第二十二話「三人での生活」
八月十日の夕方。
旧市街で制服や文具などの買い物を済ませて家に帰ると、リディが合格祝いをしようと言い始めた。
「どこかで食事でもどう?」
ガイも俺の合格祝いをすべきだというように頷いている。
「首席と次席で合格したんだから、ちょっと奮発してあげるわ」
どうやら最初から考えていたようで、すでに店まで決まっているようだった。
「ということで、一番いい服に着替えていくわよ」
リディにそう言われ、一番いい服に着替えるが、今日買った制服以外は大した服を持っているわけではないし、合格したとはいえ、入学もしていないので制服を着て行くわけにもいかない。俺はいつもの服の中から、一番まともそうな革のパンツ、ロングブーツ、白い麻のシャツを選ぶ。着替えてみるが、やはりいつもとあまり代わり映えはしない。
シャロンは質素な白いワンピースと編み上げの革のサンダルに着替えて、一階に降りてくる。さすがに美少女は何を着ても似合うもんだと、おっさん臭いことを想いながら彼女を見ていた。
当のリディだが、シャロンと同じような麻の白いワンピースを着ているが、こちらは本格的な美女であり、その豊かな金髪に清潔そうな白がよく似合っていた。
(これでつば広の帽子を被れば、どこかのお嬢様なんだが、無骨なショートソードを手に持っているのはどうもな……)
ガイは当然のことながら、いつもの革の上下にロングソードを吊るした冒険者スタイルだった。
リディに促されるまま、新市街の繁華街――商業ギルドのある街の南側――に向かう。
夏の夜ということもあり、まだ少し蒸し暑いが、それでも日本のような蒸し暑さはなく、過ごし易い。街を歩く人たちも仕事帰りの人が一杯ひっかけに行くのか、楽しそうに歩いている。
リディはそんな風景には一切眼もくれず、大商人が宿泊するような石造りの立派な宿にすたすたと入っていく。俺たちも遅れないように後ろを着いていくが、彼女は後ろを振り向くことなく、一階にある落ち着いた雰囲気のレストラン――食堂という雰囲気ではない――のドアの前でウェイターを捕まえ、「予約しているリディアーヌ・デュプレよ」と声を掛けていた。
ウェイターに「こちらでございます」と案内されるが、そこには、高そうな服を着た商人たちだけでなく、子供の受験に付き合っているらしい貴族の姿もちらほら見えた。シャロンはその雰囲気にガチガチに緊張していた。
俺が「そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」と声を掛けても、首を横に振るだけで言葉が出てこない。確かに俺たちの服装はこの雰囲気にはややそぐわない気がする。
(ドレスコードがあるわけじゃないだろうが、もう少し気楽なところにして欲しかったな)
周囲から奇異の目で見られながら、四人掛けのテーブルに案内される。テーブルには凝った作りの灯りの魔道具が白いクロスを照らし、小さな花瓶には花が一輪刺してあった。
俺たちが席につくと、すぐに飲み物が用意される。どうやら、これも用意してあったようで、今日はすべてリディのプロデュースで進んでいくようだ。
俺とシャロンの前にも白ワインのグラス――この世界では珍しいガラス製――が並ぶ。
リディがグラスを手に持ち、「ザック、シャロン。合格おめでとう」と言って、食事会が始まった。
さすがに高級ホテルのレストランといった感じで、フレンチのコース料理に近い形式で料理が出されていく。
前菜のパテ――鳥の肉と内臓を固めたもの――には、ふんだんに香辛料が使ってあり、臭みもなく、とても旨かった。メインの魚も上品な火入れでバターとハーブの香りが絶品だった。
俺は値段が気になり、「結構高いんじゃないのか」とリディに尋ねた。
彼女は笑いながら、「安くはないけど、その価値はあるでしょ」と笑って答えなかった。
料理を楽しみながら、今後のことを話していく。
特に合格を見届けたガイがいつ帰るのかが気になっていた。
俺がいつ帰るつもりかと尋ねると、
「手続きも終わりましたし、明後日にでも出発しようかと」
俺は親なら見たいだろうと、「入学式は見ていかないのか? あと二十日くらい残っていても問題はないと思うが」と聞くが、彼は首を横に振り、
「既に出発から一ヶ月半ほど経っております。村の周囲の森の警戒をヘクター殿――従士のヘクター・マーロン。メルの父――に任せきりにしておりますので、出来るだけ早く戻ろうと思います」
従士としてのガイの主な仕事は、ラスモア村周辺の警戒だ。通常はヘクターと交代で猟師のロブたちを使い、魔物の痕跡を探っているのだが、ガイがいない間はヘクターに負担が掛かることになる。
「確かにヘクターに負担が掛かるが、イーノス――従士のイーノス・ヴァッセル――もウィル――同ウィル・キーガン――もいる。あと二十日くらいは大丈夫だろう。それに父上からもそれほど急いで帰って来いとは言われていないんじゃないか」
「確かにお館様からは村のことは気にするなと。ですが、イーノス、ウィルでは不安が残ります。やはりヘクター殿に負担が掛かっているかと……」
ガイは譲らず、明後日の八月十二日にドクトゥスを出発することになった。
(こんなに早いと初めて一人暮らしをするシャロンがホームシックになるかもな。まあ、ずっといるわけじゃないから、あまり変わらないかもしれないが……)
俺は十歳で初めて親元から離れるシャロンのことが心配だった。
「シャロンは大丈夫か? ガイにもう少しいてもらってもいいんだぞ」
俺の問いに彼女は笑顔で「大丈夫です。それに村のことの方が心配ですから」と取り合わない。
俺は少し不安に思ったが、すぐに思い直す。
(この世界の子供の独り立ちは早い。十歳で奉公に出る子供も多いそうだから、それほど気に病む必要はないのかもしれないな)
デザートの焼き菓子が出てくる頃には少し酔いが回り始めていた。
(久しぶりに酒を飲むというか、この体で初めて飲むからか、グラス二杯で酔うとはな。それにしても、少しずつ大人になっていく感じというのは奇妙なものだな。体の大きさもだが、酒や習慣も……)
そして、突然昼間の手続きの時のことを思い出した。
「そう言えば、入学式で首席が挨拶するなんて話は聞いてなかったぞ。黙っていたんだろ」
俺が冗談で睨みつけると、リディの目が泳ぐ。
「む、昔の話で忘れていたわ……そう言えば、私も何かやったような気がするけど……」
「リディはどんな挨拶をしたんだ? 参考までに聞かせて欲しいな」
俺がニヤリと笑いながら、そう聞くと、彼女は俯いてしまった。
「私が人前に出るのが嫌になったのはその時なの。だから……」
どうやらリディの対人恐怖症のきっかけが、入学式における新入生代表の挨拶だったようだ。
俺が即座に「すまない。気が付かなかった」と謝ると、リディがクスクスと笑い声を上げ始める。
「うふふ……引っ掛かったわね。うそじゃないけど、もう気にしていないわよ。そんな昔の話。それに今はあなたたちがいるから……」
どうやら酔ったリディに担がれたようだ。俺が何か言おうとした時、「騙したお詫びにいいことを教えてあげるわ」と先に言ってきた。
俺が「いいこと?」と首を傾げると、
「歴代の新入生代表挨拶文が残っているのよ。多分、教員室に行けばあるはずよ」
過去問ではないが、前に使った文例があるなら、それを弄れば簡単に挨拶文などできる。
(新入社員時代に上司の挨拶文を作らされた経験が物をいいそうだ。こういうのは適当に昔のものと定例の文を混ぜればそれらしくなる。これで面倒が一つ減ったな)
そして、食事も終わりレストランを後にする。
帰り道でガイが珍しくリディに話しかけていた。
「それにしてもよくあんな店を知っていましたね。それも何度も使ったことがあるようでしたし」
リディはぷっと吹き出し、ガイの背中を叩く。
「そんなことないわよ。私も初めて行ったんだから。あの店は昔聞いたことがあっただけ。結構高くて立派な所だって」
俺はその言葉に「味は選考項目に入っていなかったのか?」と思わず割り込んでしまった。
「そうね。私はあなたほど味にうるさいほうじゃないから。だから最初に言ったでしょ。奮発してあげるって」
リディは有名店というだけであの店を選んだようだ。
料理も味も良かったので、俺に文句はないが、どうも今日のリディには調子を狂わされる。いつもより舞い上がっているというか、地に足が付いていないというか、そんな感じがしていた。
家に帰ってから、そのことをリディに突っ込むと、
「嬉しいからに決まっているじゃない。あなたが首席で受かるとは思っていたけど……間違いなく大丈夫だって思っていたけど、それでも結果を見れば嬉しいものよ。だから、あなたもシャロンをもっと褒めてあげなさい」
「そりゃ、俺も嬉しくないと言ったら嘘になるが……」
「それにこれであなたと一緒に暮らせることが確定したのよ。シャロンがちゃんと五位以内で合格してくれたから」
(なるほど。家を借りたが、シャロンが五位以内、つまり入学金免除の資格を得られなかったら、彼女は村に連れ戻されたかもしれない。そうなれば、俺は自分を律するため、寮に入っただろう。そのことを気にしていたんだな)
翌日、ラスモア村への土産を買いに旧市街を回った。
土産と言っても村で使える実用書の類だ。ここ学術都市ドクトゥスは古書が多く売られている。その中でも農業や土木建築技術に関する本や動植物の図鑑は村に必要なものだが、かなり高価なため、ここで買うことにしていた。
もちろん、本当の土産はガイが冒険者の街ペリクリトルで買っていくはずだ。
八月十二日。
日の出と共にガイが出発する。
昨夜のうちに父たちへの手紙を書き終え、それを彼に渡してあった。
ガイは冒険者ギルドで馬を借りて出発するため、俺たちもそこまで見送りにいく。
「まあ、俺たちを連れているより、一人の方が余程安全なんだろうが、それでも道中、慎重にな。父上たちによろしく伝えてくれ」
俺はガイの手を取り、握手で彼を送り出す。
シャロンはさすがに寂しいのか、少し俯き加減でいた。
ガイは「ザック様にご迷惑を掛けるな」と言ったあと、小さな声で「折角だから楽しめ」と言いながら彼女を抱きしめていた。
その言葉にシャロンの両目に涙が浮かぶ。
「お父様もお気をつけて。私も頑張るから……」
ガイは俺にもう一度頭を下げたあと、ひらりと馬に跨り、街道を東に向かっていった。
俺たちは彼の姿が見えなくなるまで見送ったあと、ゆっくりと家に戻っていった。
これから俺たち三人での生活が始まる。
(俺にとっては、この世界に来て初めて祖父や父の庇護の下から出ることになる。今までは何だかんだ言っても従士の誰かが助けてくれた。リディがいるが、俺としては彼女に守られるんじゃなく、守るほうになりたい。だから、今日から俺は独り立ちする。父や祖父のように家族を守る男に……)
気合を入れたところで、リディがいきなり抱きついてきた。
「今日から三人で生活するのよ。五年なんてあっという間だから、楽しまないとね」
笑顔でそう言われると、何となく気勢が削がれてしまう。
(折角気合を入れたのに……まあ、楽しむというのもありなんだが……いや、俺はここに力を手に入れに来たんだ。流されないようにしないと……)
「楽しむのもいいが、俺たちは強くならないといけないんだ。村に残っているメルやダンに遅れを取らないようにな」
シャロンは俺の言葉に頷くが、リディは「真面目なんだから」と言って口を尖らす。だが、すぐに、「そうね。ここで遊んでいて、あとで後悔したくないわね……」と理解を示す。
俺は彼女の気が変わらないうちにと「ということで、今から森に向かおうと思う」と言って装備をつけ始めた。




