第三十話「依頼」
九月二十三日。
俺は今後取るべき行動について考えていた。
俺たちを追い出そうとしている奴が、どれだけ俺たちに関心を持っているのかは判らない。普通に考えれば、それほど関心を払うことはないだろうと思っている。
だが、万が一、俺たちを見張るようなことがあることを考えると、当分の間学院には顔を出さない方がいいだろう。図書館には行くつもりだが、学院、特に教室には行かない。
こうしておけば、奴らは俺たちがいじめを苦に学院に行かなくなったと思うだろう。
俺たちにいじめを仕掛けてきた時点で、奴らも当然それを想定しているはずだ。
僅か十歳の、それも田舎の出の子供が、教師を始めクラス全員からいじめを受ければ、ショックで学院に行けなくなると思うのが普通だろう。つまり、奴らの想定通りに動いてやれば、順調にいっていると勘違いし、これ以上、俺たちに手を出してくることはないだろう。そうなってくれれば、俺たちは行動の自由を得ることが出来るし、普通の子供であるシャロンの心の負担も減らせられる。
これからの行動方針だが、まず、集めた情報を分析し、追い出そうとしている奴らの思惑を突きとめる。そして、俺が完全にフリーで動ける状態になったら、二度と俺たちに手を出させないよう、最も有効な手を打つつもりだ。ただ、ここで重要なことは、怒りに任せた行動は控え、無用な敵を作らないようにすることだ。
そこで、最初のステップである情報の分析だが、今まで俺が自力で調べた情報から、これが単なるいじめではなく、大きな陰謀の一環ではないかと考え始めている。
その推論を確証に変えるためには、情報が少な過ぎる。ティリア魔術学院のキトリー・エルバイン教授に教えてもらった情報収集専門の冒険者に依頼を出すため、俺は冒険者ギルドに行くことにした。
行くのは俺とリディの二人だ。シャロンもついてきたがったが、ギルドでたちの悪い冒険者に絡まれるかもと考え、図書館に行かせている。
ドクトゥスの冒険者ギルドは新市街の西側にあり、木造三階建てのかなり大きな建物だった。
中に入るが、午後二時を過ぎたばかりで、ギルド内は閑散としていた。僅かに数名の冒険者が打合せスペースで暇そうに屯しているだけだった。
リディは魔晶石を売りに来る時と同じように、マントのフードを深く被り、顔を晒さないようにしている。俺も同じようにフードを被り、子供だとばれないようにしていた。
受付のカウンターに座ると、二十代前半の受付嬢が不審そうに俺たちを見ていた。だが、俺が「依頼の話をしたいのですが?」と言うと、受付嬢はすぐに営業スマイルを浮かべ、
「御用を承ります。受付を担当しております、ティナと申します」
「ザカライアス・ロックハートといいます」
挨拶を終え、俺はすぐに本題に入った。
「では依頼内容ですが、指名依頼になります……」
受付のティナに依頼内容を説明していく。
「……お願いしたい方は四級冒険者のサイ・ファーマンという方です。概要は今話したとおりですが、詳細は受けていただいたら、説明します」
五分ほどで説明し、依頼を受付けてもらう。
ティナはサイとある程度面識があるようで、
「サイさんは毎朝八時頃に依頼を確認にギルドに来られます。その時にお話しますので、明日の午前中にそちらに伺うのではないかと思います」
俺たちはティナに礼を言ってギルドを後にした。
九月二十四日の朝。
四級冒険者のサイ・ファーマンが、俺たちの家を訪ねてきた。
彼は三十代半ばの浅黒い顔をした人間で、歩く時、足を少し引き摺っている。キトリーさん――リディの旧友、キトリー・エルバイン教授――の話では戦闘が原因で足を悪くしたため、街での情報収集専門になったということだった。
彼は人好きのする笑顔で俺に調べて欲しいことの詳細を尋ねてきた。
「詳しいことはザカライアス・ロックハートに聞けと言われたんでな。で、どんな情報を集めたいんだ?」
「集めて欲しいのは、評議会のワーグマン議員に関する情報です。議員のひととなり、政策、信条、人脈。それに重要なのは彼の政敵が誰かということ。できれば、複数の情報ソースから聞いた結果が欲しいですね」
彼は俺の言葉に頷くが、「複数のソース? どういう意味だ?」と聞いてきた。
「彼を支持する者と支持しない者と言う意味です。できれば、全くの第三者の情報があればいいんですけど、金額的なこともありますから。出来る範囲でやって頂ければ問題ありません」
「金貨一枚(百C=十万円)分は期待してくれていい。それにお得意様のエルバイン教授の紹介だ。出来る限りの情報は集めてやるよ」
彼は笑顔でそう言って、右手を差し出してきた。
俺は彼の手をとり、しっかりと握りながら、
「期限は十日後の十月四日。五日後の九月二十九日に進捗状況を教えてください。その上で調べて欲しい情報を追加するかもしれません。もちろん、その場合は契約にあるとおり、追加報酬も出すつもりです」
帰り際、俺が大人のような口調で話しても特に驚く様子がなかったので、そのことについて聞いてみると、
「エルバイン教授から聞いている。それにあのラスペード教授が千年に一人の天才だと言っているんだ。何があっても驚くには値しない」
さすがに情報収集で生きているだけあって、客の情報も事前にリサーチしているようだ。
サイはすぐに情報を集めるため、街に出て行った。
俺たちは天気もいいので、森に向かうことにしていた。
今日は天気がいいから森に行くつもりだが、当分、学院には行かないつもりだ。そして、出来るだけ旧市街にも入らない。
昨日は学院に近寄らないだけにしようと思ったのだが、時間が経つにつれ、いじめに耐えかねているように見せかけようと考え直したからだ。そして、サイから情報を受取った段階で、ベネット教諭――座学の担任、アリック・ベネット――に学院を辞める手続きについて聞きに行こうと考えている。
これは俺たちの安全を確保するだけではなく、サイに頼んだ情報収集に別の情報が引っ掛かることも期待している。つまり、自分たちの思惑通りに進んでいると奴らが思い込めば、何らかのアクションを起こすだろうと期待しているのだ。
俺たちはそれから四日間、毎日森に行った。時々、気配を探るが、俺たちの家を監視している気配は感じられなかった。
今回の情報収集とは関係ない話だが、四日間森に入ったことで、シャロンの風属性魔法レベルは十九に上がった。俺の方はガイ――従士ガイ・ジェークス、シャロンの父――がいなくなったこともあり、前衛に回ることが多く、魔道剣術士のレベルが十九に上がっている。なお、剣術スキルレベルは上がらず二十五のままだが、回避スキルは二十九に順調に上がっている。森に入って経験を積むという計画については、俺の思い通りうまくいっている。
だが、一つだけ懸念があった。
それは前衛が俺だけであるということだ。
俺、リディ、シャロンの魔法による遠距離攻撃はかなり強力だ。近場をテリトリーにしている若手の冒険者パーティの中では抜群だと自負している。
それでも耐久力の高い魔物、特に大型の灰色熊などに遭遇すると、かなり苦戦する。
ヒットアンドアウェイで遠距離から体力を削っていくが、リディやシャロンの風属性魔法と相性が悪いのか、なかなか致命傷を与えられない。俺が接近戦を挑み、熊の動きを封じた上で二人が魔法を放つのだが、シャロンが魔力切れ寸前にまで追い込まれたことがあった。
前衛で剣の腕を上げることも目的の一つだが、今のパーティ構成では、街近くの森から先に進めないのではないかと懸念している。今のところ、順調にレベルアップしているので問題は無いが、そのうち、ここの魔物では頭打ちになる可能性がある。
いずれ近いうちに、パーティメンバーを増やすか、俺が接近戦のエキスパートになるかの選択を迫られる日が来るだろう。
九月二十九日の朝。
情報収集を依頼したサイが情報を携えて、家にやってきた。
「一応、旧市街で集められるだけの情報は集めておいた。これ以上はギルドの上層部に接触する必要がある」
そう前置きした上で彼は収集した情報を話し始めた。
「まず、ワーグマン議員のひととなりだが、巷の評判は高潔で改革に熱心な政治家というものが一番多い。特に旧市街では教育改革に対する期待が大きいようだな……」
ワーグマン議員は若手のホープで、学院改革を通じて、ギルドの旧態然とした体制を改革する人物だと思っている人が多く、旧市街の住民たちの多くが、彼に期待しているということだった。
「……というのは表向きの評判なんだが、あの御仁もそれほど高潔な人物でも無さそうだ。黒いというまでは行かないが、あまり良くない噂もあった……」
ワーグマン議員は教育研究委員会という学院を統括する委員会の長をしており、学院の改革を通じて、自分の派閥の人間に役職を与えようとしているという噂が流れている。更に学院の備品の納入業者とも関係があり、リベートを受けているとも言われていた。
「まあ、その程度はどの評議員もやっていることだがな。特にセバーグ議長が人事委員長の時はもっと酷かった。自分の息が掛かった連中を、能力も何も関係なしに学院に押し込んでいるからな。今の学院長などその際たるものだ。俺の受けた感じだと、ワーグマン議員は、この街の政治家の中でも、まともな部類に入るだろうな」
俺が頷くと、次の情報の話になる。
「政策と信条は今言ったとおりだ。お前さんの聞きたい政敵に関することだが、今の評議員の中に、彼と明確に対立している者はいない。もちろん、明確にしていないだけで敵視している議員はいる……」
ワーグマン議員の敵と言えるのは、フォーサイス議員とイベットソン議員だ。
フォーサイス議員はワーグマン議員と並ぶ次期議長候補であり、彼は財務畑の政治家でワーグマン議員の学院改革に反対している。研究機関の充実と教員の教育専門機関の設立が、ドクトゥスの財政を圧迫するというのが表向きの理由だ。だが、保守の本流を生きてきたフォーサイス議員にとって、急激な改革を目指すワーグマン議員が目障りだというのが巷の意見だそうだ。
そして、もう一人の政敵、イベットソン議員だが、彼は人事委員会の委員長をやっている。今の議長、セバーグ議長も同じ人事畑であり、噂では議長はイベットソン議員を後継に指名したいと考えているようだ。
議長の選出は八人の評議員と三人の顧問――議長経験者――の投票によるため、最大のライバルであるワーグマン議員を追い落とそうとしているそうだ。
サイは少し勿体ぶった言い方で、「……そして、もう一人敵らしい人物がいる」と言った。
「ワーグマン議員の学院時代の同期、盟友であるはずのイシャーウッド参事だ」
俺は何となくありえるなと思っていたので、特に驚きや疑問を口にしなかった。劇的な効果を狙ったサイは、狙い通りにならず、少し残念そうな顔をするが、すぐに表情を引き締めて話を続けた。
「その顔だと予想していたんだな。まあいい。イシャーウッド参事が次席で卒業したのは知っているな?」
俺が頷くと、更に話を続けていく。
「ワーグマン議員とイシャーウッド参事の差は、それほど大きな物ではなかったそうだ。はっきり言えば、ある人物の評価で優劣がついたと言っても過言じゃない」
俺はある人物の顔が思い浮かび、「ラスペード教授ですか?」と尋ねる。
サイは僅かに驚きの表情を見せ、「驚かせ甲斐のない奴だな」と呆れた表情を見せた後、
「その通りだ。ラスペード教授は記憶に頼るだけの座学の成績など歯牙にもかけない。彼が優劣をつけるのは、独創的な考え方が出来るか、より強いイメージで魔法を発動させられるかが基準になっている。つまり、イシャーウッド参事は座学の成績ではワーグマン議員を上回ったものの、最終学年の成績に多大な影響を与えるラスペード教授からいい評価をもらえなかったんだ」
「つまり、座学や単純な実技の成績では、イシャーウッド参事の方が良かったということですか?」
「そう言うことだ。まあ、ワーグマン議員は卒業時にこそ、イシャーウッド参事に実技で劣っていたが、サルトゥースの宮廷魔術師となった後はメキメキと実力をつけたそうだ。十年後に、サルトゥースを去るときにはレベルを三十五にまで上げていたという話だ。僅か十年でレベルを二十近く上げた宮廷魔術師はほとんどいない。つまり、ラスペード教授の見立ては間違っていなかったということだな」
ギルドから派遣される宮廷魔術師には二種類あるそうだ。
一つ目は学院卒業後に十年程度、外の世界を見させるために派遣される者だ。この人たちはいわゆるエリートであり、外交を学ぶため、そして人脈を作るために派遣されていると言ってもいい。
もう一つが本来の意味での宮廷魔術師だ。
王室に仕え、平時は王家の子女の教育を行い、いざという時は魔法を駆使して敵と戦う。この種の宮廷魔術師はギルドの推薦を受けてはいるものの、故郷の王室に仕えることが多く、ギルドより王家に対して忠誠を誓っていることが多い。このため、積極的に戦闘に参加し、レベルアップを図るものも多いそうだ。
つまり、ワーグマン議員は前者でありながらも、レベルアップに励み、普通の魔術師より早いレベルアップを果たしたと言える。
「卒業当時はイシャーウッド参事も席次に納得していなかったようだが、サルトゥースから帰ってきたワーグマン議員と会い、自分の態度を改め、議員と盟友関係になったと言われている。もちろん、これは参事本人が流した噂だろう」
「つまり、未だにイシャーウッド参事は卒業時の席次に納得していないと。そして、ワーグマン議員の足を引っ張ることを考えていると」
俺の言葉にサイはニヤリと笑い、
「惜しいな。というか、ここからは俺の推測が入るから事実かどうかは判らん。それでも良ければ聞かせてやろう」
俺はサイという人物の分析を的確だと感じていたので、「お願いします」と先を促した。
「イシャーウッド参事は普通の職員よりかなり速いペースで出世している。もちろん、それ以上のペースで出世しているワーグマン議員がいるから目立っていないがな。この出世なんだが、ワーグマン議員をうまく利用しているようなんだ。そして、ワーグマン議員もイシャーウッド参事を利用している……」
イシャーウッド参事はワーグマン議員と和解し、彼の政策を支持するようになった。参事は元々人事委員会におり、派閥の力学や人事に関する情報に詳しかった。このため、ワーグマン議員は彼の能力を利用しようと考えた。彼は自分の政策を実現するために障害となりそうな人物を、イシャーウッド参事に排除させたのだ。
「……俺が聞いた話じゃ、両手の指じゃ納まらない数の人間が排除されたようだ。その結果、ワーグマン議員は異例の出世を遂げ、最年少で評議員に出世できた。そして、それに釣られる形でイシャーウッド参事も出世した……」
つまり、両者は利用しあう関係だったというのが、サイの分析だった。
「……そして、イシャーウッド参事が次に狙うのは評議員の椅子だ。ワーグマン議員が引退する時、あるいは議長になる時に彼を指名するとは限らない。恐らく二人の間に利用し合う関係という暗黙の了解があるんだろう。それにワーグマン議員の政策をイシャーウッド参事が継承するとは思えない。そうなると、参事が考えるのは……」
彼はそこで言葉を切り、しゃべって少しかれた喉を水で潤す。
「……イシャーウッド参事が評議員の椅子を狙うとすれば、別の議員の椅子だろう。普通に考えれば、自分の派閥の後継者を指名するんだろうが、もし、自分が議長になれるとしたら、その考えを変えるんじゃないか……例えば、イベットソン議員などはそう考えるかもしれないな」
サイの分析では、イシャーウッド参事はワーグマン議員の失脚を餌に、イベットソン議員の後継者になろうとしているというのだ。
(今の話からすると、俺たちを嵌めたのはイシャーウッドと言うことになる。確かに彼の娘、アニータが同じクラスにいるから、ベネットに接触するのは簡単だ。もちろん、悪戯を主導することもできる。それにワーグマン家の内情にも精通している……)
俺はこの情報だけで判断していいのか迷っていた。
(確かにサイさんのロジックに間違いは見付からない。だが、本当にそうなんだろうか? そもそも前提となる情報が間違っていたら、ロジックが正しかろうと結論は違ってくる。旧市街の住民とギルドの下級職員の噂が正しいとは限らない。複数の派閥があるなら、様々な噂が飛び交っているだろう。今回得た情報は、その多くの噂の一部にしか接触できない人たちの話だけだ。それで判断するのは危険な気がするな)
「追加報酬を払いますので、もう少し別な方法で情報の収集をお願いします」
彼は「具体的にはどうしたらいい?」と笑顔で尋ねてきた。
「今から担任であるベネット教諭に退学する方法を聞きに行きます。恐らく彼は誰かに言われて私たちを嵌めようとしていますから、その黒幕か、連絡役に報告に行くでしょう。彼がどこに行くのか、誰に会うのかを調べて欲しいんです……」
俺の考えはこうだ。
俺が退学の意志をベネットに示せば、彼はそのことを嬉々として報告に行くだろう。もちろん、黒幕が彼に直接指示を出したとは考えにくいが、少なくとも連絡役には報告するはずだ。それが誰かを突き止めて、更にその跡を追う。そうすれば、黒幕のところまでたどり着けるのではないかと考えたのだ。
「確かにその可能性はあるが、本当にベネットという教師がこの件に噛んでいるのか? その前提が崩れれば、調査の意味は無いが?」
サイは俺の推論に理解を示すものの、調査の前提をそれにおくことのリスクを伝えてきた。
「構いません。ベネット教諭が私の思っている以上の愚か者だとするなら、そもそも、この調査自体が意味を成しませんから」
俺がこんなことを考え始めたのは、ベネットの態度が異常だったからだ。ただ単に愚か者という可能性はあるが、それならそれで対応のしようはある。人の権力を利用するのは趣味ではないが、ラスペード教授に力になってもらえば、ギルドから派遣されている教師の首などすぐに飛ばすことができるだろう。
「報酬はどうしましょうか? 張り込んだり、尾行したりと結構、時間を拘束することになりますが?」
サイは小さく首を横に振り、にやりと笑って答える。
「たまにはこういう仕事もいいだろう。そうだな、半金貨一枚(五十C=約五万円)でどうだ?」
俺の方に異存はないので、それに頷き、「では、よろしくお願いします」と言って、互いが承認したという意味を込めて握手をした。




