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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第二章「学院生時代:学術都市ドクトゥス編」

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第十三話「商業地区」

 宿の主人ヨアンとスコッチに関する交渉を終えて部屋に戻ると、すぐに彼との交渉結果を契約書の雛型に落とし込んでいく。

 石鹸製造法売却時に学んだこの世界の商習慣だが、基本的には日本とそれほど変わらない。商法などの法律が整備されていないため、売買契約金額、日時、受け渡し方法、補償の有無などを記載するだけで、トラブルが起きた場合は商業ギルドで調停を頼むだけだ。

 俺は契約書を作りながら、今回の契約のことを考えていた。


(キルナレック渡しで一樽千(クローナ)、百万円か。アルスのドワーフたちに売る方が手間はないが、普及のためには仕方がないな。これでスコッチに人気が出れば、村に安定的な収入をもたらすはずだ……)


 樽はキルナレックで渡すことにし、クォーター樽――百リットル強――を千Cで売ることにした。支払いは次の樽の注文時に支払うこととし、使う商人はロックハート家(こちら)の指定とする。


(ノートンなら信用出来ると思うが、現金を預けるのはリスクがあるような気がするな。そうは言っても他の商人を知っているわけでもないし……少なくともアルスとの取引を続けるつもりなら、ドワーフたちを敵に回したくないはずだ。百万円程度で信用を失うリスクを犯すほどの愚か者なら、見抜けなかった俺が悪い。もし、そうなったのなら、授業料だと思って諦めるしかないだろう……)


 俺は一度一緒に旅をしただけのヘンリー・ノートンという商人を信用しきれないでいた。

 理屈的には、彼を信用する根拠はある。

 彼の商会はそれほど大手ではないだろうが、傭兵と専属の護衛契約を行える程度には安定的に商売をしている。その商人が僅かな金で信用を失いたいとは思わないはずだ。

 それに彼の商会はアルスのドワーフたちと取引がある。つまり、ドワーフたちを敵に回したくないということだ。ロックハート家のスコッチの最大の顧客は、何と言ってもアルスのドワーフたちだ。もし、酒絡みでロックハート家(うち)とトラブルになったと知れ渡れば、本業に影響するだろう。


(逆に言えば、うちとの取引を望むかもしれないということか……うまく交渉すれば、安く請け負ってくれるかもしれないし、そのうち、アルス行きの輸送もやってくれるかもしれない。そうなれば、ラスモア村からアルスとペリクリトルを結ぶ定期輸送が可能になるかもしれないな……これは先走りだな……)



 翌七月八日。

 いつものように裏庭で朝の鍛錬を行う。

 夜明け直後だが、厨房から朝食のいい匂いが漂ってくる。既に何人かの冒険者が食事を取っているようだ。

 顔を洗い、すっきりと目覚めたところで素振りを行う。

 今日は急ぎの用もないので、一時間ほど汗を流していく。


 午前七時頃、冒険者たちで溢れ返る食堂に下りていく。

 俺は“森に入る冒険者は早起きだな”と思いながら、空いている席に着き、食事を頼む。

 朝食は塩漬けの豚肉を炙ったものとスクランブルエッグのような卵料理、野菜のたっぷり入ったミネストローネのようなスープにパンだった。


(意外とボリュームがあるな。基本的には冒険者たちの仕事は肉体労働だからこのくらいのボリュームが必要なのかもしれないな……)


 朝食を取った後、午前八時頃に宿を出ていく。

 昨日決めた予定通り、商業地区である北地区に向かい、ノートンの商会を捜すことが第一の目的だ。その後は、商会の周囲で情報を集め、時間があれば、傭兵ギルドを訪ねて傭兵のバイロンを探す。


 大通りは商隊や護衛たちで溢れていたが、徒歩の俺たちは特に問題なく、大通りを北上していく。

 北地区に入り、大通りでノートンの商会のことを聞くと、すぐに彼の商会の場所は判った。

 北地区の南側、つまり街の中心部に近い場所に、彼の店はあった。

 ノートンの商会は木造二階建ての店舗とその横に大きな倉庫が併設されていた。店舗販売はしていないのか、一見すると店には見えず、ノートン商会という小さな看板がなければ、ただの大きな家と間違えそうなほどだ。


(冒険者相手の武器や防具を仕入れている割には、小売はしていないんだな。鍛冶師を雇わなければ、メンテナンスなんかのアフターサービスもできないし、個人個人にカスタマイズも必要だろうから、面倒な小売より、問屋のような卸業の方が楽なのかもしれないな……)


 俺たちはノートン商会について、情報を集めていく。

 ガイが近くの人や店に入り、さり気無くノートン商会の話を聞いていく。何人かの話を聞いたが、特にネガティブな情報はなく、三代目であるヘンリーも手堅い商売を行っているようだ。


(ネガティブな情報はなし。経営者も手堅いか……本当なら、財務状況なんかも知りたいところだな。この世界に帝○データバンクなんてないだろうが、T○B企業信用調査報告書を見たいところだ。何なら四○報でもいい。貸借対照表(B/S)損益計算書(P/L)、キャッシュフロー(CF)計算書(C/S)くらいがあれば、ある程度は判断がつくんだが……)


 ノートン商会の評判を確認した後、北地区にある傭兵ギルドに向かった。

 北地区は商業地区と称されるだけあり、多くの商店が並んでいた。食料品街に入ると、穀物専門の商店や肉類専門の商店などが軒を連ね、更に保存食専門の商店などもあった。


(さすがに大都会の商業地区だな。これだけの品揃えがあるのは物資の中継地点でもあるからか……)


 食料品の商店が並ぶ地区から、服や雑貨類を売る地区に移っていく。

 シャロンは初めて見る大きな商店街に目を丸くしていた。

 俺が「見たいところがあれば、入るぞ」というのだが、彼女は遠慮して、首を横に振るだけだった。リディに小声で「シャロンが興味を持ちそうなところに心当たりはないか」と聞くと、


「本屋くらいかしら。うーん……服やアクセサリー関係でもいいかもしれないわね」


 俺はそれらの店を気にしながら、一軒の女性用服飾店を見つけた。

 俺が「ここに入ってみようか」というと、シャロンは遠慮がちにガイを見る。ガイが何か言おうとした時、彼の横にいるリディが嬉しそうな顔で「入ろう!」と俺の腕を引いて先に入って行こうとする。

 ガイの困ったような顔を見ながら、「行くぞ」と声を掛けると、二人も俺たちの後についてきた。

 店に入ると、サンプルなのか、それとも古着なのか数十着の色とりどりの女性用の服が所狭しと並んでいた。すぐに三十代半ばくらいの女性店員が近寄ってくる。


「いらっしゃいませ。どのような品をお求めでしょうか?」


 満面の営業スマイルで、ガイとリディに声を掛け、俺たちの方をちらりと見る。


(俺たちの関係が判らないんだろうな。俺とシャロンは何となく兄妹に見えるんだろうが、ガイとリディの関係が判らない。だから、誰に声を掛けるべきか悩みながら、ガイとリディの両方に声を掛けたという感じか)


 店員の問いにガイがリディを見ながら、「この方のご要望を聞いてくれるか」と答えていた。

 リディはその言葉を聞いていないのか、既に好き勝手に商品を見ていた。シャロンはこういう店でどうしたらいいのか判らず、俺の横にピタリと付いて困ったような顔をしていた。


「シャロンも見たら? 欲しい服があれば、プレゼントするよ」


 俺の言葉に「持っているもので十分です」とプルプルと首を横に振って遠慮する。

 その間にもリディが吊るしてある品を一つずつ見て、店員に値段などを確認していく。

 五分ほどで、リディが戻り、「また、あとで来ましょう」と言って、スタスタと店の外に出て行った。

 俺は意外にあっさりと出て行くんだなと思い、「気に入った物がなかったのか?」と尋ねる。


「そんなことはないわよ。ドクトゥスの生活でも必要になるし……でも、この店だけで決める必要はないわ」


(なるほど、何軒も回って比較するわけだな。これは時間が掛かりそうだ……)


 その後、生活雑貨の店なども覗きながら、傭兵ギルドに向かった。


 傭兵ギルドは木造三階建てのかなり大きな建物で、裏には他の支部にあるような訓練場も併設されているが、正午に近い時間ということもあり、傭兵たちの姿はほとんどなかった。

 ギルドの中に入ると、正面に受付カウンターがずらりと並び、更に商談スペースなのか、四人掛けの丸テーブルが数台置いてある。

 ガイが受付に行き、バイロン・シードルフが泊る宿を聞きにいく。受付はすぐに教えてくれた。


ペリクリトル(ここ)に本拠をおいていると言っていたから、宿は現住所みたいなものだろう。それをこうも簡単に教えてもいいのか? まあ、個人情報保護法なんてものはないから、仕方ないのかもしれないな……しかし、恨みを買うかもしれない傭兵の情報を、こうもあっさりと教えるとは……)


 そのことをガイに聞いてみると、普通は簡単に教えてくれるようなことはなく、今回はバイロン自身が俺たちが来たら居場所を教えるよう依頼していたそうだ。


(俺が会いに来る保証はないだろうに……俺が傭兵に興味を持ったと思ったのかもしれないな。ガイもリディも傭兵ギルドに入っていないし、それなら自分のところに来るだろうと思ったのかもな……)


 ギルドで聞いた宿に向かうと、生憎バイロンは不在だった。宿の従業員に聞くと、昼過ぎには戻ってくると言っていたということなので、あとで来ると伝言を頼み、街の散策に戻る。

 しばらくブラブラと歩くと、本屋や魔道具が並ぶ区画に入っていた。

 本屋では革装丁の本が並び、ところどころに巻物らしきものがおいてある。日本の古本屋とは違い、どこか怪しい雰囲気を感じてしまう。

 更にこれ見よがしに魔晶石が嵌められた杖などが並ぶ魔道具屋では、小さな箱や使い道の全く判らない複雑な形状のオブジェ、更には色とりどりの宝石が嵌められた指輪など、エキゾチックな雰囲気が漂っていた。

 俺がそのうちの一軒に入ろうとすると、リディが俺の腕を掴んできた。


「これからドクトゥスに行くのよ。あの街の方が本物があるんだから、この街で偽物をつかまされる必要はないわ」


 確かに学術都市であるドクトゥスの方が、本物の魔導書や魔道具などがあるのだろうが、俺のようなRPG好きにとって、こういう雰囲気の店に興味を持つのは仕方がないことだろう。


 本屋街を通り抜けると、酒場が多く並ぶ歓楽街に入った。

 まだ正午前だが、既に開店しており、酒を飲んでいる傭兵が騒いでいた。


(仕事を終えた傭兵たちなんだろうな。商隊の行き先にもよるのだろうが、商業都市アウレラまでは八百kmはあるから、往復二ヶ月近く掛かるのだろう。アルスでも四百km以上あるし、その間は仕事だから、羽目を外せない。たまの休みで羽目を外しているんだろうな……)


 絡まれるのも嫌なので、歓楽街を迂回し、大手の商会が並ぶ地区に向かう。リディやガイの話では、その辺りは安全でうまい食事を出す店が多いとのことだった。

 一軒のカフェ風の食堂を見つけ、昼食をとる。

 思ったよりもボリュームのある食事だが、味は結構いい。何気なく周りを見ていたが、酒を片手に食事をしているものが意外と多かった。

 元日本人サラリーマンの俺としては、どうにも違和感がある。


(新橋辺りでは昼飯時に生ビールを頼むスーツ姿の豪傑を見たことがあるが、俺のいた会社じゃ昼飯と一緒に酒はありえなかったからな。ヨーロッパに行ったことがあれば、多少違う感想を持つんだろうが、仕事中に酒を飲むなといいたくなるよ……まあ、やれなかった僻みかもしれないが)


 その後、ブラブラと時間を潰し、バイロンの泊る宿に向かった。

 フロントで聞いて見ると、バイロンは既に戻っているとのことだった。

 すぐにバイロンは現れ、俺たちに頭を下げる。


「一度来ていただいたようで、ご足労をお掛けしました」


「いや、約束していたわけではないからな。もし良ければ、少し時間を貰えないか」


 俺の言葉にバイロンは頷き、人気のない宿の食堂に向かう。


「今日は少し聞きたい事があって来たんだ。ノートン殿の商会に仕事を頼もうと思っているんだが、護衛であるバイロンの意見を聞きたいと思ってね……」


 俺は昨夜ヨアンに話したことをバイロンにも話していく。


「……要はうちの特産品である酒をここペリクリトルに運びたいということなんだ。ノートン殿の商売のこともあるし、俺の頼みを聞いてくれそうか、お前の意見を聞きたい。もちろん、雇い主との関係もあるから、話せる範囲でいい」


 彼は少し考えた後、静かに話し始める。


「ノートン商会は手堅い商売を行う商会です。現会長のヘンリー氏も三代目ですが、冒険するような性格ではありません……」


 バイロンの話は俺たちが聞いた話と同じだった。


「……更に会長は、ロックハート家との誼を結びたいと考えているようです」


 俺が「うちがアルスのドワーフに酒を売っているからか?」と呟くと、彼は少し驚き、「はい」と頷く。


「会長は将来、アルスの武器を北のラクス王国にも売りに行きたいと考えているようです。そのためには鍛冶師たちに多くの武器を作ってもらう必要があるのですが、気難しいドワーフたちは、ノートン商会が買うような安価な武器を作ることを良しとしないのです」


「なるほどな。仕切っている親方連中は質のいい武器を売りたい。だが、ノートン商会はそこまでの品質は求めていない。だから、商会としては数を揃えるため、若い鍛冶師に武器を作らせたい。だが、親方連中がうんと言わなければ、若い連中に仕事が回らず数が揃わない。そういうことか」


 バイロンは大きく頷き、


「おっしゃるとおりです。ですから、会長はアルスに行く途中、ラスモア村に立ち寄って、そのドワーフが好む酒を運びたいと思っているはずです」


(なるほどな。確かに酒を運ぶ業者の頼みなら、多少の無理は聞いてやろうと思うかもしれない。だが、今のところ、アルスには専門の運搬業者が輸送を請け負っている。それもバイロンの傭兵隊より多い二十人もの護衛を雇った業者をだ……)


 俺は十分な情報を得て満足し、「助かったよ」とバイロンに頭を下げる。

 バイロンが居ずまいを正して、


「ザカライアス様に私のほうからも話があるのですが、聞いていただけますか」


 俺は何の話だろうと思いながらも、「ああ、構わないが」と答えた。


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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
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