第五話「カミングアウト」
俺は誕生日を迎えた朝、朝食を終えた祖父、父、母の三人に真剣な表情で話を始めた。
「おじい様、父様、母様、お話があります」
俺は四歳の幼児とは思えないしっかりとした口調で話を始めた。
祖父が「改まって何か?」と言っただけで、父と母は笑顔を崩さず、俺を見つめている。
「私には別の世界で生きた記憶があります」
三人はポカンという感じで何も言わなかった。俺の最初の一言は三人には理解できなかったようだ。
「この世界とは別の世界、日本という平和な国で生まれ、四十五歳まで生きていました。私がこの世界に来たのは……」
俺は日本人の技術者であったことと、夢の中で神と話したことを話していく。
三人は溜め息を吐いたり、首を振ったりして、必死に理解しようとしているようだったが、俺の話を邪魔することなく、最後まで聞いてくれた。
俺が話し終わると、まず祖父であるゴーヴァンが話し始める。
「儂たちはお前に何かあるとは気付いていた。それがこのような荒唐無稽の話だとは思わなんだがな」
俺はやはり信じてもらえないかと、落胆するが、次の言葉に驚く。
「まあ、いいじゃろう。お前が別の世界から神に呼ばれたというのなら、儂らはそれを受け入れるしかあるまい」
「信じて頂けるのですか? こんな無茶苦茶な話を……」
「信じるしかあるまい。僅か三歳の子供が儂やマットの部屋の本を読んでいくのじゃ。初めて見た時は腰を抜かしそうになったわ。お前が読んだ本は子供向けの本ではない。どちらかといえば専門書と呼ばれるものじゃ。我が家でも完全に理解しておるのは、ニコラスとケイトくらいなものじゃ」
ニコラスとは、我が家に仕える従士の一人、ニコラス・ガーランドで、ロックハート領の管理を任されている官僚のような人物だ。ケイトはその妻で、二人とも平民にしては珍しく、きちんとした教育を受けた知識人だ。
俺はその言葉に衝撃を受けていた。
(ばれないように隠していたが、ほとんどばれていたっていうことか。それにしても、そんな子供がいて気味が悪くなかったんだろうか?)
俺がそれを聞こうとしたとき、母であるターニャが俺を抱きしめる。
「ザックは私の子ですよ。それが神に選ばれたのなら、それは喜ばしいこと」
そして、更に強く抱きしめられ、
「それにあなたから、邪な感じは受けなかったわ。だから、私たちはあなたが話してくれるのを待っていたのよ」
それに父であるマットも俺の頭をガシガシとかき回すように撫でる。
「そうだぞ。お前が陰でいろいろ訓練しているのも知っていた。それにダンやメルたちに話している物語も聞いた。恐ろしいほど含蓄のある寓話だな、あれは」
俺はメルたちと遊んでいるように見せながら、自分で考えたトレーニングを始めていた。
最初は小学校でやるようなマット運動を始め、その後はウォルトにせがんで木の枝にロープを垂らしてもらい、それを登る訓練をしたり、木の枝を使って鉄棒のようなこともしたりしていた。更に、この世界では一般的でない“縄跳び”をトレーニングに加えてもいた。
(確かに子供の遊びにしては異常だったかもしれないな……俺は自分で思っているより、抜けているようだな)
俺は自嘲しながら、再び三人に向き直る。
祖父が「で、これからどうするつもりじゃ」と尋ねてきたので、考えていた自分を鍛える方針を話していく。
「私には魔法の才能があります。それに剣の才能も。それらを伸ばすために訓練をしたいのです。剣についてはおじい様に指導して頂きたいと思っていますが、魔法については思い浮かびません」
「剣は儂が指導してやる。魔法か……治癒師のところに出入しておったが、それでは覚えられなかったのだな?」
俺はよくケガをして、治癒師のドロシー婆さんのところに行っていた。
そこで治癒魔法を見せてもらい、やり方などを詳しく聞いていたのだが、結局ものにならなかった。
「はい。ドロシー婆さんに教えてもらったのですが、全然……」
「魔法の才能があることは間違いないのじゃな。ならば、家庭教師をつける」
俺はその言葉に驚く。家庭教師は貴族の子弟につけるもので、こんな辺鄙な村に来てくれるはずもなく、仮に来たとしても高額な謝礼が必要になるからだ。
「才能があることは間違いありませんが、お金が……」
「大丈夫じゃ。伝手がある。まあ、金もほとんど掛からんじゃろう」
祖父の言葉に父と母が何か閃いたようだ。
「リディアーヌを呼ぶのですか? 父上」
父の言葉に母も頷いている。
「そうじゃ。“リディア”ならば必ず来てくれるじゃろう」
俺はリディアーヌなる人物について、祖父に質問すると、
「リディア、いや、リディアーヌは若いころ、一緒に戦った戦友じゃ。エルフの魔術師にして、四つの属性を操る天才じゃ。弓も使え、森にも詳しい……」
祖父にしては饒舌にリディアーヌについて、話していく。
祖父の長い話をまとめると、祖父が二十代の頃、修行と称して冒険者や傭兵をやっていた時の仲間だそうだ。光、風、木、水の四属性の魔法を使え、治癒魔法から攻撃魔法まで幅広く使える万能型の魔術師だそうだ。
森の中の行動にも詳しく、罠や魔物の追跡などでも何度も助けられたと、嬉しそうに話してくれた。
(リディアーヌっていうことは女の人だろう。もしかして、じい様の昔の恋人なのか? いや、父上が生まれた頃の話みたいだし、どうなんだろう?)
俺は気を利かせて、その話はせず、是非ともその方の指導を受けたいと真剣な表情で頭を下げて頼んだ。
「リディアはサルトゥース――北にある森の国、エルフが多く住む王国――におるはずじゃ。ギルドを通じて伝言を送ったとしても、早くて三ヶ月、下手をすれば一年は連絡が来ぬ。それでもよいな?」
俺はその期間が無駄になると思ったが、別の手段は金が掛かりそうであるため、一年間は待つことにし、黙って頷く。
その後、俺は日本に居た頃の話をしていった。
三人はほとんど理解できないようだったが、俺がこの村のために自分の知識を使いたいといったときだけ、真剣な表情になる。
「お前の知識を使うのはよい。だが、あまりに大掛かりに始めると、お前の秘密がばれてしまうかもしれん。そのことを気に留めておくのじゃ、よいな?」
祖父の言葉に両親も頷き、それを見た俺は、涙が出そうになった。
三人は自分たちの領地を発展させることより、家族である俺のことをまず心配してくれたのだ。
「分かりました。ばれないように少しずつやっていきます。始める前には必ずおじい様や父上に相談します」
その後、二十分ほど話し合いを続けるが、あまり長時間話していると不自然であるという意見が出たため、今日のところは話を終えた。
家族との話し合いを終えた後、俺はふうと息を吐く。
(それにしても、悩んでいた自分が馬鹿に見えるな。ばれていないと思っていたのが、完全にばれていたし、こんなにも簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかった。まあ、これが普通だと考えると危ないんだろうな)
その日から祖父の訓練を受けることになった。
そのことをメル、ダン、シャロンの三人に話すと、メルとダンは自分たちも一緒に訓練を受けたいと言い始める。
「おじい様は厳しいよ。兄様やシムが苦しそうなのを見ただろう?」
「ザック様と一緒がいい。メルも一緒にやる!」
「僕も!」
二人は尚も食い下がってくる。
俺は根負けして、「おじい様にお願いしてみる」と言わされてしまった。
祖父のところにその話をしに行くと、意外なほどあっさりと認められる。
「同じくらいの歳のものが一緒にやるほうがよい。だが、付いてこれぬ者はすぐにやめさせるぞ。それをよく言い聞かせておくのじゃ」
俺はメルとダンの二人にそれを告げると、二人は飛び上がらんばかりに喜んだ。
その様子を寂しそうに見るシャロンのことが気になり、
「シャロンはどうする? 僕たちの訓練の邪魔にならないところで見ていたいなら、おじい様にお願いするよ?」
彼女は嬉しそうに俺に頷くと、訓練場に走っていくメルとダンの二人を追っていった。
(友達って言うより、精神年齢的には孫なんだよな、あの三人は。子供もいなかった俺に孫か……落ち込むから、考えるのはやめよう……)
俺も三人を追って訓練場に走っていった。
訓練場では、祖父ゴーヴァンと従士頭のウォルトが待ち受けていた。
祖父が厳しい顔で俺たち三人を睨む。
「お前たち三人は今日から儂の指導を受けることになった。子供といえども、剣を握れば一人の戦士じゃ。覚悟のないものはすぐにやめよ。泣いた者はその日はその場で終わりじゃ。分かったな」
俺たちは「「はい!」」と元気よく答え、兄たちの後ろに並ぶ。
兄ロッドは優しい笑顔で、「今日からザックもおじい様の弟子になるんだ。がんばれよ!」と励ましてくれる。
和気藹々としていたのはそこまでだった。
祖父は俺たち三人に手ごろな木の棒を与え、それで素振りをするよう命じる。
素振りは上段からの振り下ろしと、左から右への横薙ぎの一振りだけ。
俺たちは木の棒を両手で持ち、祖父の型を真似て素振りを始めた。
最初は真剣な表情で棒を振っていたダンが、飽きてきたのか、徐々におざなりな振り方になっていく。
それを見た祖父が、「真面目にやらんか!」と、ダンを一喝すると、その迫力に彼は泣き出してしまった。
そして、そのまま襟首を掴まれて、訓練場から放り出される。
(本気だよ、じい様は。五歳の子供も関係なしか。俺も真面目にやらないと同じ目に会うんだろうな……それにしても飽きてきた。忍耐力を鍛えるためには仕方がないんだろうけど、これはお子様にはきついな)
型をなぞるように木の棒を振っていくが、祖父の型と同じように振れているのか、全く自信がない。
横を見るとメルは真剣な表情で棒を振っており、その型は祖父の型にそっくりだった。
(鏡でもあれば分かるのだがな。しかし、メルの方が才能があるのかもしれないな。俺の才能レベルは三だったから、名人級になれる素質のはずだ。メルはそれ以上の才能を持っているのかもしれないな……)
俺とメルが素振りを始めて二十分ほど経った。
二人とも息が上がり、振る速度は目に見えて遅くなっていく。
しかし、少しでも型が崩れたり、速度が遅くなったりすると、すぐに祖父かウォルトの罵声が飛んでくる。
更に十分ほど続けると、疲労のためメルが膝を付いてしまった。
「ザックはまだへばっておらんぞ! どうした、メル! もうへばったのか!」
俺はその様子を見ながら、五歳の女の子にそこまでしなくてもと考えていた。
俺の考えが聞こえたか、祖父の話はまだ続いていた。
「女傭兵など珍しくはないぞ! そいつらはお前より早く剣を握っておる。負けたくないなら、立ち上がれ! 立てぬなら外に放り出すぞ!」
(初日からスパルタか。明日からは俺一人だな。しかし、俺ももう限界だ。腕が上がらない……)
さすがに四歳児の体力では、軽い木の棒を振るだけでも三十分は長過ぎた。
俺は自分の目標があるから、まだ続けられるが、普通の四、五歳の子供なら、あっという間に泣いて止めてしまうだろう。
そんなことを思っていたら、メルは気丈にも立ち上がり、再び棒を振り始めていた。
(根性あるよな。しかし、俺と同じ才能があるなら、将来、メルはじい様のレベルである七十を超えるかもしれないな)
祖父のレベルについては、以前ウォルトに聞いて知っていたのだが、その時、無口なウォルトにしては嬉しそうに教えてくれたが印象的だった。
(レベル七十っていうのが、どの程度凄いことなのか、良く分かっていないんだけど、ウォルトがあれほど自慢げに言うってことは、相当なレベルなんだろうな)
俺が雑念に囚われていると、祖父の罵声が飛んでくる。
俺は思わず首を竦めてしまったが、すぐに気を取り直して、雑念を追い払った。
結局、俺とメルは、一時間素振りを続けていた。
訓練が終わった後、俺とメルはその場にへたり込んでいた。
荒い息で泣きそうな表情に見えるメルを心配し、声を掛けていた。
「メルは大丈夫かい? でも、良くがんばったな」
メルは疲れてしゃべれないのか、俺を見つめるだけで何も言わない。
「無理しないほうがいい。明日からもこれが続くんだし、女の子なんだから」
俺がそう言うと、彼女は「がんばる。あしたもがんばる」と決意を新たにしていた。
(凄い根性だな。本当に五歳児か? すぐに飽きるかもしれないが見直したな)