
あたしは内心の落胆を隠しながら、後見人となる条件はあたしとパーティを組むということだと繰り返した。
彼はどうしていいのか判らないと言った感じで、後ろにいたリディアーヌに声を掛ける。彼女はあたしの意図を理解したのか、不満気な顔をあたしに向けるが、彼の問いには答えなかった。
困り果てたという表情で、パーティを組むのは恒久的なことかと聞いてきた。
あたしはこういう誘い方をしたら、普通は臨時のパーティではないだろうと言いそうになったが、正直に自分の気持ちを伝えてみた。
だが、彼は理解できないというように首を横に振り、きっぱりと断ってきた。
正直言って、断られるとは思っていなかった。
あたしは少し凹んだ。
そして、傷付いた心を誤魔化すため、大袈裟な手振りで肩を竦め、「振られちまったね」とおどけるしかなかった。
だけど、あたしは諦めなかった。時々組むならいいのだろうともう一度誘ってみたのだ。
彼はそれに頷いてくれた。
あたしは喜びを隠すように更におどけた口調で「判ったよ。このベアトリス姐さんがあんたの後見人になってやるよ」と言っていた。
彼は真面目な表情で「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
そのよそよそしい仕草に少しだけ寂しさを感じ、思い切ってそれを告げると、彼は仲間のように普通にしゃべってくれるようになった。
翌日、彼の幼馴染であるシャロンという、小さな魔術師の実力を見ることになった。
シャロンはあたしの腰くらいまでしかない小さな愛らしい少女で、貴族のご令嬢と言っても信じてしまいそうな美少女だった。
あたしは本当に森に入るのかと最初は疑った。それでもザックが言っているのだからと、シャロンに近づき、視線を合わせるため、彼女の前でしゃがんだ。
それが失敗だった。
シャロンはあたしに怯え、小さく悲鳴を上げた。あたしはまたやっちまったと思い、彼女に謝った。
だが、ザックはあたしを庇うように、シャロンをなだめてくれた。そして、「ベアトリスは美人だと思うぞ。体が大きいだけで別に怖くもないし」と言ったんだ。
あたしは顔が熱くなるのを感じた。
今までそんなことを真顔で言われたことはなかった。それもリディアーヌとシャロンという美女と美少女に囲まれている彼が、そう言ってくれたのが無性に嬉しかった。例え、後見人であるあたしへの気遣いであったとしても。
あたしはその言葉で舞い上がり、赤くなった顔を誤魔化すことしかできなった。
そして、四人で森に入った。だが、最初に出会った魔物が良くなかった。
殺人蜂は強力な毒を持つ危険な魔物だ。動きは直線的だが、一刺しされれば、こちらは戦闘不能になる。それが十匹もいるとなれば、普通は逃げ出している。
だが、ザックはいいカモが来たと言って笑い、シャロンと二人で攻撃すると言ってきた。
あたしは経験不足のせいで彼が判断を誤ったと思った。
その時、あたしは覚悟を決めた。
キラーホーネットが十匹なら、自分とリディアーヌの二人で倒せるだろうと。
だが、ベテランであるはずのリディアーヌは、心配そうな表情を見せず、逆に余裕の笑みを浮かべていた。
そして、その理由はすぐに判った。
二人はキラーホーネットに自分たちの姿を曝して誘き寄せた上、風属性魔法の刃の竜巻を同時に放った。二人の息はぴったりで、全く同じ大きさの竜巻が二本同時に現れたのだ。
その後は正直よく覚えていない。あまりに簡単にキラーホーネットを倒したから、頭が理解することを拒んだのかもしれない。
あたしはシャロンと言う少女も天才なのだと、ようやく理解した。
そして、彼女の後見人になった。
その日の夕方、あたしとの出会いと、ザックたちが冒険者登録したことを祝い、祝宴を上げることになった。
ザックたちの家に招待されたのだが、更に驚かされた。
風呂があったのだ。
風呂と言えば、王族か大貴族の屋敷にしかないというのが常識だ。このドクトゥスでもギルドのお偉いさんの家にあるかないかくらいだろう。
そして、更に驚いたのは、その風呂は魔法で水を張り、魔法で沸かすというのだ。魔術師ギルドのお膝元であるこの街でも、魔法を使ってそんなことをする奴はいない。
まあ、ザックたちならあり得るなと思ったが、あたしは風呂にどうやって入ったらいいかなんて知らない。彼もそれに気付いており、リディアーヌに入り方を教えるよう指示していた。
そのリディアーヌなのだが、パンや酒を買いに行った時に一杯ひっかけてきたのだろう。酒の匂いをさせて、かなり陽気になっていたから。
それだけなら問題ないのだが、酔うと大胆になるのか、風呂の入り方を教えた後、あたしの体をペタペタと触り始めたのだ。
あたしには女同士で愛し合う趣味はない。触られても別に嫌というわけではないのだが、リディアーヌはあたしの胸に興味を持ち、「大きいわね」とか、「何が入っているの」とか言って触りながらからかってくる。酒場の酔っ払いのオヤジと同じようだとあたしは思っていた。
あたしが困っていると、ザックが外から助け船を出してくれ、何とかのんびりと湯に浸かることができた。入ってみて初めて判った。風呂というのはこんなに気持ちの良いものなのだと。
風呂を上がり、用意してある部屋着に袖を通してみたが、やはり小さい。だが、着れないことはなかったので、そのままザックたちのところに戻ったのだが、彼があたしを見て、急に赤くなった。
そう、あたしの体を見て恥ずかしがっているのだ。
さっき、リディアーヌが出てきた時は何も感じていないようだったから、あたしは少しだけ優越感を感じたが、あまりに彼が恥ずかしそうにするので、こっちまで恥ずかしくなってしまった。これでは話もできないと急いで着替えにいった。
その後はうまい料理に舌鼓を打ち、いろいろな話をした。
彼らの故郷のこと、学院のこと、そして、森での戦闘のこと。
一番驚いたのは、彼が学院を卒業するまでの五年間で宮廷魔術師以上の魔術師になり、更にはベテラン傭兵並みの剣術士になろうとしていることだった。
彼は良く理解していないようだが、レベル四十以上の魔道剣術士というのはかなり希少な存在だ。近くにリディアーヌと言うレベル四十越えの魔道弓術士がいるから、そのことに気付いていないのだろう。だが、接近戦を主体とする剣術士と魔法と同じ遠距離攻撃の弓術士では全く意味が違う。
魔道剣術士として、それだけの実力があれば、大抵の騎士団に入ることができるし、傭兵なら自分の傭兵団を作ってもおかしくはない。普通なら才能ある者が二十年以上努力を続け、初めてなれるほどのレベルなのだ。彼はそれを僅か五年で成し遂げようとしている。
あたしにはこの子が焦っているように見えた。そう、何か目的があってそれに間に合わせようとしていると。
あたしはそれを知りたかったが、まだ出会って二日目だ。あたしから聞くべきことじゃないだろう。いや、いつものあたしなら、遠慮なく聞いていたはずだ。だが、今回は彼に嫌われないよう遠慮したのだ。
これは誰にも言えないことだが、あたしはこのザックと言う子に魅かれていた。見た目や才能に魅かれたというより、年上の男性に魅かれるような、そう、彼の包容力のようなものに魅かれた。
おかしな話だと自分でも思っている。
あたしの息子だと言ってもおかしくないほど年が離れているのに、彼があたしを守ってくれるような、包み込んでくれるような気がしているのだ。
全く馬鹿な話だ。
帰り際、彼はあたしを見送ってくれた。あたしはその時、この家で彼と一緒に住んでいるリディアーヌやシャロンを羨ましく思った。
そして、あたしは「どうしてもっと早く出会えなかったんだろうね」と呟いていた。
幸い彼には聞こえなかったから良かったが、もし聞かれていたら、顔から火が出るくらい恥ずかしかったと思う。
それでも、昨日出会えたことを神に感謝したい。少なくとも彼はあたしを拒まなかった。そして、これから一緒に過ごす時間を与えて貰えたから。




