第二十九話「情報収集」
九月二十二日。
机を隠すという嫌がらせを受けた後、小雨が降るドクトゥスの旧市街をシャロンと二人で歩いていた。
俺は歩きながら、今回の事件について考えていた。
(俺たちはクラスメイトの稚拙な嫌がらせを受けた。それは判らないでもない。だが、ベネット――担任のアリック・ベネット――の態度は明らかにおかしい……俺のことが気に入らないのは理解できる。だが、俺に対する態度は度が過ぎている。二十代後半の教師が取る態度としては、どうにも納得がいかない。ベネットが幼稚なだけという可能性は否定しないが、このままではこの街から追い出されるかもしれない……)
俺が危機感を覚えた理由は、あのクラスにいられないということではなかった。ベネット教諭がワーグマン議員の息子クェンティンの言いなりになるほど、ギルドの評議員の権力が大きいと仮定すると、彼の障害となる俺は、この街、学術都市ドクトゥスから排除される可能性がある。
学院だけなら別に未練は無い。確かに年払いした授業料は惜しいが、稼げないほどの金額でもないから、金に拘る気はない。
魔法の勉強だけなら、キトリーさん――リディの旧友で学院の教授――の指導を受けられればいいし、あのラスペード先生を頼ってもいい。二人が駄目でもどこかの私塾に入れば、最低限の指導は受けられるだろう。
聞いた話では、ここドクトゥスには二十あまりの私塾があり、その中でも三大私塾と呼ばれる“ルイ・コンスタン魔法学園”、“メイザース学院”、“フォーチュン塾”がティリア魔術学院に匹敵するほどの教育機関だと言われている。
私塾であるため、ティリア魔術学院のような画一的な教育ではなく、かなり融通が利くという話だ。
更にその三つの私塾はティリア魔術学院をライバル視しているため、常に優秀な学生を引抜こうとしているそうだ。そのため、授業料を免除したり、図書館の利用料なども塾側が負担したりとかなり優遇される。
つまり、ここドクトゥスから追い出されさえしなければ、俺たちに不利になることはあまりないということだ。
俺は自分とシャロンを守るため、この問題を解決することを決意した。
(まずは何と言っても情報収集だろうな。最初は隣のリトルフさん――ティリア魔術学院の事務員――と、キトリーさんに話を聞くべきだろう。二人からどの程度の情報が手に入るかにもよるんだが、それだけでは不足なような気がするな。情報屋のような商売はないかもしれないが、冒険者ギルドに情報収集の依頼を出してもいいだろう。別に国家機密というほどの物が欲しいわけじゃない。ワーグマン議員の情報、特に考え方やライバルの有無、ギルドでの立ち位置なんかが判ればいい。その上でどうやってこの状況を打開するかを考えよう)
そして、一緒に歩いているシャロンを見ながら、
(シャロンはもちろん、リディにも話せないな。普段は人前に出るのを嫌がるくせに俺のことになると我を忘れるからな。下手をすると学院長のところに怒鳴り込みに行きかねない……)
だが、考えを進めて行くうちに、リディに話すべきではないかと思い始めた。
(今回は直接的な危険があるわけじゃない。それに俺一人の方が動きやすい。だが、彼女に隠し事をするのは良くないような気がする。きちんと話した上で俺が一人で解決するといった方がいいかもしれないな。そうなるとシャロンにも話しておくべきか……)
俺は家に帰るとリディとシャロンにその話をした。途中、リディが怒りに震え始めるが、それを無視して話を続けていった。
「……というわけで、俺が一人でやる。今回は身の危険はほとんど無いはずだしな」
リディは首を横に振り、やや興奮気味に声を上げる。
「私は納得できないわよ! 何であなたたちがそんな仕打ちを受けなくちゃいけないの! あなたたちがやっていることは、昔から認められていることよ。それなのに……そのベネットって言う教師に文句を言ってやるわ!」
予想通りの反応に笑いが込み上げるが、真面目な表情を崩さず、
「俺に考えがあるんだ。今は動かないで欲しい。それにベネット教諭に文句を言っても解決にはならないからな」
リディは怒りが収まらないと言った感じだったが、渋々、「判ったわ。でも、私も手伝うから」と言い、シャロンも「私もお手伝いします」と言ってくれた。
翌日九月二十三日は天気も回復し、俺たちは北の森に入っていた。
リディは昨日の話の鬱憤を晴らすかのように魔物に魔法をぶつけていく。
(いつもより威力が上がっているような気がするな。リディも怒らせると怖いってことか。しかし、怒っていても森の中では冷静だな。さすがはベテランといったところか)
その日は最後に槍鹿という魔物を仕留め、三人で家に持ち帰った。
槍鹿は普通の鹿より肉にコクがあり、非常に美味い魔物だ。サイズはさほど大きくなかったが、さすがに四足だけあって、かなり肉は多い。俺は近所にお裾分けをするという口実で、隣のリトルフさんに話を聞きにいった。
「……ところで、学院の先生たちって、どういう方たちなんですか? 私たちを教えてくれる先生たちは結構若いようですが」
俺が聞きたかったのは、教師たちの考え方だ。ベネット教諭を見る限り、教育に情熱を燃やしているような感じは受けない。実技のチェンバース講師はやる気どころか、正しい教育方針を持っているとすら思えなかったからだ。
リトルフさんは小さく頷くと、「やっぱり気付いたかね。学院には二種類の先生がいるんだ」と楽しそうに話し始める。
俺が「二種類ですか」と尋ねると、にこりと笑って頷いた。
「そう二種類。まずは研究を主としている教授たちだね。もう知っているだろうけど、ラスペード教授なんかがその代表だね」
リトルフさんはそこで、どう説明したらいいのかという感じで言葉を切る。
「もう一つのグループが君たちを教えている先生たちなんだ。君が若いと言ったのは理由があるんだよ」
俺は「理由ですか?」と首を傾げ、彼の話を引き出していく。
「あまり大きな声で言うことじゃないんだけどね。君たちを含めた低学年の生徒の担任は魔術師ギルドから派遣されてきているんだよ。宮廷魔術師に推薦されることもなく、ギルド内の仕事にあぶれた人が流れてくるんだ。本当は良くないことなんだけどね」
俺は普通の子供のように「そう言う人たちは冒険者になるんじゃないんですか?」と、もう一度首を傾げた。
リトルフさんは「もちろん冒険者になる人もいるよ」と頷くが、
「でも、冒険者や傭兵になるような人は、最初からその道を選ぶよ。命懸けの仕事に就くのに、仕事が無いから仕方がないっていう選び方はしないからね」
俺はなるほどと思ったが、やる気もなく、能力も低い者が、次代を担う若者の指導者とする魔術師ギルドの方針に疑問に思った。
(教育に対する理解が無くても、やる気のある人もいるだろうに……それとも何か別の要因があるのかな?)
「ちょっと幻滅しますね。ギルドはどうしてやる気の無い人を学院に回すんでしょう?」
リトルフさんも同じことを思っていたのか、俺の言葉に釣られて憤慨し始める。
「そうなんだよ。ギルドは何も判っちゃいないんだ。君に話していい話じゃないかもしれないけど、ギルドの中、正確に言うと評議会の中の勢力争いみたいなものに学院が巻き込まれているんだ……」
リトルフさんは俺に対して熱弁を振るい始めた。
彼は五分ほど俺に不満をぶちまけていく。
(十歳の子供にぶちまけるほど不満が溜まっていたんだな。優しい用務員のおじさんみたいな人だが、こんなに熱い人だとは思わなかった……)
「……次代の若者を育てる大事な学院を、政争の具にしてはいけないんだよ! これは若い人だけじゃない、ギルドにとっても損失なんだ。判っている人はいるんだ。そうワーグマン議員のような人が議長になれば、変わるかもしれないんだが……」
俺はワーグマン議員という言葉に思わず反応しそうになった。
(ワーグマン議員だと! その人が議長になれば学院が変わる? どういうことだ?)
俺は平静さを装って、「そのワーグマン議員という方が議長におなりになれば、学院は良くなるんですか?」と尋ねた。
「そうだよ。議員はまだ三十代半ばくらいの若い方なんだけどね。とても凄い人なんだ」
俺はどう凄いんだと思いながら、
「議員は僕たち学院生にとって、いいことをしてくれるんですね」
俺の言葉にリトルフさんは、わが意を得たとばかりに勢いづく。
「あの人は学院を改革しようとしているそうなんだ! そう、今の画一的な教育を改めようとしているんだよ!」
俺は「どういう風にするんですか?」と相槌を打って話を促す。
「私が聞いた話だと、優秀な生徒にはできるだけ良い教育の機会を与えるつもりのようだね。それに今のような専門の教育を受けていない教師を辞めさせて、教師としての資質を見た上で教育者を育てるつもりでもあるようだね……」
この他にも研究職に対して、一定の成果を求めることにより、趣味で研究をしているような人物を排除したり、大学院のように更に教育を受けたい者の受け皿を作ったりすることも考えているようだ。
(リトルフさんが言っていることが正しければ、今回の件に議員自体は絡んでいないな。となると、誰が何のためにやっているかだ。クェンティンが父親の権力を勝手に利用したという可能性はあるが、子供のいうことを真に受けるほどベネットも愚かではないはずだ。益々判らなくなってきたな……)
リトルフさんから情報を入手し、翌日、キトリーさんからも同じように話を聞いた。
結論から言えば、リトルフさんの言っていることと同じで、評議会の権力争いの影響で学院の教師の質が落ちていると言っていた。更にワーグマン議員については、
「あの人の政策には賛成よ。教授の中にはまともに研究していないのに、研究費だけはしっかり受け取っている人もいるから。そんな人にとっては戦々恐々なんでしょうけど」
そう言って、ワーグマン議員の政策を手放しで褒めている。
そして、もう一つ重要な情報を入手できた。
「あなたのクラスにアニータ・イシャーウッドという生徒がいるでしょ。彼女の父親はギルドの参事で、ワーグマン議員に近い人なの。でも、あまりいい噂は聞かないんだけどね……」
イシャーウッド参事はワーグマン議員と同い年で現在共に三十六歳。学院の同期だそうで、ワーグマン議員が首席、イシャーウッド参事が次席で卒業した。
その後、ワーグマン議員がサルトゥース王国――北方の王国でエルフが多く住み、魔法の研究も盛ん――の宮廷魔術師となり、十年後にドクトゥスに戻ってきた。そして、教育研究委員会の参事を経て、三十五歳の若さで評議員となった。
一方、イシャーウッド参事はドクトゥスのギルド本部で着実に出世していき、四年前に参事に昇格している。
評議員の平均年齢は四十五歳、参事が四十歳と考えると二人とも異例の出世といえる。
「イシャーウッド参事の出世の仕方がちょっとね……何て言ったらいいのかしら、そう綺麗じゃないよ。競争相手を追い落とすって言うか……」
キトリーさんは言い難そうにそう言うが、何となく言いたいことは判った。
(まだ、全貌は見えないが、ワーグマン議員は高潔で理想に燃えた政治家。イシャーウッド参事は権謀術数を駆使する政治屋と言った感じか。だとすると、イシャーウッド参事が噛んでいる可能性があるな……しかし、そんな人を相手にするのは面倒だな。そもそも俺は、ドクトゥスや魔術師ギルドを改革したいわけじゃないんだ。俺がこの街にいられればいいだけだ……)
俺はまだ情報が足らないと考えていた。
(リトルフさんにしてもキトリーさんにしても学院の関係者だ。ということは、心情的には学院の改革に熱心なワーグマン議員に近いから、悪く言うことはないだろう。嘘を言っているとは思わないが、鵜呑みにするのは危険だな……どうやって情報を集めるかだが、探偵業なんてないだろうし、情報屋がいたとしても子供の俺では交渉すら無理だろうし……やはり冒険者ギルドに依頼を出すか。確か情報収集なんかも業務に入っていたはずだし……)
キトリーさんに礼を言って、家に戻り、リディ、シャロンに俺が調べたことを話していく。
「今得られた情報だけで判断すると、ワーグマン議員が俺たちを追い出すということはないだろう。だが、この件が俺たちに対する嫌がらせだけじゃなく、別の要因も絡んでいると厄介だ。つまり、ワーグマン議員を追い落とす材料になっているような場合だな」
俺の説明に対し、リディが判らないといった感じで首を振る。
「なら、どうしたらいいの? 私たちがそんな陰謀に関わる必要なんて無いんだけど」
俺は彼女に頷き、
「そうだな。今ある情報だけで考えれば、俺とシャロンが学院を辞めても、街から追い出されることはない。恐らくだが、そうすればギルド内の政争に巻き込まれることもないはずだ」
リディは「どういうこと?」と首を傾げる。
「まず、ワーグマン議員がこの件に関与している可能性は低い。だとすると、彼の息子のクェンティンが言っていた父の権力を使って街から追い出すという懸念は無いと考えていい」
俺の話にリディは頷いている。俺は更に話を進めていった。
「次にギルド内のゴタゴタだが、俺たちが学院を辞めればどうなるか。まず、俺たちがなぜ学院を辞めたか問題になるだろう。特にラスペード先生辺りはそのことを主張するはずだ。そして、それを調査すると、クェンティンの存在が浮き上がってくる……」
俺の推論はこうだ。
クェンティンの力が父親の権力によるものだと仮定する。その場合、ベネット教諭はクェンティンの言葉ではなく、ワーグマン議員の代理かそれに近い人物から俺たちを追い出すように示唆されたはずだ。
その結果、千年に一人の天才――俺自身はそうは思っていないが――と言われる俺が、学院を辞めればどうなるか。まず、担任であるベネット教諭に調査の目が向き、彼がワーグマン議員から間接的に俺たちを追い出すよう示唆されたと証言するだろう。
そうなった場合、ワーグマン議員は自分が関与していないことを証明する必要がある。だが、無い物を証明するのは難しいし、第一、自分の息子が首席になるという点が疑惑を呼ぶはずだ。つまり、彼がいかに自分の身の潔白を主張したとしても、やり手の彼が自分が関与している証拠を残すはずが無いと皆、思うはずだ。
そうなると、彼に利益があることだけが印象に残る。だから、ほとんどの人は彼の主張を簡単には認めない。ギルド内外での評判がどの程度、議長争いに影響するかは判らないが、高潔な人物という評判は一気に地に落ちるはずだ。
つまり、ワーグマン議員の政治生命を絶つ、あるいは、弱めることができる。
議員を嵌めた勢力は目的を達するわけだから、俺たちに興味を示さなくなるだろう。つまり、俺たちが学院を辞めさえすれば、俺たちにとってはそこで問題は終わるということだ。
「……黒幕のシナリオに従って俺たちが学院を辞めれば、政治家の息子の我儘で学院を辞めさせられた不幸な子供という話が残るだけだ。その後に影響は出ないだろうな」
リディはしばらく黙って考えた後、
「それだと、あなたたちを追い出そうとした奴が、いい目を見るってことじゃない! そんなのおかしいわ!」
リディは俺たちを追い出そうとした人物に、報いを与えたいと思っているようだ。
「そうだな。だが、俺たちの目的からしたら、それでもいいんじゃないか。要は強くなれさえすれば、この街や学院がどうなっても俺の知ったことじゃないからな」
俺の言葉にリディが「本当にそう思っているの?」と覗き込むように聞いてきた。
俺は「思っていない」と言って、笑った後、
「もちろん正義感だけで行動するつもりはない。だが、やられっぱなしって言うのも癪に障るな」
リディはホッとしたような顔をする。
「良かったわ。あなたが変わったのかと思ってしまった……」
俺はその言葉に笑顔を返し、今後の方針に話題を変えた。
「どちらにしても俺の推論があっているという保証は無いんだ。だから、もっと詳しい情報を集めたいんだ」
そして、リディに冒険者ギルドに調査を依頼することを話すと、
「何とかなるかもしれないわ。ちょっと変わった情報収集だけど、この街だと情報収集を依頼する人はいるから」
彼女の話では、研究者たちが商人や旅行者たちから、研究に役立ちそうな情報を集めるため、冒険者ギルドに依頼することがあるそうだ。
「キトリーに聞いてみたら? あの子なら古書の情報を集めたりしているはずよ」
ということで、再びキトリーさんの研究室に向かった。
今回はリディとシャロンも一緒で、キトリーさんには俺たちの置かれた状況を含めて、事情をすべて話しておくことにした。
キトリーさんに話をすると、俺の推論に驚き、
「本当、君には驚かされるわね。ほんと、それだけの情報でよく考え付くわ……判ったわ。私が良く頼む冒険者を教えてあげる。四級の冒険者なんだけど、名前はサイ・ファーマンっていうの。彼ならきちんと調べてくれるわ」
「ありがとうございます。直接訪ねればいいんですか?」
俺がそう聞くと、リディが口を挟んできた。
「ギルドを通した方がいいわ。その分、お金は掛かるけど、直接だと、お金だけ受け取って、きちんとした調査をしないかもしれないし」
キトリーさんも「私も賛成よ」と頷き、
「彼は信用できるけど、お金が絡むと何が起こるか判らないから。それに、それほど突っ込んだ話じゃないなら、金貨一枚(百C=十万円)で受けてくれるはずよ。あなたたちなら十分払える金額でしょ」
彼女は俺たちが森で魔物を狩っていることを知っており、一回で数十C=数万円稼いでいることも知っていた。
俺たちは冒険者ギルドに指名依頼を出すことにし、キトリーさんの研究室を後にした。




