第二十四話「入学式」
九月一日。
秋というにはまだ暑い日だが、澄んだ青空に白い鰯雲が浮かび、空は徐々に秋の気配を感じさせている。
八月十二日にシャロンの父、ガイ・ジェークスが帰路についてから、俺たちは晴れた日には森に行き、雨の日には居住環境の改善を行っていた。
森には合計十二日間入り、剣術士レベル十八、風属性魔法二十五と、それぞれ一レベルずつ上がっている。シャロンの風属性魔法も十八に上がり、戦闘を何度も経験することで、大抵の魔物を見ても冷静に対応できるようになっていた。
家の住環境改善だが、やったことは大きく分けて二つ。
一つ目が風呂の設置。
風呂は一階の排水設備のある部屋に設置することにし、浴槽は二m×八十cm、深さ八十cmくらいの割と大きめの物を作った。
昔ラスモア村で作ったときは二十日くらい掛かったが、五歳だった時と比べ、魔力が六倍くらいに増えているため、三日ほどで浴槽は完成した。
更に当時に比べ、魔法の技術が上がったため、石生成の魔法で作った石のブロックの表面をガラスのように変えることができるようになった。そのおかげで、石造りと言うより、タイル張りのような浴槽を作ることができた。
湯を沸かす方法だが、この浴槽を使うのは俺たちだけなので、魔法で湯を沸かすことにしている。このため、釜などは設置していない。
更にシャワーが欲しいと思っていたので、風呂の上部に樽を置き、金物屋でジョウロの先だけを手にいれて、簡単なシャワーを作った。
このシャワーも基本的には魔法を前提としており、水生成の魔法で水を張り、ペルチェ効果の魔法で温めている。
この風呂なのだが、浴槽に水を張るのに俺の今の魔力の三分の一ほどが必要で、更に温度を上げるとかなりの量の魔力が持って行かれる。
水についてはリディが作れ、温度を上げるのはシャロンも出来るようになったので、それほど負担ではないが、日本にいた時が、いかに便利な生活だったのかを実感させてくれた。
まあ、今はまだ残暑が厳しく、シャワーだけで済んでいるので、それほど大変ではないのだが。
夏場のこの時期に温めのシャワーを浴びられるのは結構気分がいい。
リディもシャロンも気に入っており、作った甲斐があった。
もう一つは、冷蔵庫だ。
冷蔵庫と言っても氷で冷やす氷冷蔵庫だ。もちろん自分で作ったものではなく、不動産屋のマクラウドに紹介してもらった家具職人に作ってもらったものだ。持ってきてくれた職人は、この分厚い木で作った箱のような家具を何に使うのかとしきりに首を傾げていた。
氷冷蔵庫は、高さが一mくらいで内容積が七十cm×五十cm×五十cmほど、中には三段の棚がある。その中に銅版で作ってもらった四角い器があり、そこに氷を置いて冷却する。
密閉度がいまいちなため、氷の解ける速度は結構速いが、それでも肉や魚を保管するのにずいぶん役立っている。
ちなみに氷もペルチェ効果の魔法で作成するが、潜熱を奪うために結構な魔力を消費する。
冬になったら、風呂を沸かすのとセットにしようと考えている。
そして、今日は入学式だ。
真新しい制服に着替え、リディ、シャロンと共に学院に向かっていた。
途中で俺たちと同じような真新しい制服に身を包んだ新入生がたくさんおり、初々しい姿を見せている。
入学式は校舎の前の中庭で行われる。
俺たち新入生はクラス別に前側に並び、二年生から五年生までの在校生がその後ろに並んでいく。
俺は最前列の一番端に立ち、式典が始まるのを待っていた。
入学式自体は日本の学校と同じような感じで、学院長と理事長、そして来賓の魔術師ギルドの評議員と言ったいわゆるお偉いさんの挨拶から始まり、在校生の歓迎の言葉がその後に続いていく。
最後が新入生の挨拶だが、挨拶をするはずの俺ははっきり言ってやる気がない。前日までに、これまでの歴代の挨拶文を適当に繋ぎ合わせた、いい加減な文章を用意していた。
進行役の四十代くらいの男性が、
「新入生代表、ミスター・ロックハート」
俺は出来るだけ子供らしく聞こえるよう元気な声で「はい!」と答えて前に進む。
「本日より栄えあるティリア魔術学院の一員となれ……今までの人生の中で最高の出来事であり……先輩方のような立派な学院生を目指し……これから気を引き締め、先生方のご指導の下、立派な魔術師となることをここに宣言いたします。第二百八十一期生代表、ザカライアス・ロックハート」
俺が一分ほどの挨拶を終えると、拍手が沸きあがる。
俺は“終わった終わった”と緩みそうになる顔を引き締めながら、自分の場所に戻っていった。
入学式が終わると、それぞれの教室でオリエンテーションが行われる。
教室に入ると、俺たちの担任になるアリック・ベネット教諭が教壇に上がり、「順番どおりに席に着きなさい」と大声で指示を出していく。
ベネット教諭はやせ形の体形に細い目の二十代後半の人間の男性だ。
俺たちは言われたとおり、番号が書いてある紙を見ながら、席に着いていく。俺の席は入口側の一番前の席で俺の横にシャロンがいる。
全員が席に着いたところで、
「一年間はその数字が君たちの出席番号になります……」
このエリートクラスである一組では、出席番号は成績順になるようだ。来年以降は前の年の順位で変わるが、何とも判りやすいシステムだと俺は思った。
ちなみに二組から五組まではアルファベット順で番号が決まるそうで、ここでも差別化が図られている。
「これから一年間、君たちの担任になるアリック・ベネットです。座学はすべて私が担当することになりますので、判らないことがあれば何でも聞きに来てください。それでは一番から順に自己紹介を」
ベネット教諭が俺を見たので、すぐに立ち上がり、自己紹介を始めた。
「ザカライアス・ロックハートです。田舎の出ですので、いろいろと判らないことがあると思いますが、よろしくお願いします」
それだけ言うとすぐに座る。
シャロンが俺に代わって立ち上がり、小さな声で「シャロン・ジェークスです……よろしくお願いします」と言って頭を下げる。この事態を想定していなかったのか、かなりあがっているようだ。
その後、次々と自己紹介を行っていく。
やはり十二、三歳が多いのか、俺より背が高い者が多い。特に百四十cmほどしかないシャロンは一番背が低いと言ってもいいくらいだ。
全員の自己紹介が終わると、ベネット教諭がオリエンテーションを始めようとした。
だが、シャロンの隣にいる男子生徒がすくっと立ち上がり、教諭に質問を始めた。その男子は三位で合格したクェンティン・ワーグマンで、自信有り気に胸を張って立っていた。
「先生に伺いたいのですが、この中に不正に入学したものがいるのではないですか?」
教諭は「不正? どういうことかね」と聞き返す。
俺は彼が何を言うか、何となく予想が付いていた。
「ロックハートとジェークスの二人はまだ十歳だそうですね。この学院は十二歳からしか受験できないはずです。もし十歳というのが事実なら、ここにいる資格はないと思うんです」
俺は予想通りの展開に思わず噴出しそうになった。そして、教諭がどう答えるのかに興味を持ち、やや意地悪な気持ちで事態の推移を見守ることにした。
ベネット教諭は「私も調べてみたのだが、学院の規定に年齢制限は設けられていないのだよ。だから、彼らに受験資格はあることになるね」と冷静に答えていた。
クェンティンはそんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったようで、勝ち誇った顔から歯軋りするかのような悔しげな表情に変わり、次第に顔が紅潮していく。
(堂々と指摘する割には自分では調べていなかったんだな。まあ、十二歳の子供らしいと言えるんだろうが、あれだけ自信満々だったから、結構恥ずかしいんだろうな)
彼は紅潮した顔で更に俺たちを糾弾する。
「十歳の子供が首席と次席になれるわけはないんだ! インチキをしたに決まっている!」
ほとんど子供の癇癪のような感じで喚くが、ベネット教諭はそれに対し、柔らかい口調で諭していく。
「年下の子に遅れをとったから、悔しいと思うのは理解できるよ。でも、ここでそれを指摘するなら、せめて証拠を出してから言って欲しいね」
クェンティンは更に顔を赤くするが、それ以上何も言えず、ドンと大きな音を立てて腰を下ろした。
(彼がそう言いたくなるのは理解できるよ。俺たちがいなければ、彼が首席だったんだから。だが、少なくとも俺たちに対して謝る必要があると思うんだが。ベネット先生はこれ以上何も言うつもりは無さそうだな。まあ、俺にとってはどうでもいいが……)
「それでは皆さん、明日からこの学院で学ぶことになります。皆さんの中には貴族の方もいますし、平民の方もいます。出身地もここドクトゥスや北のサルトゥース、南のカエルムといろいろです。ですが、この学院で学ぶ以上、身分や出身地で差別することはありません。このことは皆さんにも守っていただきます。そこで、皆さん同士の呼び方なのですが、仰々しい敬称をつけることや呼び捨てをすることを禁止し、男性にはミスターを、女性にはミスを付けて呼ぶようにしてください。もちろん、大人として敬意を持って接するように……」
この魔術学院にはカエルム帝国の北部から北のサルトゥース王国まで様々な国から生徒が集まる。その中には王家に連なる者もおり、身分を傘に着て横柄な態度を取るものもいた。
そこで学院では身分による差を無くすため、公式の場、つまり授業中などでは、一律ミスターかミスを付けて呼ぶことになっている。
当然、俺がシャロンを呼ぶ時も“ミス・ジェークス”と呼ぶことになる。
(どこかのラノベの魔法学校みたいだな。さすがに使い魔は召喚しないんだろうが……)
俺は笑いを堪えながら、ベネット教諭の言葉を聞いていた。
「……この中には魔術師ギルドの重職に就かれている方の関係者もおりますし、さる王国の伯爵家の直系の方もいます。ですが、この学院ではその身分を利用することは禁じられています。このことは決して忘れないようにしてください……」
ベネット教諭の説明は更に続いていく。
「……すでにご存知でしょうが、この学院では五日に一度休みがあります。五と〇の付く日が休日になります……」
この学院というか、この街では五十日が休みに当たる。この他に一月、四月、十月の一日は祭りということで休みになり、七月と八月は夏休みになっている。
「それでは何か質問はありませんか? なければ、今日はこれで解散とします。ミスター・ロックハート。これからは、あなたが始業と終業時の挨拶の合図をしてください。それでは起立!」
ベネット教諭の合図で全員が立ち上がる。
そして、教諭は俺をチラリと見て頷く。
(俺に続きをやれということだな。面倒だが仕方が無いか……)
俺は大きな声で「礼!」と叫んで、頭を下げる。
他の生徒たちも俺に釣られて頭を下げ、彼は満足そうに頷き、教室を出て行った。
ベネット教諭が出て行くと、生徒たちも次々と教室を出て行く。
俺とシャロンが教室を出ようとした時、クェンティンが俺たちの前に立ちはだかった。
俺が「ミスター・ワーグマン。何か用か?」と言うと、彼は顔を歪めて、俺たちを睨みつける。
俺もシャロンも実戦を経験しているので、子供に睨まれたくらいでは全く何も感じない。逆にあまりの必死さに笑いだすのを抑えるのが大変だった。
「お前らのインチキを絶対に見付けてやる! 俺の父上は魔術師ギルドの評議員なんだぞ。だから、学院の中でも……」
彼は自分の父親の力を誇示し、俺たちに脅しを掛けてくるが、俺たちが怯えもせず、怒りもしないので、一人でヒートアップしていった。
彼は「見ていろよ! 今にこの街にいられなくしてやる!」と捨てぜりふを言って、教室を出て行った。
シャロンは「何がしたいんでしょう?」と首を傾げている。
「まあ、一番になれなかったから悔しいんだろう。あまり関わらないようにしような」
俺たちの学院一日目は少し後味の悪い終わり方で終わった。
関西でも最近あまり聞かないような気がしますが、関東でも五十日って言うんでしょうか?
話は変わりますが、仕事が半端なく忙しくなり、休日も確保できないような状況になってきました。
更新速度だけが取り柄の愛山ですが、10月末までは週二回の更新で一杯一杯になりそうです。
ということで、来週より火曜日と金曜日に更新となります。
お楽しみの方には申し訳ございませんが、ご理解いただきますようお願いいたします。




