第四十一話「レッドアームズとの模擬戦」
前半が主人公の一人称、後半が三人称です。
六月二十五日の午前中。
世界最強の傭兵団、マーカット傭兵団の精鋭たちと模擬戦を行うことになっていた。
最初に団長であるハミッシュ・マーカットと手合わせを行った。
ギデオンとは違い、直線的な斬撃が多いが、あまりの速さに魔闘術を使っても回避するのが精一杯だ。
何とか一矢報いようと土属性魔法で小さな落とし穴をこっそり作り、更には魔闘術と風属性魔法を使って意表を突く攻撃を行ってみたが、驚きこそすれ、隙は全く見せなかった。
更に燕翼の刃や速射できる石の礫などの魔法も使っているが、ことごとく叩き落されている。
逆にギデオンが使う“闘気”と同じものを使われて吹き飛ばされた上に、肋骨をへし折られ、内臓を傷つけてしまった。
リディの治癒魔法で何とか回復したものの、久しぶりに命の危険を感じている。
それでもこれほどのチャンスは滅多にないので、隊長クラスと模擬戦を続けていった。
一番隊のガレス・エイリングは祖父に近い感じの正統派の剣術士だった。その分、予想しやすく、対処は可能だった。しかし、斬撃の速度だけならハミッシュに匹敵、戦術も合理的であるため、徐々に追い詰められ、最後には鋭い斬撃を腕に受けて敗れている。
他の隊長たちとも模擬戦をやったが、世界最強の傭兵団と呼ばれているだけあり、人材は豊富だった。
そんな中で最も意外だったのは副官のアルベリック・オージェだ。
エルフということで長弓を使う治癒師で、彼の異名“鎧通しのアル”は有名だ。しかし、意外なことに剣術の腕も超一流だった。
その実力は祖父ゴーヴァンに匹敵するほどで、近接攻撃、遠距離攻撃、支援という三つのすべてに秀でた天才だ。
剣はオーソドックスな片手剣で盾は持たないスタイルだ。そのため、最初は俺と同じ速度重視で撹乱するタイプだと思っていた。
しかし、模擬戦が始まってもほとんど動きを見せず、いつも通りの飄々とした表情でこちらが攻めていくのを待っている。
相手の手に乗るのは癪だが、見合っていても仕方ないため、フェイントを加えた攻撃を行うが、ことごとく弾かれてしまう。
業を煮やして鋭い斬撃を繰り出すと、今度はカウンターを狙ってきた。その動きが尋常ではなく、何をされたのか気づかないうちに叩きのめされている。
何とか一矢報いたいと思い、自分で治癒魔法をかけて何度も挑んだ。
ハミッシュにも使った足で地面に窪みを作るなどの姑息な手段を使ったが、最小限の動きでカウンターを放ってくるため、ほとんど意味がない。
また、斬撃を繰り出した後に意表をついてクナイを投げてみたが、それも軽く弾かれてしまう。
結局反撃の糸口を掴むことすらできなかった。
分かったことは彼が尋常でない動体視力と鋭い反射神経の持ち主だということだ。そして、それを生かすだけの剣術の技量が相まって、ハミッシュとは別の意味で勝てない相手であると認識した。
更に弓の腕も見せてもらったが、ロックハート家一の弓術士ヘクター・マーロンを遥かに超える技量を持っていた。
正確性もさることながら、その威力は大型弩弓並みだと思えるほどで、用意された木製の的が普通の矢で真っ二つに割れている。
本人は意識していないようだが、これも“闘気”を使っているらしい。
今回の模擬戦を通じて感じたことは、ハミッシュを含め、全員が敵を倒すことより、倒されないことを意識している点だ。特に魔法での奇襲に対しては冷静さを失わずに対処することを心掛けているように見える。
今回の一番の収穫は、ベアトリスが“闘気”を使えるようになったことだろう。
今までも突きの威力は凄まじかったが、闘気を込めた突きは俺の鎧をもってしても、内臓に響くほどの威力を持つようになった。
それだけではなく、バックステップで完全に回避したはずの攻撃でダメージを受けている。
「何となく見えるようになったよ。まあ、まだ完全に使いこなせているとは言えないんだがね」
ベアトリスはそう言いながらも満足そうだ。
他にもメルの攻撃力も上がっている。まだ闘気というほどではないが、ハミッシュに確認すると、その前兆ではないかということだった。
そして俺だが、面白い技術を身に付けることができた。
きっかけはアルベリックとの模擬戦で、彼の異常なまでの動体視力をどうにかしてまねできないかと魔闘術と同じ要領で目に魔力を纏わせてみたのだ。
その結果、何となくだが相手の動きが読めるようになった。偶然かもしれないが、村に帰ってから更に研究を進めようと思っている。
リディだが、同じエルフのアルベリックの尋常ではない弓術を見て、彼から弓の指導を受けた。最終的には以前より威力が上がったそうだが、最初は彼の抽象的な表現に戸惑ったらしい。
「“ここでグッと力を入れて、矢を放つ時に貫通しろって思いを込めるんだよ”って言われても……貫通しろって思うだけで威力が上がったら誰でもできちゃうんだけど……」と言って呆れていた。
それでも精霊の力を利用する方法であることは何となくわかったそうで、
「エルフの弓術士の秘密が分かった気がするわ。もう少し研究しないと説明は難しいけど……」
模擬戦を終えた後、ハミッシュから「ここまで本気を出す気はなかったのだが……」と恐縮されてしまった。俺を含め、ベアトリスとメルが骨折しているためだ。
俺としては“赤腕ハミッシュ”に本気を出してもらえた方がうれしかったので、そのことを正直に伝えている。
「私としてはハミッシュさんに本気で打ち込んでもらえてうれしいですよ。それにしても魔法でもう少し切り崩せると思ったんですが、慣れていらっしゃいますね」
「ああ、レイの奴にいろいろ手伝ってもらったからな。俺たちほど対魔法戦に慣れた傭兵団はいないと自負している。もちろん、噂に聞くロックハート家ほどではないが」
「確かにうちの自警団も私たちが鍛えていますが、守りに徹する点は見習うべき点だと感じました。うちもアンデッドとの戦いを経験していない世代が増えてきていますから」
その後も時間いっぱい稽古をつけてもらった。
その日の午後、ウルリッヒたちが作った武具ができたということで、ハミッシュたちはその調整を行った。
隊長たちはもちろん、副隊長クラスの猛者にも武具が贈られており、ギルドの中庭には三十人ほどの傭兵が集まっている。
俺も立ち会わせてもらったが、見事な武具が揃っていた。
鎧はアルス鋼独特の暗く鈍い色が存在感を放っており、武器も同じアルス鋼だが、こちらは鏡のように磨き上げられ、重量感がある見事なものだった。
しかし、鍛冶師たちはあまり納得した顔をしていない。
「本来ならハミッシュ殿ほどの剛の者にこの程度の武具では全く納得いかぬ……もちろん剣は儂やリュック、他にも腕の立つ者が打っておるし、防具はゲールノートやゲオルグらが作っておる。アルス鋼であってもそこらの物よりはマシなのじゃが……」
そこらの物よりマシと言っているが、硬化の魔法陣は組み込んであるし、ミスリルコーティングも施されているから、超一流の武具といっても差し支えない。
「俺たちには充分な性能だと思うが……」とハミッシュが言うが、
「ザックたちの物と比べてみよ。貴殿の腕に見合うと言えるわけがない」と一蹴される。
「この先のことを考えたらウルリッヒの言うことも一理あるが、あくまで戦いの主役はアークライト殿とルナなんだ。ハミッシュ殿が充分とお考えなら、それでいいんじゃないか」
俺の言葉でウルリッヒたちも渋々納得した。
その後、微調整を行っていくが、その出来にハミッシュたちから感嘆の声が上がる。
ハミッシュは付け終えた鎧を確かめながら、「これは凄い! 今までの物より重さを感じん」といっている。
ガレスは剣を振りながら、
「まるで一年間使い込んだようだ。手に吸い付くとはこのことを言うのだな……」
傭兵たちは満足げな表情で武具を確かめていった。
その後は明日出発するレッドアームズたちとの送別会が行われた。
昨日の宴会では隊長クラスたちだけと飲んだが、今日は平の団員たちも参加している。
午前中の模擬戦では隊長クラス以上が相手だったため、彼らと顔を合わせたのは初めてで、“世界最強の傭兵団”というイメージより若い傭兵が多いと感じた。
年齢的には十代後半、傭兵ギルドの級でいえば八級から七級という駆け出しクラスが十人以上いる。その上の世代、つまり俺と同世代の二十代前半が多数を占め、三十代のベテランの方が少ない印象だった。
そのことをハミッシュに聞いてみると、
「前からベテラン連中にはできるだけ独り立ちするように言っている。いつまでも一介の傭兵じゃ先が見えんからな……俺のように傭兵の女房が見つかればいいが、女傭兵の数は少ない。それにうちにいたら傭兵の指揮官としての経験が積めないしな……」
詳しく聞くと、副隊長クラスのベテランには自分の傭兵団を持つように慫慂しているとのことだった。
傭兵は商隊の護衛が主な仕事であり、本拠地を長期間離れることが多い。そのため、婚期を逃すことが多いことを気にしているらしい。
また、レッドアームズの隊長はハミッシュに心酔しており、団を離れるつもりがない。どの隊長も超一流の傭兵であり、腕の立つベテランであっても団の規模が大きくなる以外、隊長に昇格することは難しい。
「……まあ、ミリース谷やチュロック砦の戦いでベテラン連中を失ったことも大きいんだがな……」
ミリース谷の戦いは詩にもなっている有名な戦いで、三千のオークに対し僅か二百名で立ち向かい、丸二日間戦い続けた激戦だ。レッドアームズだけではなく、捨て石にされた騎士団の一部もいたが、戦死者は三割、負傷者が五割と八割近い損害を出している。
特にレッドアームズのベテランたちは未熟な若手や騎士団の兵士たちの穴を埋めるべく奮闘し、その多くが命を落としたと聞いている。
「……そう考えると貴家は凄い。数万のアンデッドを相手に三十人の戦死者で村を守り切ったのだからな。ゴーヴァン卿、マサイアス卿を初め、優秀な指揮官がいる部隊は強いということだ。もちろん、お前もその一人だが」
「私たちは守りに適した城に篭って戦っていますから条件は全く違いますよ。撤退戦という不利な状況を考えれば、ハミッシュさんたちの方が厳しかったはずですから」
実際、防壁と堀に囲まれた館ヶ丘という有利な条件でなければ一日ももたなかったはずだ。
その点、防壁どころか物資すら満足にない状況で丸二日間戦い抜いたレッドアームズの強さは群を抜いている。
「そう言ってもらえると死んでいった奴らも浮かばれるだろう」
そんな話をしていると、ウルリッヒが「湿った話は終いじゃ」と言ってジョッキと皿を手渡してきた。
「この白ビールに儂の一押しのソーセージじゃ」
小麦を使ったヴァイツェンタイプの白ビールを一口飲み、ハーブとホワイトペッパーの利いたソーセージを頬張る。
白ビールの甘さと酸味が豚肉の脂と香辛料の香りと相まって、絶妙なバランスの旨味を引き出していた。
「確かに美味い。ビールの温度は完璧だし、ソーセージは更にいい。セージとホワイトペッパー、他にも昔は使っていなかった香辛料を使っているな」
「さすがじゃな。イグネイシャス殿が指導してくれたんじゃ」
帝国一の美食家イグネイシャス・ラドフォード子爵が監修したソーセージのようだ。
「そう言えば、ルナも気づいておったぞ。無事に帰ってきてほしいものじゃ」
二ヶ月前に同じソーセージを食べて違いに気づいたらしい。
ビールを楽しみながら、ルナの護衛となるマーカット傭兵団のことを考えていた。
ハミッシュを初め、隊長たちの強さは本物だった。しかし、全体でみると“世界最強の傭兵団”という称号は相応しくないのではないかと思い始めている。
実際、約百名の傭兵のうち、ラスモア村の自警団レベルに達している者は半数にも満たない。
今後、ルナの護衛として虚無神と戦うのであれば、彼らがアキレス腱になる可能性も考えておいた方がいい。ただ、このことをルナたちに伝えるすべがない。彼女が気づいてくれることを祈るだけだ。
翌日、マーカット傭兵団はアルスを出発した。
別れの挨拶の時、もう一度ルナのことを頼んでいる。
「妹のことをよろしくお願いします」
「やれることはやらせてもらう。それが娘やレイのためになるのだから。では、そちらも気を付けてな」
そう言ってドワーフたちに見送られながら、きれいな隊列を作って大門を出ていった。
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ハミッシュ・マーカットはアルスを出発した後、馬に揺られながら盟友のアルベリックや妻のヴァレリアらとザカライアスたちとのことを話していた。
「それにしても奴らは呆れるほどの強さだな」とハミッシュが唸るように言うと、アルベリックも普段の飄々さが嘘のように真面目な表情で頷いている。
「特にザック君は僕やガレスがついていくのがやっとっていうくらいの速さだったね。それにあの無詠唱の魔法は厄介だよ。常に足元を気にして戦うなんて面倒で仕方がない……ゼンガなんて思いっきり引っかかっていたしね」
ザカライアスは無詠唱で、更に足先を使って地面に窪みを作っており、僅かでも注意を疎かにすると足を取られてしまう。実際、二番隊隊長のゼンガ・オルミガはその巨体が災いし、窪みに足を取られて大きな隙を作っていた。
「それに最後には攻撃を見切れるようになっていましたね」とガレスが感心しながら話している。
「確かに腕も立ちますけど、それ以上に頭が切れるというか、よく考えていて厄介な相手でしたね。後で聞くと目の錯覚を使っているとかなんとか言っていましたが、俺にはさっぱり分かりませんでした……」と三番隊のラザレス・ダウェルが苦笑いを浮かべている。
「アッシュと同い年なのに凄いと思うわ。天才っていうのは彼のことを言うのね。私が年下に負けたのは久しぶりよ。それも十も違う子にね」とヴァレリアが零す。
剣術士レベルでは彼女とザカライアスは同程度だが、多彩な攻撃に後手に回り続けて最終的に敗れている。
「それにしてもあれほどの逸材がレイたちの手助けをしてくれているなら、何があろうと何とかなりそうだな。恐らくだが、鍛冶師ギルドを通じていろいろと手配しているはずだ」
ハミッシュはザカライアスが帝国内にも手を回していることを確信している。
「思ったのだけど、彼も神々に何か託されているのかしら? ドワーフたちとお酒の話をする時は歯切れがいいのに、レイ君たちのことになった途端に歯切れが悪くなった気がするわ」
ヴァレリアの言葉にアルベリックも同意する。
「僕も同じことを思ったよ。お酒の話でドワーフ相手にあれだけ言えるのにって」
「いずれにせよ、帝国に入ればあいつが用意した何かがあるはずだ。恐らくだが、レイたちとも合流できるだろう」
ハミッシュがそう締めくくると、全員が大きく頷く。彼らも同じことを感じていたのだ。




