第三十一話「集まった情報」
九月二十九日。
情報収集を頼んだ四級冒険者、サイ・ファーマンから新たな情報を受取り、更に追加の調査を依頼した。
そして、より確実に黒幕を探るため、計画通り、俺は学院に向かった。
午前中は座学の授業があるため、午後一番に担任であるベネット教諭に会うことにした。
七日ぶりに旧市街に入ると、明後日に祭――秋分の日に合わせた収穫祭――を控えているからか、全体に落ち着きが無いように感じられた。
学院に入ると、その傾向はさらに顕著となり、生徒たちが楽しげに、そして、そわそわとした感じで実技の授業に向かう姿が見られる。
(そう言えば、この世界の祭は村のものしか見たことがなかったんだな。明日から前夜祭が始まるのか……リディとシャロンと三人で新市街の祭を楽しむとするかな)
俺には余裕があった。
学院に居辛くなっても、街から追い出される心配がほとんどないと判ったからだが、森に入るようになって順調にレベルアップしているという事実もそれに影響している。
魔法に関しても、リディの旧友、キトリー・エルバイン教授と友誼を結べたことが大きかった。彼女は知識が豊富なだけでなく、説明もうまい。そのおかげで苦手だった闇属性や金属性の使い方も徐々に判り始めている。
(正直なところ、少なくとも低学年であるうちは、学院にいる意味はほとんどない。今のところ、唯一のメリットは図書館が無料で使えることくらいだからな。まあ、年払いした授業料が惜しいといえば惜しいが、噂どおり、私塾が授業料免除や図書館費用の肩代わりをやってくれるなら、デメリットはほとんどない……)
そんなことを考えながら、教員室に向かった。そして、ベネット教諭を見つけ、「お話があるのですが」と深刻そうな表情を作って話しかける。
ベネットは俺の顔を見ると、驚いたような顔になったが、俺の悩んでいる顔を見て、笑みを浮かべていた。
(判りやすい奴だな。ここまで露骨に嬉しそうな顔をされると、自信が無くなりそうだ。本当に幼稚なだけの男だと思えてきたぞ……)
内心の不安をあえて顔に出すと、ベネットは都合よく勘違いしてくれたようで、更に表情が明るくなる。
(もしかしたら、落ち込んだ俺を励まそうとして、笑顔で対応しているのかもしれないが、そんなことはないだろうな……)
「どうしたのかね。ミスター・ロックハート」
数日前にあれだけやり合った相手に、どう言っていいのか判らないという演技をするため、俺は俯き加減で、言葉に詰まったかのように、「あ、あの……実は……」と言ってから、勇気を振り絞っているように顔をゆっくりと上げる。
「実は……私とミス・ジェークスは学院を辞めようかと思っているんです。それで……どういう手続きをしたらいいのか聞きに来たんです」
ベネットは首席と次席の君たちが学院を辞めるのは勿体無いとか何とか言いながら、慰留する振りをする。だが、すぐに「決意が固いようだね。仕方が無いが、退学届を渡すよ」と言って、机の引き出しから二通の用紙を出してきた。
(さすがに用意がいいな。ねちねちと嫌味を言わないし、思ったとおり黒幕がいるようだな……)
ベネットは声が弾みそうになるのを苦労して抑えながら、「本来、授業料は返ってこないのだが、私が掛け合ってあげるよ」と俺の背中を押してくる。
俺はこれなら今日中に連絡役に報告するだろうと心の中で考えながら、
「明日からお祭ですし、ゆっくり考えてみます。授業料の件、ありがとうございます」
俺の言葉に「そうだね。急いで結論は出さなくてもいいけど、別のところに入り直すなら、早くいった方が友達は作りやすいと思うよ」と猫撫で声で説得し始める。
俺は「ありがとうございます。今日はこのまま帰ります」と頭を下げて、教員室を出て行った。
そして、学院の外に出ると、張り込みをしているサイの姿が目に入った。
(あの調子なら、すぐにでも連絡役は見つけられそうだな。問題はその後だ。最悪、黒幕が見付からなくても、やることは決めてある。さて、収穫祭の翌日くらいには行動が起こせるかな)
俺はそのまま旧市街を抜け、家に帰っていった。
家に帰ると退学届を見たリディが憤慨する。
俺は余裕の表情で、退学届をひらひらとさせながら、
「こいつのおかげで、ベネットが道具になっていることが判ったんだ。それに退学届なんて、普通は見られないんだぞ。面白い物が見られたと思っておけばいい」
俺の言葉に少し落ち着きを取り戻し、「そうね。これであなたの考えどおりなのよね」と笑ってくれた。
俺はリディとシャロンに向かって、
「どうせ、サイさんの報告が来るまでは動けない。折角、明日から祭があるんだ。二日間は嫌なことを忘れて楽しもう」
二人も笑顔で頷いてくれた。
九月三十日は前夜祭だった。
ドクトゥスでは旧市街側と新市街側の二箇所で祭が行われる。俺たちは新市街側を見物することにし、新市街の南側、ちょうど旧市街の南に位置する商業地区の広場に行った。
昼前くらいに広場に着いたが、そこは既に大勢の人で溢れていた。さすがに新市街だけで一万人がいる大都市でもあり、日本の祭に匹敵するほどの人出だった。
広場には大道芸人がジャグリングのような芸を見せ、吟遊詩人が歌を歌っていた。更にはサーカスのような大きなテントが作られ、その中に見世物用の魔物が檻に入れられていると看板に書いてあった。
俺はその見世物に興味を持ち、「中に入ってみないか」と二人に言った。
リディはあまり興味が無いようで、「大した物は見れないわよ」と言うが、シャロンは「面白そうですね」と興味を示す。
俺はリディに「どこかで待っていてくれても良いんだぞ。屋台も多いし、一杯飲んでくれても構わないが」と言うが、彼女は俺と離れるのが嫌なのか、渋々といった感じで付いてきた。
入場料の大銅貨一枚(五十e=五百円)を支払い、三人で中に入っていく。
中に入ると獣臭い匂いが充満しており、俺たちは顔を顰めていた。
中は布で仕切られた通路のような感じになっており、遠くから猛獣のような唸り声や、檻を揺らすガタガタと音が聞こえている。
少し進むと馴染みのあるゴブリンやオークの檻があり、更に進んでいくと灰色猿や剣牙虎などの獣系の魔物がいた。
奥に進むにつれ、珍しい魔物になっていくのか、昆虫系や植物系の魔物もおり、最大の見世物として、小型の地竜すら檻に入れられていた。
これにはリディも「凄いわね。小さいけど本物の地竜よ。二級相当の魔物を生け捕りにするなんて」と素直に驚いていた。
テントを出ると新鮮な空気が肺を満たし、俺たちはふぅと息を吐く。
俺が「結構面白かったな」と言うと、シャロンは大きく頷き、リディは「そうね。想像より良かったと思うわ」と渋々ながら認めていた。
俺はその仕草を微笑ましく思いながら、彼女たちの手を取り、祭会場である広場から、露店を見るため歩き始めた。
露店は広場に繋がる道には多くあり、食べ物や飲み物、アクセサリーなどの小物が売られていた。中には珍しい魔道具と称して、怪しげな道具を売っているが、道行く人はあまり興味を示していなかった。
さすがに魔道具が溢れる学術都市の住民相手に、そんな怪しい物は売れないようだ。
翌日の祭当日も凄い人出だった。
昨夜から飲み続けているのか、酔っ払いが広場で寝ていたり、子供たちが楽しげに走り回ったりしている。
規模こそ違え、ラスモア村の祭と基本的にはあまり変わりないようだ。
シャロンだけは人の多さと、芸人たちが繰り広げる様々な芸に驚きっぱなしだった。
感想を聞いて見ると、首をプルプルと振り、「凄いです」としか答えられなかった。
こうして、祭の二日間は学院での出来事を忘れ、存分に楽しんだ。
十月二日の朝。
祭の気だるい余韻が残る中、情報収集を依頼したサイが家にやってきた。
彼は俺の顔を見るなり、「ベネットが会った奴が判ったぞ」と言ってきた。その顔は満足そうな笑みを浮かべていた。
「クェンティン・ワーグマンの家庭教師だ。名はアーチー・クロフト……」
ベネット教諭は俺が学院に行った後、すぐにワーグマン家に連絡を入れ、その夜、旧市街にある食堂でクロフトに会ったそうだ。
「そのクロフトなんだが、調べてみると面白い経歴でな。最初は私塾で研究職をしていたんだが、成果を上げられなかったようだ。それが原因で十年前に私塾を解雇されたと言われている。その後、一時ギルドの職員になっていたのだが、八年前にクェンティンの家庭教師になったんだ。その詳しい経緯までは判らないが、どうもきな臭いんだ」
俺が「きな臭いですか?」と呟くと、
「そうだ。まず八年前というのが最初に気になった点だ。八年前といえば、ワーグマン議員がサルトゥース――北の王国、エルフが多く住む王国――からドクトゥスに戻ってきた年だ」
俺にはそのどこが気になるのか不思議だった。
「サルトゥースから戻ってきたから、四歳になったクェンティンに家庭教師をつけたんじゃないんですか? 極普通のことのように思えますが?」
彼はニヤリと笑い、「ようやく、お前さんの意表を突くことができたな」と嬉しそうにそう言ってから、
「八年前といえば、ワーグマン議員とイシャーウッド参事が和解した時だ。イシャーウッド参事は人事関係に強い人物なんだ。クロフトがどうやってギルドに職を得たのか。イシャーウッド参事の息が掛かっている可能性は否定できないんじゃないか?」
俺は祭で少しボケていたようだ。
確かに彼の言う通り、ギルドの職員に中途採用されたという点がきな臭い。魔術師ギルドは他のギルドよりも閉鎖的な組織だ。そして、ティリア魔術学院をどの席次で卒業したかで採用が変わるほど、学院の影響力が大きい。そんなギルドで、魔術学院と対立する私塾で研究職をしていたクロフトが職員に中途採用されたのは、何か裏があると考えるのはおかしな話ではない。
「ここまで言うってことは、裏を取ってあるんですよね?」
俺がそう言うと、彼はニヤリと笑い、別の話から説明し始めた。
「まずは面白い情報からだ。十年前、イシャーウッド参事は人事委員会の担当者だった。そして、セバーグ議長が当時人事委員会の参事だった。そして、その頃、セバーグ議長には、あるスキャンダルの噂があった……」
十年前、ティリア魔術学院の研究者たちが、大量に私塾に移籍しようとしたことがあったそうだ。三大私塾が合同で、商業ギルドを通じてスポンサーを募り、その資金を使って若手の研究者たちを引き抜こうとしたのだ。
魔術師ギルドがその情報を掴むと、当然、人事委員会が対応することになる。当時の参事セバーグは、彼の上司である委員長と折り合いが悪く、次期評議員に指名される可能性はほとんどないとさえ言われていた。そのため、セバーグは彼の部下であるイベットソンと謀り、その委員長に責任を押し付け、政治的に抹殺する謀略を行った。
その謀略とは研究者たちを私塾に引き抜かせ、全責任を委員長に押し付けるというものだった。彼らは人事委員会の職員に圧力を掛けて、引き抜きを阻止させないようにした。
セバーグは委員長が責任を取って引責した後に、研究者たちを再度引き戻すつもりでおり、ポストと研究費を餌に密約を結んでいたというのだ。そして、人事交流という名を付け、短期間ですべての研究者を引き戻してしまった。
こうして、彼の謀略は成功裏に終わった。だが、人事委員会のサボタージュはセバーグが主導したという噂が流れ始めた。
セバーグはその噂に焦った。次期評議員の椅子が目の前にあるのに、スキャンダルに塗れたら、評議員の椅子を得られないどころか、ギルドでの現在の地位すら失ってしまう。
「……そこでイシャーウッドが暗躍したそうだ。彼はセバーグに対し、噂の出所が私塾の情報に詳しい者であることを示した上、自分はその者を確保しているから、その噂を何とかすることができる。だから、自分を重用しろと言ったそうだ。もちろん、セバーグは彼を信用しなかった。セバーグはイシャーウッドが噂をばら撒いたのではないかと疑った。そして、そんな危険な奴を懐に入れられるほど、セバーグには胆力がなかった。だが、イベットソンは違った……」
イベットソン議員は若きイシャーウッドの野心に気付きながらも、彼を利用することにした。そして、イベットソン議員は巧妙だった。
イシャーウッドに表面上は対立したように見せかけることを提案して、自分たちの関係を巧みに隠し、更に私塾の情報に詳しい者を味方に引き入れた。彼はセバーグの陰謀が明るみに出た時に、自分が積極的にその不正を暴き、セバーグ一人に責任を押し付けようと考えたのだ。
そうやって保険を掛けておきながら、イベットソンはセバーグに恩を売る形で噂の火消しを行った。更にセバーグが評議員になれるようイシャーウッドにライバルを追い落とすよう命じた。その結果、セバーグは評議員となり、その後継としてイベットソンが参事となった。
つまり、イシャーウッドもスキャンダルが発覚しそうなセバーグと組むより、その次のイベットソンと組むことにした。もちろん、将来、自分が彼の後継に指名されるという条件で。
「つまり、イシャーウッド参事はイベットソン議員と繋がっていると」
「そう言うことだ。まあ、俺が調べたことが正しいとしてだがな。この噂はあくまで魔術師ギルド内の一部でしか語られていない話だそうだ」
俺はそんな情報にどうやってアクセスしたのか気になり、「誰から聞いたんですか?」と尋ねた。サイは人の悪そうな笑みを浮かべ、
「一人はエルバイン教授――リディの旧友、キトリー・エルバイン――だ。彼女もその騒動に巻き込まれそうになったそうだ。そして、もう一人は名前を言うことはできないが、私塾の関係者だ。当時、そのセバーグたちの手先になっていたんだそうだ」
(情報の信憑性は高いということか。イシャーウッドとイベットソンが共闘しているのなら、ワーグマン議員を排除しに掛かってもおかしくはない。家庭教師のクロフトの話はどうなったんだろう? さっき言っていた私塾の情報に詳しい者というのがクロフトなんだろうか?)
「クェンティンの家庭教師、クロフトはさっき言っていた私塾の情報に詳しい者なんですか?」
サイは「その通りといいたいところだが」と前置きし、
「実はよく判っていないんだ。イベットソンが私塾の関係者をイシャーウッドに預けたのは間違いない。自分の手元に置いておけば、セバーグ議長が疑うと考えたんだろう。イベットソンもイシャーウッドを全面的に信用したわけじゃないんだろうが、何か弱みを握っていたのか、それとも自らの後継にするという約束で縛れると思ったのか、その辺りもよく判っていない」
「つまり、クロフトはイベットソン議員とイシャーウッド参事の息が掛かった人間である可能性が高いと。でも、よくそんな人間を家庭教師にしましたよね、ワーグマン議員は」
「ワーグマン議員がどこまでこの話を知っているのかは判っていない。彼のことだから、判った上で、イベットソンやイシャーウッドへの切り札にするつもりがあったのかもしれないな……」
俺はサイの話を聞いて、
(ワーグマンほどの切れ者がセバーグのスキャンダルの話を知らないわけが無い。可能性があるのは、イシャーウッドがそのことを彼に教え、クロフトがセバーグやイベットソンへの切り札になると教えたということだろうな。イベットソンもそんな危険なクロフトを切れ者のワーグマンのところに行かせたくなかったんだろうが、イシャーウッドにワーグマン家の情報を手に入れさせるためには、ワーグマンが辞めさせようと思わない人物、つまり、他に利用価値があるクロフトが最適だと説得したのかもしれないな……と言っても、ほとんどが推測なんだが……さて、この情報をどう生かすかだ……)
その後、サイは新たに集めた情報、新市街の商業ギルドや傭兵ギルドでのワーグマン議員の評判などを教えてくれた。
商業ギルドでもワーグマン議員の評判は良く、彼が議長になれば、研究者たちが刷新され、新たな技術革新が起こるのではないかと期待しているそうだ。
傭兵ギルドでもワーグマン議員の評判はいい。彼の政策が実行されれば、即戦力になる魔術師たちが多く輩出されるため、魔術師の傭兵が増えるのではないかと期待しているようだ。
俺はドクトゥスに来る道中のことを思い出し、
(確かに空から襲ってくる魔物に対しては、魔術師がいるのといないのでは雲泥の差だからな……)
俺はサイに礼をいい、十月四日までに報酬が支払われるよう手続きをすると約束した。
彼は俺の肩を軽く叩き、
「今回の仕事は面白かったわ。お前さんの考えることは、俺にとって新鮮だったぞ。また、情報が欲しくなったらいつでも依頼してくれ。最優先でやらせてもらうからな」
彼はそう言って立ち去っていった。
俺はこの情報をもとに解決する方法を考えることにした。




