番外編第一話:「トリア暦三〇二七年五月:ルナたちの帰還」
コミカライズ記念として、後日譚を投稿します!
今のところ、この話は三話くらいになりそうです。
トリア暦三〇二七年五月二十五日。
虚無神の差し向けた黒竜・竜牙兵との死闘を終えてから約二ヶ月、ここラスモア村は平和な日々が続いている。
神々の話ではヴァニタスと直接対決したルナたちも勝利を収めているはずだが、遠い土地での出来事であり、情報はほとんど入ってきていない。
ただ、ルナとレイ・アークライトたちがトーア砦に入ったという知らせが一昨日届いている。
情報ではカウム王国の王都アルスにおいて、国同士の取り決めをするための交渉が行われるらしいが、その前に一度、ルナの里帰りのため、ここラスモア村に寄るということだった。
それとは関係なく、俺の周りは少し賑やかだ。
今日は俺の二十五回目の誕生日で、いつも通り、家族や仲間たちが祝ってくれているからだ。
俺としても家族や気の置けない仲間たちと楽しみたかったから、祝いの使者が来そうなカウム王国やカエルム帝国、商業ギルドなどには事前にその旨を伝えており、のんびりとした時間が流れていた。
昼食はベルトラムらドワーフたちと屋外でビールと料理を楽しんだ。ビールは今日のために作った濃いルビー色のエールだ。祭の日というわけでもないので、ベルトラムたちは二時頃に工房に戻っている。
その後は離れのバルコニーで、五人だけでワインを飲んでいる。
これも特別な日のために取っておいた赤ワインの最高峰シーウェルワインと、俺が作った発泡ワインだ。
「やっぱりこのワインは美味いね。今の季節にぴったりだよ」とベアトリスが満足そうにグラスを傾けている。
「そう? 私にはこっちのスパークリングワインの方がこの季節に合うと思うのだけど」
リディが美しいシャンパングラスを掲げ、日の光を透かして見ている。
「どっちもいいんじゃないか。のんびり飲むには最高の季節だよ」
俺たちの話をメルとシャロンが笑いながら聞いている。
「そういえば、ルナが戻ってくるのよね」とリディが唐突に話題を変えた。
「今日の夕方か、明日の午前中には到着すると聞いていますよ」とシャロンが答え、
「セオさんとセラさんも一緒みたいですし、久しぶりにロックハート家が全員揃いますね」
メルが笑顔でそう話す。
普段なら兄ロドリックがキルナレック市に駐在するのだが、ルナが戻ってくるという連絡があったことと、俺の誕生日を祝うため、兄も家族と一緒に館ヶ丘に戻ってきている。
「何年ぶりだろうな。全員が揃うのは」
「七年ぶりくらいでは? セオさんとセラさんがフォルティスに修行に行ってからですから」
シャロンが俺の疑問に答えてくれる。
「そんなになるのね……」とリディが感慨深げに呟く。
「そんなになるんだねぇ」とベアトリスも応えるが、すぐにニヤリと笑い、
「セオとセラは戻ってきたら早々に、先代様に稽古をつけてくれって言うんだろうね」
「ありそうですね。あの二人なら」とメルも笑っている。
こんな会話ができるのも、誰ひとり命を落としていないからだ。もし、一人でも欠けていたら、こんな話をするだけで思い出し、悲しみに包まれたことだろう。
「ルナもそうだが、セオたちも上手くやってくれたみたいだな」
ヴァニタスを相手に勝利しただけでなく、思ったより死傷者は少ないらしい。
相手が相手だけにマーカット傭兵団や人馬族ら草原の民であっても全滅する可能性は充分にあった。
詳細は聞いていないが、主だった者に戦死者はなく、俺が知っている人は無事らしい。
日が傾き始めた頃、城に向かった。
監視塔から騎馬の戦士が村に入ったと聞こえてきたからだ。
午後四時過ぎ、先触れとしてダンとシャロンの妹ユニス・ジェークスが館ヶ丘に到着した。
見事なカエルム馬で城まで上ってくる。
ひらりと馬を降り、父の前で片膝を突いて報告を始めた。
「御館様に報告いたします。セオフィラス様より、あと三十分ほどで到着することをお伝えするようにと申し付かっております……」
ユニスの報告ではセオたちだけでなく、ルナと彼女の仲間も同行しているということだ。
しかし、一緒に行動していたレイ・アークライトらマーカット傭兵団や草原の民、更にはルークス聖王国の獣人部隊は明日の朝、やってくるらしい。どうやら気を遣ってロックハート家だけの時間を作ってくれたようだ。
「ご苦労。お前には世話を掛けたな。ゆっくりと休むがいい」
「ありがとうございます」と言って下がると、ダンやシャロン、両親であるガイとクレアのところに向かった。
村にも伝令が走り、セオたちが帰ってくることが周知される。
しばらくすると、村の中で歓声が上がり始めた。セオたちが帰ってきたようだ。
セオたちの後ろに黒ずくめの装備を身にまとったルナがいた。その後ろには仲間らしい大柄な若者と落ち着いた感じの大人の女性が付き従っている。
いち早く馬から飛び降りたセラが俺たちの前に走ってきた。
「ただいま帰りました! まだ夕方の訓練は終わっていませんよね!」
その言葉に笑い声が上がる。
「まだ終わってはおらぬが、その前にきちんと挨拶をしなさい」
父にそう言われてセラは顔を赤くする。
その後ろからセオがやってきた。
一年前に草原であった時より大人びて見える。帝国軍の上層部を相手に交渉を行い、更には見知らぬアクィラの東の地で経験を積んだためだろう。
「ただいま戻りました。ザック兄様に頼まれたことは何とかできたと思います」
その言葉に父は「よくやってくれた」と言って弟の肩を抱き、ポンポンと軽く叩く。
隣にいた母は久しぶりに帰ってきた息子を見て、僅かに目を潤ませるが、
「無事で何よりよ。ライルとロビーナも苦労を掛けましたね」と後ろに控えるライル・マーロンとロビーナ・ヴァッセルを労う。
「なんか私と対応が違う」とセラが呟いているが、その後ろにいるルナに父が声を掛ける。
「よく戻ってきた。ずいぶん辛かっただろうが、それももう終わりだ。ゆっくりと休みなさい」
そう言ってルナに近づき、軽く抱き寄せる。
「はい……義父様……」
家族との再会ということでルナも感極まったのか、言葉が出てこない。
「君たちがルナを守ってくれたのか……あいさつが遅れて済まないが、私がマサイアス・ロックハート。ルナの父だ」
ハルバードを持つ大柄な若者は緊張した面持ちで挨拶を返す。
「おれ、いえ、私はライアン・マーレイと言います……お見知りおきを……」
その様子に父は「うちは平民上がりの家だ。固くなる必要はない」と笑う。
ライアンの横から三十代後半くらいの落ち着いた感じの女性が大きく頭を下げる。彼女の名はイオネといい、ルナの侍女的な存在のようだ。
「立ち話も何だ。まずは風呂に入ってきなさい」
父の言葉にセラが「おじいさまや兄様たちに稽古をつけてもらってからでも……」と言いかけるが、
「明日にしなさい。今日はお前たちが無事帰ってきた祝いの日だが、ザックの誕生日でもあるのだ。家族みんなでそれを祝おうではないか」
それでも不満そうなセラに祖父ゴーヴァンが苦笑しながら、
「明日たっぷりと相手をしてやる。今はマットの言うことを聞くのじゃ」
それで機嫌を直したのか、馬を預けると元気よく丘を下りていった。
残っているのはルナと二人の仲間だ。
「二人には城に部屋を用意してある。荷物を置いたら風呂に連れて行ってあげなさい」
「分かりました。ライアン、イオネ、行きましょう」とルナは言って、城に入っていった。
午後六時過ぎ、城のホールに全員が揃った。
ロックハート家だけでなく、主要な家臣やドワーフの鍛冶師を代表してベルトラムも席についている。以前なら十人程度で一杯になったが、ホールを広く作ってあるから三十人くらいは余裕で入る。
大人たちには発泡ワインが、子供たちには果汁の炭酸割が入ったグラスが配られる。今回からセオたちもワインのグラスになっている。全員が二十歳になったわけではないが、今回の試練を乗り越えたことで大人として扱うということになったためだ。
全員がグラスを持ったところで父があいさつをする。
「今日はセオ、セラ、ルナが無事に帰ってきた祝いだ。まずはライル、ユニス、ロビーナに礼を言いたい。長きにわたり、セオとセラをよく守ってくれた」
そう言って父は軽く頭を下げる。ライルたちは慌てているが、父はそれに構わず、ライアンとイオネに視線を向けた。
「ライアン殿、イオネ殿、ルナを守ってくれたこと、心より感謝する」
父が頭を下げると、俺たちもそれに合わせて頭を下げる。
ロックハート家とその家臣が二人に頭を下げたことで、ライアンは「お、俺は……」と挙動不審になる。一方のイオネは「もったいないお言葉です」と比較的冷静に受け答えていた。
「それでは皆の帰還とザックの誕生日を祝って乾杯しよう。乾杯!」
父がグラスを高く掲げると、全員がそれに合わせて「「乾杯!!」」と唱和する。
それからは和やかな宴が始まった。
セオとセラに質問が集中し、今まであったことが話されていく。
「……絶望の荒野で骸骨竜を倒したんですよ! それにデスナイトも……」
セラが楽しげに話し、セオがそれを補足する。
「ロビーナがフォローしてくれたからよかったようなものの、危うくやられそうになっていたじゃないか……」
その様子をルナは静かに見ている。
しかし、以前のような陰はなく、仲の良い友人の話を楽しく聞いているという雰囲気が伝わってくる。
「で、ヴァニタスとの決戦はどのようなものだったのだ?」
父がヴァニタスとの決戦のことを聞くと、セオがルナに視線を向け、
「ほら、みんなに話してあげて」
ルナはそれに小さく頷くと、静かに話し始めた。
「ヴァニタスのいた洞窟に入ったのは私とライアン、イオネの他に、レイとアシュレイ・マーカットさん、ステラさん、そしてルークスの獣人部隊のウノさんたちです。全員がジルソール島のクレアトール神殿で神々と会っています。私たちだけがヴァニタスの下に行けるということで……」
神々の加護を受けた者以外はヴァニタスの影響を受けるため、最後の決戦に挑んだのは十一人だけだったそうだ。
神々でも恐れる邪神相手に僅か十一人で挑んだことに驚く。
「たった十一人で」というと、ルナは小さく首を横に振る。
「正確にはもう一人いました」
「どういうことだ?」と父が聞く。
「ヴァニタスは黒魔族のサウル・インクヴァルという人の身体を奪いました。でも、サウルという人が最後の最後でヴァニタスの動きを封じ込めたのです。だから、私たちは勝利を掴むことができました」
「そうか……では、そのサウルという人物にも感謝を捧げねばならんな」
父はそう言って黙祷する。
その後、こちらの話をセラがせがみ、黒龍や竜牙兵との死闘の話をしていった。ただ不思議なことにセラを含め、死者がでなかったことを不思議に思っていない。
そのことを聞いてみると、セオが「虚無神が教えてくれたそうです」とルナに視線を向ける。
それを受けてルナが静かに話し始めた。
「ヴァニタスとの決戦の最後にこの村の様子を見せてきたんです……私は皆さんが倒れている姿を見ました。そしてザックさんが大きな竜牙兵に飛び掛かる姿も……その時にヴァニタスが言ったのです。神々を信用するなと。神々は人を利用するだけだと……」
彼女の言葉にホールは静まり返っていた。兄の子である幼いディーン、レティーシャ、更には兄嫁ロザリーに抱かれている一歳半でしかないウェズリーですら声を上げていない。
「……しかし、ヴァニタスはザックさんが神々と交渉したようだと言ってきたんです。交渉というより脅しのようだと……それで皆さんが助かったことを知りました」
やはりヴァニタスは交渉のネタにするために俺たちを襲ったようだ。
少し湿っぽくなったので話題を変える意味で弟たちのこれからのことが話された。
セオはしっかりとした口調で、
「僕は北部総督府軍に入ろうかと思っています」と宣言する。
予想外の言葉に父が驚く。
「どうしてそう考えたのだ? 傭兵か冒険者になると思っていたのだが」
俺やリディたちも同じだ。今までの彼の行動からは想像できなかったためだ。
「今回、ルナやレイさんと一緒に行動して思ったんです。単に剣術士として強くなるだけでいいのかと……僕にはザック兄様のような政治家にはなれませんし、ロッド兄様のような立派な領主になることも無理だと思っています……でも僕にでもできることがあるんじゃないか、世界が平和になるためにできることがあるんじゃないかと……その時、以前ザック兄様が言ったフランシス様の護衛になるという話を思い出したんです」
「確かに辺境伯閣下から頼まれたから伝えたが……」
俺の言葉にセオは大人びた雰囲気で頷き、
「これから帝国は大きく動きます。そうなった時、一番大変なのは北部だと思うんです。ルークスが商業ギルドから離れれば、次に商業ギルドが狙うのは北部域ですから……今の総督閣下は素晴らしい政治家ですが、年齢的なこともあります」
「それは考えられるが、お前でなくてもよいのではないか」と父がいうと、
「僕の場合、ザック兄様やシャロン姉様の名前を出せば、結構ハッタリが効くんです。レオポルド殿下やレドナップ伯もそれで騙されていましたし……」
そう言っていつもの笑顔を見せる。
剣一筋だった弟が立派に成長したことがうれしかった。父も母も兄も同じ気持ちのようだ。
「その件については明日、どうしたらいいか相談しよう」
父がそう言うと、セオは大人びた笑みで頷いていた。
セオの話が終わったので「セラはどうするんだ?」と聞いた。
「私はもっと強くなりたい」
「具体的にはどうするんだ?」と聞くと、
「ドクトゥスに行こうと思っています。あそこで新しい仲間を募って更に強くなりたいんです……」
セラはまだまだ剣の腕を上げるつもりのようだ。ドクトゥスで魔術師の仲間を見つけ、冒険者として腕を磨きたいらしい。
「ルナはソキウスに戻るのか」と父が聞く。
「はい」とはっきりとした口調で答える彼女の姿に内心で驚いていた。
今までの彼女はどこか自信のなさというか、甘えのようなものがあった。それが少なくとも人の前では不安を見せないようになっている。
「ヴァニタスの脅威が去ったとはいえ、あの国はまだ不安定です。私にできることは多くありませんが、私のことを慕ってくれる人たちのために、少しでも役に立ちたいと思っています」
「それでカウム王国と交渉するために戻ってきたのか」と俺が聞くと、
「はい。今のところ、ソキウスからアクィラの西に出る唯一のルートがトーア砦なのです。カウム王国とよい関係が築けなければ、ソキウスという国は西側の国々から認めてもらえません」
「そうか……」
「ザックさんに相談したいことがあります。あとで時間をもらえませんか」
「構わないが……カトリーナ王妃との交渉が気になっているのか?」
「はい。私ではどうしていいのか分からないので……」
ソキウスの実質的な女王だが、“断罪するカティ”と呼ばれる王妃と渡り合うには不安があるのだろう。
「でもこの話はまた別の時で。今は楽しくお酒を飲みたいですから」
「そうだな。そう言えば結構飲んでいるが、大丈夫なのか?」
「はい。解毒の魔法を覚えていますし、体質的に飲めるみたいなんです」
そこでセオが話に加わってきた。
「そうなんですよ、ザック兄様。ルナは鍛冶師ギルドの宴会でも最後まで潰れずにいられるくらい強いんです。ライアンなんていつも潰されていたのに」
「あれは仕方がないだろ。ドワーフと一緒に酒を飲んで潰れない方がおかしいんだ」
酒が入って緊張が解けたのか、ライアンの口調も普段通りになっているようだ。
宴は和やかな雰囲気で続いていった。
コミカライズの話は活動報告にありますので、そちらをご覧いただけると幸甚です。




