第十一話「冒険者ギルド総本部」
ペリクリトルの宿、“荒鷲の巣”亭で昼食をとり、その後、俺のおしゃべりのせいで少し時間を食ってしまったが、まだ三時にもなっていない。
ガイの案内でペリクリトルの街に繰り出すことにした。
ガイが「どこを見に行きましょうか?」と尋ねてきたので、俺はすかさず、「冒険者ギルドの総本部を見たい」と答えた。
ガイは「それほど面白い場所ではありませんが」と言いながらも、俺たちを先導して歩き始める。
冒険者ギルドの総本部はペリクリトルの街の中心部にある。
宿を出た俺たちは南北を貫く大通りに戻り、北に向かって歩いていく。
街の南側では武器を手にし、使い込んだ革鎧に背嚢、丈夫そうなマントを肩に掛けた冒険者風の人たちが多かったが、北に向かうにつれ、チュニックのような服を着た商人風の人たちが増えてくる。
ペリクリトルの街の建物は木造のものがほとんどだ。街の中心部はさすがに大都市の中心ということもあり、木造の建物ながらも立派な建物が多い。
そんな中、三階建の石造りの立派な建物が目に入ってきた。そして、両開きの立派な扉の前には、プレートアーマーを着込んだ衛士が二人立っている。
「ここがギルド総本部です。一応、見学もできたはずですが、確認してきます」
ガイはそう言うと、立哨の衛士に確認しにいった。
ガイは衛士に頷くと、すぐに戻り、「大丈夫だそうです」と報告する。
後で聞いた話だが、総本部は一般には開放されておらず、冒険者ギルドに登録していないと中に入るのは難しい。今回は騎士階級であるロックハート家の名で、入ることを許されたそうだ。
衛士にオーブを見せ、建物の中に入っていく。
中に入ると、二階分まで吹き抜けになった高い天井の広いホールが目の前に広がる。キルナレックのギルド支部とは異なり、カウンター状の受付は無く、役所か病院にある案内所のようなところに職員が立っていた。
広いホールには、ほとんど人はおらず、外の喧騒が嘘のように中は森閑としていた。
(受付カウンターが無いんだな。そう言えば、総本部はペリクリトルの行政府も兼ねていたはずだから、どちらかといえば役所に近い感じだな。そう、県庁とか政令指定都市の市役所といった感じに近いな。何となく取っ付き難さが似ている感じがする……役所にはいい思い出が無いからそう思うのかもしれないが……)
俺はサラリーマン時代に行った様々な役所を思い出していた。
「確かここでは各支部の業務状況を管理しているだけだったはずだな。あとはこの街の行政関係か……」
俺の独り言にも似た呟きに、ガイが律儀に答える。
「はい。各支部から集まった情報の解析なども行っていたはずです」
さすがに一般見学者は一階のホールから先には進めず、ぐるりと一周するとそのまま外に出て行く。
「確かに面白いところじゃなかったな。シャロンはどこを見に行きたい?」
シャロンに話を振るが、首を横に振るだけで具体的な答えは無かった。
彼女は生まれて初めての大都市に圧倒されているようだ。
「今日は南地区をブラブラして宿に戻ろう」
俺の提案にガイは頷き、俺が武器に興味を持っていることを覚えていたのか、「では、武器屋でも見に行きましょうか?」と言ってきた。
俺は「面白そうだ」と笑顔で頷く。
(武器屋というか鍛冶師はベルトラムしかいなかったからな。ドワーフの鍛冶師だから、ある意味ファンタジーの定番だが、やはり冒険者の街の武器屋というのは、RPG好きにとって心躍るものがある……)
南地区に入ると、森から戻ってきたのか、埃に塗れた冒険者たちの姿が増えていく。
中には仲間の肩を借りて歩く血塗れの冒険者の姿もあった。
リディに「治癒魔法を掛けなくてもいいのか?」と聞くが、彼女は首を小さく横に振る。
「近くに治癒師のやっている治療院があるから大丈夫よ」
彼女はあまり関心無さそうにそう答えるが、俺は痛みに耐えて歩く冒険者の姿から目が離せない。
「しかし、あのケガじゃ、歩くのも辛いんじゃないか? 応急手当でもした方が……」
「森の中ならともかく、街の中で無料で治癒魔法を掛けるのは良くないわ。治癒師の生活に関わるから。それにケガは自己責任なの。治癒師を仲間に入れられないなら、ケガをしないように努力すべきなのよ……」
横ではガイがリディの意見に頷いている。そして、更に彼女の話は続いていた。
「ケガをすれば、パーティメンバーに迷惑が掛かるの。無事に帰って来れたからいいようなものの、一つ間違えば全滅してしまうことだってあるんだから」
彼女の言いたいのは、ケガをしないように依頼をこなすのが一人前の冒険者で、危険な依頼を受けるのなら、治癒師を仲間に引き入れるべきだというのだ。ケガ人が出れば依頼の達成が困難になるばかりか、危険な森で血の匂いを撒き散らすことになり、更に危険が増大する。
酷いケガの場合、見棄てるという選択肢もないわけではないが、普通はパーティメンバーでなくとも、見棄てるという非情な選択はなかなか取れない。
「でも、突発的なことが起こったらどうするんだ? 例えば、本来いるはずの無い強力な魔物がいたとか?」
リディが答える前にガイがその問いに答える。
「そういうことは滅多に起こりません。普通、何らかの兆候が必ずあるはずですから、情報収集さえ確りとやっておけば、不測の事態というものは滅多に起こらないものなのです。仮に強力な魔物の情報がなかったとしても、周囲に気を配っていれば未然に防ぐことができるはずなのです」
(リディにしてもガイにしても、意外に厳しいな。確かにケガ人が出れば、全員の命に関わるが、不測の事態という奴は、予測できないから不測の事態なんだから……まあ、ガイのように気配察知の達人なら、魔物が来る前に気付いて逃げ出すこともできるのだろう……)
ケガをした冒険者たちを見送り、更に街の中を進んでいく。
俺は今のやりとりについて、考えていた。
(リディやガイの言うことは理解できる。だが、自分にその冷静な判断ができるかと言われれば、自信は無いな。魔物を狩るのに夢中になって周囲の警戒は疎かになるだろうし、森に入って何も起こらなければ、情報収集を怠ることもあり得る。二人はそのことを俺に教えたかったのかもしれないな……)
南地区の東寄りには多くの武器屋や防具屋、道具屋が軒を連ねている。
武器屋でも片手剣専門、槍専門といった分業化が進んでおり、看板を見ているだけでも楽しい。
「ここが剣を専門に扱う店です。昔来たことがあるのですが、店主が代わっていなければ、かなりいい腕の職人だったはずです」
ガイが指差す先にある武器屋は、木造二階建ての小さな工房で、屋根には大きな煙突があり、黒い煙を噴出している。
剣を象った看板には“ギーゼルヘールの店”と書かれていた。
店の外には何も置かれておらず、開け放たれた窓からはハンマーの音だけが聞こえてくる。
俺は冷やかしということもあり、何となく気後れしていたが、ガイがスタスタと入っていくため、その後ろについて店の中に入っていった。
扉を開けたときにカランカランというベルの音が鳴り、それと共にハンマーの音が途切れる。
店の中を見回すと、ロングソード、ショートソード、ツーハンデッドソードなど十種類ほどの剣が置かれていた。
店の奥から、髭面のドワーフの職人がドシドシという感じで現れる。
ドワーフの年齢は判りにくいが、見た感じはラスモア村の鍛冶師、ベルトラムと同じくらいのベテランの職人だった。
そのドワーフは俺たちを見て、子供二人を連れた四人組という組合せに、訝しげな表情を浮かべている。
「買いに来たのか? それとも手入れか?」
「見せてもらってもいいか? 今のところ購入予定はないのだが」
ガイがそう答えると、意外なことに何も言わずに頷いている。
(冷やかしは帰れと言われるかと思ったのだが……意外と冷静に対応するんだな。それとも俺たちが何軒か見て回って、比較しているとでも思っているのかもしれないな)
ガイが置いてある剣の中から、一本のバスタードソードを取り出し、「ザック様もごらんになってみては?」とその剣を手渡してきた。
俺にはベルトラムに打ってもらったバスタードソードがあるので、ガイの意図がいまいち理解できない。
だが、剣を受取ってみると、彼の意図が何となく判ってきた。
ギーゼルヘールもドワーフの腕のいい職人ということでかなりバランスのいい剣を作っている。だが、ここに置いてある剣は一品物ではなく、量産品に相当するものだった。
(バランスはいいが、作りの丁寧さがベルトラムの物とは全く違う。ガイは俺が持っている剣がかなりの業物だと教えたかったんだろうな。それにロックハート家にある剣は、どれもかなりの業物だから、この剣が普通の物だと知って欲しかったんだろう……)
「これでいくらなんだろう?」
俺の呟きにギーゼルヘールが片方の眉を上げながら、「それが使えるのか?」と言ってきた。
確かに身長が百五十cmほどしかない細身の少年が、大人が使うバスタードソードを欲しがるのは、単に格好いいから欲しいと言うように聞こえるだろう。だが、俺の背中にはベルトラムに打ってもらったバスタードソードがある。彼にもそれが見えているはずなので、彼の言葉の意味が理解できない。
(飾りで持っていると思っているのかもしれないな。背伸びしたい子供が使えもしないのに、無理に持っているだけだと)
俺が「もちろん使えるつもりですが?」と答えると、彼は「振ってみろ」とボソリと言ってきた。
俺はここでトラブルになるのも嫌なので、ガイの方をみるが、彼は笑顔を見せながら頷く。
(ガイに何か思惑がありそうだな。先に言ってくれればいいものを……まあいい。俺もバイロンの時、何も言わなかったからな)
店の中では狭いため、「外で振ってもいいですか?」と尋ねると、ギーゼルヘールは小さく頷いた。
さすがに通りに面したところで見世物になるつもりは無かったので、店舗の裏側に回り、荷物を降ろして剣を構える。
(ベルトラムの物より少し重いな。片手は少しきついが、両手なら何とかなりそうだ)
最初は祖父に習った型をゆっくりとなぞっていく。数回、振ったところで何となく重さにも慣れてきたため、いつものスピードに上げていき、一分ほど振り続ける。
素振りを終え、「このくらいですが、何か問題はありますか?」と呟くと、ギーゼルヘールが理解しがたいという感じで首を振っている。
俺はガイに視線を向け、「どういうことだ?」と声に出さずに口だけ動かす。
ガイがそれに悪戯っぽい表情で頷き、
「我が主のご子息を試したのだ。何か一言あってもいいだろう? ギーゼルさん?」
やはりガイとギーゼルヘールは昔馴染みだったようだ。
「お前さんの主の息子ということは、ロックハート家の者か……なるほどな。ところで、ガイ。買う気は無いのに何のようだ?」
「将来、ザカライアス様がここに来られた時の下見だよ。あんたなら、ラスモア村のベルトラムさんの剣の手入れができるはずだし、ドクトゥスの知り合いを紹介してくれるだろうと思ってね」
ガイは俺の剣が特殊な物であると知っており、この先のメンテナンスのことに気を配ってくれたようだ。
「ザカライアス・ロックハートです。ザックと呼んでください」
俺が右手を出すと、ギーゼルヘールは不思議そうな顔で右手を取ってきた。
「ギーゼルヘールだ。面倒ならギーゼルでいい。ところで、お前は何歳なんだ?」
俺が十歳だと答えると、彼は首を横に振り、「十歳だと……」と固まっていた。
荷物と共に置かれたベルトラムの剣を見て、更に驚く。
「こいつは生半可な腕じゃ、手入れすらできんぞ。ドクトゥスでこれが扱えそうな奴だな……ゼルギウスくらいだな。あとで紹介状を書いてやる」
その後、俺のバスタードソードのことを根掘り葉掘り聞かれたが、最後に「ペリクリトルを拠点にするなら、俺のところに顔を出せ」と言ってくれた。
ちなみにベルトラムの剣の価値だが、ギーゼルヘールの見立てでは、最高級の鋼を使い、特殊な打ち方をしているので、三万C=三千万円は下らないだろうとのことだった。
(素材だけで一万Cだから、倍くらいだと思っていたが、物凄い誕生日プレゼントだな。スコッチの礼を含むと言っても無茶苦茶だな……)
ギーゼルヘールの店を出てから、俺はガイに礼を言った。
「手入れの事は考えていなかったよ。ある程度の腕ならできるのだろうと、高を括っていたからな。助かったよ」
「ベルトラムさんは本来ならラスモア村にいるのが、おかしいくらいの一流の鍛冶師なのです。先代様――祖父ゴーヴァン・ロックハート――とのご友誼が無ければ、アルス――カウム王国の王都、ドワーフの鍛冶師たちが多数いる職人の街――で、自らの工房を立ち上げておられたでしょう。その方が最高級の鋼で剣を打つとなれば、必ず一流の物になるはずです。そのような剣は普通の鍛冶師では取り扱えません」
思いのほか、ギーゼルヘールの店で時間を食ったため、そのまま、“荒鷲の巣”亭に帰っていった。




