第五十三話「義手の研究」
一月十四日。
母校ティリア魔術学院でキトリー・エルバイン教授とリオネル・ラスペード教授と面会した。
昼食時間になったため、一度宿に戻る。
リディとシャロンとは一緒だが、ベアトリス、メル、ソフィアは移籍の手続きのために冒険者ギルドに、ニコラスたちは家を借りるために不動産屋のマクラウド商会に行っており、情報をすり合わせるため、予め昼食時に集まることにしていた。
ベアトリスたちは簡単な手続きと情報収集だけであり、既に宿に戻っていた。
「何か情報はあったか」と聞くと、
「大した情報はなかったよ。前と同じって感じだね」とベアトリスが答える。
「山に入れば三級相当の魔物も割といるって話でしたよ。楽しみ……フフフ」とソフィアが言っている。
ソフィアは黙って座っていれば深窓の令嬢として十分に通用する美少女だ。
その十七歳の少女がオーガクラスの大物がいると聞いて嬉しそうにしているのはどうかと思う。まあ、もう一人の妹、セラフィーヌのこともあるので諦めているが。
そんな話をしているとニコラスたちも合流する。
「条件のいい物件を紹介してもらえました。三時頃には使えるようにしておくとのことです。馬たちについては商業ギルドの厩舎を借りることで話を付けてきました……」
マクラウド商会は今でも便宜を図ってくれたようで、旧市街に近い場所に家を借りることができたらしい。
昼食後、ニコラスと文官二人を連れて旧市街に入り、教材を探す。
ベアトリスたちは三時まで冒険者ギルドの訓練場にいるそうで、俺とシャロンがニコラスに同行する。
以前ひいきにしていた書店に向かう。
書店では俺のことを覚えている店長が対応してくれ、比較的安く魔法に関する書籍を入手できることになった。
但し、必要な部数の在庫がなく、納品に三日ほど掛かるということだった。
僅か三日で揃うということに違和感を持つ。この世界の書籍は手作りの物が多く、納期は月単位であることが多いからだ。
そのことを聞いてみると、笑いながら教えてくれた。
「あなたが発明した活版印刷のお陰ですよ。この手の教材は毎年一定数出ますから、魔術師ギルドの方針で活版印刷を使って大量に作ってあるそうなのです。ギルドの在庫確認と手続きにかかる期間が三日ということなんです」
教科書や標準的な参考書など、内容が大きく変わらない書籍は大量に印刷して原価を下げている。これはワーグマンが議長の時に行った施策だそうだ。
他にも必要な教材を買っていく。注文生産のものもあったが、十日ほどで揃う予定だ。
「ザック様が一緒で助かりました。私たちだけでは店を回るだけでも数日は掛かったでしょうから」
ニコラスがそういうと文官たちも頷いている。
「予算的に余裕があるなら、魔術学院で使っている教科書なんかも買っておいたらいいんじゃないか? これから先、受験する子も増えるだろうし、俺やシャロンがいれば村でも教えられるしな」
「そうですね……本は以前と比べて格段に安くなっていますから、教科書以外にも買っていきましょう。ちょうど図書室の蔵書を増やしたいと思っていましたので」
ラスモア村の学校には図書室がある。蔵書数は二百冊程度しかなく、常に貸し出されている状態だ。
午後三時になり、借りた家に向かう。
旧市街の大門から七、八分、新市街の山側にあり、森に入るのも便利な立地だ。
大きさも六部屋プラスダイニングキッチン、更に作業場だったらしい排水設備のある部屋があり、思っていたより大きかった。
家の裏には山から水が引かれており、元々は染色を行う工房だったらしく、裏庭は思った以上に広い。
「いいところが空いていたんだな」と聞くと、
「前の住人は染物の職人で、突然病気になったらしく、年末に急遽引っ越したそうです。このタイミングで見つかったのは奇跡的だとマクラウド氏も言っていたほどです。この大きさで一ヶ月金貨一枚ですから、本当に運がよかったと思いますね」
金貨一枚は百クローナ、日本円で約十万円だ。テーブルやいす、寝具などの家具も揃っており、鍋や食器なども用意されている。詳しくは分からないが、相場の半分程度と言ったところだ。
マクラウドも俺が相手ということで格安で貸してくれたのだろう。
もちろん、風呂を設置することも認められており、荷物の片づけをやっている間に魔法で作っておいた。
その後、情報のすり合わせを行い、翌日からの行動方針を決めていく。
「明日だが、俺とシャロン、ニコラスはラスペード先生の研究室にいく。恐らく丸一日拘束されるはずだ。リディたちは山に入るということでいいんだな」
「ええ、ソフィアの希望だから」
ソフィアはここから一日くらいの距離にある山の中で修行したいと申し出ていた。三級相当のトロールが出たという情報があり、その討伐に向かいたいらしい。
リディの他にベアトリスとメル、従士のジェリー・エヴァットとラリー・グリーヴが同行する。
二人とも俺より年下の二十二歳。若いがレベル三十九と三十七の剣術士であり、山に入っても問題はない。
文官二人は教材の購入の手続きを行うことになっている。
翌日、朝の鍛錬を終えた後、ラスペード先生の研究室に向かう。
昨夜のうちにキトリーさんの論文には目を通しているが、まだ理解できているとはいいがたい。
そのため、今日はキトリーさんの研究室にはいかず、ラスペード先生の研究室にだけ行くつもりだ。
事前に伝えてあったので先生は研究室で待っていた。いつもなら文献を読んだり、論文を書いたりしているのだが、俺が作った義手が早く見たくてうずうずしている感じだ。
挨拶もそこそこにニコラスの義手を見せ、説明を行う。
「……この魔法陣で風を送り込んで、この金属性の魔法陣で固定します……」
俺の説明を「うんうん」と頷きながら聞いている。
一通り説明を終えたところで、先生が質問を連発する。
「……どの程度意識したら思い通りに動くのかね?……魔力はどの程度使うのかね?……うむ、この部分はどうやって魔法陣を描いたのか……」
俺とニコラスで答えていくが、最後の方は質問というより声に出しながら考えているという感じだった。
質問攻めが落ち着くと、今度は俺が書いた論文と実物を見比べながら検証を始めた。
「人差し指を動かしてくれたまえ……できるだけ早く指を動かして……この本を持ってくれんか……」
先生の要求にニコラスは汗を掻きながら対応する。
午後三時頃、一通り確認できたのか、先生は満足げに頷くと、
「この魔道具は非常によくできている。特に一つの魔法陣で複数の制御ができる点が素晴らしい!」と絶賛し、
「この部分はあの魔法陣から得た知識を利用したものだが、この理論を理解できる者はごく少数だろう。恐らくこれから数年、研究者たちの注目の的になることは間違いない」
そこで表情を厳しくし、
「昨日の魔法陣のことだが、あれは非常にユニークなものだ。君の論文を読ませてもらったが理解できたとは言い難い。あれの実物を見たいのだが、それは可能かね」
先生の問いに首を横に振る。
「私も実物は見たことがないのです。今どこにいるかも分からない状況ですし、難しいと思います」
「今どこにいるか分からないということは過去の物ではないということだね。あれの所有者が誰か教えてもらうことはできないだろうか」
言い方を間違えたと後悔する。昨日説明した時は“ある人物”としか言っておらず、故人の物というニュアンスで煙に巻くこともできた。
「私も会ったことがない方ですし、本人の了承なしに名をお伝えすることは……」
「うむ……」と言って先生は考え込む。
「あれはアークライト君の物ではないかね?」
その質問に驚き、言葉が出ない。
「私はペリクリトルでアークライト君と傀儡の魔道具の対応をしたことがある。彼は右利きであるにも関わらず、魔法は左手で発動することが多かった。あの時は単なる癖か、右手で武器を操るために行っているのだろうと深く考えなかったのだが、左手を終始見せないようにしていた気もする。あれは私のような研究者に見られたくなかったからという気がしないでもない」
研究に関しては何一つ見逃さないという姿勢を貫かれる人だが、ラスペード先生が人間まで観察しているとは思わなかった。
「現時点ではご質問にはお答えしかねます。情報の出所を含め、いずれお話できる時が来るとは思いますが……」
そう言って言葉を濁す。
「うむ。いずれ話してくれるなら今は忘れよう」
そう言って微笑むが、すぐに話題を研究に戻してきた。
「君が解明できなかった魔法陣だが、あれに似たものがないか探してみたよ。現代のものだけでなく古代文明の文献も確認してみたが、見つけられなかった。実際に魔法陣を描いて確かめてもよいのだが、用途が分からぬものを試すのは難しい。まずは君の意見を聞きたいのだが……」
魔法陣は精霊に目的を伝えるためのもので、イメージとしては呪文に近い。そのため、用途が分からなければ、“どこに何をしたらいいのか”が伝えられず、魔法陣を描いたとしても発動しないことが多い。
例えば光を発する“灯りの魔道具”があるが、闇雲に魔法陣を描いても、精霊たちがどこを光らせていいのか分からず、ほとんど光らない。これと同じように目的がはっきりしていないと、精霊の力が行先を失い、暴走することすらありうるのだ。
「地道に解読していくしかないと思います」
「やはり君もそう思うかね。研究に近道はないことは分かっておるのだが、どうしても気になるのだよ」
俺がその話に乗ってこないので、夕方まで義手の魔法陣の改良を行った。
俺の魔法陣の知識は前の世界で得たものを基礎としている。そのためかは分からないが、細かな部分で合わないところがあるらしく、それを微調整することで滑らかに動くようになった。
「素晴らしいですね。まるで自分の手のようです」
ニコラスがそう言って義手を動かしている。
「ロックハート君の魔法陣が素晴らしいこともあるが、君の力が大きく影響していることは間違いない」
「それはどういう意味でしょうか」とニコラスが聞くと、
「君は優秀な剣術士だと聞いている。剣術のことは分からぬが、集中力が弱いということはあるまい。剣を操るように義手を操ってみせるという気構えが、それだけの動きを再現しているのだよ」
魔法陣は精霊にイメージを伝える道具だが、単に魔力を込めればいいというものではない。イメージを上手く伝えられれば、より高い効果を示すことがあるのだ。
翌日は午前中に鍛錬や馬の世話を行い、午後にニコラスの義手について研究を行った。
俺の論文に先生が加筆する形でまとめることになり、単なる義手の研究ではなく、人体を模擬する魔法陣、すなわちゴーレムの研究がテーマとなりつつあった。
「……この魔法陣はゴーレムの物とは根本的に異なる。それがどこか分かるかね、シャロン君?」
先生の質問にシャロンははっきりと答えていく。
「ゴーレムは人体の模倣、それも意思のある人体を模倣しています。しかし、この義手は人の手を模倣しているのではなく、手の動きに近くなるよう、もう少し正確に言えば、必要な機能を満足するような動きができるようにしています。その点が大きな違いだと思います」
「その通りだよ。以前、ロックハート君からこの義手の話があった時、ゴーレムの魔法陣を参考にしようとして失敗した。ゴーレムはそれ自体が目的に沿って行動するものだ。一種の魔物と言ってもいいかもしれない。しかし、魔道具は人の意思によって動くものだ。この違いを理解した上で人が動かすゴーレムを作ることができないか、研究しようと思っている……」
ラスペード先生は乗用型のゴーレムを開発しようと考えているようだ。
(そのうち、巨大ロボットができるかもしれないな。ロマンがあっていいのだが、変な方向に行かなければいいが……)
そう考えるものの本気で心配はしていない。
ニコラスの義手だけでも二級相当の魔晶石が必要だ。人が乗るものを作ろうと思ったら、一級相当の魔晶石が何個も必要だろう。
できるとすれば、二十一世紀の世界に開発されたようなパワーアシストスーツのようなものだろう。
俺のように知っていれば開発する気が起きるかもしれないが、そもそもそのアイデアにたどり着けるかすら分からないからあまり心配していない。
その日の夕方、山に行っていたリディたちが帰ってきた。
リディとベアトリスは疲れた表情を見せているが、ソフィアは満面の笑みで俺に抱き着き、結果を教えてくれる。
「トロールを一人で倒したんです! 最初はちょっと怖かったですけど、何とかなりました! これで四級ですよ!」
そう言いながらオーブを見せる。
興奮するソフィアに「よかったな」と言いつつ、疲れた表情のリディたちに「何があったんだ? 疲れるほどの仕事じゃなかったと思うんだが」と聞く。
「この子のテンションが上がってしまって連れて帰るのが大変だったのよ。三体もトロールを倒したのにまだ足りないって……」
「だって、リディア姉様」と口を尖らせ、
「レベルも上がったし、まだ時間もあったんですよ。もう一時間くらいいれば、あと一体は倒せたんですから」
「三体も倒したのか……みんな、お疲れ様」
ベアトリスは「まあソフィアが楽しそうだからいいんだが、見ていて気が気じゃなかったよ」と苦笑いで答える。
メルは相変わらず元気いっぱいで、「私は全然疲れていませんよ」と笑う。
「それだったらもう少しいてもよかったのに。メル姉様が許してくれないから帰ったのよ」
その言葉にメルは笑みを消し、表情を厳しいものに変える。
「山を舐めてはいけません。余裕を持って行動しないと思わぬところで足を掬われますから」
メルの厳しい言葉にそれまで笑みを浮かべていたソフィアは首を竦めて「ごめんなさい」と謝る。
「浮かれていた罰です。食事の前に素振りを三十分やってくださいね」
「ええ……」と不平を口にするものの、
「メル姉様を怒らせたら怖いから……」と独り言を呟いた後、「分かりました」と言って裏庭に向かった。
その様子にその場にいた全員が一斉に噴き出した。




