第六十一話「死闘の末……」
シャロンの捨て身の魔法、炎龍の咆哮を受け、巨大な竜牙兵は膝を突いた。
魔法の余波で身体が高温になっているのか、漆黒の骨格から陽炎が立っている。
しかし、それでもまだ動けるようで、ゆっくりと立ち上がり始めた。
「まだ満足に動けないぞ! 武器もない! 今のうちに足を破壊しろ!」
ロックハート家の戦士たちが一斉に敵に向かう。
父の言葉通り、竜牙兵の持っていた二本の曲刀は炎に焼かれている間に自警団員たちが城の中に運び込んでいた。
しかし、身長七メートルを超える巨大な魔物であり、アダマンタイトの剣ですら断ち切れない骨は充分に脅威だ。
「攻城弩隊は頭を狙え!」
父が命じるが、ベルトラムらドワーフたちが操作するバリスタから太矢が打ち出されることはなかった。
不思議に思う間もなく、周囲の気温が急激に下がり始める。
「もう一度魔法を撃ちます!」と義姉ロザリーが叫ぶ。
その声に振り返ると、いつの間にかバルコニーにリディの姿があった。
「無茶だ!」と俺は無意識のうちに叫んでいた。
リディはそれまでの治療で魔力を使い切っており、通常の攻撃魔法でも命に係わる。
しかも今感じる精霊の力はシャロンが放ったドラゴンローアと同程度だ。つまり、六十人分の魔力を使ったもので、万全の状態でも危険だ。このまま撃てば間違いなく命を落とす。
「やめろ! リディ! やめてくれ!」
俺の言葉にリディはニコリと微笑むが、呪文を止めることはなかった。
そして、呪文が完成した。
「……吹き荒れろ、雪嵐!」
次の瞬間、真っ白な冷気が竜牙兵を襲う。あまりの温度変化に周囲に靄が立ち込めていた。
更に周囲の水分が凍り、ダイアモンドダストのように日の光を受けてキラキラと光る。血生臭い戦場とは思えないほど現実離れした美しさだ。
それはリディの命の輝きだった。
パリッパリッという何かが細かく割れるような音が響く。見えていないが急速な温度変化によって竜牙兵の骨格が割れているのかもしれない。
『何が起きた……』という竜牙兵の思念が聞こえたが、すぐに聞こえなくなる。
二十秒ほどで魔法が終わり、周囲の温度が急速に元に戻っていく。
俺は竜牙兵を見ず、バルコニーを見上げ、「リディ!」と叫ぶ。
彼女は俺にもう一度微笑んだ。
「リディ……」
その顔は神々しいまでに美しく、この世のものとは思えなかった。
しかし、その微笑みも長くは続かなかった。力尽きたのか、そのまま倒れ、俺の視界から消えていった。
「どうして……」
そして、その元凶、竜牙兵に視線を向け、睨みつける。
竜牙兵は霜が付いたように真っ白になり、完全に動きを止めていた。
「今のうちに敵を倒すんだ! あたしに付いてきな!」
ベアトリスの声が響く。その腕には愛槍はなく、片足に取り付いて竜牙兵を転倒させるつもりのようだ。
俺は憎しみに囚われていた。
今は奴を倒すことだけを考え、倒れた瞬間に渾身の一撃を叩きこもうと剣を構えて近づいていく。
ベアトリスが足に取り付くと、その後ろから十人ほどで押し始める。
竜牙兵はゆっくりと揺らぎ始めた。
「ベアトリスさんたちが倒したら一気に攻撃するわよ!」
メルも俺と同じ思いなのか、自警団員たちに指示を出すと、自らも剣を構えている。
『……何をしている』という思念が聞こえた。
あれだけの攻撃を受けてもまだ動けるようで、竜牙兵は足を大きく振った。ベアトリスを押していた自警団員はその動きでバランスを崩し、将棋倒しになる。
ベアトリスは振り落とされないように脛の骨に必死にしがみつく。
『失せろ』
竜牙兵は右手でベアトリスを引きはがすと、子供が人形を投げつけるように城壁に叩きつけた。
ドンという鈍い音が響く。
ベアトリスは叩きつけられた後、滑るように城壁から落ちていき、ピクリとも動かない。
「ベアトリス!」
その時、俺は何も考えられなくなっていた。
シャロン、リディ、ベアトリスと大切な女が次々と命を落としている。その現実が受け入れられず、悪い夢を見ているとしか思えなかった。
その悪夢を振り払うかのようにベアトリスに向かって走っていく。まだ、助けられるかもしれないという想いだけが俺を突き動かしていた。
「ザック様! 危ない!」というメルの声が聞こえ、背中から強く押される。
そして、俺の横を黒い太い柱のようなものが通過していった。
最初は何が起きているのか分からなかったが、どうやら竜牙兵が俺を蹴飛ばそうとしたらしい。
誰かが俺を助けてくれた。
そのお陰で破城槌のような竜牙兵の蹴りを受けなかった。もし、あの蹴りを受けていたら致命傷になっただろう。
「メル、ありがとう……」と言いかけたところで、俺の後ろにいたはずのメルが十メートルほど先に倒れていた。
彼女は俺の身代わりとなって横たわっている。
「メル!!」
そこで完全に逆上し、「殺してやる!」と叫んで、剣を向ける。
しかし、すぐに俺の剣では倒せないと気づき、城の中に駆け込んだ。
(剣では奴に届かない。倒すには魔法しかない……)
バルコニーにはシャロンとリディの命を奪った六十本の杖があり、それを使えば竜を倒した時以上の魔法が使えるはずだ。
城の中は血の匂いでむせ返るほどだった。
数え切れないほどの怪我人が寝かされているが、治癒師たちの魔力も尽きていた。治癒師たちは必死に応急処置を施しているが、多くの者が間に合わないことは明らかだ。
手伝いたいという気持ちがないわけではなかったが、俺は彼らを無視して、階段を駆け上がっていった。
バルコニーに駆け上がると、弩隊の主婦たちが魔力の使い過ぎでぐったりとしており、強靭な体力を誇るドワーフだけがバリスタを操作して攻撃を加えていた。
その横ではリディとシャロンがロザリーとエレナに抱かれていた。二人の顔に生気はなく、腕は力なく垂れている。
「リディアさんとシャロンさんが……」
ロザリーの涙交じりの声にすぐに事情を察する。
「二人を城の中に運んでください……」とだけ頼み、すぐにバルコニーの端に向かう。
今は四人の敵を取ることだけを考えていた。
(最も効果的な攻撃は何だ……ベルトラムたちならまだ魔力に余裕はありそうだ。三十人しかいないが、それで何とかできるのか……いや、今ならまだ何とかできる……)
巨大な竜牙兵の頭を見ると、無数のひびがあった。
リディの魔法の時に聞こえた音は、温度変化による急速な収縮で起きたひび割れの音だったようだ。
恐らく従来の強度はなくなっており、今なら破壊することは難しくない。
「ベルトラム! 俺に魔力をくれ! 今なら奴を倒せるんだ! いや、今しかないんだ!」
「ほ、本当か!」とベルトラムは驚くが、すぐに仲間たちに「ザックに魔力を送るぞ!」と命じ、杖を取りにいく。
その準備の間に城壁の下を覗き込む。
地上では父が自警団員を指揮して竜牙兵を牽制しているが、素早く足を動かす竜牙兵に攻撃することすらできずにいた。逆にその巨大な足に巻き込まれ、少しずつ戦力を消耗している。
弓を捨てて肉弾戦を挑むダンの姿があった。
しかし、他の者たちと同じように剣が届くことはなかった。
「回り込め! お館様をお守りしろ!」
彼の焦りを含んだ声だけが聞こえていた。
「準備ができたぞ!」とベルトラムが叫び、三十人のドワーフとロザリー、アンジー、エレナの三人がそれに加わっていた。
「魔力を送ってくれ!」
「分かった! みんな! ザックに向かって魔力を送るんだ!」
ベルトラムの声が消えた瞬間、俺の中に膨大な魔力が注ぎ込まれていく。
俺は呪文を唱えることなく、大声で叫んだ。
「これで終わりだ!」
竜牙兵に俺の声が聞こえたのか、俺に顔を向けてきた。
『何度も同じ手は通用せぬ』という思念が聞こえてくる。
そして、地上を無視して俺がいるバルコニーに向かって手を伸ばしてきた。
(作戦通りだ! そのままこっちに来い! もう少しだ!)
この時、最初の方針を大きく変えていた。
魔法での攻撃ではなく、魔闘術と闘気を使って脆くなった頭蓋骨を直接攻撃することにしたのだ。
しかし、竜牙兵の位置が悪く、魔闘術で強化した身体でも届かない。そのため、魔法で攻撃すると見せかけて誘き寄せることにした。
「ザック! それ以上はヤバいぞ!」
ベルトラムが叫ぶ声が聞こえる。
彼のいう通りで、敵は城に手が掛かる場所まで来ており、俺を狙って右手を伸ばし始めていた。
一撃に賭けるためには確実に当てられる位置まで誘き寄せる必要がある。そのため、挑発したのだが、焦りでタイミングを見誤ったらしい。
攻撃範囲に入ったが、まだ十分な魔力が溜まっていない。今のままでは中途半端な攻撃で終わってしまう。
俺を狙って巨大な腕が延ばされてくる。
(このままじゃ間に合わない! くそっ!……やるしかないのか……何!)
不十分な魔力のまま攻撃に移ろうとした時、すぐ横にベルトラムが立っていた。
彼の手には愛用の巨大なハンマーがあり、それを振りかぶって竜牙兵の腕を待ち構えている。
「無茶だ!」と叫ぶが、ベルトラムは渾身の力で竜牙兵の腕を殴りつける。
バキンという硬い金属が割れる音が響く。ベルトラムのハンマーが竜牙兵の右腕を叩き折った音だ。
上半身はシャロンとリディの魔法で脆くなっていたが、それでも一撃で折るとは思わなかった。
『貴様……』という苦しげな竜牙兵の思念が聞こえていた。
しかし、ベルトラムも大きな代償を払った。
右腕を叩き折ったものの、鋭く振られた腕の運動エネルギーはそのまま残っていた。
ベルトラムは竜牙兵の右腕に巻き込まれて城壁から落ち、地面に叩きつけられた。
俺は彼を見ることなく、竜牙兵を睨み付ける。
竜牙兵も俺を見ていた。俺が纏っている魔力が危険だと判断したのだろう。
『魔法は発動させぬ』という思念を放出しながら、左腕を突き出してきた。
魔力が体中を駆け巡り、生命力が失われていくのを感じていた。恐らくこの一撃が上手くいっても生命力は尽きるはずだ。
暴走しそうになる魔力を剣に一気に纏わせる。
魔法剣が放つオレンジ色の光が眩しいほど強くなる。今回は攻撃力特化ということで闇属性は纏わせず、光属性だけに集中させた。
更に闘気を載せていく。
今までなら魔法と闘気の同時発動はほとんど成功したことはなかった。
しかし、今はなぜかできると確信していた。
更にこの状況では信じられないほど、心は穏やかだった。恐らくここで死ぬことになると達観しているのだろう。
魔闘術で底上げした脚力で数メートル先の巨大な頭蓋骨に向かって跳ぶ。
いつもより魔闘術の効きがいい。確認していないが、俺のスキルである“死力発揮”が発動したようだ。
(ここにきて初めて使ったな。まあ、切り札だから仕方ないか……)
この間、一秒も掛かっていない。竜牙兵は想像を超える俺の動きに『な、何?』と少し間の抜けた思念を送ってきた。
それに笑いそうになるが、俺は身体を大きく捻り、竜牙兵の頭に剣を叩きつけた。
何かが割れる音がした。だが、それを見ることなく、意識が薄れていく。
(これで死ぬのか……リディたちともっと楽しく暮らしたかったな……)
死の瞬間の引き延ばされる感覚の中で、俺はそんなことを考えていた。
次の瞬間、背中に強い衝撃を受け、息ができなくなる。そして、そのまま気を失った。
■■■
どれほどの時間が経ったのかは分からないが、ふいに意識が戻った。
しかし、目覚めた場所は館ヶ丘ではなく、何もない空間だった。
(死後の世界なのか?……なら、リディたちがいてもいいはずなんだが……)
突然、光が満ちた。あまりの光の強さに自分の存在すら分からないほどだ。
『そなたには済まぬことをした……』
その声に聞き覚えがあった。
「天の神?」
鷲の翼を持った偉丈夫が俺の前に立っていた。彼の後ろには十柱の神々が控えている。
『然り』
「済まぬこととは? ああ、俺たちが死んだことか……」
そう言ったところで、今まで感じていなかった怒りが爆発的に沸き上がってくる。
その怒りを無理やり抑える。そうしないと、まともに話せないと思ったのだ。
「俺の役割は終わったと言った……これからは自由に生きていいと……だが、結果はどうだ?」
そこでカエルムを睨み付ける。
「俺が死んだことは仕方がない。お前たちの頼みを聞くといったんだからな。だが、リディ、ベアトリス、メル、シャロンは違う……」
そこで抑えていた感情が爆発する。
「彼女たちが死ななくてはならない理由などなかった! なぜだ!」
カエルムは律儀にも俺の疑問に答える。
『そなたを助けるためだ』
「確かに俺を助けるためだった……だが事実はどうだ! お前たちに利用され、そして殺されたんだ!」
『そう言われても返す言葉はない。だが、一つだけ訂正する。そなたはまだ死んではおらぬ』
「何を言っているんだ! あの状況で生き残れるはずがないだろう!」
数字を確認したわけではないが、俺の生命力が残っていたとは思えない。
『否。そなたには我らの加護がある。我らの力をいかに受け入れようとも、そのことで命を落とすことはない。更に言えば、落下の際、そなたは盟友に受け止められた。ギリギリだが、命は繋ぎ止めている』
「ダンが助けてくれたのか……一人だけ生き残って、どうしろっていうんだ!」
『今度こそ、そなたは自由だ。好きに生きればよい』
その言い方に完全に切れた。
「ふ、ふざけるな! リディもベアトリスもメルもシャロンもいないんだぞ!……それでも生きていけというのか!」
俺は怒りぶちまけた。神々の理不尽さに。
『然り』
そこで俺は考えを変えた。こいつらに復讐してやると決めたのだ。
怒りを抑えるために大きく深呼吸をする。そして、感情を押し殺して俺の決意を叩きつける。
「……いいだろう。自由にさせてもらおう……」
そこでカエルムを始め、すべての神を順に睨み付けていく。
「お前たちは俺の敵だ。虚無神がやろうとしていたことを俺がやってやる。自由に生きていいのだから、構わないだろ?」
そこで無理やり笑顔を作る。
『まさか……』とカエルムの声に僅かに焦りの響きを感じる。恐らく俺の心を読んだのだろう。
「そういうことだ」と言ってニヤリと笑い、
「分かっているだろうが、はっきりさせておこう。俺はこれから古代文明を滅ぼすきっかけとなった“魔道工学”をこの世界に復活させる。まあ、俺が生きている間に、世界が滅びることはないだろうが、世界を無茶苦茶にすることくらいはできるさ」
『そのようなことを……』と言って絶句する。
「俺を見てきたのなら、できないとは思わないだろう? それに奴が封印されようが、残滓くらいはあるはずだ。できるかどうかは別として、その残滓を使って情報汚染を引き起こせばどうなるか……結末は見られないだろうが、楽しいことになるんじゃないか……ククク……」
『なぜだ。この世界を滅ぼすことに何の意味があるのだ』
「お前たちは俺にとって邪神だからだ。邪神に支配された世界を滅ぼす。正当な理由じゃないか……ハハハ……」
俺が笑いながらそう言うと、カエルムは驚愕する。
『……我らを邪神というのか……』
自らの目的のために人を不幸にする神など邪神以外の何物でもない。そう認識し、それを口にしたのだ。
「邪神と罵った俺を処分したければするがいい。できるものならばな」
そう言って開き直る。
しかし、これは死を望んでいった言葉ではない。神々に俺を消すことはできないと確信しているから言ったのだ。
俺を召喚したのは神々だ。世界への干渉という代償を払って召喚した存在を自分たちの都合で抹殺すれば、それは神が単に力を行使したという以上に強い干渉になる。
自らの都合で召喚し、利用するだけ利用して、都合が悪くなったら処分する。一見、世界への干渉をやめたように見えるが、そうはならない。
神々のルールを決めた存在の視点に立てば、この行為は看過しがたいほどの違反に見えるはずだ。
そうでなければ、ヴァニタスも神々も相手を出し抜くために召喚者を大量に送り込んだはずだ。そして、用が済んだら証拠を隠滅するために処分すればいいだけだからだ。
そうなっていないということは何らかの制限がある。そう考えるのが論理的だ。
「俺を殺したらルールを決めた存在がどう裁くんだろうな。ヴァニタスに大きな権利を与える。そうじゃないのか?」
カエルムは俺の言葉に沈黙した。
その代わり、『待ってください』と女の声が聞こえてきた。以前にも聞いた人の神のようだ。
美しい天使のような翼を持つ女神が俺の前に立っていた。しかし、その神々しい姿に感動することなく、侮蔑の視線を送る。
「何を待てというんだ? 俺を利用してきたお前たちの言葉など聞く必要はない」
『あなたの怒りはもっともです。ですので、私たちにできることで償いをさせてください』
ウィータは俺との交渉を求めてきた。
「償い? ああ、俺がヴァニタスの眷属にならないための条件を提示しろということか」
『言い方は悪いですが、その通りです。私たちにできる範囲であなたの望みを叶えましょう』
俺は即座に答えた。
「条件はただ一つ。今回の戦いで命を失った者すべての復活だ。もちろん、障碍などが残らないような形で。要は戦いの前の状態までリセットしてくれたら、お前たちを恨む理由は消えるということだ」
ウィータも俺がこれほど大きな願いを言ってくるとは思わなかったのか、何も言わずに固まっている。
リディたち四人を生き返らせてくれと懇願すると思っていたのかもしれない。俺もそうすべきだったのだろう。
だが、それを叶えてくれたとしても、重荷を背負って生き続けることになる。
今回の戦いで五十人以上が戦死している。
彼らが死んだのは俺がいたからだ。
死んでいった者たちへの責任を背負いながら生きていくことなど、俺には不可能だ。
この世界の神に対して不遜なことを言っている自覚はある。しかし、今の俺に神罰など関係ないし、実際今回のことは明らかに神々の失敗だ。
ヴァニタスが俺たちを狙う可能性があると分かっていたら、もう少しやりようはあった。
最も簡単な方法はヴァニタスが手を出せない創造神神殿に避難することだ。そうすれば、ルナたちがヴァニタスとの決戦に挑むにしても、後顧の憂いなく戦えただろう。
もちろん、神々の責任だけじゃないことも理解している。
俺自身、危険を感じていたから対策を打っていたのだ。だから、もっと有効な手を打っていれば、こんな事態には陥らなかっただろう。
それでも俺は神々に言いたい。
“役目は終わった。自由に生きろ”と、なぜ言ったのかと。
“ヴァニタスが狙っているから注意しろ”と、なぜ伝えてくれなかったのかと。
ウィータを含め、十一柱の神々は沈黙したままだ。
五十人もの死者の復活は世界への大きな干渉になる。ルナたちとヴァニタスの戦いがどうなったかは分からないが、もしヴァニタスが勝利していたら、世界の崩壊は一気に加速するだろう。
「無理ならいい。ヴァニタスに頼むだけだ。もし、奴が敗れそうなら、俺に対する干渉が大きくても関係ないだろうし、勝っているなら俺という手駒を手に入れられる。まあ、俺にそれだけの価値があるとは思えないが、少なくとも世界を滅ぼす手伝いくらいはさせてくれるだろう」
実際にヴァニタスに頼むつもりなどないし、俺の考えは神々に伝わっているだろうから脅しの意味もない。だが、俺がどれほど神々を恨んでいるかを伝えるにはこれ以上の言葉はないと思ったのだ。
『あなたの私たちへの怨嗟は理解しました。確かに私たちはヴァニタスへの対応を第一に考え、あなたのことを蔑ろにしていました。そのことが今回の原因であると認識しています……』
暖かい波動が俺を包み込む。幼いころに母に抱かれたような安心感が心に広がっていく。
「やめろ! そんなことで懐柔されるつもりはない!」
波動はすぐに止まった。
『そのようなつもりはなかったのですが……』
「結論を言ってくれ。時間の概念はないんだろうが、いい加減、あんたたちに付き合っているのに飽きてきた」
『分かりました。あなたの提示する条件をすべて飲みましょう』
その言葉に一瞬耳を疑った。これほど強い世界への干渉を神々が選択するとは思っていなかったためだ。
『正直に言えば、あなたの提示した条件は敵に大きな力を与えるほど強い干渉です。ですが、あなたが私たちの、この世界の敵に回る方が、遥かに影響が大きいと判断しました』
「俺の記憶を操作することもできたはずだ。この世界に来てからの記憶を全部消して、どこか遠くに転移させれば、俺が敵に回る可能性は限りなく低い。それなのに、なぜ条件を飲んだ?」
『確かにその選択肢もありました』
「どうしてそれをしなかった」
『もし万が一あなたが記憶を取り戻したら、ヴァニタス以上に危険な存在になりうると判断したからです』
「ヴァニタス以上に危険な存在……過大評価だな」
『いいえ、あなたは今まで、私たちの予想を覆し続けてきました。その結果、光の神の御子と闇の神の御子がヴァニタスの策略を封じるだけでなく、存在自体を封印しにいけるほどになったのです』
「どういうことだ?」
『そもそも私たちが御子たちを召喚したのは、後れを取っている二千年程度の時間を取り戻すためです。それが上手くいけば数万年という時を稼ぐことができるほどになりました。これはすべてあなたの行動の結果です……』
俺の行動は神々の予想を大きく超えていたらしい。
『今までは良い方向でした。ですが、私たちに恨みを抱いた状態で予想を覆されたら……そう考えれば、私たちの選択は悪いものではないと思っています』
「人の身で神に対抗できるとは思えないし、ヴァニタスを封印できれば数万年も時を稼げるんだ。なら気にする必要はないんじゃないか」
『いいえ。ヴァニタスを封印できたとしても、この世界は常に不安定なのです。あなたという因子が加わることで、勝ち取った時間が無になる可能性は否定できません。ですので、あなたを懐柔することは世界の安定にとって意義のあることなのです』
「なら、なぜ最初からそうしなかった。いくら俺が予想を覆すと言っても、神ならある程度の幅をもって未来を見通せていたはずだ。実際、俺にそう警告したじゃないか」
『私たちも完全な存在ではないのです。未来は無数の選択肢の先にあります。予測できない因子が加われば、全く反対の結果が同時に見えることすらあるのです。ですから、あなたがこの世界の存続に干渉しないように誘導することが最善だと判断しました』
「邪神並みに警戒されているということか……フフフ……ハハハ!」
笑うしかなかった。
リディたちを殺されてぶち切れた結果、神々は俺がヴァニタス並みの危険度だと認定したのだ。
「みんなを生き返らせるには、俺は今後、世界の存続に干渉しないと約束する必要があるということだな。そうすれば、リディたちを助けてやると」
『その通りです』
「……分かった……約束する。いえ、約束します……だから、リディたちを生き返らせてください。お願いします」
そう言って何もない空間で土下座をする。
傍から見たら滑稽な姿だろう。今まで神々に反逆すると言っていた奴が無様に頭を下げているのだから。それでも俺は頭を下げ続けた。
『分かりました。ですが、少しだけお願いが少しあります』
なんだと思って顔を上げる。ウィータはニコリと微笑むと、
『簡単なことです。私たちが復活の奇跡を起こした時、あなたに芝居を打ってもらいたいのです』
「芝居ですか?」
ウィータは笑みを浮かべて『ええ。とても簡単な芝居です』と答えると、
『“神の敵を消滅させた褒美として奇跡を起こす”と宣言しますから、“ここにいる者たちの復活を望む”と言ってくださればよいのです。嘘は言っていないでしょ。ヴァニタス以上の敵となる存在がいなくなったのですから』
俺は絶句するしかなかった。
つまり、俺が神に敵対しないから、神の敵は消えたというロジックだ。
事実であるかはともかく、嘘を言っているわけでもない。
「分かりました」と答えると、ウィータは満足そうに頷いた。
俺が散々暴言を吐いたので軽く意趣返しをしたようだ。
『では、元の場所に戻します』
俺は小さく頷き、「お願いします」と答えたが、最後に一言付け加えた。
「今後、人との交渉は天の神ではなく、あなたがすべきだ。そうすれば無駄に揉めることはなくなるから」
俺も少しだけ意趣返しをし、ニヤリと笑った。
『……フフ……考えておきましょう』とウィータは笑いながら答えた。
次の瞬間、俺は再び意識を失った。
次話が最終話です。




