第十七話「家探し」
受験の手続きと説明が終わり、俺とシャロンはリディたちと合流した。
「無事手続きが終わったようね。それじゃ、家を探しに行きましょうか」
リディが元気良く、歩き始めるが、俺の後ろにいたシャロンが袖を引っ張る。
俺が振り返ると、
「あの……勉強しなくても大丈夫でしょうか。他の人は必死みたいなんですが……」
シャロンは不安げな顔で俺にそう訴えてきた。
「そうだな。確かに他の連中は必死みたいだな。でも、今更勉強しても無駄だと思うぞ。リディが太鼓判を押しているんだ。それを信じて普段どおりにやればいい」
俺がそう言っても、まだ不安そうにしていた。
俺は彼女の手を握り、引っ張るように歩き始める。
「大丈夫。俺のことが信じられないか? それより、どんなところに住みたいか考えよう」
最初は引き摺られるような感じで歩いていたシャロンだったが、家の話を始めると次第に表情が明るくなっていった。
新市街に戻り、不動産屋を紹介してもらうため、商業ギルドに向かう。
商業ギルドは加盟店へのサービスの他、一般の客に対してもサービスを行っている。その中に街の商店を紹介するというものがあった。
商業ギルドで事情を話すと、一軒の不動産屋が紹介された。俺たちはギルドの紹介状を持ち、旧市街の正門近くにあるマクラウドという不動産業者の店に向かった。
俺たちの要望は旧市街に近く、水場に近いこと、そして、治安がいいことだ。
マクラウド不動産は新市街の中心部付近に多くの物件を持っており、第一の条件である旧市街に近いという条件にマッチしていた。
マクラウド不動産は旧市街の正門から二、三分の所にあり、大きな看板が掲げられていたため、すぐに見つけられた。
中に入ると、ドアの呼び鈴の音を聞いた事務員らしい女性がすぐに現れ、用件を聞いてきた。
リディが事務員に用件を話していく。
「借家を探しているの。契約期間は五年。住むのは三、四人だから、それほど大きな家でなくてもいいわ……」
女性店員はリディの話す条件を丁寧にメモに取り、「しばらくお待ち下さい」と店の奥に入っていく。すぐに五十歳くらいの姿勢の良い、品の良さそうな男が現れる。
「ダグラス・マクラウドと申します。家をお探しとのことと伺いましたが」
リディが「そうよ」と頷くと、
「お伺いした条件の物件をいくつか見繕いましたので、現場にご案内いたします」
俺はこの品の良さそうな紳士が不動産屋ということに違和感を覚えていた。
(法律が整備されていないこの世界の不動産屋にしては上品過ぎるな。見た感じだけだと、貴族や金持ちの屋敷の執事だと言われても頷きそうだ。日本や先進国ならともかく、家賃の滞納者から厳しく取り立てたり、身包み剥いで追い出したりする必要があるはずなのに……裏の顔があるのかな?)
家というのは、生活、命に直結している。家賃を滞納して追い出されたら、住むところがなくなるだけでなく、家においてある家財などの資産も失うことになるし、真冬に追い出されれば、それだけでも命を危険に曝す。法律が整備されていれば、命の危険までは回避できるだろうが、それほど法律が整備されているとは思えない。
だから、滞納した側はあらゆる手段で支払いを待ってもらおうとするし、不動産業者は逆にかなり強硬な手段で取立てを行うだろう。当然、相手側も抵抗するだろうし、最悪、居直ることもあり得る。そうなったら追い出すのは力ずくしかない。
(それとも、家賃を滞納したら、即、奴隷にされるとか変な条件でもあるのかな?)
俺がそんなことを考えている間にも、リディはマクラウドと話を進めていた。
「……じゃ、何軒か見せてもらうわ」
どうやら、物件を見に行くことになったようで、俺もリディについていく。
ガイは無表情を貫き、一言もしゃべっていない。
どうやら、話を振られないよう、護衛だと認識させようとしているようだ。
一軒目は正門から五分ほどにある三角屋根の木造二階建ての家だった。
建物自体はかなり古いが、十m×十五mほどの敷地に建ち、裏には小さいが庭がある。
一階には厨房とリビング、トイレがあり、トイレは下水道に直結している簡易の水洗式だった。更に浴室にも使えそうな排水設備が整った洗濯場のような部屋もあった。
井戸も近くにあるということで、かなり使い勝手がいいと感じさせる。
二階に上がると、寝室に使える部屋が四部屋あり、作り付けの寝台やクローゼットもあった。
マクラウドの説明では、十人家族が住んでも大丈夫ということだった。
次の物件は正門から北に十分ほどの距離にある長屋のような共同住宅だった。
四軒が横につながり、それぞれが二階建てになっている所謂メゾネットタイプと呼ばれるもので、ここにも裏に小さな庭がある。
中は先ほどの家より狭く、二階の寝室は二部屋だけだった。
三軒目は更に五分ほど北に行ったところにある一軒家で、三角屋根の木造二階建ての家だった。
造りとしては一軒目に近いが、井戸が遠く、百mほどの距離があった。
リディはその場で、値段の交渉を始めた。
「一軒目が月五十C(=五万円)。二軒目が二十C、三軒目が二十五Cで間違いなかったかしら? 結構高いわね」
マクラウドは営業スマイルを浮かべ、
「旧市街に比べれば安いほうですよ。あちらだとこの物件程度の広さでも、最低八十Cはしますから」
(確かに旧市街に入るのに毎日二C払うなら、少々高くても旧市街に住む方が勝手はいいかもしれない。それにしても、学術都市の関係者の給料は相当いいんだな)
リディはマクラウドの話を軽く流して、話を進めていく。
「五年分を一括で前払いだといくらになるのかしら?」
彼女の言葉にマクラウドの表情が僅かに変化した。にこやかな表情が一瞬消え、打算に満ちた表情が垣間見えた。
(こっちの顔が本物か。ある意味、こういう表情を見せてくれる方が安心できる。それにしても、五年分一括前払いって、一軒目だと五十掛ける十二ヶ月掛ける五年だから三千C、三百万円か。払えない金じゃないが、さて、向こうはどう出るんだろう……)
「五年分一括でございますか……それでは、一割、いえ、目一杯勉強させていただき、二割引とさせていただきます」
(二割引か……内部収益率的に割引率を計算すると五パーセントくらいになるのかな。表計算ソフトがないと判らないな。どちらにしても、年利二十パーセント程度の金利なら、三割引でも向こうに損はないはずだ。さて、リディのお手並みを拝見するか……)
リディはマクラウドの表情を見ながら、俺に目線を送ってきた。その目は明らかに俺に交渉しろと言っている。
(おいおい、俺に振るのか? 仕方がないな……)
俺は仕方ないと思いつつ、彼女の期待に応えることにした。
「マクラウド殿、俺はザカライアス・ロックハートだ。リディアーヌは俺の家庭教師をやっている」
突然、俺が話しかけたため、マクラウドは驚きの表情を見せる。
「教えて欲しいのだが、このドクトゥスの貸し金の金利は年利でどの程度なのだろうか?」
突然話題が変わり、リディを始め、全員が驚いていた。話を振られたマクラウドは、それでも何とか営業スマイルを取り戻し、
「月三分から五分というところでしょうか。年単位で取引するのは、商会同士になりますので、決まった数字はございません。その場でその場で決まりますので……それが何か?」
俺は頭の中で、暗算していた。
(月三分から五分ということは複利計算で一・〇四の十二乗が年利になる……ざっくり言って年利六十パーセント強か。だとすると、二割引ではボッタクリだな……さて、これ以上は暗算では無理だから……)
俺はマクラウドを無視して、地面を使って計算を始める。
(月単位での計算は面倒だから、年単位での計算にするとして、一年目に六百Cで今後五年間の六十パーセントの複利計算として……五年目で一万五千二百Cか。なら、五割引にするとして、千五百の六十パーセントの五年複利計算だと、一・六の五乗だから、十・五倍か。千五百Cでも一万五千八百Cになる。まあ、これでトントンだな。まずは五割引で交渉だな)
五分ほど計算をしていた俺は、徐に立ち上がり、ニヤリと笑う。
「二割引で目一杯とはおかしな話だな。俺の計算では五割引でも利益が出るぞ」
マクラウドは営業スマイルを消し、無表情な顔で俺を見つめていた。
そして数瞬後、我に返ったのか、再び営業スマイルを顔に貼り付け、両手を挙げる。
「それはどのような計算なのでしょうか? いかに先払いとはいえ、五割引とは……そのようなご無体なことをおっしゃられましても……」
俺は目を細め、「ならば、説明するぞ」と言って、地面に書いた計算式の説明を始める。
「契約時に一括で受け取った場合、その金を再投資に回せる。その金を月四分、年六割で金を貸すと仮定すれば……この金額になる。一方、毎月受け取る場合は、再投資に回せる金は、これだけだから……」
ガイを始め、リディもシャロンも俺の説明についていけない。マクラウドは最初笑顔を浮かべながら聞いていたが、徐々に額に汗を掻き始め、途中でお手上げという感じで説明を遮ってきた。
「お、恐れ入りました。このような計算方法があるとは知りませんでした。ですが、五割引はちょっと……」
俺は満面の笑みを浮かべ、「四割五分引ではどうだ? これでもかなりの儲けになるぞ」とこちらの条件を提示する。
彼は額の汗を拭きながら、「四割五分引ですか……四割引では……」と呟く。
(これ以上、無理をする必要は無いな。この街で暮らす以上、敵は作りたくない)
「四割引か……随分儲けるつもりだな」
そう呟いた後、リディに向かって、「四割引で受けてくれるそうだ。どの物件にするんだ?」と話を振った。
リディは俺とマクラウドの話についていけず、突然話を振られたことに戸惑っていた。
「えっと……一軒目でどうかしら? 少し大きいけど、その値段なら十分に価値があると思うわ」
「俺に異存はないよ。シャロンはどうだ?」
シャロンもコクコクと頷き、異存がないことを伝えてきた。
その後、細かな条件を決めていく。
その中で、多少の改造は認めるが、引き払う時に現状に戻すことが条件だと伝えられる。
(一階の排水設備のある部屋に風呂が作れるな。昔より魔力が増えているから、二日もあれば完成する……)
引渡しは筆記試験の翌日、七月二十三日にすることに決まり、その時に千八百Cを渡す契約となった。
帰り道、リディが呆れたような声で話しかけてきた。
「相変わらず、無茶苦茶ね。四割引なんて聞いたことがないわよ。何とか頑張って二割五分くらいにしようとは思っていたけど、最初は五割引って……」
「無茶苦茶とは心外だな。五割引で押しても良かったんだぞ。まあ、あのマクラウドという男が見た目通りじゃなさそうだから、四割引で降りたんだが、これでも奴は三千C以上の儲けを手に入れることができるんだ」
リディはぽかんとした表情で「ねぇ、さっきの計算って、本当にあっているの?」と聞いてきた。
俺は「もちろんだ」と力強く頷き、
「変な計算なら、商人であるマクラウドが四割引を認めるわけがないだろう」
リディは「そうよね。でも、さっぱり判らないわ」とガイとシャロンを見る。
二人も頷き、彼女に同意していた。




