第二十七話「孤立」
俺とシャロンは授業を受けることを放棄した。学校に入った意味が無いんじゃないかと言われそうだが、図書館を無料で使えることは大きなメリットだ。実際に、図書館では俺たちと同じように座学の授業をさぼっている生徒が多く見られる。決して俺たちだけが特殊というわけでもない。
そして、リディの昔馴染みのキトリー・エルバイン教授から話を聞けることも、学院に入って良かったことだ。
彼女は神や精霊について研究しており、特に神の存在について遺跡や古文書での調査を行っている。このため、精霊の力を効率的に使う方法にも造詣が深い。
「……つまり、八柱の属性神の名を唱えることで、その属性の精霊の力を得ているというのはある意味間違いなのよ。属性神というのはあくまで象徴であって、属性神が精霊に許可を出しているわけじゃないの」
俺は少し首を傾げながら、
「ということは、属性神の名を唱えなくてもいいということなんですか?」
「……そうね。魔法を発動させるだけなら、それでも発動するはずよ。要はイメージなんだから。でも、魔力の効率を考えると呪文に属性神の名を入れた方がいいの」
「つまり、無詠唱でも魔法は発動するが、効率は落ちる。象徴である属性神の名を介した方が精霊たちは術者の考えを理解しやすいが、十分なイメージ、精霊が理解出来るだけのイメージさえあれば、呪文は不要だということなんですね」
キトリーさんは小さく頷きながら、「そうよ」と微笑む。
「でもね、その象徴っていうのが結構効いているのよ。例えば、文字を使わずに絵だけで概念を説明するのは難しいでしょ。そうね……お金という概念を文字を使わず説明するとしたら、結構大変だと思わない?」
こういう話をキトリーさんとすることで、俺の魔法に対する知識は増えていった。一緒に聞いているシャロンは、少し付いて来られない時があるが、それでも、帰り道などで俺に質問して理解しようとしていた。その結果、彼女の知識も十分以上に上がっている。
俺たちは図書館にいく日は、ホームルームだけは出るようにしていた。
まあ、晴れた日には森に行くことが多いから、三日に一度くらいしか教室に顔を出さない感じだが。
そして、入学から二十日ほど経った九月二十二日、唐突にそれは起こった。
その日は朝から小雨が降る生憎の天気だったため、森に行かず図書館で自習していた。
雨が降ると俺たちがいると知っているキトリーさんも、いつものように顔を出す。そうやって、午後三時頃まで図書館にいた後、俺たちは学院に向かった。
いつものように教室の扉を開けると、そこにはあるはずの物がなかった。そう、一番前にあるはずの俺たちの机がなくなっていたのだ。
シャロンはその事態にどう反応していいのか判らず、おろおろしていた。
(誰が主導したのかは知らんが、子供らしい悪戯だな。やった奴の見当は大体つくが……)
俺たちが入っていくとクスクスという笑い声が漏れ始める。
俺は自分の席があったところに行き、その場で立っていることにした。
シャロンも俺と同じように立っているが、何が起こっているのか判らず、まだ不安げな表情を浮かべていた。
俺は彼女を安心させるように小声で、「俺に任せろ」と呟く。シャロンは小さく頷き、少なくとも表面上の動揺はなくなった。
しばらくすると担任のアリック・ベネット教諭が教室に入ってくるが、入口に一番近い俺が立っているため、一瞬ギョッとした顔をする。
「ミスター・ロックハート、ミス・ジェークス。これはどういうことかね? なぜ机が無いのかね?」
俺は特に感情を込めることなく、淡々と答えていく。
「立っているのは椅子が無いからです。机と椅子がないことについては、私もミス・ジェークスもあずかり知りません」
ベネット教諭は少し目を細めて、やや強い口調で俺を責めてきた。
「君たちは自分たちに与えられた学院の備品の管理もできないのかね?」
俺はその言葉にカチンと来たが、あくまで冷静な口調を崩さず、
「自分たちがいない時の管理まで求められるのでしょうか? それより、誰がこのような悪戯をしたのかを確認すべきではないですか?」
俺の言葉に彼は更に語気を強め、
「このクラスの者がやったと言うのかね! 君は同級生を信じることもできないのか!」
俺はこの不自然なベネット教諭の行動に疑問を持った。
(俺に含むところがあっても、子供相手にここまで言う必要は無いはずだ。どういうことだ……)
「私はこのクラスの者とは言っていません。誰が悪戯をやったのかを確認する必要があると言っただけですが」
ベネット教諭はそれに対して「屁理屈を言うな!」と怒りをぶつけてきた。
「屁理屈を言っているわけではないのですが。この状況で一番迷惑を蒙っているのは私たちです。私がそれを行う理由がありません。誰かが悪ふざけでこういうことをしたのではないかと思ったわけです」
「君たちは私の授業に出ないだけでなく、このような悪ふざけをするのかね。そもそも授業に出ないのなら、机も椅子も要らないといいたいのだな」
俺は益々ベネット教諭の考えが判らなくなった。
(俺が気に入らないからと言っても度が過ぎている。俺を辞めさせたいのか? 何のために? 首席である俺を辞めさせれば、教師としての資質を問われるはずだ。俺を攻撃するメリットは何なのだ? 少し揺さぶってみるか)
「先生は私たちが自分で机と椅子を、どこかにやったとおっしゃりたいのですか? 証拠も無しに私たちを疑っておられると、そういうことでしょうか?」
ベネット教諭は俺が反撃してくると思っていなかったのか、「そうは言っていない」とやや腰が引ける答えを返してきた。だが、すぐに教室を見回しながら、
「だが、このクラスにそんなことをする生徒はいないのだよ。私が授業で見る限りはね」
「では、私たち、若しくは、このクラス以外の人間がやったと。では、私たちを疑っているのかどうかを教えてください」
その問いに対し、「もちろん、君たちを信じているよ」と笑いながら答えるが、
「だが、どんな優秀な子供でも時として悪戯をしたくなる時があるからね」
「では、私を疑ってはいない。だが、私が悪戯をしたかもしれないと思っておられると。その考え方なら、このクラスの生徒が出来心で悪戯をしてもおかしくはないのでは?」
俺の反撃にベネット教諭は顔を赤くして声を荒げる。
「そんなことは言っていない! 君は私に逆らうことしかできないのかね!」
俺はその時、教室の中の様子を窺っていた。誰かがこの言い合いにリアクションを起こすだろうと考えたからだ。
気配を探ると、シャロンの隣のクェンティン・ワーグマンと、更に奥にいるアニータ・イシャーウッドが笑いを堪えているのが感じられた。この他にも更に後ろの方でも数人の生徒がクスクスと笑っているのが感じられていた。
ベネット教諭はまだ何か言っているが、俺はそれを無視してこの状況について考えていた。
(クェンティンたちが悪戯を仕掛けてきたのは判る。だが、ベネット先生がこんな子供染みた対応をするのが理解できんな。確かに普通の子供なら、クラス全体と更に担任教師から虐めを受ければショックで不登校になったり、学校を辞めたりするだろう。だが、ベネット先生が俺を辞めさせるメリットが判らない。俺を辞めさせることはデメリットになるはずなのに、俺に嫌がらせのような言葉を投げつけてくる……ベネット先生が思った以上に子供だという可能性は否定できないが、それにしてもおかしい……)
俺はまだ何か嫌味を言っているベネット教諭に、
「これ以上話しても平行線ですね。判りました。他の先生に相談してきます。そうですね、ラスペード先生がいつでも遊びに来なさいとおっしゃっていましたから、ラスペード先生に相談……」
俺がそこまで言うと、ベネット教諭は慌てて「他の先生に相談などする必要は無い! 君は私を馬鹿にしているのかね!」と俺の言葉を遮り、激しい感情をぶつけてきた。
この時、俺はかなり腹を立てていた。
(何なんだ、この教師は! 普通の子供なら、大人に罵倒されれば心に傷を負うぞ! もし、俺がいなくてシャロンだけだったら、どうなったことか……)
まだ俺を罵倒しているベネット教諭を無視して、この状況を分析していく。
(それにしても、なぜベネットがこんな馬鹿なことをしているのかが気になる。この男が馬鹿なだけとも思えるが、それでも度が過ぎている。誰かの指示に従っているのかも……)
俺はシャロンに「ここにいても仕方が無い」と言って手を取り、教室を出て行こうとした。
後ろから、ベネット教諭の「待ちたまえ!」という声が聞こえてくるが、それを無視して教室の中を歩いていく。
数人の生徒はニヤニヤしているが、大多数の生徒は困惑した表情を浮かべていた。
(悪戯の方は少数のグループが主導しているという感じだな。だとすると、クェンティン・ワーグマンが動いているんだろう。奴の親父はギルドの評議員だ。この学校にいる限り、奴に逆らいたくないはず……)
そこで俺は、ベネット教諭の対応がクェンティンの影響かもしれないと思い付く。
(まさか! ベネットも奴の言いなりになっているのか? いくら評議員の息子でも世襲じゃないんだ。それほどの影響力があるとは思えないが……)
俺はこの先、嫌がらせを受け続けるつもりはなかった。
(授業を放棄した俺にも非があるのかもしれないが、少なくともルールを破ったわけじゃないし、他にも同じような生徒はいる。しかも、あれは教師が子供に対して取る態度じゃないだろう。俺が憎くても、教師なら悪ふざけをした生徒をきちんと指導すべきだ……それよりも重要なことがある。評議員の息子の力が俺の想像以上だった場合、この街にいられなくなる可能性が出てきたということだ。奴は最初にそう宣言しているしな。だとしたら、自分の身を守るために手を打たなければ……)
教室を出ると、シャロンが俺に声を掛けてきた。
「ザック様、大丈夫でしょうか? 先生も他のみんなも私たちが嫌いなんでしょうか?」
不安そうにそう言ってきたので、俺は笑顔で「そうじゃないよ」と答える。
「恐らく一部の生徒が悪ふざけをしているだけだろう。心配しなくていい。俺が何とかするから」
俺がそう言うと彼女は笑みを浮かべて、握ったままの手を握り返してきた。
まだまだ忙しいですが、とりあえず元の2日に1回の更新に戻してみます。
(もしかしたら、また週2回になるかもしれませんが)




