第二十八話「教師たち」
私、アリック・ベネットは、今回の新入生、第二百八十一期のエリートクラスを担当すると聞き、運が向いてきたと最初は喜んでいた。
何しろ、今回は評議会のホープ、ワーグマン議員のご子息が入学されると聞いていたからだ。
学院長もそのことを気にしており、私を呼び出して一言言ってきた。
「ベネット君。君にとっては得難い好機なのだよ」
そして、私の将来を気にしているような言い方で話を続ける。
「ワーグマン議員の子息は十年に一人の天才だそうだ。その師となり、うまく導ければ、議員や有力な参事に対する大変なアピールになる。そろそろ、君にも参事への推薦があってもおかしくないのだ。心して掛かり給え」
そう、私は教師をやりたくてやっているわけではないのだ。私が教師をやっているのは、ギルドの方針で一定期間、後進の指導をすることになっているからにすぎない。だが、学院長の思惑も似たようなものだ。私がうまくワーグマン議員の子息を指導出来れば、それだけで担任に選んだ学院長の評価も上がる。だから、気にしているにすぎない。
八月十日、発表された合格者を見て、私を含め、一般の教師たちは驚きを隠しきれなかった。私だけでなく、他の教師たちもワーグマン議員の息子が首席で合格すると信じていたのだ。
更に驚いたことに首席、次席とも僅か十歳。それもラスモア村と言う聞いたこともない田舎の出身だった。後で聞いた話では、ギルド内でも動揺が走り、ラスモア村を調査するため、数名の魔術師が派遣されたと聞いた。
それだけなら、問題はなかったのだが、変人として名高いラスペード教授が二人に興味を持っているというのだ。
そして、私が第二百八十一期の一組の担任になると正式に決まった後、件のラスペード教授が教員室に私を訪ねてきた。
私より若く見えるラスペード教授は、「君がベネット君だったかね?」と、微笑みながら話しかけてきた。
教授は既に百年近くこの学院におり、学院長はもとより、評議会議長、すなわち一般には魔術師ギルド長と呼ばれる重鎮ですら、一目置いている魔術師だ。
それは当然だろうと私も思う。ギルドの指導的な立場にある者は、ほとんどがこの学院の卒業生だ。つまり、自分の未熟な時代を知っているラスペード教授に対し、どうしても腰が引けてしまうのだ。もちろん、私もその一人だ。
もちろん、ラスペード教授のような変わり者は、私のような何の取柄もない一生徒のことなど覚えていない。
私は何とか気を取り直し、「はい。私がベネットですが」と平静を装う。
ラスペード教授は、「君があの二人を指導するのだね」と更に聞いてきた。
私にはあの二人というのが誰かすぐに判ったが、
「あの二人というのは、誰のことでしょうか?」
「ロックハート君とジェークス君に決まっているではないか。ロックハート君は千年に一人の逸材だよ。ジェークス君も数十年に一人の逸材。この二人の他に私が気にするような生徒がいると思うのかね?」
私はその言葉を軽く流し、「で、私に何かご用でしょうか?」と用件を聞いた。
「君があの二人をどう指導するつもりか聞きたくてね。あれほどの天才だよ。当然、特別なプログラムを考えているのだろう?」
彼は期待の篭った目で私を見るが、私は首を横に振り、
「他の生徒と差別的な指導はしません。同じ授業を受けさせるつもりです」
私の言葉に、ラスペード教授は信じられないというように大きく手を上げ、やれやれと言った感じで首を振る。
「すると君はあの二人の天才を、そこらの才能の無い子供と同じ扱いをするというのかね……君には人を見る目がないのかね? あれだけの逸材なのだよ。今から正しく指導すれば、どれだけの足跡を残すのか……そう、この私にも判らぬほどなのだ。それをただの子供と同じに……」
彼はしばらくブツブツと呟いていた。
他の教員たちはラスペード教授と目を合わさないように注意しながら、私たちのやりとりに聞き耳を立てている。
私は誰か助け船を出してくれないかと期待したが、さすがに彼と関わり合いになりたくないのか、誰も話に加わって来なかった。
ラスペード教授はポンと手を打ち、「うん。そうだ。それがいい」と独り言を呟いた後、
「あの二人は私が直接指導しよう。彼らにはそう伝えてくれ給え。頼んだよ」
そう言って教員室を出て行こうとした。
私は勇気を振り絞り、「そんなことはできません。せめて学院長の許可を取って下さい」と彼の背中に声を掛ける。
教授は私の声に振り返り、「学院長の許可があれば良いのだね。それを君は認めるのだね」と言って、再び歩き始めた。
私は彼が立ち去ったことにホッとした。だが、問題を学院長に丸投げしてしまったことに気付き困惑する。
そして、学院長室に向かったラスペード教授の後を、仕方なく追いかけて行った。
結局、学院長を含めた話し合いとなり、ロックハートとジェークスの二人には、普通の生徒と同じ授業を受けさせることになった。
だが、ラスペード教授はまだ諦めていないようで、「彼らが希望した場合は私が指導しても良いということで間違いないのだね」と言って自分の研究室に帰っていった。
私は一組の担任になったことを後悔し始めていた。
今私が願うことは一年間を無事に過ごすということだけだ。そのためには、あの二人をどう扱えばいいのかを、真剣に考える必要があると考えていた。
そして、入学式が終わり、授業が始まった。
毎年、きちんと教育を受けた生徒が授業の内容が易しすぎると文句を言ってくる。
私自身、一年生の座学のレベルは低すぎると思っているが、学院の方針であるため仕方が無い。
ロックハートとジェークスの二人は最初の二日間こそ真面目に授業を聞いていたが、三日目から、私の授業を欠席するようになった。
このことは毎年あることなので、特に思うところはない。私自身、彼らと同じようなことをしたことがあり、彼らが私の授業に苦痛を感じていることは理解できるからだ。
そして十日ほど経った時、私のもとにワーグマン議員の関係者と名乗る中年の男がやってきた。彼はロックハートとジェークスの様子を聞くと、すぐに憤慨したような表情で話し始めた。
「このような我儘を許すのですかな! 議員のご子息がこのような者の後塵を拝しているかと思うと、怒りが込み上げてきますぞ!」
私は「しかしですね」と宥めようとした。
だが、彼は更に怒りぶつけてきた。そして、長々と話をした後、
「あなたの力でご子息様、クェンティン様を首席にしていただければ、議員の覚えも目出度いと思いますが」
私が驚いた表情を見せると、彼はニヤリと笑い、更に続けた。
「議員は高潔な方ですが、クェンティン様を大層愛しておられます。もちろん、彼らを排除して欲しいとお願いしているのではないのです。彼らが自発的に学院を去るように説得してさえくれればいいのですよ」
彼は“自発的”と“説得”という言葉に力を入れ、私に圧力を掛けてきた。
「なあに、まだ十歳の子供です。協調性が無かったり、他の生徒に迷惑を掛けたりするでしょう。その時にあなたが彼らを説得するのです。そして婉曲に……」
彼はそれだけ言うと立ち上がった。
そして、最後に私に衝撃を与えていった。
「クェンティン様が首席となれば、次期議長のご子息の恩師になれるのです。当然、次期議長たる議員の覚えも目出度くなります。あなたにとっては願っても無いチャンスでしょう……もし、あなたが動かれないなら、この時期の学院では珍しい異動があるでしょうな。その時、あなたがどうなるかは……これ以上は言わなくてもお分かりでしょう」
彼が立ち去った後、私は彼のことを調べてみた。本当にワーグマン議員の関係者なのかと。
結論から言えば、彼が自分で名乗ったとおり、議員の私的なスタッフであった。そして、私のクラスの生徒、アニータ・イシャーウッドの父、イシャーウッド参事に、彼のことを聞いてみたところ、クェンティンの家庭教師から懐刀になった切れ者だと教えてくれた。
私が悩んでいると、イシャーウッド参事が、
「何を悩んでおるのかは知らんが、ワーグマン閣下のご子息のことなら、彼に従った方がいいと思うぞ。彼の影響力は私でも無視できんのだからな」
私は自身の安寧のため、ロックハートとジェークスという二人の天才を排除することに決めた。
―――――
私、ジャック・チェンバースが魔法の実技講師をやっているのは、それしかできないからだ。それも四年生以上に教えることは無理で、低学年の担当しかできない。
私は臆病だ。それを人に知られるのは嫌だが、自分が臆病だということは自覚している。だから、魔法を使って戦う仕事にはつけない。冒険者などもっての外だし、宮廷魔術師もいざとなったら戦場に駆り出される。だから、その二つの道は最初から選択肢に入っていなかった。
学院を卒業してから八年。ギルドの職員を経て、今の実技担当講師になったのが、三年前だ。今年も何も知らない一年生を担当できると聞いて最初は喜んでいた。
だが、学院長に呼び出され、
「チェンバース君。今年の新入生の首席は既にレベル二十四に達しているそうだが、君に指導できるかね? 自信が無いなら、他の講師と交替してもらうが」
学院長は私のレベル――火属性二十二――を知っており、自分よりレベルが高い生徒の指導ができるのかと聞いてきたのだ。
その話を聞いた瞬間、私は無性に腹が立った。確かに自分のレベルは二十六歳の魔術師にしては低い。それにその生徒よりレベルが低いというのも事実だ。
だが、私とて三年間の実技講師としての実績がある。それを考慮せず、そんなことを言われれば、腹が立つのは当たり前だろう。
自信に満ちた表情を作り、
「替わる必要はありません。私、ジャック・チェンバースが責任を持って指導します」
「本当に大丈夫かね。あのラスペード先生が興味を持っているのだよ、その生徒に。私の懸念は、ラスペード先生が介入してくることなのだよ。あの先生は下手をすれば議長のところに話を持って行きかねん。議長が煙たがっているのは君も知っているだろう? ならば、学院内のことで議長を煩わせれば……君がきちんと対応できなければ、君だけでなく、私の首も危うくなりかねんのだ。そのことをよく考えてくれたまえ」
私はその言葉にたじろぐが、それでも一度言ってしまった言葉は撤回しづらい。そして、自分の口から、想いとは別の言葉が出て行く。
「判っております。ラスペード教授に介入させることなく、きちんと指導して見せます」
自信あり気な私の表情に学院長も「頼んだよ」とだけ言って、話を終えた。
そして、初めての実技授業を終えた。
聞いてはいたが、十歳のロックハートは他の生徒よりも幼く見え、私はそれで少し安堵した。だが、その見た目が災いしたのだ。彼が指導にクレームを付けてきたことに対し、油断していた私は、必要以上に強い怒りを覚えてしまったのだ。
彼の言っていることは正しい。
レベル二十五――実技試験から更にレベルアップしていた――の魔術師に対し、呪文の詠唱の訓練をさせるなど、自分以外の者がやっていれば、私もその指導者を馬鹿にしたことだろう。何という愚かな指導者かと。
私を見れば判るが、訓練だけでレベル二十五まで上げるには、二十年近い時間が必要だ。つまり、ロックハートという生徒は、既にかなりの数の実戦を経験しているのだ。私のような実戦経験のない者の言うことなど鼻で笑えるほどに。
そんな彼に対し、私は怒りにまかせて、いつも携行している鞭で彼を打とうとした。いや、本気で打ちつけていたのだ。だが、彼はあっさりとそれを避けてしまった。あの近距離で、それも怒りに我を忘れ、手加減なしの本気の打擲をだ。それだけ見ても彼はかなりの修羅場をくぐってきていることが窺えた。
彼は私を一瞥すると、嫌々ながらも呪文の詠唱を始めた。だが、彼は本気で私の指導を受けていない。彼ほどのレベルの魔術師が火の玉の呪文を間違えるなどということはあり得ないからだ。
恐らく、近いうちに彼は実技指導の不満を漏らすようになるだろう。そうなれば、ラスペード教授が行動を起こす。その結果は……
私は明日からの実技の授業を思い、更にこの状況が一年間続くのかと思うと、胃が痛くなってきた。
ロックハートとジェークスは、三日目から私の授業に出なくなった。
彼らの担任のベネット教諭にそのことを聞くと、彼の座学の授業も欠席しているとのことだった。
その後、事務員のリトルフという男がロックハートたちの家の近所だと聞き、それとなく彼らの様子を聞いてみた。
その答えは私の予想通りだった。
彼らは私の授業をサボり、危険な北の森に入っていた。更に驚いたことに五級相当の魔物、巨大ムカデを倒したことがあるというのだ。
私は学院長に対して、大言壮語を放った過去の自分を責めた。あの時、怒りに任せず自分以外の講師に任せるべきだったと。このままではあのラスペード教授が介入してくる。そうなれば、私の未来は絶望的だ。この安全な仕事を失うかもしれないのだ。
九月の半ば、一人の男が私を訪ねてきた。
その男はワーグマン議長の息子、クェンティンの家庭教師だった。彼は私に会うなり、厳しい言葉をぶつけてきた。
「君がチェンバース君かね。一体、君は何をしているのだ! ワーグマン議員のご子息の担当講師でありながら、一部の生徒の勝手を許しておるそうではないか!」
私が「い、いえ」と答えると、更にヒートアップしていく。
「クェンティン様ですら、君の指導をきちんと受けておるのだ。なぜ、勝手なことをさせるのだね。自分よりレベルが高いからと、君はあの生徒たちに遠慮しておるのかね。君は栄えあるこの学院の実技講師ではないのかね!」
私には返す言葉がなかった。
実際、私よりレベルも高く、実戦経験があることに引け目のような物を感じていたからだ。
だが、私にはどうしたらいいのか判らなかった。
私が困惑の表情を浮かべていると、彼は急に態度を軟化させた。
「君は今の仕事を失いたくないのだろう? ならば、ワーグマン議員とのコネクションが重要だということは理解出来るね。ならば、あの二人をどうすればいいのか……」
彼はそれだけ言うと、私のもとから去っていった。残された私はどうしたらいいのか判らず、頭を抱えてしまった。
ワーグマン議員が次期議長の有力候補であることは知っている。だが、あの二人を排除しようとすれば、ラスペード教授が介入し、学院長から私は叱責される。そうなれば、ワーグマン議員とのコネクションができたとしても、私が今の職を追われる可能性は高い。
ならば、ラスペード教授にあの二人の指導を任せた場合どうなるのか。その場合、あの二人はワーグマン議員の息子など歯牙にかけぬほどの実力を持つだろう。つまり、彼らがいる限りクェンティン・ワーグマンは万年三位のままなのだ。
私は悩みながら、ある結論に達した。
そう、彼ら二人を学院から放逐した上で、ラスペード教授の助手にしてしまえばいい。そうなれば、教授は満足するだろうし、ワーグマン議員の息子も首席になれる。第一、私が気を使う必要がなくなるのが一番いい。
私はそのことを提案するため、勇気を振り絞ってラスペード教授の研究室を訪ねた。
「ミスター・ロックハートとミス・ジェークスが私の授業では満足できず、北の森に入っております」
私は大上段にそう言い放った。だが、教授は興味無さそうな感じで「それがどうしたのかね。森に入ればレベルは上がる。私も若い頃には森に入ったものだよ」と答えた。
「ですが、あの二人はまともなパーティを組んでいないと思います。もし、そうならば、あれだけの逸材を失う可能性があると愚考します」
教授は少しだけ眉を上げ、「どういうことかね?」と尋ねてきた。
「あの二人は僅か十歳。冒険者登録も出来ぬ幼子なのです。そんな彼らとパーティを組もうという冒険者はいないでしょう」
「つまり、彼らは単独で森に入っていると。そして、それで魔物に襲われて命を落とすかもしれないと。君はそう言いたいのかね」
私は大きく頷き、本題に入っていく。
「そこで提案なのですが、あの二人を先生の研究室の助手にされてはいかがでしょうか? あの二人が生徒でいる必要はないと思うのです」
ラスペード教授は小さく頷くが、
「それは君が彼らの指導をできないということだね。ならば、私が直接指導すればいい話だね。うんうん、よく判るよ。まあ、彼らが学院を辞めたいと言えば、それでも構わんが、別に学院に在籍したままでも問題なかろう。チェンバース君だったかな。君の提案はなかなか良いよ。うん、なかなかのものだよ」
教授は一人で納得し、私の提案を自分の都合のいいように解釈してしまった。
私は慌てて、再度説得を始めた。
「ですが、教授。彼らほどの逸材が一生徒である必要は無いのでは? 何も学院に在籍する必要は……」
教授は笑顔のまま、「そのようなことはどちらでも良いではないか。要は私の助手にできれば良いということなのだよ」と言って、私の話を聞こうとしない。
私はこのままでは拙いと思ったが、それ以上何もいうことができずに彼の研究室を出た。
こうなったら、私が彼らを追い出すしかない。だが、私の前に姿を見せない彼らをどうやって追い出せばいいのか。
そんなことを考えていると、ベネット教諭が私のところにやってきた。
彼もあの二人を追い出すことを考えており、嫌がらせをすることにしたと言ってきた。そして、私にも手伝うようにとも。
「手伝うのはいいんですが、私のところに来ないんですよ。これじゃやりようがないですよ」
私がそう言うと、彼は「泣き言を言うな」と叱責してきた。
「実技の授業中に生徒たちを誘導するのだよ。あの二人を排除すべきだと。我々二人が揃ってそういう態度を取れば、幼い生徒たちはすぐに信じる。そうなれば、教室内に彼らの居場所がなくなるのだよ」
私はなるほどと思ったが、僅か十歳の子供にそこまでする自分が情けなかった。彼らにしてみれば、まともに指導できない我々のほうに非があるのであって、優秀すぎるという理由で排除される彼らに僅かながら同情した。
ベネット教諭は私の心情を正確に洞察していた。
「君は彼らに同情しているのかもしれんが、これをしなければ我々の立場がなくなるのだよ。彼らは優秀だ。そして、若い。だから、やり直しが効くのだ。だが、我々は……」
彼は最後まで言葉を続けなかった。だが、私には彼の想いが理解できた。そう彼も私と同じなのだ。そう、天才ではなく普通の人間なのだと。




