番外編第三話:「トリア暦三〇二七年五月:白き軍師との邂逅:前篇」
3話では終わりませんでした。
五月二十六日の午前十時過ぎ。
昨日、ルナたちがラスモア村に帰ってきた。ルナは最後に会った時からずいぶん成長していた。先ほどまでソキウスの代表としてカウム王国のカトリーナ王妃との交渉に当たるための相談に来ていたほどだ。
その相談の場で弟のセオフィラスがいいアイデアを出した。王妃との交渉に酒を使うというものだ。
その話の途中、ルナがソキウスから持ち帰ったどぶろくのような酒と長粒種の米を見せてくれた。製造工程を見てみないことには清酒にできるかは微妙だが、米焼酎にできる可能性は高い。新たな蒸留酒ということで、ドワーフたちが暴走しないか、不安が残る。
十時の鐘が鳴る頃、見張り台から三百人ほどの集団が村に入ってきたという知らせが入る。
混乱を防ぐため、人馬族やルークスの獣人部隊がいることは昨日のうちに村中に伝えられており、村人たちは総出で歓迎の準備を行っている。
うちの村の者らしく、人馬族だろうが宿敵ルークスの獣人部隊だろうが、父の名で命じられたことに疑問を挟む者はおらず、全く混乱は起きていない。
歓迎の声が館ヶ丘にも聞こえ始めると、ゆっくりと進む一団が見えてきた。
望遠鏡を使ってみると、その先頭には以前カウム王国の王都アルスで会ったマーカット傭兵団の団長、ハミッシュ・マーカットと、真っ白な聖騎士の鎧を身に纏ったアークライトらしき人物がいた。
城の前ではロックハート家と主要な家臣全員が正装に着替えて待っている。
帝国の上級貴族やカウム王国の王族が相手なら分かるが、本来他国の傭兵団と遊牧民に対し、帝国貴族が正装で出迎えることはあり得ない。
しかし、今回は世界の存亡をかけた戦いに勝利した一団であること、家族であるルナを助けてくれたことから敬意を表したのだ。
聖騎士のような出で立ちの若い男が銀色のカエルム馬から降り、その後ろに大柄な女戦士と銀色の髪の獣人の軽戦士が続く。更にハミッシュとレッドアームズの傭兵たちと人馬族や遊牧民戦士が並んだ。
「我が娘、ルナを助けてくれたこと、心より感謝します」
父マサイアスがそう言って頭を下げる。それに合わせて俺たちも同じように頭を下げた。
その言葉でアークライトが前に出る。その後ろには油断なく周囲を警戒する獣人の戦士の姿があった。有名なルークスの獣人奴隷部隊のようだ。
「レイ・アークライトと申します。ロックハート家の方々には多大なるご助力をいただき、感謝の念に堪えません」
自然体で話す姿に感心する。
(なかなか堂に入っている。さすがは“白き軍師”と呼ばれただけのことはある……)
父がその口上に応える。
「皆さんを歓迎いたします。既にセオフィラスから聞いていると思いますが、我が家は堅苦しい儀礼を苦手としております。ここからは同じ敵と戦った戦友同士ということでざっくばらんにいきましょう」
その言葉で全員が笑顔になる。この場に貴族的な儀礼を好む者はいない。
アークライトは父と言葉を交わし、更に祖父、兄とも挨拶を行っていく。緊張している感じはなく、好青年という印象を強く受ける。
(ルナの同級生という話だが、なかなか胆が据わっているな。噂で聞いただけだが、ラクスの国王に意見したらしいし、盟友であるルナの実家という気安さもあるのかもな……)
そんな感じで見ていたが、知り合いであるハミッシュ・マーカットや人馬族のソレル族戦士長ギウス・サリナスがおり、彼らと言葉を交わしていく。
「妹がお世話になりました」とハミッシュに頭を下げると、
「いや、こっちの方が世話になった。貴殿がいろいろと準備してくれたことには感謝しかない。それにセオにはずいぶん助けてもらった。あいつがいてくれたお陰で帝国と無駄に揉めることなかったし、戦を無事に終わらせることができた」
ハミッシュと会話した後、ギウスにも感謝を伝えると、逆に礼を言われてしまう。
「感謝しているのはこちらの方だ。我らに待望の王を導いてくれたのだからな」
草原の民は二千年の長きにわたり、神の言葉に従って彼らの王を待ち続けていた。俺が手を回さなくても、神々が誘導しただろうが、ギウスはアークライトが草原を訪れたのは俺が調整したからだと思っている。
そんな話をしていると、アークライトが俺の前にやってきた。
「レイ・アークライトです。お噂はルナやセオさん、ドワーフの方々から聞いていますので、初めて会ったという気がしません」
そう言ってにこやかに右手を差し出してきた。その手を取りながらあいさつに応える。
「ザカライアス・ロックハートです。ルナを助けてくれたこと、本当に感謝しています」
「ルナから、月宮さんから私のことは聞いていますか?」と小声で聞いてきた。
「聞いています」
「できれば、どこかで時間をいただきたいのですが」と言ってきた。
「もちろんです。私としても話をしたいと思っていました」
こちらとしても同じ思いだったので、即座に了承する。
そんな感じであいさつを交わしていくが、到着したばかりということでいろいろとやることがある。
まず馬たちを収容しなければならない。館ヶ丘には二百五十頭近いカエルム馬を収容する場所がないため、城の横の馬場と北の草原に連れていく。
更に俺には歓迎の宴の準備があった。
三百人近い人数であり、更に人馬族もいるため、城の中では宴はできない。主要なメンバーだけに絞ればできないことはないが、全員が一緒の方がいいだろうと考え、ドワーフ・フェスティバルの会場でもある館ヶ丘の南の草原で行うことにしている。
マーカット傭兵団と獣人部隊の主要な者は城に宿泊するが、大部分は村の宿に分宿する。最近は宿も拡張し、二百人程度なら収容できるようになっていた。
もっとも草原の民たちは草原で野営をするし、獣人部隊もアークライトの護衛のため、半数以上は宿に泊まらないらしい。
アークライトたちはセオとセラが城に案内する。
それを見届けると、俺はすぐに館ヶ丘を下りていく。歩きながら丘の下で行われている準備の状況を確認していた。
(あと二時間もあれば充分に終わるな……)
本当ならアークライトとすぐにでも話をしたかったが、宴会の準備を優先した。昨日到着したルナの話ではレッドアームズと草原の民たちもあと四日はこの村にいることが決まっており、時間は充分に取れるためだ。
正午になり、宴会が始まった。
ドワーフ・フェスティバルや戦勝記念祭のような大規模な宴ではないが、近隣のキルナレックからやってきた楽師たちが奏でる音楽と、村人たちの陽気な踊りが花を添え、収穫祭や夏祭くらいの賑やかさはあった。
最初のうちは遠慮気味だった傭兵や草原の民たちも、酒が入るにつれ、ロックハート家やラスモア村の人々と楽しげに酒を酌み交わしている。
一時間ほど経つと、食事の方が落ち着き、思い思いの場所で酒を楽しむ姿が見られるようになった。
俺たちも館ヶ丘の周囲を流れる小川の近くに陣取り、酒を飲んでいた。
「さすがはザカライアス卿ですね。これだけの祭を簡単に準備してしまうなんて。それにこのビールは今まで飲んだ中で一番おいしいです」
ジョッキを持ったアークライトがそう言って笑っている。
「ザックでいいですよ、アークライト殿。この時期のビールは冬にじっくり仕込んだ味わい深いものですから、他のところでも美味しいはずですよ」
「そうなんですか? お酒を飲み始めてまだ三年目ですから、時期で味が変わるなんて知りませんでした。ああ、僕のことはレイと呼んでください。ザックさん。それに年下ですから敬語もいりませんよ」
酒が入ると陽気になるタイプなのか、先ほど父に堂々と挨拶を行った人物とは思えないほどフランクだ。
「ルナはいつも言っていました。ここに帰ってきたら、ザックさんに美味しいお酒を教えてもらうんだと。今なら言っている意味がよく分かります」
そう言ってベルトラムらドワーフたちと楽しげに酒を酌み交わしているルナに視線を送っていた。
「レイ君って呼んでいいかしら」とリディも話に加わってきた。
挨拶の時にはドレスを着ていたが、いつもの冒険者スタイルに戻っている。
「ええ、構いませんよ。リディアーヌさん」
「私もリディアでいいわ」と言うと、更に言葉を続けていく。
「ビールばかりじゃなく、発泡ワインも飲みなさい。こっちの方が美味しいんだから」
そう言って自分専用のワインクーラーからボトルを取り出す。
「早くグラスを出して注いであげて」と俺に言ってきた。
「はいはい」と言いながら、グラスにスパークリングワインを注ぐ。
グラスを渡すと、日の光に透かしている。
「きれいなお酒ですね。シャンパンっていうのと何が違うんですか?」
「シャンパンはシャンパーニュと言ってフランスの地方の名前なんだ。厳しい法律で作り方や生産量が決められている」
「そうなんですか」と感心し、グラスに口を付ける。
「もっとも俺が作ったこのスパークリングワインはシャンパーニュの作り方と同じなんだ。まあ、ブドウの種類とか、甘みの付け方なんかは微妙に違うが……」
シャンパンの説明をしながら、酒を飲んだ時の無邪気さに若いなと思っていた。
(虚無神との死闘を繰り広げた人物とは思えない……それだけじゃないな。草原の民の王として、この世界では帝国の皇帝以上の重要人物なんだ。気心が知れた仲間と一緒だから気を緩めているならいいが、この先、相手にするのは帝国宰相や商業ギルドの老練な連中だ。大丈夫なんだろうか……)
そこで彼の横に立つ大柄な女戦士、アシュレイ・マーカットに視線を送る。
(さっき話をしたが、いい意味でも悪い意味でもハミッシュさんの娘だった。実直で裏表のない真っ直ぐな人だ。しかし、彼女がレイ君の配偶者になるなら、誰かがサポートしないと大変だろうな……)
そんなことを考えながら、アシュレイにもスパークリングワインを渡す。
「かたじけない」と緊張しているのか、やや硬い口調で礼を言った。
「これが噂のザカライアス卿のスパークリングワインか……確かに美しい酒だ」
そう言ってグラスに口を付ける。
「こ、これは素晴らしい! ザックコレクションも素晴らしかったが、これはまさに芸術品だ」
一口飲んで緊張がほぐれたのか、自然な笑顔になる。
「あらよく分かっているじゃない」とリディが微笑む。
「リディアーヌ殿が羨ましい。このような酒を毎日飲めるのだから」
そこにベアトリスが割り込んでくる。彼女もドレスから着替えており、真っ白なブラウスに赤ワインのグラスがよく映えている。
「シーウェルワインを飲まずに芸術品というのはいただけないね。ザック、十五年物を出しておくれ」
「待てよ。まだステラさんが飲んでないだろう」
そう言ってから、レイの後ろで微笑んでいる銀色の髪の獣人の娘に声を掛ける。
「お酒は飲めませんか?」
「まだ十八歳ですので。ここでは二十歳未満は飲めないと聞いています」
「そうですか。では、これを」と言って、末の妹のソフィア用に作っておいたノンアルコールカクテル、“シャーリーテンプル”を渡す。
「お酒は入っていません。炭酸水にショウガとザクロのシロップを加えて、レモンで味を調えたものです。これなら気兼ねなく飲めますよ」
ステラという少女の身のこなしが獣人部隊のそれと似ており、レイを守るためにアルコールを口にしないようにしていると思ったのだ。
「お気遣いありがとうございます」と言って微笑む。
そのあまりに自然な笑顔に、獣人奴隷部隊の一員ではなかったのかと思い直す。
「もし、お酒が良ければ、お出ししますよ。二十歳になるまでお酒を飲ませないのはロックハート家の方針であって、客人に強要する気はありませんから」
「ステラもこれを飲ませてもらったら」とレイがスパークリングワインを勧めている。
「では、私もお願いします」とはにかんだ感じの笑みを見せる。
スパークリングワインに口を付けると、僅かに目を見開いた。
「レイ様やアシュレイ様のおっしゃる通りですね。本当に美味しいです」
そこにベアトリスが大ぶりのワイングラスを持って割り込んできた。
「じゃあ、次はシーウェルワインだよ。リディアの勧めるスパークリングワインも美味いが、こいつはここでしか飲めない貴重なものだからね」
「ザック様がワインを準備する間に、おつまみを用意しますね」
ブルーのワンピースに着替えたメルがそう言ってテーブルにチーズを並べていく。
「最近黒池亭で評判のブルーチーズなんですよ」
そう言って真っ白なワンピース姿のシャロンが説明する。
二人とも最近では随分と落ち着き、新妻という言葉が似合う感じだ。ちなみにリディとベアトリスは昔とあまり変わっていない。
「そう言えば、皆さんザックさんの奥さんなんですよね」とレイが言ってきた。横ではアシュレイが何を言い出すのだという顔をして、肘で突いていた。
「あ、特に深い意味があるわけじゃ……ただ、凄いなと思っただけで……」
「構わないよ。もう十五年も前から言われていることだからね」
俺がそういうと、リディが悪乗りし、
「そうよ。ドクトゥスでは“全方位のハーレム王子”って呼ばれていたんだから」
そんな話をしていると、ベアトリスが「ワインが温くなっちまうよ」と焦れる。自分の大好きなワインを早く飲んでほしいようだ。
「どうやって飲んだらいいんですか? 高級ワインってグラスを回してから飲むんですよね?」
レイが恐る恐るという感じで聞いてくる。
「白き軍師殿も酒については弱いようだね」とからかった後、
「回す方が香りは立つが、酸化が進んで酸味が立ったり、苦みが出たりするんだ。だから基本的にはグラスは回さずにまずは香りを楽しんでから口を付けるといい」
俺が見本を見せるようにグラスに口を付けると、レイたちも同じように口を付ける。
「凄い!」とレイが声を上げ、アシュレイも「これほどとは……」と絶句している。
ステラも同じように驚いているが、二人のリアクションを楽しんでいるように見えた。
「どうだい。凄いだろ」とベアトリスが自慢げに胸を張る。
「あなたが作ったわけじゃないでしょ」とリディが言うと、
「このブドウはあたしが見つけたんだ。そうだよな、ザック」
「ああ。このワインができたのはベアトリスのお陰だよ。俺じゃ見つけられなかった」
「楽しかったですよね。シーウェルで村を巡ったのは。もう十年くらい前なんですよね」
メルが懐かしそうに言いながらグラスを傾けている。
「もう一度行きたいですね。ワイン祭りもやっているみたいですし、楽しそうです」
シャロンも珍しくワインを楽しんでいた。
レイたちは俺たちの会話を楽しげに見ている。
「本当にお酒が好きなんですね、皆さん」
「そうだな。こういう時間もいいもんだろ」
そんな感じで酒を楽しんでいた。
次も少し間が空きます。




