第三十二話「ワーグマン議員との面談:前篇」
十月二日。
情報収集専門の冒険者サイ・ファーマンから情報を受取った後、俺は今後どうすべきか考えていた。
(確実なところから情報を整理してみるか。まず、ベネット――担任のアリック・ベネット教諭――が、俺たちを学院から追い出そうとしたことは間違いない。同級生、クェンティン・ワーグマンの家庭教師アーチー・クロフトがベネットに指示を出したこともまず間違いない……)
ここまでが、ほぼ確実な情報だ。
そして、サイが調べてくれた情報を精査していく。
(クロフトはワーグマン議員のもとに八年間いる。そして、その切っ掛けになったのが、イシャーウッド参事の推薦だ……イシャーウッドはワーグマン議員と利用しあう関係で、機会があれば追い落とそうと考えている。更に彼はイベットソン議員――人事委員長、ワーグマンの政敵――と共闘関係にある……ここまではいいんだが、この情報をどう利用するかだ……)
俺は魔術師ギルドを改革するつもりもないし、ワーグマン議員とイシャーウッド参事、更にはイベットソン議員との政争に巻き込まれるつもりもなかった。
(……俺たちが静かに暮らせればいいだけなんだが、話が大きくなりすぎて逆に動きにくくなったという感じだな。今持っている情報が正しいという保証もないし、ワーグマン、イシャーウッド、イベットソンの三人の関係は複雑過ぎて、どこまでが真実なのかが全く判らん。この状況では下手に動けば政争に巻き込まれる可能性は否定できない。それにワーグマン議員が正義で、イシャーウッド参事やイベットソン議員が悪というわけでもない。ワーグマン議員も清廉潔白な人物ということでも無さそうだしな……)
俺は考えがまとまらず、リディとシャロンに相談した。
「折角集めた情報なんだが、あまりに話が大きくなりすぎて使うに使えないんだ。どうしたらいいんだろうな?」
俺の問いにリディが、
「ここまで知ったんだから、魔術師ギルドと学院の改革までやっちゃいなさい。あなたなら出来るんだから」
俺はその無責任ともいえる言葉に苦笑いを浮かべ、
「そうは言うが、国に匹敵する組織だぞ、魔術師ギルドは。そんな物の改革なんて、一人や二人じゃ無理だ。もっと現実的に考えてくれ」
リディが更に何か言おうとしたが、シャロンがおずおずと言った感じで話し始めたため、口を噤む。
「よく判らないのですけど、ザック様がおやりになりたいのは、きちんとした授業を受けられるようにすることではなかったのでしょうか?」
俺はシャロンの言葉で、本来の目的を忘れていたことに気付いた。
授業が生徒の能力や適性に合っていれば、少なくとも今回のようなことは起きなかったはずだ。四十人のクラスで生徒一人一人に合った教育というのは、現実にはかなり難しいだろう。だが、教師の質を上げ、更に教師の補助を行う者を配属したり、選択科目制にしたりすれば、かなり改善できるはずだ。
更に言えば、飛び級制を導入すれば、今の授業のような無駄な時間を過ごすことなく、優秀な人材を世に送り出すことができる。
俺は自分の目的が何であるかを思い出し、お礼の意味を込めて、シャロンの頭を撫でた。彼女はなぜか俺が頭を撫でると嬉しそうにするからだ。
「確かにそうだな。そもそも、きちんとした授業が受けられれば、こんなことは起こらなかったんだ。うん、確かにそうだ。ありがとう、シャロン」
シャロンは顔を赤らめ、「お礼を言われるようなことは……」と俯いてしまった。
その様子を見て、リディは少し笑い、「で、どうするの?」と聞いてきた。
「そうだな。ワーグマン議員に直接当たろうと思う。学院の改革には積極的だし、うまく話を持っていければ、まともな授業を受けられるようになるかもしれない」
「でも、話を聞く限り、ワーグマンっていう人も信用できないような気がするんだけど」
リディは少し心配そうな顔でそう言った。
「普通に話を持っていっただけじゃ駄目だろうな。少し考えてみるよ」
俺はどうすべきか考えを巡らせていく。
(要はワーグマン議員を利用して、学院の運営を良くすればいいだけだ。議員が一生徒、それも僅か十歳の子供の意見を聞くとは思えない。ならば、どうするか。彼が意見を聞きたくなるようにすればいい。そのためには彼にも利益があると思わせるか、危険があると思わせるのが一番だ……うん、この手でいってみよう。少なくともこの手なら、失敗しても俺たちにほとんど不利益は生じないはずだ)
俺は自分の考えをリディとシャロンに話した。
「……と言うわけで、こうやってワーグマン議員に話を持っていく。おかしなところや考えが抜けているところはないか?」
リディもシャロンも首を横に振る。
リディは「でも相手は大物の政治家よ。大丈夫なの? 堂々と渡り合えなければ、この話はあまり意味が無いんじゃない?」と聞いてきた。
「そうだな。相手はやり手の政治家だから、恐らく緊張はするだろう。だが、所詮議論をするだけだ。命のやりとりをするわけじゃない。魔物と戦うことを思ったら、恐れることなど何もないよ」
リディがそれに頷くが、シャロンが少し思いついたことがあると言って話し始めた。
「えっと、どうやって議員にお会いになるのでしょうか? 偉い方なんですよね。学院の生徒が行って、簡単に会ってもらえるものなのでしょうか?」
シャロンの言葉に盲点を突かれたと俺は思った。
「確かにそうだな。相手は忙しい政治家だ。毎日、何十人という面会者と会っているだろうし……そうか、この手なら大丈夫だろう……」
俺は学院の生徒だが、ワーグマン議員と唯一つ接点があった。
それは彼の息子クェンティン・ワーグマンだ。
「クェンティンのことで大事な話がある。学院での彼の生活で直接話をしなければならないことがあると言えば、十分くらいは時間をもらえるんじゃないかな」
ワーグマン議員はサルトゥースで宮廷魔術師の娘と結婚し、その娘との間にクェンティンが生まれている。だが、その時の妻は七年前に他界していた。そして、五年前に再婚しているそうで、クェンティンにとって、今の母親は継母に当たる。
この状況なら、クェンティンの母に相談に行かず、父親である議員に話をしに行くというのは、それほどおかしな話ではない。
俺はワーグマン議員に面会を申し込むため、午後一番に家を出て、魔術師ギルド本部に向かった。
家を出るとき、リディが付いてきたがった。だが、話の内容を考えると俺一人の方が違和感が無いので、彼女には我慢してもらった。
魔術師ギルド本部は城塞都市だった時代の城主の私邸を利用している。
そのため、画一的な、そして、殺風景な他の建物とは異なり、壁面や窓枠に装飾がなされており、少しだけ瀟洒な感じがする。
巨大な両開きの扉の前に立つと、二人の守衛が槍を持って警備を行っており、俺は彼らに笑顔を向け、魔術師ギルドのオーブを見せた。そして、知り合いに会いに来たと言って中に通してもらった。
ちなみに魔術師ギルドのオーブがないと、面会申請書を書いた上、目的についてしつこく聞かれるそうだ。
(一応、魔術師ギルドの構成員だから、割と自由に入れるんだな。まあ、地方の社員が東京本社に入るのに、社員証を見せれば簡単に入れてもらえるようなものか……ちょっと違うか)
そんなことを考えながら、扉をくぐる。
中は城主の館らしく広いロビーになっており、優雅なカーブを描いた階段が二階に続いている。正面には受付らしいブースがあり、柔らかい表情をした二十代後半の女性職員が座っていた。
俺はここからが勝負だと気合をいれ、受付の女性職員に話しかけた。
「ティリア魔術学院の一年、ザカライアス・ロックハートと申します」
俺は思い詰めたような表情を作って話し掛けると、受付の女性は俺の正体に気付いたのか、少し驚いた表情を見せた。だが、すぐに表情を引き締め、「どういった御用かしら?」と尋ねてきた。
「とても大事な話があるんです。評議員のワーグマン閣下に、同級生のミスター・ワーグマン、いえ、クェンティン君のことで、お話があると伝えていただけないでしょうか。本当に大事なことなんです……」
俺は少し過剰気味の演技を加えて、彼女に頭を下げる。
「議員はお忙しい方です。ここで詳しく話して頂けないかしら。私が議員にお伝えしますから」
彼女は俺が大した用事でもないのに、議員に面会を申し込んでいると思っているようだ。
「クェンティン君の、彼の学院での生活のことなんです。ご家族の方にしか、それも血の繋がった家族の方でなければ、お話しするわけにはいきません……このままでは彼が大変なことになるんです。同じクラスの仲間のためですから、何時間でも待ちます。取次ぎをお願いします」
俺が悲痛な表情を浮かべてそう言うと、彼女も少し慌て始める。
「議員のご子息が大変なことに……概略だけでも教えてもらえないかしら」
俺は首をぶんぶんという感じで横に振り、
「それは言えません。名誉に関わることなんです。本当に大変なことになるんです……」
遂に彼女は折れ、簡単なメモを作り、別の職員に渡した。
彼女は「本当に忙しい方なのよ。いつになるか判らないから、奥の待合室で大人しく待っていてね」と言って、奥にある待合室を指差した。
俺は礼を言って、待合室に向かった。
中に入ると、身なりのいい商人や貴族に仕える使用人らしき男性など、数名の先客がいた。
俺が入っていくと、一斉に俺に視線が集中するが、家族に面会に来たのだろうと、すぐに俺への興味は消えた。
(それなりの格好の人物ばかりだな。学院の制服だから良かったが、俺は偉いさんに会うようないい服は持っていないからな)
そんなことを一瞬考えるが、すぐにこれからのことを考え始めた。
(まず、議員の関心を引かないと話にならない。最初の話の持って行き方が重要だな……)
俺は脳内でシミュレーションを繰り返して、時間を消費していく。
午後二時の鐘が鳴り、更に午後四時の鐘が鳴っても呼び出されない。
(最悪、帰り際ということもあり得るな。そうなると、何時になるんだろう。まあ、旧市街は治安もいいし、門が閉められることもないから、何時でも構わないんだが……しかし、これだけ座り続けていると尻が痛くなってきた……)
そして、更に二時間、午後六時の鐘が鳴っても呼び出しは来なかった。外は陽が落ち、開け放たれた木窓から入る茜色の光はすっかり弱くなっていた。
既に待合室で待つものは俺だけになっており、俺は固まった背中や腰を解すため、毎日続けている柔軟体操をやって時間を潰していた。
更に一時間ほど経ち、外はすっかり暗くなっていた。待合室には灯りの魔道具が点灯されているが、一人で待つ待合室には、夜の病院の待合室のような独特の寂しさがあった。
今日は駄目だったかと思ったとき、二十代半ばくらいの若い男性が待合室に入ってきた。
「ロックハート君だね。ワーグマン議員がお会いになるそうだ。付いてきなさい」
俺は彼に礼を言いながら立ち上がり、三階にある議員の部屋に向かった。
ギルド内は多くの職員が忙しそうに歩き回っており、まだまだ仕事が終わるような感じはしない。灯りの魔道具で照らされた廊下を歩きながら、日本にいた頃のことを思い出していた。
(納期間近はよく残業したよな。外を見るといつの間にか真っ暗で、今日も日付が変わる前に家には帰れないんだなと思ったものだ。ここの職員たちも同じことを考えているんだろうか……)
五分ほどで議員の部屋の前についた。
迎えに来た職員が先に中に入り、すぐに俺に入るように言った。俺は失礼しますと言って中に入っていった。




