第五十八話「ロックハート城前の激闘:前篇」
三月三十日の午前十一時頃。
竜牙兵との死闘が始まってから三十分が経過していた。
ロックハート家側はロックハート城を背に竜牙兵の戦列に対峙している。
総指揮は父マサイアス。参謀としてシャロンが控え、父に助言を行っている。
正面は剣術士部隊で、中央に祖父ゴーヴァンが陣取り、その右にロックハート家一の豪剣使いバイロン・シードルフが、左に堅実な手腕のニコラス・ガーランドがそれぞれ十人の部下を率いて戦っている。
シム・マーロンとメルの兄妹もそれぞれ十人の部下を率いて戦っていた。
その中には末の妹ソフィアまでおり、必死の形相で剣を振るい続けている。
両翼には槍術士が配置され、右翼にベアトリスと従士長ウィル・キーガンが、左翼にウォルト・ヴァッセルとイーノス・ヴァッセルが包み込むように攻め込む。しかし、防御力の高い竜牙兵に槍の攻撃は有効ではなく、攻めあぐねていた。
城のバルコニーや防空塔には弓術士五十名と弩を持つ主婦百人が配置されている。また、ベルトラムらドワーフの鍛冶師たちが攻城弩を下に向けて放ち続けていた。
祖父たちの後ろには予備兵力の若い自警団員が配置され、負傷者たちを搬送しつつ、その穴を埋めていく。負傷者たちは城の中にいるリディたち治癒師の下に運ばれるが、その多くが致命傷を負っていた。
ロックハート家側の兵士の多くが傷ついたが、倒した竜牙兵は僅か五体と敵の一割に過ぎない。
一体は俺の魔法とベアトリスの攻撃で倒したものだが、他は祖父ゴーヴァンらロックハート家の精鋭たちが魔法を纏わせた武器で倒したものだ。
その祖父たちだが、未だに前線で奮闘しているものの、魔力は尽き、体力的にも限界に達しつつあった。そのため、父と共に指揮を執っていた俺も前線に出て剣を振っている。
俺は部下を率いず、遊撃として隙間を狙って斬り込んでいる。俺の場合、魔法と併用して戦うため、メルとベアトリス以外、連携が難しいことと、状況の変化によっては父の補佐に回らなければならないためだ。
戦ってみて分かったが、これほど戦いにくい相手は少ない。
超一流の剣術士並みの技量と絶対的な防御力を誇り、無限ともいえる体力を持つ敵だということを頭では理解していたが、そんな認識を吹き飛ばすほどの脅威だった。
敵の鉄壁の防御をギリギリで潜り抜け、生身の人間なら致命傷となる胴体に渾身の斬撃を繰り出しても、漆黒の骨を断ち切ることはできない。
逆に剣を振り抜いた後の不安定な体勢を狙って漆黒の曲刀を合わせてくる。気合いも何もないため、一見すると鋭さは感じないのだが、その斬撃はバイロン・シードルフに匹敵するほどの威力を秘めていた。
下手に受けると衝撃で吹き飛ばされそうになるほどで、身体能力をフルに使って回避するしかない。
敵の攻撃はそれだけで終わらない。
相手は一体だけでなく、左右と後ろにもいる。一体に掛かり切りになると、それらの竜牙兵が攻撃を加えてくるため、息を吐き出す隙すらない感じだ。
複数の敵と戦う訓練を行っていなければ何度も致命傷を負っていただろう。
実際、レベル五十を超えるロックハート家の従士が何人も命を落としている。彼らも油断したわけではないが、一瞬の隙すら許されない状況は想像以上に精神力を消耗する。
「イーノス様!」という声が戦場に響く。
一瞬だけ視線を送ると、左翼で戦っていたイーノスが血溜まりの中に倒れていた。部下である槍術士が後方に下げようと必死に身体を引きずっている。
その直後、「あぁぁ! ガーランド様!……」という声が近くから聞こえた。
メルが斬り伏せられたニコラスを守るように必死に剣を振っている姿が目に入る。
「ニコラスを下げろ!」と叫びながら、メルの支援に向かった。
彼女を守りたいという気持ちも強いが、それ以上に戦線を崩壊させるわけにはいかないからだ。
メルは部下を率いる指揮官タイプではなく、ニコラスが彼女の部下にも適宜指示を出していた。そのため、ニコラスが抜けると個々に戦うだけになり、一気に押し込まれる可能性が高い。
魔闘術を最大限に利かせ、メルの横に入り込む。
「ジョンは防御に徹しろ! バディは左の敵を牽制! ラリーは正面に集中しすぎだ!……」
ニコラスの負傷で混乱している従士たちに矢継ぎ早に指示を出す。
前線にいるだけのことはあり、従士たちは俺の指示で瞬時に冷静さを取り戻した。その間にニコラスは後方に送られていくが、左肩から腹部にかけて袈裟懸けにされたようで鎧は真っ赤に染まり、意識もなかった。
致命傷に見える重傷であり、俺が治癒魔法を掛けるべきだが、今は動くことができない。
「メルも無理はするな!」と竜牙兵を相手に八面六臂の活躍を見せているメルに指示を出す。
「はい!」と答えて戻るが、無理をしたせいか息が荒い。
「少し休め。休んだら二人で一気に押し込むぞ」
本来なら下がることをよしとしないはずだが、その後に一緒に戦うという言葉で素直に下がっていった。
一分ほど部下に指示を出しながら相手の攻撃をいなして時間を稼ぐと、メルが「お待たせしました」と言って戻ってきた。俺の左側に立つと俺に息を合わせて攻撃を捌いていく。
「正面の竜牙兵を仕留めるぞ。メルはそいつの足を払ってくれ。正面の敵が転んだら俺が止めを刺すように動く。そうすれば右の奴が俺に向かってくるだろうから、そいつの足も頼む。その隙に最初の一体に俺が止めを刺す」
魔闘術で動きに緩急を付ければ、敵も容易には対応できないし、メルなら俺の動きについてこられる。最初に意図さえきちんと伝えておけば、何が起きても臨機応変に対応できるからリスクは少ないはずだ。
「行きます!」というメルの気合の篭った声が耳を打つ。
その言葉と共に大きく前傾する形で踏み込み、正面の竜牙兵の足を払った。
竜牙兵の膝関節に当たるが、関節も強化されており断ち切ることはできない。それでも強い斬撃に膝が横に曲がり、大きくバランスを崩す。
そこで俺がその横倒しになっていく竜牙兵の眼窩を狙うように突きの構えを見せる。
予想通り俺のやや右側にいる別の竜牙兵が、突きを放ち伸び切った俺の腕を切り落とそうと、シミターを上段に構えて振り下ろそうとした。
しかし、その動きは俺の足元を滑るように進むメルによって阻まれる。メルは最初の竜牙兵の膝を打った後、更に体を伸ばして突きを放っていたのだ。
メルの剣の切っ先が右側の竜牙兵の大腿骨に突き刺さる。ガツンという硬い金属同士がぶつかる音を響かせ、右の竜牙兵も大きくよろめいた。
俺はその様子を視線の端で見ながら、横倒しになりつつある正面の竜牙兵の眼窩に向けて突きを放つ。
竜牙兵は俺の剣を脅威と判断したのか、倒れながらも盾で防御しようと左腕を動かした。しかし、その動きは俺の予想の範囲内だ。
魔闘術を掛けており、敵の予想を超える速度に突きを加速させる。盾が顔面をカバーする直前に剣先はすり抜け、眼窩に吸い込まれていった。
ガツンという手応えと共に眼窩の奥にある魔晶石を砕く、グシャリという感触が伝わってきた。竜牙兵は崩れ落ちるように倒れていく。
素早く剣を引き抜くと、その勢いを利用して左に身体を回転させる。
目標は大腿骨を突かれてバランスを崩した右側の竜牙兵で、その勢いのまま剣を叩きつけた。
急所こそ外したものの、倒れる方向に力が加わったため、勢いよく倒れ込んでいく。
その間にメルは大きく足を開いて踏ん張って止まっていた。ちょうど俺の真下にいる形になり、その姿勢から倒れていく竜牙兵の下顎から剣を突き上げる。
その攻撃はさすがに予想できなかったのか、竜牙兵は反応することができず、メルのアダマンタイトの剣は魔晶石を砕いていった。
回転を終えた俺は素早く前線に出てくる竜牙兵に剣を向け、無防備に伸び切ったメルに攻撃が向かないよう牽制する。
メルも下からの突きを終えた後、身体を地面に投げ出すようにして転がり、素早く立ち上がった。
「メリッサ様をお守りしろ!」とジョンが叫び、バディがメルの側面を守るように剣を構える。
この間僅か数秒。二人のコンビネーションで二体の竜牙兵を倒すことに成功した。
「お見事です!」とラリーが剣を構えながら言ってきた。
「倒せない敵じゃないんだ。敵の動きを読んで、その上で意表を突けばいい」
「ザックの言う通りじゃ! 奴らの動きは正確じゃが、その分読みやすい! 敵は我らの言葉が理解できん。声を掛け合って敵に当たれ!」
祖父の言葉に疲労しているはずのロックハート家の戦士たちが「オオ!」と声を上げて応える。
「シムの騎馬隊が後方から奇襲を掛ける! その隙を上手く使うんだ!」
父がそう叫ぶと、馬場の方から重い馬蹄の音が聞こえてきた。
一旦後方に下がっていたシム・マーロンが、二十騎の騎馬隊を率いて城の陰から現れる。既に速度は襲歩に達しており、そのまま突撃していった。
竜牙兵も即座にそれに対応する。
後方にいる予備兵力の十体が盾を掲げて構えて待ち受けていた。
シムは剣を使って部下たちに指示を出したようで、敵にぶつかる直前で方向を転換する。竜牙兵たちはその動きに反応するが、無理に攻めかかることなく後方の防備を固めていく。
騎馬隊は一度訓練場の方に抜けると、巨大な竜の死体を迂回して再び敵の後方を窺うように機動する。その動きは騎馬民族もかくやというほど機敏で、竜牙兵たちも無視できないのか、盾を構えながらその動きに合わせている。
「敵の数は減った! この機に少しでも敵を潰せ!」
父の咆哮に前線の戦士たちが奮い立つ。
「私に続け!」とバイロンが野太い声で命じ、炎を纏わせたアダマンタイトの剣を振り上げる。
そして、そのまま正面の竜牙兵に無造作に剣を叩きつけた。
竜牙兵はその攻撃を盾で受けようとした。
漆黒の丸盾はアダマンタイトでできているかのように頑丈で、今までひびすら入らなかったが、バイロンの放った一撃によりバラバラに砕けていく。
更に盾を破壊した勢いのまま、竜牙兵をなぎ倒した。竜牙兵は味方を巻き込みながら吹き飛ばされていく。
魔法剣の威力という感じではなかった。恐らくだが、バイロンが“闘気”を使ったのだろう。
彼もレベルが八十に近くなり、自由に操るところまではいかないものの、闘気を使えるようになっていた。この状況で開眼したのか、興奮状態で使えているのかは分からないが、ロックハート家の戦士たちに光明を与えた。
「儂も負けておれんな」と祖父もやる気になる。
バイロンが開けた穴を広げるように祖父が斬り込み、同じように闘気を使って竜牙兵を吹き飛ばしていく。
「倒れた敵を優先的に攻撃しろ! だが、足元には注意するんだ! 倒れた状態でも剣を使ってくるぞ!」
この状況を最大限に生かすべく、指示を飛ばす。
今は一種の興奮状態であり、こちらが押しているが、吹き飛ばされただけでは竜牙兵にダメージはない。
俺も闘気を使えつつあるので分かったのだが、闘気は魔力を使う魔闘術の一種だ。つまり、魔力を消耗する攻撃方法ということだ。
これに加え、武器に魔法を纏わせれば、魔力が切れるのは時間の問題だろう。
そして重要なことは魔力が切れれば動けなくなるということだ。最悪の場合、生命活動に支障が出るほどで、少なくとも戦闘は続けられない。
すなわち、この状況が長く続くことはありえず、終わった瞬間にバイロンと祖父という二人の英雄が戦闘不能に陥ることを示している。
それでも俺は止めなかった。
打開するすべがない状況で徐々に戦力を削られるより、一気に勝負に出た方が勝機を掴めると考えたのだ。
祖父もバイロンもそのことを分かっているのか、休むことなく剣を振り続けている。
この機を使うため、父に視線を送る。
父も俺の意図を察したのか、即座にシムに命令を送った。
「突撃しろ!」と父は叫び、更に限界になっている祖父たちを下げるよう指示を出す。
「父上とバイロンは下がってください! ウォルトとベアトリスは左右から支援しろ!」
シムは俺と父の意図を察したのか、「突撃!」とあえて大きな声を出して馬を駆る。
優秀な戦馬であるカエルム馬は竜牙兵を恐れることなく、騎手の命令に従い竜牙兵に体当たりを加えようと迫る。
その勢いに竜牙兵たちもシミターで倒すことを諦め、シミターを地面に突き刺すと、両手で盾を構え、防御に切り替えた。
身体能力の高さを見せつけるかのように、竜牙兵たちは馬に盾ごとぶつかっていく。
二十騎の騎兵による運動エネルギーが、十体の竜牙兵に襲い掛かる。
しかし、竜牙兵は七百キログラムを超える大型馬の体当たりを一メートルほど地面を滑るだけで完全に押し止めてしまった。
その判断の早さと的確さに舌打ちしたくなる。
もし、剣で迎え撃つ判断をしたのなら、先頭の数騎は大きな被害を受けたかもしれないが、それに続く十数騎は祖父たちと斬り結ぶ前衛の無防備な背後から攻撃できたはずだ。
シムは即座に反転を命じながら、馬上から剣を振るって攻撃を加える。しかし、馬たちが固まり、機動力を失った状態では有効な攻撃とはならなかった。
このまま騎馬隊は蹂躙されるかと思われたが、それを救ったのは弓術士たちだった。
盾を前方に構え、無防備な背中を晒している竜牙兵にヘクターが攻撃を命じたのだ。
「全員、騎馬隊と戦っている奴を狙え!」
彼自身もミスリルの鏃の矢を一体の竜牙兵の後頭部に放つ。それに百五十本の矢と太矢、更には十本のバリスタの巨大な太矢が続く。
盾で守ることも回避することもできない状況ではさすがの竜牙兵もなすすべがない。バリスタの矢を頭部に受けた三体が頭蓋骨ごと魔晶石を砕かれて崩れ、更に三体が背骨や肩を砕かれて一時的に戦闘不能に陥った。
「いったん離れるぞ!」というシムの命令に騎馬隊は左右に流れて離れていく。
その間に左右から攻撃を加えていた槍術士隊も混乱に乗じて四体の竜牙兵を破壊した。
祖父たちが倒した五体を含めると、十四体の竜牙兵を倒すことに成功し、敵は最初の六割程度にまで減った。
しかし、その代償は大きかった。
前線で奮闘していた祖父とバイロンは肩で息をするほど消耗している。
二人の支援に入った槍術士隊のベアトリスとウォルトも同じように消耗しており、前線で比較的余裕があるのは俺とメルだけだ。
また、シムの騎馬隊も衝突の衝撃とその後の盾での攻撃によって馬たちが大きく傷つき、同じ手は使えなくなった。
望みの綱は城の上から射撃を続ける弓術士隊だが、盾を構えられるとバリスタであってもほとんどダメージを与えられない。
「体力が尽きてからが本当の戦いじゃ! 皆の者、気力を振り絞って戦うんじゃ!」
祖父の大音声に「「オオ!」」と応えるが、その表情には疲労の色があった。
それでも敵の四割を倒したことで希望が見えている。従士や自警団のベテランの多くが負傷しているが、レベル三十程度の若者はまだ多くが戦える。数的には前衛が百五十人ほどで、竜牙兵の五倍ほどになるのだ。交代で体力を回復させつつ戦えば勝てないことはない。
しかし、その希望を打ち砕く光景が目の前に展開しようとしていた。
それは最初に倒した邪竜の身体が光り、召喚の魔法陣らしきものが現れたのだ。




