第六十話「ロックハート城前の激闘:後篇」
三月三十日。
ロックハート城の前に現れた竜牙兵たちだが、ロックハート家の果敢な攻撃により半数にまで減らすことに成功した。
一度は巨大な竜牙兵が召喚されそうになったが、愛馬コクヨウの文字通り捨て身の活躍もあり、何とかそれを妨害し、更なる戦力の増強を防ぐことに成功した。
しかし、ロックハート家側も無傷というわけではなく、大きな代償を払っている。
ニコラス・ガーランドとイーノス・ヴァッセルが倒れ、主力である祖父ゴーヴァンらの体力も限界に達していた。
また、主力であるレベル五十を超える従士たちの多くが傷つき、戦場にはレベル三十台の比較的若い従士や自警団員が主体となっている。
そのため、戦線を崩壊させないように戦うことで精一杯という状況だ。
大型の竜牙兵の召喚を妨害した俺を満身創痍のベアトリスが救出に来てくれた。二人でその死地を脱し、彼女に応急処置を施したところで、竜牙兵の動きが突然変わったことに気づく。
それまでは俺たちを圧倒するかのように前に出てきた竜牙兵たちが、戦線を縮小するように集まっていった。
更に最初に倒した邪竜の身体から強い力が竜牙兵に放出され、光の障壁が形成されている。
祖父たちはその様子に危機感を覚えたのか、疲れた体に鞭打って果敢に攻撃を仕掛けたが、竜牙兵たちは光に包まれ、剣での攻撃が全く通らなくなった。
「おじい様たちに合流するぞ」とベアトリスに告げ、返事を聞かずに走り出す。
根本である邪竜に向かうという選択肢もあったが、魔法陣とは異なり、純粋な魔力が送られているため、対処のしようがない。また、この機を利用し祖父たちと合流して対策を立てた方がよいと判断したのだ。
「今のうちに態勢を整えてください! 敵が何をしてくるにしても、今が負傷者を下げる絶好のチャンスです!」
参謀役のシャロンが父に進言する。父もその進言に即座に反応する。
「負傷者を城に向かわせろ! 父上とバイロン、ウォルトは一旦休憩を。指揮は私が引き継ぐ!」
祖父とバイロン・シードルフ、ウォルト・ヴァッセルの三人は前線で戦い続けており、肩で息をするほど消耗している。特に祖父とウォルトは元々年齢的には引退していてもおかしくないため、少しでも休ませるという父の判断は間違っていない。
更にシャロンから助言があったのか、父が弓術士たちを動かす。
「ヘクター、ガイ、ダン! 弓術士隊を城の外に出せ! 今のうちに後ろに回り込むんだ! 弩隊はそのままだ! ロザリー、アンジー、エレナが指揮を執れ!」
これで城のバルコニーには義姉ロザリーたちとクロスボウ隊の主婦たち百人、攻城弩を操るベルトラムらドワーフ三十人だけとなる。
その間にも剣術士や槍術士たちが竜牙兵たちに攻撃を続けるが、光の障壁がそれを阻み、全く効果がない。更に力を放出している邪竜の魔晶石を破壊すべく攻撃を加えるが、竜牙兵と同じように障壁に阻まれ、打つ手がなくなった。
俺とベアトリスも父に合流する。
「ご苦労だった」と父は労うが、すぐに本題に入る。
「何が起きているのだ?」
「私にも分かりません。ですが、我々にとって脅威になることは間違いありません。最悪の場合、城を放棄して、下水道を使って撤退することも考えるべきです」
館ヶ丘の下水道は村の外にある下水処理場に繋がっている。
「それはできん。既に負傷者の数は百を超えている。そのほとんどが応急処置を済ませただけだ。今動かせば、更に多くの犠牲者が出るだろう」
城の中を見ていないが、野戦病院のような状態になっているのだろう。リディを含め、ロックハート家の優秀な治癒師が治療を行っているが、数が多すぎて止血程度の応急処置にとどめるしかないようだ。
「お前も休め。体力と魔力を少しでも回復させておくのだ」
ベアトリスと共に城の壁に背を預けて座り込む。
「あれを止める方法はないものかね。何となく嫌な予感がするんだよ」
ベアトリスの独り言に俺も頷くしかない。
どこから送られてくるのか、尋常ではない力が約二十体の竜牙兵に流れ込み続けていた。
「虚無神が何かしているのは分かるんだが、どこから見ているんだろうね。アクィラの東にいるのは間違いないんだろ」
「どこかで見ているか……もしかしたら、浮遊する眼球がまだいるのかもな……まあ、仮にも神なんだからそんなものの力を借りなくても見ていそうだが……」
戦いが始まってから二時間も経っていないが、激戦が続いたため、丸一日戦っていると錯覚するほど疲れていた。
そのため、この待機時間に現実味がない。
(俺たちが全滅していないのはなぜなんだ? さっきの大型の竜牙兵も最初から召喚されていたら、城に篭ったとしても全滅したはずだ……戦力の逐次投入が愚策なことくらい分かっているだろう。分かっていてやるということは何らかの目的があるはず……やはり、ルナに見せているのか……)
ゲイザーを見つけた時に思いついたことが再び頭に浮かぶ。
(……だとしたら、ヴァニタスが狙っているのは俺たちを殲滅することじゃない。ルナに絶望を与えることだ……あの子は既に一度、絶望している。もう一度絶望すれば、心が壊れるだろう……だが、心を壊してどうする? ヴァニタスはルナを殺したいんじゃないのか? 分からないことだらけだ……)
ヴァニタスの狙いは分からないが、俺たちにできることは戦うことだけだ。
(それにしても俺の役目は終わったんじゃないのか? それならヴァニタスがここを襲う理由はないはずだ。それともこれが天の神が言っていた“未来が変わる”ということなんだろうか……だとしたら、俺が干渉しすぎた結果。自業自得ということか……)
極度の疲労で考えが否定的になっていく。
徐々に障壁を成す光が強くなっていく。しばらくすると邪竜と竜牙兵は“光の繭”に完全に包まれる。
青白い顔をしたリディがやってきた。
「魔力が切れたわ。この先は弓で戦うつもり」
そう言って愛用の合成弓を軽く上げる。
メルも前線から下がってきた。
「お館様から休憩するように言われました」と言った後、不安そうに光の柱を見る。
「竜が復活するんでしょうか……」
その可能性は考えていなかった。魔晶石を破壊できていないし、あれだけの力があればアンデッドとして復活することはありえないことではない。
更にシャロンもやってきた。
「少し休憩しろと言われました。私はほとんど疲れていないんですけど」
そう言ってにこりと笑う。しかし、その笑みには陰りがあった。
「父上の配慮だろう。悔いなく戦えるように一緒にいろってことなんだろうな」
言葉にこそ出さないが、父も次の戦いが今まで以上に激しいものになると考えているようだ。そのため、話をする時間を作ってくれたようだ。
「縁起でもないね。あたしは死ぬ気なんてこれっぽっちもないよ」
「私もそうです。必ず生き残って自分の子を抱くんですから」
メルは力強く宣言するが、すぐに自分の言った言葉に真っ赤になる。未だに十代の頃の初々しさが残っている。
「そうね。みんなで生き残って人生を楽しむわよ。これが終われば神々とは縁が切れるわ。そうなったら自由に楽しめるんだから」
リディの言葉にシャロンが頷く。
「そうですね。早く終わらせて、美味しいお酒と料理を楽しみましょう」
四人ともこの状況に相応しくないほど穏やかだ。
無理をしている感じもなく、自然体であり、土や血で汚れた鎧を身に着けていなければ、午後のお茶をしながらおしゃべりに興じていると思ってしまうほどだ。
「今日は難しそうだが、二、三日したら一番いい赤ワインと発泡ワインを開けよう。そうだな。つまみは……」
そこまで言いかけたところで、父の緊迫した声が響く。
「敵に動きがある! 全員戦闘配置につけ!」
疲労はまだ残っているが、さっきよりずいぶん楽になった。
「リディとシャロンは絶対に前に出るな! ベアトリスは槍術士隊を頼む」
俺の言葉に四人が大きく頷く。
そして、ベアトリス、シャロン、リディと軽く抱きしめながら口づけをしていき、「メルは俺と一緒だ」と言って彼女にも口づけをする。
「頑張りましょう」とメルは笑顔で応え、アダマンタイトの剣を握った。
父の言う通り、竜牙兵を包み込んだ光に変化があった。
それまでは竜牙兵と邪竜を包む形だったが、今では更に大きな円筒状になり、高さは十メートルほどになっている。
未だに中は見えないが、徐々に光が薄くなっていくのを感じる。
「出てくるぞ!」と誰かが叫ぶ。
その言葉に全員が武器を強く握った。
光は一瞬にして消えた。
光が消えた後に立っていたのは巨大な竜牙兵だった。
その大きさは城の三階に手が届くほどで、七、八メートルほどある。先ほど召喚の邪魔をした個体が新たに現れたようだ。
他の竜牙兵は消えている。
恐らくだが、召喚に失敗したが魂が残っていたから、合体したという感じなのだろう。
その巨大な竜牙兵は盾を持たず、二振りのシミターを持っていた。その大きさは刃渡り四メートルほどで、先ほどまでいた竜牙兵のものと同じように漆黒だった。
「不用意に近づくな! 弓術士は魔晶石を狙撃しろ! 他の者は隙を見て足を攻撃するのだ!」
父が命令を発すると、ロックハート家の戦士たちは一斉に動き出す。
「足首の関節を狙うぞ。まずは右からだ」とメルに告げ、前に出ようとした。
しかし、敵の動きは俺の予想を遥かに超えていた。動こうとした瞬間、巨体とは思えない軽快さで前に出てきたのだ。
俺だけでなく、祖父たちも意表を突かれた。
三十メートルほど離れていたが、一瞬にして距離を詰められ、その巨大なシミターで薙ぎ払われる。
俺とメルは少し離れていたから何とか回避できたが、五人以上の自警団員が胴を断ち切られて即死し、更に十人ほどがその余波で吹き飛ばされる。
祖父もその混乱に対応できなかったのか、吹き飛ばされた自警団員に巻き込まれ、下敷きになってしまった。
「先代様!」という声が聞こえるが、俺たちに助ける余裕はない。
巨大竜牙兵は二本のシミターを鎌のように使い、草を刈るように攻撃してきたのだ。
「足を止めるな! 鋭い斬撃だが、よく見れば避けられる! 敵から目を離すな!」
バイロンの叱咤する声が響くが、一度恐慌状態に陥った自警団員たちは容易に立ち直れない。
「槍術士は動きながら牽制しろ!」
ウォルト率いる槍術士隊が果敢に接近する。更に父は弓術士たちに命令を出していく。
「弓術士たちは魔晶石を狙撃だ。 弩隊、攻城弩隊は頭を狙え!」
その命令に五十本の矢と百本の太矢、十本の大太矢が一メートル以上ある巨大な頭蓋骨に向かっていく。
標的が大きいため、そのほとんどが命中し、何本かの矢が眼窩に吸い込まれていく。しかし、眼窩に入ったと思われた矢は見えない障壁に阻まれたのか、頭蓋骨の中に入ることなく、弾かれてしまった。
足元で牽制する槍術士隊はウォルトの指揮の下、果敢に攻撃を加えているが、その硬い骨に傷をつけることすらできない。
逆に足で蹴り飛ばされるものが続出し、見る見る戦力を消耗していった。
(圧倒的だ……どうやって倒したらいいんだ……)
その圧倒的な強さに倒す方法が思い浮かばない。
それでも少しでも被害を減らそうと前に出る。剣が骨に当たるが、表面を削ることすらできない。
「魔法を撃ちます!」という義姉ロザリーの声が響く。
なぜ彼女がと思い、視線を向けると、いつの間にかバルコニーに上がっていたシャロンが巨大な炎の竜を作り上げていた。その大きさは飛来した邪竜の頭部を遥かに凌駕し、巨大な竜牙兵を一飲みにできるほどだ。
シャロンは火属性魔法、炎龍の咆哮を撃つつもりだ。
クロスボウでは埒が明かないと考え、その人員を使って魔力を増幅させたのだろうが、炎の竜の大きさが想定を超えている。
「無茶だ! 六十人分の魔力は危険すぎる!」
六十人分の魔力を使うと、単純計算で二十倍近い出力上昇になる。
俺が検証した結果、出力が四倍程度になる三十人分の魔力が限界で、それでも一割近い生命力が削られる。その五倍以上の力が体内に溢れれば、最悪の場合死を招く。
俺の警告を無視してシャロンは魔法を行使した。
竜を模した炎が放たれた。
周囲の気温が一気に上昇する。
炎の竜は大きく口を開け、竜牙兵の頭部を飲み込んでいった。
炎は竜の形を崩し、巨大竜牙兵が松明のように燃え盛る。
さすがの竜牙兵も最高出力の火属性魔法に対抗できないのか、二本のシミターを取り落とし、二本の腕で炎を消そうともがく。
「いけるぞ!」という誰かの声が聞こえている。
しかし、敵よりもシャロンのことが気になり、自警団員たちの歓喜の声に加わることができない。
「今のうちに負傷者を下げろ! シミターの確保も忘れるな!」
父の言葉に自警団員たちが一斉に動き出す。
時間にして一分ほど。
竜牙兵は膝を突き、動きを止めた。
シャロンの魔法がついに終わった。
魔法が消えた瞬間、シャロンはゆっくりと倒れていく。慌ててロザリーが抱きかかえ、「シャロンさん!」と叫ぶ声が聞こえていた。
魔法は消えたものの、その余熱は凄まじく、竜牙兵の身体全体から陽炎が上がっているほどだ。
「シャロン!」と叫び、俺は城に向かおうとした。
「ザック様、まだです!」というメルの声に止められる。
振り返ると、竜牙兵が片膝を立て、立ち上がろうとしていた。
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