第二十五話「授業」
学院二日目の九月二日から授業が始まった。
一年生の授業は、午前中――午前八時から正午――が座学、午後――午後一時から三時――が実技となっている。
午前中の座学だが、魔法理論の他に、算術や歴史、地理などの一般教養も必修となっている。
筆記試験を受けた時から判っていたことだが、座学のレベルは非常に低い。
授業中、余りに暇なので、このことについて考察を行ってみた。
まず、座学のレベルが低い要因の一つに、この世界の教育制度がある。
どの国にも公的な教育機関というものは皆無に等しく、それを補完するのが、貴族以上なら家庭教師、平民なら民間の寺子屋である。どちらにしても、家庭教師や寺子屋の教師の力量により、教えられる側の知識レベルが決まってしまう。
そのため、各教師の教え方にバラツキがあり、ここティリア魔術学院のような高等教育機関では、一定水準を満たすように低レベルの授業からスタートすると思われる。
実際、初日に絡んできたクェンティン・ワーグマンは十分な知識を持っており――それでもシャロンに遠く及ばない――、ドクトゥスで良い教師に学んだ成果が表れている。
次に考えられる要因は、ここの受験制度だ。
ここは魔術学院であり、魔法の才能により合否が決まると言っても過言ではない。そのため、魔法の才能がある子供に対し、親は座学の時間を削っても魔法を教えようとする。その結果、合格者の知識レベルが低くなり、落ちこぼれを作らないように座学のレベルを下げている。
実際、この一組では魔術レベル三以上の者が集められており、実戦レベルでは使えないものの、ほとんどの者が火の玉や氷の針などの攻撃魔法を使えるそうだ。
(結局、低学年の間は俺の覚えたいことは教えてもらえないということだな。さて、どうしたものか……)
そして、実技の授業なのだが、これも呪文の詠唱と精霊の力の集め方などの基本的なテクニックを反復するだけの授業だった。
これにも理由があり、一年生の魔力ではちょっとした魔法を使うと、すぐに魔力切れの症状を見せてしまう。このため、学院の講師も魔力切れにならないよう授業内容を考えているようだ。
(実技の二時間も退屈過ぎる。シャロンでさえ、これでいいのかと疑問に思っているようだ。自分のペースでやろうとしたら、実技講師に止められるし……)
実技の指導は火と土の属性を持つチェンバースという二十代半ばの男性講師で、彼は右手に指揮棒のような細い棒を持ち、俺たちに呪文の唱和をさせていた。
「呪文の正確な唱和こそ、魔法の上達の早道だ。ここに書いてある自分の属性にあった呪文を、魔力を込めずに何度も反復して唱えるんだ!……」
俺は呪文の唱和というあまりに初歩的な授業に呆れ、チェンバース先生に他の指導を頼んだ。だが、彼はすぐに立腹し、勝手なことはするなと怒鳴った。
俺が「しかし、呪文を唱えるだけでは効果がありません。魔法は魔力をいかにうまく……」と少し反論しかけると、「黙れ!」と怒鳴って俺の言葉を遮った。
そして、俺を見下ろすように立ち、
「毎年、首席の生徒は同じことを言うんだ。そういう奴に限って、好きに魔法を使わせると、すぐに魔力切れを起こして救護室に担ぎ込まれる。多少使えると自信を持っているようだが、そんなプライドは捨ててしまえ」
「私のレベルは風属性でレベル二十五です。それに実戦でも……」
俺が尚も言い募ると、チェンバース先生は「私の指示に従え!」と怒鳴り、手に持った棒を振りおろしてきた。
俺は反射的にそれを避ける。
空振ったチェンバース先生は、俺を睨みつけてきたが、俺は気付かないふりをして、「判りました」と頭を下げて、呪文の唱和に加わった。
俺は呪文の唱和をしながら、あることを思い付く。
(そうか! 呪文の詠唱をやらされているんだから、呪文とは違う属性の精霊の力を集める練習をすれば、複合魔法がうまくできるようになるかもしれない……)
俺が考えたのはこうだ。
火属性の呪文を唱えながら、風属性の精霊の力に干渉する。口では火属性の呪文、心の中では風属性の魔法を考えるという並列思考のような感じの訓練を行えば、二つの属性の複合魔法を作る時に有利になるのではないかと思ったのだ。
そして、火の玉の呪文を他の生徒と一緒に唱えながら、旋風の刃の魔法を構築していく。
「火を司りし火の神よ。御身の眷属、精霊の猛き炎を我は求めん、我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵を焦がせ! 火の玉!」
と言いながら、心の中では、
『数多の風を司りし風の神よ。引き裂く風、精霊の刃を我に与えたまえ。我、我が命の力を御身に捧げん。我が敵を引き裂け! 旋風の刃!』
と考えるのだが、どうしても火の精霊の力が集まってしまう。
心の中で唱える呪文に集中すると、口で唱えている呪文が疎かになり、呪文が滅茶苦茶になってしまう。
(これは思ったより難しいぞ。だが、何となくイメージは掴めた。精霊に自分の魔力を与えて魔法を発動させるには、心の中のイメージが重要だ。だが、呪文によりそのイメージを補完することができるとリディは教えてくれた。ならば、口で唱える呪文に対しては、自分の中のイメージの何割かを割けば、弱いながらも魔法として成立するはずだ。それと残りのイメージで発動した魔法を組み合わせれば、複合魔法が可能になるはずだ……)
二時間の間、俺はそれを試し続けた。
幸い、チェンバース先生は精霊の力を見ることができないため、俺のやっていることに気付いていない。時々、呪文を唱え間違えるが、それは俺が不貞腐れて適当にやっているとしか思っていないようだ。
さすがに二時間では成功する兆しは見えなかったが、この無駄な時間の有効活用方法を発見でき、俺としては満足している。
(帰ったらシャロンにも教えてやろう。風と火の複合なら強力な攻撃魔法ができるはずだから……そう言えば、炎の嵐って火と風の複合魔法じゃないのか? どうもその辺りが良く判らんな……)
さすがにチェンバース先生に聞く気はなく、帰ってからリディに聞こうと心にメモをする。
実技の授業を終えて、教室に戻ると、ホームルームのような時間があり、それが終わると下校となる。
実技はともかく、座学の時間が無駄に思えて仕方なかった。
(この時間分、森に入れば、かなりの経験が得られる。授業を聞くにしても三年生以上にならないとあまり意味はないし……さて、どうしたものかな……)
そして、ホームルームが終わり下校時間になる。普通ならすぐに下校するのだろうが、まだ、友人関係が築けていないため、何となく残っている生徒が多い。
それでも寮に入っている寮生たちは、数人のグループとなって徐々に教室から出て行くが、三割ほどいる通学生たちは、このまま帰ると自分がクラスの中で浮いてしまうのではないかと警戒して動けないようだ。
俺はそんなことを気にする必要が無いため、帰っても良かったのだが、シャロンは普通の友人関係を作るべきだと思っていた。そのため、他の生徒と同じように教室に残っていた。
「ザック様……いえ、ミスター・ロックハート。帰らないんですか?」
シャロンは俺の考えに気付くことなく、そう聞いてきた。
(誰かを誘ってもいいが、どうするかな。どうも、俺たちのことを警戒しているような感じだし。昨日のクェンティンの言葉を気にしているんだろうな……仮にも魔術師ギルドの評議員の息子なんだから……)
魔術師ギルドの組織についてだが、俺が知る限りでは以下のような感じになっている。
ギルドの政策を決めるのが、評議会だ。そして、その議長が一般にはギルド長と呼ばれている。
評議会は八人の評議員と、議長経験者である三人の顧問、そして、議長の計十二人からなる最高意思決定機関だ。
評議員は選挙で選ばれるわけではなく、前任者からの指名と言う形で選ばれる。形式的には評議会の承認が必要だが、今まで評議会で否決されたことはない。
任期は十年で、その間に議長になれなかった評議員は引退することになる。引退と言っても、ギルドの下部組織の長――この学院の理事長の椅子もその一つだ――に天下るだけだそうだ。
このシステムだと長命種のエルフには不利なような気がするが、普通のエルフは世俗的なギルドの役職には興味を示さない。このため、ギルドに残っているエルフというのは、研究に没頭している変人だけだそうだ。
評議会の下には、個別政策ごとの委員会が設けられ、評議員が委員長を務めている。委員会のメンバーは参事と呼ばれ、ギルドの運営の中核だ。
(こう考えると、クェンティンの親父さんはかなり偉い人なんだろうな。組織の規模は冒険者ギルドや傭兵ギルドに劣るが、それでも魔術師を束ねる唯一の組織のトップの一員なんだからな。十二歳の子供がいるということは、それほど高齢でもないだろうし、若手のホープっていう感じなんだろう。少しでもそういう機微に敏い奴は、子供であっても俺たちに警戒するはずだ。俺は別にどうでもいいんだが、シャロンのことだけが気掛かりだ……)
シャロンが更に帰らないのかと聞いてきたので、そのまま教室を出て行く。
俺たちが出て行った後、何となく空気が緩んだので、俺たちに出て行ってほしかったようだ。
(気配察知で何となく判ったが、あまりいい気はしないな。リディに相談してみるか……)
俺たちはそのまま真っ直ぐ家に帰っていった。
帰り道でシャロンに今日の授業の感想を聞いてみた。
「そうですね。午前中の授業は退屈でした。ザック様やリディアさんに教えて頂いたことばかりですし。実技の授業も同じでした。これからもあれがずっと続くのでしょうか?」
「座学はともかく、実技は面白いことを考えた。呪文の詠唱中に別の属性の呪文を頭に思い描くんだ……」
俺は実技の授業中に思い付き、実践したことを彼女に話していく。
シャロンは最初俺の考えが理解できなかったようだが、俺の考えを理解すると目を輝かせる。
「面白そうです! 私もやってみます!」
家に帰ってそのことをリディに相談すると、
「授業なんてサボってしまえば? 別に授業に出ないと進級できない仕組みじゃないんだし」
あっけらかんとそう言われてしまった。
俺が「出席日数とかそういう縛りはないのか?」と尋ねると、
「さあ? 誰も出席したかどうかなんて、数えていないんじゃないの。私も授業が面倒な時は図書館に篭っていたけど、ちゃんと卒業できたわよ」
(そう言えば、名簿なんかで出欠を確認している様子はなかったな。リディの言うことが本当なら、図書館で勉強する方が効率的だな。午前中は図書館で、午後は森に入る。それが一番効率的かもしれない。しかし、これだと学院に入った意味がほとんどないな)
俺は翌日、学院の規則を調べ、出席日数が進級の要件になっていないことを確認した。そして、シャロンと共に図書館で自習することにした。




