第三十五話「評議員ピアーズ・ワーグマン:後篇」
ワーグマン視点の後篇です。
ザカライアス・ロックハートと面談した十月三日の夜。
私は息子クェンティンを書斎に呼び出し、ロックハートとの関係を改善するように命じた。
その言い方に息子は反発した。
私は言い方を誤ったと後悔した。部下に対するような高圧的な言い方をしてしまったのだ。こういうところが未熟な父親なのだと今更ながらに思い知らされるが、私は息子の目を見て、もう一度話をすることにした。
「ロックハート君は優秀な魔術師なのだ。私などとは比べ物にならないほどの才能の持ち主だと思っている。その彼とちゃんと付き合うことはお前にとって必ずプラスになる」
「父上は僕がロックハートに負けるって思っているんだ! 僕はあんな奴に負けない! インチキして学校に入ったような奴には……」
私は頑なな息子に閉口した。部下が相手なら、怒鳴りつけるか、理路整然と説得するかのいずれかなのだが、息子相手ではどちらも難しい。
それでも、息子が間違いを犯していることを改めさせないわけにはいかない。
精神力を総動員して、何とか平静さを保ち、
「ロックハート君がインチキをしたと言うが、証拠はあるのかね」
息子は激しく首を振りながら、
「僕より二歳も年下なのに、僕より成績がいいなんてあり得ない! クロフト先生が絶対にインチキをしているって言っていたんだ!」
私はクロフトに怒りを覚えた。息子にありもせぬことを吹き込み、人格の形成を歪めようとしたからだ。今後、彼にこのことを思い知らせてやる必要があると心に決めたが、今は目の前の息子をどうするかの方が重要だ。
「彼はインチキなどしていない。私が調べた限りでは、ロックハート君は実技のチェンバース講師よりレベルが高いのだよ。つまり、先生以上の実力を持っているのだから、お前が負けてもおかしくはない」
息子はその事実を知り、愕然とした。恐らくクロフトからいい加減なことを吹き込まれていたのだろう。
私は出来るだけ柔らかい表情を作り、「お前は私のことをどう思っているのかね? そして、私のようになりたいのかね?」と息子に問うた。
息子は突然の問いに戸惑うが、「……父上は立派な方だと思っています。僕は父上のようになれません」と泣きそうな声で答える。
私は息子を抱きしめ、「私を目指さなくてもいいんだ。自分のやりたいこと、なりたいものを目指しなさい」と言った後、
「私もすべてが出来るわけではない。いろいろな人の力を借りて、今の仕事をしているのだ……」
息子は私を見ながら、わけが判らないという顔をしていた。
商人や政治家相手にはよく回る口が、息子相手では言葉が紡げない。もどかしい思いをしながら、私は出来るだけ判るように、昔読んでやった絵本の話を例えにした。
「昔よく読んであげた英雄の話があっただろう。覚えているかい?」
息子は小さく頷いた。
「その英雄は全部が一番だったかい? 魔法使いや弓使いより魔法や弓がうまかったかい?」
息子は大きく首を横に振る。
「なら、お前がロックハート君に魔法で負けていても、何ら恥ずべきことではないのではないかな。お前がその英雄のように立派な人になりたいなら、ロックハート君のような人と仲良くなって、世のために力を合わせるべきじゃないかな」
私の拙い例えに息子は小さく頷いてくれた。
「お前がその英雄のように、みんなの中心となれると私は信じている。魔法も学問もそれだけでは力にならないのだよ。誰かが正しいことに使うように導かないとね。私はお前がそうなれると信じている」
息子の目に涙が浮かび、何か呟いているが、よく聞き取れない。
私は「ロックハート君やジェークス君と仲直りしてはどうかな」と水を向けてみた。息子はそれに少し躊躇った後、小さく頷いてくれた。
その後、私は息子と夜遅くまで話をした。
他愛のない話から魔法の話、他にもいろいろな話を。
私は自分の未熟さを痛感したが、まだ、やり直せると安堵もしていた。
息子との幸せな時間が過ぎた翌日、私はザカライアス・ロックハートという稀代の天才のために、彼を出汁に使った者たちへの反撃を開始した。
まずは一番近いところにいる息子の家庭教師、アーチー・クロフトに対し、
「息子の教育については感謝している。だが、私を排除しようとする者たちに協力しているのは感心しないな」
クロフトは「何のことでしょうか?」と余裕の笑みを浮かべて惚ける。
私は彼を威圧するように見つめ、
「私が知らないと思っているのかね? 君が学院の教師、クェンティンの担任アリック・ベネットを使って、首席と次席の生徒を追い出そうとしていることを」
彼の笑みはそこで固まった。私は更に話を続けていった。
「君は息子のためにやったと強弁するつもりなのだろう。だが、首席と次席がいなくなれば、どうなるか。子供でも判るのではないかね。私が息子を首席にするため、学院に圧力をかけたとギルド内では噂になるのだよ。さて、君の弁解を聞かせてもらおうか」
彼は私の言葉で肩をがっくりと落とした。そして、イベットソン議員に示唆され、ベネット教諭と実技の講師チェンバースに対して、工作を行ったと告白した。
更に生徒に対しては、クェンティンとマイルズ・イシャーウッドの娘を使って二人を追い出す策のようだとも証言した。だが、イシャーウッドの娘の件はイベットソンから何となく言われただけで、詳細は知らないとのことだった。
私はマイルズが直接手を下してくるとは思っていなかったが、彼が関与していて欲しいと願っていた。この機に彼を排除してしまいたかったからだが、こういうことは彼の方が一枚も二枚も上手だ。私は渋々、彼との対決は別の機会に譲るしかないと考えた。
私はクロフトを軟禁した。少なくとも私の政敵を完全に排除するか、息子が彼を必要としなくなるまで、彼を閉じ込めておくつもりだ。もちろん、彼が希望する形で。
彼も自分の身に危険が及ぶと判っていれば、安易に外に出ることはないだろう。それを示唆してやったら、自ら屋敷から出ないと言ってきた。
私はその後、学院に向かった。そして、学院長にベネットとチェンバースを呼び出すように命じた。
授業があるベネットを呼び出すことに学院長は難色を示したが、私が少し脅すとすぐに折れた。
二人が学院長室にやってくると、私はすぐに話を始めた。
「君たち二人が私の家の家庭教師に命じられて、ザカライアス・ロックハートとシャロン・ジェークスを排斥しようとしたことは知っている。既にクロフトが証言しているから、言い訳は無用だ」
私がそう言い放つと、二人は目を伏せ、肩を震わせていた。
ベネットはなけなしの勇気を振り絞ったのか、私に向かって言い訳を始めた。
彼の言い分は支離滅裂だったが、あの二人が自分たちを馬鹿にしていること、更に我が息子のクェンティンのために、自分たちはやりたくもないことをやったなどと、喚くように話していった。
私は聞くに堪えないと思ったが、最後まで聞いてやった。
「すると、君は僅か十歳の子供を相手に怒り、その怒りをぶつけるために、自分のクラスの生徒を使って追い出そうとしたと。そして、それは私の息子のためだったと強弁するわけだ。学院長、いつから学院の教師の質はこんなに下がったのかね? 十歳の子供と喧嘩をしなければ自我を保てぬような幼稚な教師は何人いるのかね」
私は静かにそう言って、学院長に冷たい視線を送った。
彼は私の迫力に怯え、早急に調査するとか、意識改革を断行するとかブツブツと言って、この場を凌ごうとした。私はその言葉を遮り、
「君は後ろ盾であるセバーグ議長に期待しているのだろうが、それは無駄なことだ」
私がそう言うと、図星だったのか、学院長はおろおろと視線を彷徨わせる。
私は更に話を続け、学院長を掌握することにした。
「私は今回の件で、議長の弱みを握ったのだ。何なら、議長に注進に行ってみてはどうかね。そして、私が確保している者が、すべて話したと議長に言ってみればよい。彼も私からの手紙で多少事情を知っているから、すぐに理解してくれるだろう。だが、その結果、議長が君をどうするかまでは保証しかねるがね。何せ、議長の弱みを私だけが握るきっかけになったのだからね」
私の言葉に学院長はがっくりと肩を落とす。
私は更に追い討ちを掛けた。
「君が任期を終えるまで学院長を続けたいなら、近々委員会から提案する学院の改革案を断行するしかない。学院長の人事は評議会の専権事項だが、教育研究委員会は罷免要求を出す権利を持っているのだ。そのことを忘れないでくれたまえ」
学院長にはこれで十分だ。あとは目の前の二人の愚かな教師たちだ。
私は彼らに「君たちがすべきことは何かね?」と問うた。
チェンバースは震えながら、「閣下のご指示に従うことです」と答えるが、ベネットは自らの将来を諦めたのか、何も言わなかった。
「私の指示? 私は学院の教師に対して直接指示など出さぬよ。その権限が無いからね。それに、私についての噂を聞いたことはないかな? 私が無能な者、特に自ら考え行動できぬ者を嫌っていることを知らないのかね? それを知っているのならば、自らの進退をどうすべきか明らかだと思うだが」
チェンバースは必死に考えたのか、ある提案をしてきた。
「ロックハートたちに対する態度は改めます。そして、実技の授業を改善します。ただ、あの二人の指導は私にはできません……ラ、ラスペード教授にお願いしようかと……」
私は意外だった。この小心者のチェンバースがこの状況下で私の意に沿う提案をしてくるとは思わなかったからだ。
私は「それはいい」と彼に聞こえるように呟いた。チェンバースの顔が一気に明るくなるのを見て、十歳の子供との会話の方が余程緊張感があったぞと嫌味を言いそうになった。
もう一人の教師、ベネットはチェンバースの様子を見て、希望を持ったのか、必死に打開策を考えていた。そして、独自の案を考え付かなかったのか、チェンバースの意見と同じものを出してきた。つまり、あの二人の指導をラスペード教授に丸投げすると言う案だった。
私は担任であるベネットがクラスをどうするつもりか確認した。
彼は「善処します」とだけ答え、具体的なことは何も言わなかった。
私は学院長に「ベネット君は善処すると言った。学院長自ら確認し、私に報告してくれると助かるのだがね」と言って、学院を後にした。
これで残りはイベットソンとマイルズだ。
二人のうち、マイルズに対しては打つ手がない。だが、イベットソンに掣肘を加えることで、間接的に彼に圧力を掛けることはできる。
マイルズは私のギルド内での情報収集能力を評価していない。実際、私は他の派閥の構成員にコネクションがなく、情報収集に関してはマイルズに任せていたところがある。
もちろん、彼が私に不利な情報操作を加えないように、彼の子飼いの部下を篭絡はしているのだが、それでも情報収集という点では彼の足元にも及ばない。
だが、ロックハートのおかげで、初めて情報的に有利になった。彼が私のところに来たことは知っているのだろうが、話の内容までは判らないだろう。仮に私が真実を話したとしても、誰も信じないはずだ。十歳という年齢はそれだけで隠れ蓑になる。
私はロックハートから得た情報と彼の推論を元に、イベットソンに対し揺さぶりを掛けた。
方法は至ってシンプルで、クロフトがすべて告白したという事実と、十年前の陰謀の詳細を聞いたかのような内容の手紙を送ったのだ。そして、セバーグ議長にも十年前の真実を知る者を、イベットソンが匿っていたと教えてやったのだ。
直接会っていないにも関わらず、イベットソンの動揺が手に取るように判った。
まず、クロフトに接触しようとしたこと、更には学院長に圧力を掛けて、うやむやにしようとしたことが判明したのだ。
そして、マイルズ・イシャーウッドにも何か指示を出したようで、彼は私に対し、いつになく緊張した面持ちで話しかけてきた。
「ピアーズ。クロフトから何を聞いたのか教えてくれないか?」
私は「今回の私に対する陰謀と十年前の陰謀についてだよ」と笑いながら答えてやった。
彼は「その詳細を教えてくれることはできないか」と再度言ってきたので、私がロックハートから聞いた事実と推論を、さもクロフトから聞いたかのように話してやった。
彼は「そうか」と呟き、「それだけなんだな」と念を押してきたが、私は「私とお前の仲だろう?」と曖昧に答えておいた。
マイルズは何ともいえない表情で私の部屋を出て行った。その表情に私は満足し、声を出して笑ってしまった。
翌日の十月五日、私はミスター・ロックハートにこれらの結果を報告することにした。
調子に乗って書いていたら、一万三千字くらいになっていたので、二話に分けました。
ということで、前後篇で一話の扱いですので、明日も投稿します。




