表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第二章「学院生時代:学術都市ドクトゥス編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/529

第三十七話「情報屋サイ・ファーマン」

また調子に乗って書いたら一万文字を超えていました。

今回はかなり長いですが、一話として投稿します。

 俺は本来なら冒険者を引退しているはずだった。

 五年前、三十歳の時に山でドジを踏んだ。その時、右足の指を失って、剣術士としての力をほとんど失っちまった。

 この街、ドクトゥス以外なら、良くて飲み屋の親父、悪けりゃ、女房に養われていたかもしれん。いや、下手をすりゃ、女房に捨てられ、野垂れ死んでいたかもな。

 だが、俺、サイ・ファーマンはまだドクトゥス(この街)で冒険者として生きている。


 なぜ冒険者に拘るのか。

 よく聞かれる質問だ。

 だが、答えは簡単だ。そう、冒険者は税金が安い。報酬から勝手に天引きされているから、実質、依頼主が税金を払っていることになる。

 若い奴はたかが税金だろと言うが、なめちゃいけない。


 じゃあ、冒険者を引退したらどうなるのか。

 飲み屋なんかを始めれば、店に税金は掛かるし、子供(ガキ)が生まれりゃ、人頭税も掛かる。何だかんだで、年収の半分以上を税金で持って行かれる。

 そこまで聞けば大抵の奴は冒険者が割のいい商売だって気付くんだ。


 そして、俺のやっている情報屋の仕事は更に割がいい。

 報酬は一回五十から百(クローナ)(=五万円から十万円)。月に四、五回依頼があるから、最低二百C以上の収入がある。

 この程度の収入だと、七級以下の駆け出しと大して変わらんが、俺の仕事は武器や防具に金が掛からない。聞き込みの時のちょっとした経費は掛かるが、ほぼ満額が手取りになる。

 特に学院の教授連中からの依頼は報酬もいいし、期限も無いに等しいから割のいい仕事だ。お得意様のエルバイン教授――リディアーヌの旧友、キトリー・エルバイン――の仕事は、商業ギルドの伝手つてに話を聞くだけの簡単な仕事の割に報酬がいい。



 そして、九月二十四日の朝、ギルドでそのエルバイン教授の紹介という依頼があると教えられた。

 受付で話を聞いてみると、ティリア魔術学院の生徒の依頼だそうで、概略のみ教えられ、詳細はその生徒に聞いて欲しいとのことだった。

 俺はその生徒、ザカライアス・ロックハートに興味を持った。

 彼のところに詳細を聞きに行く前に、依頼者について調べてみた。依頼者が初めての相手の時にはいつもやっていることだ。相手のことを知らなければ、何を求めているのか判らないからな。


 まず、ザカライアス・ロックハートという名には聞き覚えがあった。今年の学院入学生の首席で、あの(・・)リオネル・ラスペード教授が絶賛したという話をエルバイン教授から聞いていたからだ。

 その程度の知識では話にならないが、あまり時間がない。受付のティナが、俺は毎朝ギルドに顔を出すから、午前中には依頼者のところに行くと言ってしまっていたのだ。


 俺は急いで情報収集を行った。

 数少ない学院関係者に話を聞き、カエルム帝国の辺境、ラスモア村の出身であること、次席のシャロン・ジェークスとは幼馴染で一緒に住んでいること、そして、魔法のレベルが既に二十を超え、実技講師よりレベルが高いことなどが判った。

 だが、それだけでは人となりが全く判らない。こういう時に一番知りたいのは依頼者の人となりだ。それを知っていれば、相手が本当に知りたい情報が何か判りやすい。

 知り合いの学院関係者のもとを後にし、その足でエルバイン教授に会いにいった。そこで、彼が教授の旧友、リディアーヌ・デュプレの教え子であり、非常に優秀な魔術師であると聞かされる。

 エルバイン教授の話では、


「彼は凄いわよ。全属性持ちなんだけど、全然驕らないし。それに一を聞けば十を知るみたいな理解力は驚異的なの。ラスペード先生がぜひ助手にっていうのは良く判るわ」


「で、その天才が俺に何を調べてほしいって言うんですかね?」


 教授は「それは彼から聞いたら」と言うが、俺ができれば先に知っておきたいというと、教授はあっさりと俺を紹介した時の話をしてくれた。


「あの子とシャロンっていう子なんだけど、クラスでいじめられているのよ。多分ワーグマン議員の息子が主導してね。それだけじゃないの。クラスの担任のベネット教諭もそれに加担しているらしいわ」


 俺は「いじめですか」と少し落胆したような声を漏らしてしまった。だってそうだろう。子供のいじめ程度の話と聞けば、詰まらないと思うのは仕方の無い話だ。

 だが、俺の溜め息にも似た言葉を聞いた教授は少し笑い、


「ガッカリした? でも、あの子が考えた推論を聞いたら、ビックリするわよ。それも大した情報が無いのに、何でここまで考えられるのかってね……」


 教授の話はこうだった。

 彼らを追い出そうとしているのは同級生ではなく、次期議長候補筆頭のワーグマン議員を追い落とそうとしている勢力であり、彼ら二人はその出汁に使われているという推論だった。

 その推論は論理的であり、証拠は全くないものの、誰が聞いても納得せざるを得ないほどの説得力を持っていた。

 俺は思わず、「十歳の子供が考えた話っていうのは本当なんですか?」と聞いてしまった。

 俺は口に出してから、しまったと思ったが、これは仕方が無いことだとすぐに開き直った。


 それはそうだろう。

 十歳の子供が政治の、それも最も汚い部分を冷静に分析したのだから。更に恐ろしいのは、自分たちの立ち位置についても、冷酷と言えるほどの考えを示している。

 あのくらいの年の子供なら、自分が世界の中心だと思ってもおかしくはない。だが、彼は自分たちが政治にさえ関わらなければ、自分たちにとって大きな問題にはならないと言い切っていた。その上で自分の推論が正しいかを確認するだけのために、俺に情報収集を依頼してきたのだ。

 エルバイン教授は俺の呟きを聞き、「あなたがそう思うのは普通のことよ。私も初めて会った時にはそう思ったんだから」と笑っていた。


「これは私からのお願いでもあるの。今、学院があの子を失うのは大変な損失なの。だから、あの子が学院に残れるよう手伝って欲しいのよ」


 俺は少し混乱していた。俺にそんな天才の手助けが出来るのかと。


「俺に手伝うことなんてあるんですかね。もうほとんど答えが出ているような気がするんですが」


 教授は俺の自信無げな言葉に笑顔を見せ、


「あなたもそう思うでしょ。私もそう思ったのよ。でもね。あの子は違うの。自分の推論が正しいのか、きちんと確認した上で、更に何か手を打とうと考えているわ。だから、出来るだけ、彼の知りたいことを調べてあげて欲しいのよ」


 俺は教授の研究室を後にし、更に彼の家の近くで聞き込みを行った。

 近所で話を聞くと、彼らはよく森に入っているそうで、森で獲った魔物の肉を分けてくれると非常に評判が良かった。

 隣のノヴェロという家の婦人は、


「引っ越してきた時から礼儀正しく挨拶しに来たのよ。それに、あの店のパンがおいしいとか、市が開かれるのはいつとか、そんなちょっとしたことを教えてあげるだけでも、きちんとお礼を言ってくれたわ。最初はね、結構ドキドキしたのよ。ご近所のリトルフさんは魔術学院の事務をされていて、ザック君のことをちょっとだけ教えてくれたんだけどね、何でも騎士の家の生まれっていうし、学院を首席で合格したって聞いたから、どんなに傲慢な子が来るのかって心配だったのよ。何せ、うちには小さな女の子が三人もいるから……そうそう、面白い話があってね……」


 話し好きなのか、途中で何度か話が脱線したが、家を借りた時の話を聞き、俺は自分の耳を疑った。

 マクラウドと言えば、やり手の不動産業者だ。俺は商業ギルドに知り合いが多いから知っているのだが、彼は商売に関して、とてもシビアだそうだ。その彼が子供に教えを請うために、かなり高額なテーブルを無料で贈ったという話は、俄かに信じられなかった。

 どんな内容なのかは判らないが、マクラウドの店にも教えに行ったそうだから、本当に役に立つことなんだろう。後で調べてみたら、高度な商売に関する計算だそうだが、俺には難し過ぎて、さっぱり判らなかった。


 彼の人となりはある程度理解できた。と言っても、俺はかなり混乱していた。聞けば聞くほど十歳の子供とは思えなかったからだ。

 近所への挨拶などは保護者であるリディアーヌが考えたのかもしれないが、貴族の子供が平民に対して、腰が低いというのが理解できない。ノヴェロ夫人の話を聞く限りでは、やり手の商人のことを聞いているような感じしかしなかったのだ。

 俺は混乱した頭を整理しながら、彼の家に向かった。



 彼に初めてあった印象は少し日に焼けているが、整った容姿であり、まさに貴族の子息というものだった。

 俺は簡単な挨拶をした後、いつものように笑顔を作り、


「詳しいことはザカライアス・ロックハートに聞けと言われたんでな。で、どんな情報を集めたいんだ?」


 彼は落ち着いた感じの語り口で、


「集めて欲しいのは、評議会のワーグマン議員に関する情報です。議員の人となり、政策、信条、人脈。それに重要なのは彼の政敵が誰かということ。できれば、複数の情報ソースから聞いた結果が欲しいですね」


 俺は複数のソースという言葉の意味が理解できず、「複数のソース? どういう意味だ?」と聞いた。

 彼は説明を省略したことを詫びながら、


「彼を支持する者と支持しない者と言う意味です。できれば、全くの第三者の情報があればいいんですけど、金額的なこともありますから。出来る範囲でやって頂ければ問題ありません」


 とりあえず、やることが判ったので、依頼を受けると伝える。


「金貨一枚(百(クローナ)=十万円)分は期待してくれていい。それにお得意様のエルバイン教授の紹介だ。出来る限りの情報は集めてやるよ」


 俺はそう言って、右手を彼に差し出した。

 彼は剣ダコで硬くなった右手で俺の手をとり、しっかりと握り返してきた。

 俺はその右手に違和感を覚えた。魔術学院の首席がなぜ剣ダコを作るほど剣術に拘るのかと。それより、魔術と剣の修行を並行してやりながら、首席で受かったことの方が驚きだったが。

 俺がそんなことを考えて少し呆けていると、彼は俺の目を見ながら、期限について話し始めた。


「期限は十日後の十月四日。五日後の九月二十九日に進捗状況を教えてください。その上で調べて欲しい情報を追加するかもしれません。もちろん、その場合は契約にあるとおり、追加報酬も出すつもりです」


 その後、落ち着いた語り口で更に判りやすく依頼内容を説明してくれた。

 帰り際に「私がこんな感じで話しても不思議そうにしないのはなぜですか?」と聞いてきた。

 俺は思わず苦笑しそうになった。

 確かに初対面の十歳児がこんな話し方をすれば、誰でも驚くだろう。


 彼のことをいろいろ調べていたが、それを言うとあまりいい印象をもたれないと思い、俺はエルバイン教授から聞いたとだけ伝えた。


「エルバイン教授から聞いている。それにあの(・・)ラスペード教授が千年に一人の天才だと言っているんだ。何があっても驚くには値しない」


 今度は彼が苦笑した。やはり、他でも調べたことを言わなくて良かった。



 正直言って、今回のような依頼は初めてだった。

 いつもの依頼は、珍しい書籍を持っている商人がいたら連絡をくれとか、新しく発掘された遺跡の情報を探してほしいとか、この街を通る商人や傭兵たちに聞くだけの仕事が多かったからだ。

 確かに噂を集めると言う仕事だから、いつもとそれほど変わりはない。だが、今回は街の権力、魔術師ギルドに関わることなので、安易に話を聞くことができない。


 商業ギルドと傭兵ギルド、もちろん、冒険者ギルドにも多くの伝手つてを持つが、魔術師ギルドにはそれほど多くの伝手はなかった。

 学院に至ってはエルバイン教授と事務方の情報通を自認する男くらいしか知り合いはいない。後は教授と同じような依頼をしてくる私塾の講師がいるが、私塾の関係者はあまりギルドの情報を持っていない。


 そこで、まずエルバイン教授の依頼を受けたような振りをして、魔術師ギルドの若い職員たちに接触することにした。

 ギルドの近くの食堂には、多くの職員が食事に行く。

 魔術師ギルドの本部は夜だろうが、お構いなしなのか、午後八時の鐘が鳴る頃になっても仕事をしている職員が多い。

 そのため、仕事が終わった後の一杯を近場で済ます者が多かった。


 俺は近くの食堂兼酒場で張り込み、若い職員に接触した。

 エール一杯を奢り、学院のエルバイン教授が新しい書籍を探しているので、新規の取引業者を知らないかと言った偽の情報収集で近づいていった。

 そして、教授が研究費の増減を気にしていたという感じで、学院の改革の話に持っていく。


「噂じゃ、学院の改革を一気に進めるって聞いたんだけど。本当のところはどうなんだろうね?」


 俺がそう水を向けると、話好きの二十代半ばくらいの職員が話し始めた。


「そりゃ、ワーグマン議員の政策だな。彼が議長になれば、一気に学院が変わるからな。俺としちゃ、ワーグマンにギルドごと改革してもらいたいね」


 横にいたもう一人の職員がそれに反発する。


「ワーグマンの改革は急進的過ぎるんだよ。あんな政策を断行されたら、ギルドの財政は一気に破綻するぜ」


「いやいや、財政緊縮と言っているフォーサイスが議長になっても何も変わらんだろう。あのガチガチの保守派は結局前例に囚われるだけだしな。そんなことより、保守派の連中の人事への介入は酷すぎる。優秀な連中を追い出(パージ)して、自分の息の掛かった連中だけにポストを分配するんだからな」


 段々と議論に熱を帯びていく。

 俺の印象では、基本的に魔術師ギルドにいるような連中は皆、議論好きだ。そんな奴じゃないと、ギルド内の仕事ができないからなんだろうが、聞いていても机上の空論が多い気がする。


「……そうは言っても、ワーグマンも宣伝ほど清廉クリーンでもないだろう。商業ギルドの支持を得たいからって、新しい納入業者をゴリ押ししたって聞いたぞ……」


 俺はそうやってワーグマン議員の噂を集めていった。

 彼の噂は多岐にわたり、支持する者と支持しない者がはっきりとしている。ただ、若手の間では人気が高い。


 ザカライアスに頼まれたのは、人となり、政策、人脈、そして政敵に関することだった。

 表面的な人となりや政策に関してはすぐに情報が集まったが、人脈に関しては相反する話があり、俺はかなり混乱していた。

 ワーグマンには側近と言うか盟友がいる。その男はマイルズ・イシャーウッドという参事で、彼の学院時代の同級生だった。


 そのイシャーウッドに関する噂が、俺の混乱の原因だ。

 ワーグマンの支持母体というか主要な派閥は、教育研究委員会だ。イシャーウッドも今はそこに所属しているが、元々は人事委員会、つまり、今の議長セバーグとワーグマンのライバル、イベットソン議員が牛耳っているところだ。

 二十代の頃に委員会を渡り歩くのは珍しいことではないが、出世コースに乗っていたイシャーウッドが所属する派閥を変えたのは意外だった。

 そして、イシャーウッドの噂だが、ワーグマンのようにいろいろな話が出るわけじゃなかった。彼の評価は一言で言えば、“油断ならない男”だった。そして、ワーグマンに悪い噂は少ないが、イシャーウッドには様々な噂があった。多くは自分の敵になりそうな者を様々な手段でギルドから放逐したというものだった。


 混乱の原因はこれが一番大きかった。

 清廉なイメージのワーグマンと権謀術数のイシャーウッドが、手を取り合っているという。本当のことなのか?

 いや、事実、ワーグマンとイシャーウッドは二人三脚と言えるほど緊密に行動している。だが、あまりにイメージが違いすぎる。それ以上にワーグマンがイシャーウッドを重用する理由が判らなかった。

 俺はそのことが引っ掛かり、それに関する情報を中心に集め始めた。


 面白いことに、調べ始めるといろいろな噂が集まってきた。

 イシャーウッドはワーグマンと和解した後、彼に心酔し、彼の政敵を葬るため、自ら手を汚している。そして、ワーグマンもそれを渋々だが容認しているというのが、ギルドに流れる噂を整理した結果だった。


 俺はよく事実を時系列順に整理してクライアントに報告する。いつ、どこで聞いた情報かが判らないと、客が混乱するからだが、これが意外と好評だったからだ。

 今回もワーグマンに関する事実とイシャーウッドに関する噂を時系列順に並べてみた。すると、ある興味深い推論に辿り着いた。


 俺はこの情報をどうすべきか悩んだが、あることを思いついた。

 それはザカライアス・ロックハートがこの情報をどう分析するのか、聞いてみたいと思ったのだ。



 九月二十九日。中間報告の日だ。

 俺は集めた情報をザカライアスたちに話していった。

 そして、政敵に関する話を始める。


「……政策と信条は今言ったとおりだ。お前さんの聞きたい政敵に関することだが、今の評議員の中に、彼と明確に対立している者はいない。もちろん、明確にしていないだけで敵視している議員はいる。一人は財務委員長のフォーサイス議員。もう一人は人事委員長のイベットソン議員……」


 フォーサイスとイベットソンに関する情報を話した後、俺は劇的な効果を狙って、


「……そして、もう一人敵らしい人物がいる。ワーグマン議員の学院時代の同期、盟友であるはずのイシャーウッド参事だ」


 俺はここでザカライアスが驚くことを期待していた。学院時代の友、そして、八年の長きに亘り盟友関係にあるイシャーウッドが政敵だと指摘すれば、驚くのが普通だ。

 だが、彼は微塵も驚きの表情を見せず、小さく頷いていたのだ。


「その顔だと予想していたんだな。まあいい。イシャーウッド参事が次席で卒業したのは知っているな?」


 俺がそう言うと、今度ははっきりと頷いた。

 どういう思考でその結論に達したのかは判らないが、彼は俺が調べて得た結論と同じ結論に達していたのだ。

 俺は少し落胆した。この天才を驚愕させられなかったことに対してだ。

 だが、彼が想像していないだろう事実があった。今度はそれを使って驚かせてやろうと思った。

 我ながら子供っぽい意地だと思うが、どうしても驚く顔が見たかったのだ。


 そして、ワーグマン議員とイシャーウッド参事の学院時代の成績の話をしていく。


「……ワーグマン議員とイシャーウッド参事の差は、それほど大きな物ではなかったそうだ。はっきり言えば、ある人物の評価で優劣がついたと言っても過言じゃない」


 俺がそう言った後、彼は「ラスペード教授ですか?」と尋ねてきた。いや、尋ねると言うより、確認したという感じだ。

 俺は思わず、「驚かせ甲斐のない奴だな」と肩を竦める仕草をしてしまった。そして、俺は彼に脱帽し、俺の知る限りのことを話すことにした。


 そう、事実だけでなく、俺の推論までだ。

 こういう依頼を受けたことはないが、恐らく事実だけを伝えるのが、正しい方法なんだろう。俺のような素人の推論は先入観を与えるだけで役に立たないかもしれない。


「……ここからは俺の推測が入るから事実かどうかは判らん。それでも良ければ聞かせてやろう」


 俺がそう言うと、一片の迷いもなく、すぐに頷いた。俺の考えを信頼してくれたのかと少し嬉しくなりながら、推論を話していった。


 ワーグマン議員とイシャーウッド参事の奇妙な共闘関係について、魔術師ギルドの下級職員でそのことを指摘した者はいなかった。だが、俺は自分の分析結果を彼に話していった。


「……そして、イシャーウッド参事が次に狙うのは評議員の椅子だ。四年後、ワーグマン議員が引退する時に彼を指名するとは限らない。恐らく二人の間に利用し合う関係という暗黙の了解があるんだろう。それにワーグマン議員の政策をイシャーウッド参事が継承するとは思えない。そうなると、参事が考えるのは……イシャーウッド参事が評議員の椅子を狙うとすれば、別の議員の椅子だろう。普通に考えれば、自分の派閥の後継者を指名するんだろうが、もし、自分が議長になれるとしたら、その考えを変えるんじゃないか……例えば、イベットソン議員などはそう考えるかもしれないな」


 俺の話を聞き終わったザカライアスは、十秒ほど何もしゃべらなかった。彼は頭の中で俺の話が正しいのか、吟味しているんだろう。

 そして、結論が出たのか、おもむろに口を開いた。


「追加報酬を払いますので、もう少し別な方法で情報の収集をお願いします」


 俺は「具体的にはどうしたらいい?」と笑顔で尋ねると、担任のベネット教諭に自分が学院を辞めるという情報を流し、彼のリアクションを見ようと言うのだ。


 俺は驚くより呆れた。

 そして、十歳の子供だと侮り、追い出すことに手を貸しているベネットと言う教師に少しだけ同情した。普通の十歳児なら何も問題はなく、簡単に追い出せたはずだ。だが、奴が敵対した相手は、そこらの政治家や商人が裸足で逃げ出すほどの策士だ。そんな男に対し、何も知らずに敵対したのは不幸でしかないだろう。


 だが、すぐにその同情心は消えた。

 そもそも、ベネットがきちんとした指導をしていれば、何も問題がなかったのだから。自分に出来なければ、それこそラスペード教授にでも預ければよかったのだ。それができなかったベネットに、同情する理由は見当たらないと思い直した。


 彼は俺に追加報酬のことを尋ねてきた。

 正直なところ、これだけ旧市街に出入りするだけでも結構な金が掛かる。更に酒場で情報収集をしたから、最初の報酬、百(クローナ)(=十万円)ではほとんど儲けが無い。更にこの後のことを考えれば、百Cを追加されても儲けが出るか微妙なところだ。


 だが、俺はこの仕事が面白くなっていた。

 俺は恐らく足が出るだろう五十Cで請け負うことにした。

 彼はこういう仕事に金が掛かると知っているのか、しきりに恐縮しているが、俺は久しぶりに仕事を楽しんでいた。



 ベネット教諭に偽情報を流した後に彼を追うため、三人の若い冒険者を雇った。

 これだけで三十C掛かったため完全に赤字だが、それでも雇った甲斐はあった。ベネットがワーグマン家に連絡を入れ、更にワーグマンの息子であるクェンティンの家庭教師、アーチー・クロフトと接触したことを突き止められたからだ。


 その後、クロフトについて調べ始めると、面白い情報が大量に出てきたのだ。クロフトとイシャーウッドの関係、十年前の学院研究者の大量引抜き事件、時の人事委員長の更迭、セバーグ議員の評議会入り……。

 俺はその十年前の政変といえる事件について調べ始めた。だがすぐに壁にぶち当たった。

 ギルド職員にその話を振ると、どれだけ酔っていても話をはぐらかすか、警戒の目を向けてきたのだ。


 俺はアプローチの仕方を変えることにした。

 ギルド側ではなく、もう一方の当事者、私塾側の関係者に話を聞くことにしたのだ。

 私塾側の関係者、三大私塾の一つ、フォーチュン塾に知り合いの講師がいた。俺は彼に話を聞くため、旧市街の一角にある酒場に彼を誘った。


 彼は四十代前半の講師だが、俺の目から見てもあまり才能があるようには見えない。自分でも自覚しているのか、彼は自らの存在価値を示すため、良く俺に情報収集を依頼していた。何でも彼は、塾内では情報通として知られているようで、若手の研究者が彼に質問に行くそうだ。その質問は学術的なことではなく、どこでどう調査したらいいのかと言ったアドバイス的なものが多い。そして、彼は俺にそれを調査させるのだ。


 俺はその講師を呼び出し、収穫祭の話をしながら、酒を飲ませていく。かなり酔ったタイミングで、十年前の事件の話を切出した。

 かなり酔っていたにも関わらず、ギルドの職員と同じような警戒するような目を俺に向けてきた。

 彼は「……そんな昔のことを調べてどうするのかね?」としわがれた声でそう聞いてきた。

 俺は満面の笑みを浮かべ、


「大したことには使いませんよ。どうしてもそのことを知りたいと思っただけです。もちろん、先生から聞いたなんて口が裂けても言いませんから」


 それでもまだ渋ったため、「それでは先生との関係はこれでお終いということで」と立ち上がろうとすると、


「最初に言っておくがね。このことを公にすると、ギルドの上の連中を敵に回すことになるよ。つまり、この街で生きていけなくなることを覚悟しなければならんということだ」


 そう前置きした上で、渋々十年前の話を始めた。

 その話は衝撃的だった。

 ギルドの評議員たちが聖人君子とは思っていなかったが、ここまでドロドロとした権力闘争があるとは思っていなかったのだ。魔術師ギルドと言えば、一般的なイメージは魔法の研究機関というものだろう。この街にいればそれだけじゃないと言うのは判っているが、ここまで世俗的だとは思っていなかった。

 現議長のセバーグは調整型の人畜無害の政治家だと思っていたが、昔は意外とえぐいことをやっていたようだし、イベットソンとイシャーウッドが密かに繋がっていると言う裏が取れたのも初めてだった。俺は思った以上に重大な情報を得ることができたようだ。


 その話を聞いた後、学院のエルバイン教授に話の裏を取りに行った。彼女も十年前に、事件に巻き込まれた可能性があると考えたからだ。

 教授に話を聞くと、俺の予想通りだった。


「……十年前か……そんなことがあったわね。そう、私にも声が掛かったわよ。図書館との付き合いがあったから断ったけど、ほとんどの教員に声が掛かったようよ。掛からなかったのはラスペード先生くらいじゃないかしら」


 エルバイン教授には特に影響は無かったようだが、私塾に行った研究者のうち、学院に戻った者はセバーグ議長の影響力をもろに受けているそうだ。この事件の結果、学院内の派閥争いで人事委員会が教育研究委員会より優勢になった。今の学院長のような事なかれ主義の官僚もどきが、世界最高の研究機関の長に収まっているのはそのせいだそうだ。


 俺はこの情報をザカライアスに伝えるため、祭の翌日、十月二日の朝に彼の家に行った。

 俺がかなり端折って説明したためか、ザカライアスはクロフトの経歴に疑問を持たなかった。

 俺は少しだけホッとした。こいつも普通の人間だと。俺の説明を聞かなくても、すべて考え付いてしまうわけではないのだ。


 俺は思わず、「ようやく、お前さんの意表を突くことができたな」と言ってしまった。全く大人気ないと苦笑しながら。

 そして、俺が調べたことを話していくと、その情報をどう使うべきか悩んでいたようだ。


 今回の俺の調査はこれで終わったのだが、彼の行動をつい追ってしまった。

 彼はその日の午後、魔術師ギルド本部に行き、ワーグマン議員と面会したそうだ。どういう会話をして、どのような結果となったのかは、今はまだ判らない。

 だが、若い職員から聞いた話では、ザカライアスがギルドを去った後、ワーグマン議員は終始機嫌が良かったそうだ。

 この話を聞いた時、俺はザカライアスが自らに降りかかった火の粉を振り払うことに成功したと確信した。そして、彼を追い出そうとした人物たちがその報いを受けるだろうことも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ