第五十九話「ロックハート城前の激闘:中篇」
三月三十日。
ラスモア村の館ヶ丘では激戦が繰り広げられている。
最初に襲ってきたのは体長五十メートルを超える巨大な竜だった。
俺とリディの魔法で地上に叩き落とし、祖父ゴーヴァンらによって倒すことに成功したが、約五十体の竜牙兵を召喚した。
竜牙兵は身長二メートルほどの漆黒のスケルトンだが、その力はアンデッドのスケルトンとは比較にならない。
漆黒の曲刀と同じく漆黒の丸盾を持ち、その骨格は鋼以上の強度を誇る。また、剣の技量もレベル七十の剣術士に匹敵し、ロックハート家でも数名しか一対一で当たれないほどだ。
それだけならまだ何とかなった。それ以上に厄介なことはその無限ともいえる再生能力だ。
元々肉体はなく出血や筋肉の損傷などで戦力を低下させることはないが、その強靭な骨を叩き切っても瞬く間に再生し、立ち上がって剣を振るう。その姿にロックハート家の猛者たちも精神的な苦痛を感じていた。
更に竜牙兵たちは一個の生物のように有機的に攻撃してくる。その連携は厳しい訓練で培ったロックハート家すら凌駕する。
この危険な敵にロックハート家の戦士たちも押され続けていた。
ニコラス・ガーランド、イーノス・ヴァッセルがその剣に倒れ、前線で戦い続けた祖父やバイロン・シードルフらも疲労の色が濃く、ロックハート家は徐々に追い込まれている。
それでも戦術を駆使し、敵の四割、約二十体を破壊することに成功した。
戦力的にはまだ厳しいが、倒せない相手ではなく、数を減らすことで何とかなると光明が見えてきた。
しかし、その希望を打ち砕く光景が現れようとしている。
それは邪竜の死体に浮かぶ魔法陣だった。竜牙兵が現れた時と同じものですぐに召喚の魔法陣だと分かる。
魔法陣を破壊しなければならないが、邪竜との間には三十体の竜牙兵が壁を作っていた。迂回して行こうにも側面から攻撃を受けるし、それ以前に未だ激戦を続けており、戦線を離れることができない。
「また竜牙兵が……」という声が聞こえる。
俺も同じ気持ちだが、目の前の敵に集中しなければと「今は目の前の敵に集中しろ」と気合いを入れ直す。
その時、一頭の馬の嘶きが聞こえてきた。
城の後ろから現れたのは俺の最初の愛馬“黒耀号”だった。コクヨウは俺の後ろに駆け込むと、再びブルッと嘶き、前脚で地面を掻く。
(乗れというのか? 確かにコクヨウに乗れば竜牙兵を迂回して竜に辿り着けるが……)
目の前の竜牙兵と剣を交えながらそんなことを考えるが、俺が抜ければメルに大きな負担が掛かり、最悪の場合、戦線が崩壊する。
「行ってください! あの魔法陣を止めないと私たちに勝ち目はなくなります!」
メルの言葉で踏ん切りがついた。
「魔法陣に向かいます!」と父と祖父に宣言すると、メルに向けて、「後を頼む!」とだけ告げ、一気に後ろに下がる。
俺が下がった場所に竜牙兵が割り込もうと前に出ようとした。
「させない!」
メルは裂帛の気合と共にアダマンタイトの剣を一閃し、その動きを牽制した。
それを見届け、コクヨウに飛び乗る。
馬具が装着されていない裸馬だが、長いたてがみを掴むと、「頼む!」と言って軽く腹を蹴って合図する。
コクヨウは満足げに嘶くと、猛然と駆け始めた。コクヨウも目的地を理解しているため、俺が操る必要はない。
その間にも魔法陣は輝きを増しており、溢れる力は竜牙兵の召喚の時に匹敵するほどになっていた。
(不味い……あとどれくらい時間があるんだ……間に合うのか……)
そんなことを考えていると、コクヨウは俺の考えを読んだのか更に加速する。
まるで飛んでいるかのように、ベアトリスら槍術士隊の後ろを駆け抜け、邪竜に迫る。
竜牙兵も指を咥えて見ているわけではなかった。三体の竜牙兵が進路を遮るように立ちはだかる。
俺はたてがみを引いて回避するよう命じたが、コクヨウはそれを拒み、竜牙兵に真っ直ぐ向かっていく。
「無茶だ!」と叫ぶが、コクヨウは意に介さない。
竜牙兵は俺とコクヨウを両断するかのように、シミターを高く構えて待ち受けている。
一体の竜牙兵がシミターを低く構えながら突っ込んできた。回避される前に仕留めようと考えたのだろう。
斬られると思った瞬間、コクヨウが跳んだ。竜牙兵はその動きに追従しようとシミターを斬り上げながら振り抜く。
ガキンという音が響くが、コクヨウは速度を落とすことなく飛び越えていった。
振り落とされないようにしがみついていたため見えていないが、竜牙兵の剣はコクヨウの左前脚の蹄鉄に当たったらしい。
その蹄鉄は重い馬体を支えるため、ベルトラムが直々に打った頑丈なものだ。そのため、竜牙兵のシミターの斬撃を受け止めることができたのだろう。
跳び越える瞬間、コクヨウはお返しとばかりに竜牙兵の後頭部に後脚で蹴りを入れる。
竜牙兵はそのまま大きく吹き飛んでいった。
しかし、まだ二体の竜牙兵が立ちはだかっている。
コクヨウは竜牙兵の前で急停止すると、大きく前脚を振り上げた。
そして、そのまま蹄を振り下ろす。
二体の竜牙兵は盾でそれを受け止めるが、コクヨウは更に俺を振り落とすかのように首を大きく前に振った。
その動きは俺にとっても予想外で、掴んでいたたてがみを思わず離してしまった。
反動によってコクヨウと竜牙兵を飛び越えていく。
着地した場所は竜牙兵の後ろ五メートルほどの場所だ。コクヨウは最初からこれを狙っていたようだ。
近い方の竜牙兵が俺に向かおうと向きを変えた。しかし、その頭にコクヨウの巨大な蹄が振り下ろされる。
竜牙兵は俺への追撃を諦め、再び盾を構えて蹄を受け止めるしかなかった。受け止めたものの、一トン近い重量の馬が振り下ろす蹄の力は強力で、竜牙兵は膝を突く。
コクヨウは“行け”とでもいうようにブルッと嘶くと、二体の竜牙兵に向かって再び前脚を上げる。
「助かる!」とコクヨウに礼を言い、コクヨウと竜牙兵に背を向け走った。
後ろではコクヨウの蹄が盾を打つバンバンという音が聞こえている。
しかし、それも長くは続かなかった。
ドンという巨体が倒れる音が聞こえてきたのだ。見えていないが、コクヨウが倒されたのだろう。
(済まない……)
振り向きたいが、今は前に行くことだけに専念する。ここまでお膳立てしてくれたコクヨウのためにも。
邪竜の死体から浮き上がる魔法陣が目の前にあった。強い光を放ち、物理的な力を感じるほどだ。
後ろから竜牙兵の足音が聞こえる。
時間の猶予は僅かしかない。しかし、どうやって止めればいいのかと動きが止まる。
魔法陣は邪竜の心臓辺りから浮き上がっていた。
(魔晶石を媒体にしているのか!)
すぐに横倒しになっている邪竜の胸から魔法陣に魔力が供給されているが、俺の剣の長さでは竜の身体を貫通させて魔晶石を砕くことは難しい。
その間に魔法陣から竜牙兵の姿が湧き上がってきた。それは今までのものより巨大で、立ち上がれば七、八メートルはありそうだ。
(一気に片を付けようというのか! だが今なら間に合う。土属性部分に干渉すれば実体化できないはずだ!)
召喚の魔法陣はラスペード先生から理論を学んでいる。転送の魔法陣と同じで、異空間を通過する際に非物質化する必要があり、この世界に出現するためには土属性で物質化するプロセスが必要になる。
つまり、魔法陣の土属性部分に干渉できれば実体化は行えず、召喚は失敗する。
しかし、空間に浮かぶ魔法陣に干渉する方法までは考えていなかった。そのため、強引な手段で魔法陣に干渉することに決めた。
俺の剣は魔力を通しやすいアダマンタイトだ。その剣を魔法陣に突っ込めば魔力の流れは乱れ、結果として召喚は失敗するだろう。
ただどのくらいの時間が必要かが分からない。
「やるしかない!」
声に出して気合いを入れると、魔法陣に剣を突き込む。
剣を通じて魔力が俺に流れ込んでくる。その力は圧倒的で、竜を倒した時の三十人分の魔力を遥かに超える量だった。
魔力の流入に耐えながら土属性部分を乱していく。既に半ば実体化しており、時間的な猶予はない。
『何をする。邪魔だ……』という思念が魔力と一緒に頭に流れ込んできた。
実体化しようとしている巨大な竜牙兵のもののようだが、永久凍土のような絶対的な冷たさを感じさせ、思わず後退りしそうになる。
意思の力で踏みとどまり、「消えてしまえ!」と叫ぶ。
魔法陣は不安定に点滅し始め、竜牙兵が沈み込んでいく。
時間にしたら五秒もなかったと思うが、強い力に思わず膝を落としてしまった。
「何とかなったか……」と安堵するが、後から二体の竜牙兵が迫ってきた。
逃げなければならないが、膨大な魔力の影響を受け、すぐに立ち上がれない。
このままではいけないと精神力を総動員して立ち上がった。しかし、竜牙兵は目の前まで来ており、既にシミターを振り上げていた。
「邪魔だよ!」というベアトリスの声が聞こえた。
俺を狙う二体の竜牙兵の後ろからベアトリスが突っ込んできたのだ。
ベアトリスは俺を助けるために強引に突破してきたのだろう。額から流れる血で顔面が真っ赤に染まっているだけでなく、右太ももからも走るたびに血が噴き出していた。
一体の竜牙兵がベアトリスに対応しようと振り返る。
このベアトリスの献身的な行動で敵が一体になった。その一体が俺に剣を振り下ろしてきたが、横に跳ぶことでギリギリ回避する。
もし二体であったなら次の攻撃に対応できなかった。
だが、敵は一体のみ。
これならば何とかなると剣を構える。
空振りした竜牙兵と対峙すると、魔闘術を掛けて一気に攻めかかる。
技量的には同等だ。
スピードとパワーで圧倒し、早く倒さなければならない。怪我を押して来てくれたベアトリスが限界に達しているのだ。
竜牙兵だが、一対一になると臨機応変の動きに対応できないことが分かってきた。特に意表を突くフェイントは有効で、魔闘術を使ったスピードの変化についてこられない。
大振りの斬撃を出す振りをし、盾を上げさせる。
盾の横から繰り出されるシミターを回避し、脛を薙ぎ払う。竜牙兵は足を上げることでその回避するが、それが俺の狙いだ。
魔闘術を使った体当たりを盾にぶち当てる。竜牙兵はその攻撃を予想していなかったのか、盾を前に突き出し、俺を受け止めようとしていた。
純粋な力は竜牙兵が勝り、たたらを踏む感じで数歩下がるが、転倒させるには至らない。
しかし、これは俺の作戦のうちだ。今回の狙いは懐に入り込むことだからだ。
竜牙兵の盾に張り付くような形になり、予め逆手に持ち換えていた剣を死角から突き出す。俺も盾が邪魔になり敵の動きは見えないが、頭の位置は予想が付く。
勘だけで剣を眼窩に突き刺した。運よく一発で魔晶石を砕いたようで、竜牙兵は崩れ落ちていった。
その間にベアトリスはもう一体と激戦を繰り広げていた。
ボロボロに傷つきながらも槍を繰り出しているが、俺が助かったのを見たためか、先ほどより動きに精彩がない。
「一気に決めるぞ!」と伝えると、竜牙兵も俺に気づいたのか、防御を固める。
しかし、ハンドサインで別の作戦を伝えていた。竜牙兵は言葉を理解していないようだが、念のためハンドサインを使った。
作戦は俺が強引に突っ込むふりをして引き付けた後、ベアトリスが撤退するというものだ。
撤退と言っても城の方に真っ直ぐ戻らず、迂回して戻ることを考えている。そうすれば、数が減った竜牙兵は追撃してこないと踏んだのだ。
ただ時間がないことも事実だ。俺たちを危険だと判断すれば、城の前の戦力を振り向けてくる可能性は否定できない。
「無理はするな」と目で伝えると、「あたしもこんなところで死にたくないからね」と答える。
先ほどと同じように魔闘術を掛けて竜牙兵に攻撃を仕掛ける。奴らは全体で学習しているのか、同じ手は通用しない。そのため、今度はフェイントではなく、大きく振りかぶった剣をそのまま盾にぶち当てる。
ガンという音が響くが、俺もそして竜牙兵も意に介さず戦いを続ける。
その間にベアトリスは距離を取っていた。但し、それほど距離は取らず、いつでも支援できるように槍を構えている。
竜牙兵のシミターが俺を襲う。それを剣で弾き、盾に体当たりするかのように重心を下げる。
敵は弾き飛ばされないようにやや膝を落とし、盾をしっかりと構えた。しかし、それは俺の狙い通りだ。
動きが止まったところで魔闘術による爆発的なダッシュを行う。但し、竜牙兵に向かうのではなく、その横をすり抜けていくためだ。
「一旦引くぞ!」とベアトリスに声を掛ける。
ベアトリスは右足を引き摺りながらついてくる。戦っていた竜牙兵だが、俺たちを追うより、本隊を攻撃することを選んだようだ。
とりあえずの危機は脱した。
「この後はどうするつもりだい」
「合流するところまでしか考えていない。少しずつ敵を減らしていくしかないだろうな」
横目で倒れているコクヨウに視線を向ける。こと切れているようでピクリとも動かない。
(ありがとう……助かったよ。今はゆっくり休んでくれ……)
小さく黙礼した後、訓練場の端に向かって走る。十分に離れたことを確認し、ベアトリスに治癒魔法を掛ける。
「助かるんだけど、あんたの魔力は大丈夫なのかい? ずいぶん無理をしていたようだが」
「厳しいよ。もう二割も残っていない……」
「なら……」とベアトリスが言いかけるが、それを無視して話を続ける。
「……だが、まだ戦える。何となくだが、攻略の手掛かりは見つかった気がするからな」
「それはよかったよ……ちょっと待ちな! あれは!」
安堵の表情を浮かべようとしたベアトリスが焦りの声を上げ、父たちが戦っている城の前を指差した。
そこに視線を向けると、竜牙兵たちが戦線を縮小しながら集まっていく姿が目に入る。それだけではなく、竜の死体から強い力がそこに向けて放たれていた。
祖父たちが竜牙兵に攻撃を仕掛けるが、竜牙兵たちは完全な密集隊形になり、盾で壁を作っており、攻撃が通らない。
その間に強い光が彼らを包み始めた。その光は魔法的な障壁らしく、盾にすら攻撃が当たらなくなる。
そして、最後には眩い光によって完全に姿が見えなくなった。
竜牙兵を包んだ光からは強い力を感じた。
(何が起きているんだ……嫌な予感しかしない……)




