最終話「夢の続き」
前半は一人称、後半は三人称です。
神々との邂逅からロックハート城の前に戻ってきた。
ダンが受け止めてくれたおかげで地面には叩きつけられなかったものの、ギリギリの状態だったらしく、猛烈な痛みが体中を襲ってくる。その痛みに目を開けることすらできない。
「ザック様!」というダンの声が聞こえてきた。
口を開こうとした時、痛みが薄れていくのを感じた。
薄く目を開けると、柔らかな光が館ヶ丘を包み、十一柱の神々が降臨してくる光景が目に映る。
「神々なのか……」という父の声が聞こえてきた。
『そなたたちはよくやってくれた』と光の神らしき神が告げると、動ける者は全員、その場にひれ伏した。
俺も痛みが消えて動けるようになっていたため、同じようにその場で大きく頭を下げて待つ。
『あなたたちの働きで世界は救われました』
純白の翼を持つ人の神がそう告げる。
そして、俺の前に降り立った。
『特にザカライアス、あなたの働きは目を見張るものがありました。ここに倒れている魔物とは比較にならないほどの強敵、世界を滅ぼす恐ろしい敵を消滅させたことは賞賛に値します。その褒美として、あなたの望みを一つ叶えましょう』
あの空間で告げられたシナリオ通りのセリフを告げた。
「ありがとうございます。では、この戦いで命を落とした者たちを家族の下にお返しください。彼らの力なくしては、神々の敵に勝利することはできなかったですから」
『分かりました。では、闇の神、お願いします』
ウィータが少し下がると、漆黒の翼を持つ女神、ノクティスが俺の前に降り立ち、両手を大きく広げた。
『勇敢なる者たちよ。愛する者たちの下に戻りなさい』
溢れていた光が急速に弱まり、真昼だというのに闇の帳に包まれる。俺の強化された視力でもほとんど見えないほど深い闇だ。
しかし、死を感じさせる冷たい闇ではなく、春の暖かな夜のような優しい闇だ。
強い力が辺りを包んでいるのを感じていた。
その中では命の息吹がいくつも沸き上がっている。その一つ一つが蘇った者たちの命の力なのだろう。
闇がゆっくりと消えていき、再び柔らかな光に包まれる。
その場には神々の姿はなく、春の青空が広がっていた。
「ザック様!」というメルの声が後ろから聞こえてきた。
メルは俺に抱き着くと、「よかった……よかった……」と言って泣いている。
「本当に戻って来れたんだね」というベアトリスの声が聞こえてきた。
「助かったことだけは確かだ」と言って、メルと一緒に彼女を抱き締める。
「ザック様……」とシャロンが城から走って出てきた。いつもの落ち着いた雰囲気はなく、髪を振り乱し、涙を飛ばしながら駆け寄ってきた。
「辛い思いをさせたみたいだな。でも、もう大丈夫だ」
「はい……」
それだけいうと、俺に身体を預けてきた。三人に囲まれる形で身動きが取れない。
「あら、私はどうしたらいいのかしら?」
リディの声が聞こえた。
三人は名残惜しそうに俺から離れていく。
「お帰り。これで完全に終わったよ」
「そう……」とだけ言うと、そのまま俺の胸に飛び込んできた。
「あなたの他には何もいらない……あなたが生きていてくれてよかった……」
「俺も同じだ。リディがいなくなったら生きていけない……これからはいつまでも一緒だ……」
周りでも戦友の復活を祝福する歓喜の声が上がっているが、俺たちには聞こえていなかった。
■■■
神々は俺との約束を完全に守ってくれた。
激しい戦闘で戦死者は六十人を超えていた。しかし、かすり傷一つ残すことなく、そのすべてが完全に復活した。二十名ほどいた四肢を失った重傷者を含め、怪我人も同じように回復している。
人間だけでなく、俺の愛馬コクヨウも元気な姿に戻っていた。
神々の奇跡についてだが、あまりに突拍子もないことと、政治的な思惑から緘口令を敷かれた。ロックハート家が神々の加護を受けた存在だという噂が広がれば、帝国だけでなく様々な勢力が干渉してくるためだ。
自警団員にもキルナレックに避難している家族には伝えてもいいが、噂にならないように細心の注意を払うよう命じている。
戦いに参加した者たちもこの奇跡を大切に思っており、その後、誰一人約束を破ることはなかった。そのため、竜との戦いがあったことは噂になったが、神々の降臨の話は一切出ていない。
ルナたちと虚無神との戦いだが、その結果はまだ分かっていない。しかし、それまで感じていた強い不安感が消え去ったことから、封印に成功したようだ。
勝利の夜、俺たち五人だけでささやかな勝利の宴を行った。
本来なら、ロックハート家全員で祝うべきだが、皆が神々と出会ったことから、いつもより厳粛な雰囲気になっており、お祭り騒ぎのような宴は行われていない。
もっともベルトラムらドワーフたちだけはいつも通り、陽気に飲み明かしていたが、それでも俺たちが静かに祝いたいという気持ちを尊重してくれた。
城の横の離れで最高級のシーウェルワインと発泡ワインを楽しんでいる。
「あんたが無茶をしたと聞いたよ」
赤ワインを飲みながら、ベアトリスが呆れたような口調で言ってきた。
「私たちも神々に会ったんですよ」とメルがいい、
「世界を守るためにザック様を見張ってほしいって言われました。やっぱりザック様の方が凄いですね。私は帝国宰相に警戒されましたけど、ザック様は神々に警戒されたんですから。フフフ……」
そう言ってシャロンが笑う。
「神々に会ったのか……」
「ええ、そうよ。闇の神の下に向かおうとしたら呼び止められたの。あなたが邪神になるかもしれないからって。最初は何のことかと思ったわ。でも、話を聞いたら納得できたの。あなたならやりかねないって」
リディが呆れ顔でそういうと、他の三人も大きく頷いている。
「あのな……」というものの、それ以上言葉が出てこない。
「でも、私でも同じことをしたわ。あなたがいなくなるなら、世界なんて滅びればいいって絶対思うもの」
「あたしも同じだね。まあ、あたしじゃ、神々も無視したんだろうけど」
ベアトリスの言葉にメルとシャロンが頷く。
「でも、そのお陰でいろいろとお願いすることができました。ザック様が世界の敵にならないようにする報酬をもらえることになったんです」
メルが楽しそうにそういうと、シャロンも「多分同じことを頼んだと思うわ」と頷いている。
「どんな頼みをしたんだ?」と聞くと、ベアトリスが代表して答えてくれた。
「言っちゃダメだそうだ。特にあんたには黙っていろって言われているよ」
「まあ、想像はつくから聞かないが、ちゃっかりしているな」
そう言って笑うと、四人も俺に釣られて笑い始めた。
(元の生活が取り戻せるのなら、神々に楯突いた甲斐はある。本当に夢のようだ……)
■■■
その後、平和な時間が過ぎていった。
ザカライアスは今、病に冒され、死期が間近に迫っていた。家族との別れを済ませた後、リディアーヌだけがベッドの横に座っている。
「一緒に居られて楽しかったよ」
ザカライアスがいうと、「そうね。私も楽しかったわ」と微笑む。
ザカライアスはリディアーヌを見つめ、初めて会った時と全く変わらない美しい姿に見惚れている。
最愛の人の死が迫っているのに、彼女の表情は穏やかだった。既にそのことについて何度も話し合っており、最後の時間を有意義に過ごしたいと思っているからだ。
「また一緒になりたいな……」
「そうね。必ず一緒になるわ。きっと……」
そう言ってザカライアスの手を握った。
その後、他愛のない話で時間が流れていく。
徐々にザカライアスの意識が混濁していく。
「今度も……絶対……一緒に……なろうな……」
「ええ。今度は同じ時を生きましょう……」
ザカライアスはその言葉に満足すると、静かに息を引き取った。
リディアーヌは取り乱すことなく、彼の手を握り続けている。
「あなたがいない世界でどうやって生きていけばいいの……ねぇ教えて……」
彼の身体を抱き締め、嗚咽を漏らし始めた。
■■■
川崎弥太郎は腕に冷たさを感じ、目を覚ました。
(俺は死んだはずじゃないのか……)
混濁する意識の中でキョロキョロと周囲を見回す。そこは彼の住んでいたマンションで、パソコンの前には倒れたビールの缶があり、それが腕を濡らしていた。
「ゆ、夢だったのか……あの世界であったことは……」
そう呟くが、すぐに「タオルがいる」と独り言を言いながら立ち上がった。
タオルを取りにいった洗面台のガラスに映る姿は、ザカライアス・ロックハートではなく、四十五歳の冴えない中年男性、川崎弥太郎の顔だった。
(やっぱり夢だったか……まあ、当たり前か。それにしてもリアルな夢だったな……)
タオルでデスクの上に零れたビールを拭き取る。
パソコンの画面には「トリニータス・ムンドゥス」というWEB小説のページが映っていた。
彼はページを開くことなく、ブラウザを閉じた。
翌日から彼の生活は変わった。
それまでの無気力さはなくなり、仕事にも趣味にも力を入れ、充実した毎日を過ごしていた。
夢から覚めてから一ヶ月ほどしたある夜。
彼は行きつけのバーでカクテルを飲んでいた。客は他におらず、BGMのジャズが静かに流れているだけだ。
「弥太郎さん、最近変わりましたね」とマスターがグラスを拭きながら話しかける。
「そうかな。自覚はないんだけどね」
「以前なら楽しそうに話していることは少なかった気がしますけど、今は違う気がしますね」
「話といっても酒のことだけだよね」と弥太郎は笑う。
その時、カランカランというドアベルの音が響く。
「いらっしゃいませ……」とマスターが接客に向かう。
その客は女性のようだが、薄暗いバーの照明でよく見えない。
弥太郎は次の酒を頼むタイミングを計っていた。
「オリンピックを」という若い女性の声が聞こえる。
弥太郎は珍しいカクテルを頼むなと思ったものの、マスターが軽やかに振るシェイカーの音に聞き惚れていた。
「お待たせしました」と言って出したのを確認すると、弥太郎は次の酒を頼んだ。
「サイドカーを」
「珍しいですね。いつもならバラライカかホワイトレディなのに」と言いながらも、シェイカーを振り始める。
「お待たせしました」と言いながら、三角のカクテルグラスを滑らせる。
「それにしても面白い組み合わせですね」とマスターが話す。
「何が?」と弥太郎は首を傾げる。
「オリンピックのカクテル言葉は“待ち焦がれた再会”。サイドカーは“いつも二人で”。まるで遠く離れていた恋人同士が再会したみたいじゃないですか。偶然にしても凄いなと思ったんですよ」
その言葉に弥太郎は「あちらの方に失礼だろ」とマスターに言い、女性に「すみませんね」と謝ろうと顔を向けた。
そこで彼の動きが止まった。
「リディ……」と思わず呟く。
二人は同時に席を立った。そして、驚くマスターを無視して抱き締め合う。
「これからはずっと一緒だ……」と弥太郎がいうと、リディアーヌは彼の胸に顔を付ける。
「ちょっと待たせ過ぎよ。あれから何百年待ったと思っているの……でも、これからは……」
二人にとって、これからが本当の夢の生活の始まりだった。
完
これで完結です。感想の受付は再開しました。
余韻をお楽しみいただきたいので、あとがきは明日投稿します。




