第三十三話「ワーグマン議員との面談:後篇」
十月二日の午後七時過ぎ。
俺は魔術師ギルドの本部で、秘書官らしき職員に連れられ、ギルドの評議会議員、ワーグマン議員の執務室に入っていった。中には三十代半ばの男性が大きな執務机に座って書類を見ていた。
その姿は俺の想像とは大きく異なっていた。
(三十代半ばで議員になったやり手だから、もっと鋭利な感じがするのかと思ったよ。ラスモア村にでもいそうな、のんびりとした印象の人だな……)
俺は細身で鋭い目をした秀才型の官吏のような人物を勝手に想像していた。だが、目の前にいる人物は肥満気味のぽっちゃりした体型と小さめの丸い瞳が印象的で、農夫か食堂の主人といった方が似合いそうだと思った。
俺はその姿に僅かに戸惑ったため、挨拶が遅れてしまい、議員から先に声が掛かってしまう。
「君がロックハート君かね。待たせて済まなかった。私がクェンティンの父、ピアーズ・ワーグマンだ」
俺は慌てて頭を下げ、
「クェンティン君の同級生のザカライアス・ロックハートです。この度はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございました」
議員はすくっと立ち上がり、執務机の前にあるソファに座るよう促す。
そして、単刀直入に、「息子のことで大事な話があるそうだね。息子の将来に関わることだそうだが」と聞いてきた。その表情は十歳の子供を相手にする感じは無く、真摯な表情だった。
(見る限りでは黒い噂があるような人物には見えないな。まあ、俺の人を見る目がどの程度信用できるかは判らんが)
俺は気を取り直して、彼の目を見て話を始めた。
「クェンティン君の将来に多大な影響があることが、今、学院で起こっています」
俺の言葉に議員は何を大袈裟なという表情を一瞬見せた。
「学院で起こっている? あまり時間が無いんだが、どういうことか教えてもらえないかな」
彼の反応は予想通りだった。
(ここからが勝負だ。いかに議員の関心を得られるかで成否が変わってくる)
俺は気合をもう一度入れなおし、「では、簡単に説明させていただきます」と言ってから、話を始めた。
「まず、閣下の政治生命の危機が一番の要因です。閣下が失脚すれば、クェンティン君の将来に多大な影響が出ることは間違いないでしょう」
俺の言葉に議員は特に反応しなかった。
「私の政治生命か……面白いことを言うね。さすがはあのラスペード教授が気にする逸材だけのことはある。だが、私は忙しい身なのだよ。子供の話に付き合う時間がないのだ」
そう言って立ち上がろうとした。
俺は最初に議員の関心を向けるという作戦が失敗したことから、方針を変えた。
「そうですか。では、今、学院で起こっている私とミス・ジェークスの排斥についてご存知の上、何も問題がないとお考えになると」
「君とミス・ジェークス? ああ、次席の子だね。それがどうしたのかね?」
議員は少しだけ興味を持ったのか、上げかけた腰を再びソファに下ろす。
「クラスの一部の生徒と担任であるベネット教諭が、私とミス・ジェークスを排斥しようとしております」
「クラスの一部ね……そこに我が息子が関与しているといいに来たのかね?」
俺は「いいえ」と首を振ってから、
「話は少し変わりますが、私たちは学院を去って、私塾に移っても良いと考えております。ですが、それでは閣下にご迷惑が掛かり、ひいてはクェンティン君にも影響が出ると思い、無理を承知でお話の機会を頂きました」
彼は「迷惑ね……」と呟き、
「君たちが学院を辞めることが、私にどう関係してくるのかね」
俺はここで勝負に出た。
「私たちが学院を辞めても、閣下が問題ないとおっしゃるのであれば、私はこれでお暇させていただきます」
そう言って、腰を浮かせたのだ。
議員は何か引っ掛かることがあるのか、「まあ、待ちたまえ」と言って、
「君の意見を聞かせてくれないかな。私の政治生命がどうとかと言っていたが、それはどういうことなのかね?」
俺は議員の関心がこちらに向いたと、心の中でガッツポーズを決める。だが、顔は真剣な表情を崩さず、
「では、私たちが辞めた場合の閣下への影響についてお話します。まず、最初にお断りしておきますが、クェンティン君が私たちを排斥しようとしているという事実を、私は確認していません。と言うより、彼がそれを行っていようがいまいが、この話には関係ないのです。その前提で話を進めさせていただきます」
議員は少し首を傾げるが、何も言わずに頷いた。
「私たちがティリア魔術学院を辞めた場合、首席と次席の二人が一気にいなくなります。この場合、席次三位のクェンティン君が首席になります。これは動かしがたい事実です。そして、私が学院を辞め、私塾に入れば、あのラスペード教授が騒がれることは間違いないでしょう」
俺がここまで言うと、議員も俺が何を言いたいのか理解したようだ。だが、何も言わずに目で先を促してきた。
「そうなった場合、閣下と次期評議会議長を争っておられるフォーサイス議員やイベットソン議員が、そのことを問題にされるでしょう。自分の息子を首席にするため、学院に圧力を掛けたというような話を持ち出すかもしれません。更に閣下がご自分の息子のために私たちを排除したという噂を巷に流せば、ほとんどの人たちはその噂を信じるはずです。良い評判の人のスキャンダルほど、人の興味を引く話はないですから。そうなった場合、閣下がこの魔術師ギルド内で、今の権力を維持するのはかなり難しくなるのではないでしょうか」
彼は静かに目を瞑って、俺の話を聞いていたが、ゆっくりと目を開け、俺に話しかけてきた。さっきまでの農夫のような雰囲気とは一変し、恐ろしいまでの心理的圧力を俺に掛けてくる。
「君の望みは何かね? わざわざ私との面会を希望したのだ。私に何かしてほしいのではないかね?」
静かな口調だが、一言一言が俺の精神に斬り込んでくる。
(さすがは一国の元首の座を狙おうと言う御仁だ。プレッシャーが半端じゃない。だが、俺だって何度も修羅場をくぐっている。そもそも、僅か三十六歳の若造にプレッシャーを感じるのはプライドが許さない……)
俺は腹に力を入れ、ワーグマン議員の目を見つめ返した。
「こういう言い方はあまり良くないと自覚しておりますが、正直言って、閣下の進退には興味がありません。私とミス・ジェークスの望みは魔法の知識を得ることです。ですから、私塾に行ってもいいですし、ラスペード先生は助手にして下さるとおっしゃっておられますので、先生に師事しても良いと考えております」
「本当にそう思っているのかね? 学院の首席は魔術師ギルドでの出世に非常に有利だよ。首席で卒業した私がいうのだから間違いない」
俺は大きく首を横に振り、
「私は魔術師ギルドの職員になるつもりはありませんし、宮廷魔術師になるつもりもありません。ただ、魔法の知識を得て、強くなりたいだけなのです」
議員は俺を見つめる眼力を弱める。そして、理解できないという顔をし、「では、なぜここに来たのかね?」と言った後、すぐに言葉を続けていった。
「私が失脚しようが気にせず、魔術師ギルドでの出世も望まない。ならば、そのまま学院を辞めれば済むことではないかね。半日も待ち続けて私に会う理由が判らないな」
俺は小さく息を吐き、肩に入った力を抜く。そして、表情を緩め、「理由は二つあります」と、指を二本立てる。
「一つ目は私たちを追い出そうとした連中が気に入らないことです。私たちは出汁に使われるわけですが、家族が用立ててくれた授業料を無駄にするだけで、何のメリットもない。彼らが私たちをただの道具だと思っているところが気に入らないのです」
議員は「うむ」と頷くが、それ以上何も言わなかった。
「二つ目の理由はティリア魔術学院の教育に幻滅したからです。閣下は学院を改革するという志をお持ちと聞きます。今の無能なだけでなく有害な教師陣を刷新し、専門の教育を受けた教師に入れ替えるそうですね。閣下の改革が早く始まれば、私の目的、魔法の知識を得るということにプラスになると考えたからです」
彼は目を細め、俺を睨んできた。
「そこまで知っているなら、私が世間で言われているほど清廉でないことも知っているのではないかね。君の目的に合致すると言っても、私がそれを行うとは限らんのではないか?」
俺はあえてワーグマン議員を挑発することにした。
「おっしゃるとおりですが、今のセバーグ議長やイベットソン議員、更にはイシャーウッド参事のような人事を弄ぶ人より、閣下の方が遥かにましだと考えています。少なくとも閣下は世間体を気にされます。イシャーウッド参事はともかく、イベットソン議員はギルドの中だけしか見ておられないでしょう」
俺の言葉に議員は一瞬目を見開き、大声で笑い始めた。
「ハハハ! 君は本当に十歳なのかね? いや、入学時の記録を私も見ているよ。だから、間違いないことは判っているのだが、その知識、思慮深さ、何より私に対して物怖じせずにそれだけのことを言い放てる胆力。うちの息子が敵うはずが無い。いや、本当に参った。君ならいつでも評議員になれるよ」
俺はこの男がどういう人物なのか、まだ計り切れていなかった。
(どこまでが演技なのだろう? まだ油断はできない……)
彼は笑いながら、
「ところでマイルズ、いや、マイルズ・イシャーウッドのことを人事を弄ぶ人物と評していたようだが、その根拠は何かね?」
(やはりこの質問が来たか。一応盟友として世間に知られている人物の名を出されたら、必ず聞いてくると思っていたが……少しはぐらかしてみるか……)
「私が答えなくとも閣下は既に知っておられるのではないですか?」
俺の答えに再び目を細めて威圧してくる。
「君の意見が聞きたいのだよ。私とマイルズの仲は有名だ。八年前に互いの誤解を解き、手を携えてギルドを改革しようとしているのだから。我が盟友に対するその辛い評価の理由を教えてくれないかね?」
俺は腹を括り、「では、私の個人的な意見ですが、お話しさせて頂きます」と前置きする。
「まず、イシャーウッド参事と和解されたというのは表向きのこと。本心では閣下と参事は利用し合うだけの関係。更に参事は自らの息の掛かったものをワーグマン家に潜り込ませています。これについては閣下もご存知のことでしょう」
議員は「誰のことを言っているのだね?」と惚ける。
(やりにくいな。いちいち、俺に先に言わせようとしてくる。さすがにやり手の政治家だけのことはある)
「クェンティン君の家庭教師、アーチー・クロフト氏のことです。十年前の事件のことからお話しした方がよろしいですか?」
俺が十年前と言ったところで、彼の表情に少しだけ驚きが見え、「なるほど……そこまで知っているのか……」と呟き、
「よく調べたものだ。完全な秘密というわけではないが、今のギルドではタブーになっている話なのだよ。まあ、私は気にしていないがね……確かにクロフトはマイルズの推薦で息子の家庭教師になった。そして、私は彼の経歴を調べて知っている……」
俺が黙って聞いていると、更に話を続けていった。
「君が言う通り、クロフトはマイルズに情報を流しているようだ。一度、ニセ情報を掴ませたら、まんまと引っ掛かったからな。だが、クロフトは小心者だ。私を失脚させようとするほどの根性は持っておらぬよ」
「では、私を排斥しようとしているベネット教諭と、密かに会っているというのはどういうことでしょう? それも私が学院を辞めるつもりだという話をした直後にです」
その言葉に議員は目を丸くし、「君は情報操作を仕掛けたのかね。益々驚かされるよ」と言った後、更に呟くような低い声で
「確かにそれなら辻褄が合う。クロフトがどのような餌に釣られたのかは知らんが、その報いは受けてもらわねばな」
その時、俺は背筋に冷たい物が流れるのを感じていた。
(確かに清廉なだけの政治家じゃない。さっきから、“彼を敵に回してはいけない”と、本能が警鐘を鳴らし続けている……さっきは少し言い過ぎたかもしれないな。過ぎたことは仕方が無いが、これ以上、下手なことを言わないよう、早々に退散しよう……)
「では閣下。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。少なくとも十月一杯は学院を辞めるつもりはありません。ですが、学院に顔を出すことは控えるつもりですから、ラスペード先生がそのうち騒ぎ出されるはずです。できればその前に行動を起こされる方がよいと思います」
俺はそう言って立ち上がり、ワーグマン議員に深々と頭を下げた。
「私に与えられた時間は一ヶ月弱ということか……よろしい。君の期待に沿えるかは判らんが、学院の方は私が手を回そう。もちろん、クェンティンにも言っておく。君とは絶対に敵対するなとな。ハハハ!」
最後は冗談めかしているが、俺を警戒しているのかもしれないと、気が気ではなかった。彼は俺の警戒が判ったのか、表情を緩め、
「今のは冗談だ。クェンティンが敵対しようが、君は歯牙にもかけぬだろう」
そこで彼にしては珍しく、「一つ頼みがあるのだが……」と少し口篭る。
「我が息子クェンティンと仲良くしてやってくれないか。息子は亡き母のことで私を怨んでいる。その負い目もあって、私は息子の教育を誤ったようなのだ。クロフトのことも早々に排除するつもりだったが、息子にとっては父親代わりでな。私としても排除しきれなかったのだよ」
(切れ者と言われる議員でも、家族のことは別なのだろうか? だが、俺にそれを言ってくる理由が判らないな。ただ単に俺を見込んでいるのなら、お門違いと言うものだが……)
「閣下が私に何を期待されているのかは存じませんが、私はクェンティン君のことを、特にどうとも思っておりません。少なくとも彼が私に対して敵視することをやめなければ、私から歩み寄ることはないでしょう」
彼は「そう言うことを言いたいのではないのだが」と苦笑した後、
「君は見た目以上に大人だ。そして、私の息子は年齢より幼い。更に私は父親として失格だと自覚している……すまんな。どうして君にこんな話をしているのか、自分でも判らんのだが……どう言ったらいいのか……君ならクェンティンを良き方向に導いてくれるような気がしてな。これは私の勘に近いものなのだが……」
(今の議員は政治家というより、ただの父親に過ぎないんだな。これが演技なら恐ろしいが、出来る範囲で配慮してやっても問題はないだろう……)
「判りました。私もクェンティン君との関係をもう一度考え直してみます」
議員はそれに頷き、「頼むよ」と言って、右手を差し出してきた。
俺はその手を取り、小さく頷いた。
その後、議員が学院の改革の話をしてきたので、俺が考えていたことを伝えた。
特に気になっていたのは、研究者たちが後進の指導にあまり関与していないことだった。俺がそのことを告げると、議員は思うところがあったのか、
「参考になったよ。学院の改革は君にとってもプラスだろう。何か意見があれば聞かせて欲しい」
俺はそれに頷き、彼の執務室を後にした。




