第三十五話「人馬族探索」
章を追加しました。その関係でサブタイトルが変わっていますが、内容に変更はございません。
五月十二日。
ウェルバーンを出発して五日。治安のいい北方街道ということもあり、トラブルもなく、中部域の主要都市ネザートンに到着した。
二日前から草原地帯に入っており、リディたちも「懐かしいわね」と言って馬に揺られている。
ネザートンに入ると、ここでも鍛冶師ギルドの支部に向かった。といっても宴会が目的ではなく、人馬族の情報を得るためだ。
人馬族を含め、遊牧民たちが祭以外の時期にネザートン周辺に常時いることはほとんどない。但し、蹄鉄や武器の手入れがあるため、二ヶ月に一度程度はネザートンに寄ることが多いらしい。
武器はもちろん、蹄鉄の手入れも鍛冶師ギルドの仕事であり、人馬族の情報に精通している。正確な位置を特定することは難しいだろうが、どの辺りにいるかくらいは聞いている可能性があると踏んだのだ。
ギルドに入ると支部長であるカール・クリューツの出迎えを受ける。
「珍しいな。蒸留所を見に来てくれたのか」
蒸留所はネザートンの北を流れるネザー河の支流ヴォーン川沿いにある。
ここではトウモロコシを原料としたコーン・ウイスキーが主力で、四年ほど前から蒸留が始まっていた。しかし、ラスモア村で作られていないコーン・ウイスキーということで、未だに安定した生産とならず、昨年のドワーフ・フェスティバルにも参加していない。
「ああ、時間を見つけていくつもりだ。バートが苦戦しているとは聞いているからな」
ネザートンの蒸留責任者はバートラムという職員だ。
生真面目な性格で、村での修行中にはスコットから樽の管理を任されていたほどだが、トウモロコシという原料の酒にラスモア村の経験を生かし切れず、ウェルバーンほど上手くいっていない。
「その前に聞きたいことがあるんだ」と言って用件を話していく。
「人馬族のソレル族を探している。情報があったら教えてほしいんだが」
ソレル族は人馬族の中でも有力な氏族で、以前この地を訪れた際に酒を酌み交わした仲だ。風の噂では族長が代わり、以前の戦士長リーヴァ・ソレルが率いていると聞いている。
「ソレル族? セオたちを探しているのか?」とカールが首を傾げる。
「セオたち?」とこちらも疑問が口を突く。
「ああ、去年の秋頃にふらりとやってきて、ソレル族と一緒に草原を旅しているぞ。騎乗での戦いを極めたいそうだ」
「騎乗戦闘だから人馬族か……身体の作りが違うのに参考になるのか? まあ気持ちは分からんでもないが……」
セオたちはフォルティスで剣聖と呼ばれている凄腕の傭兵、ギデオン・ダイアーに師事していた。今でもフォルティスにいるものだと思っていたため、草原に来ているとは全く知らなかった。
若干呆れるが、俺にとっては都合がいい。
「あいつら恐ろしく腕を上げているぞ。春祭で会った時に聞いたら、レベル五十を超えたそうだ」
「レベル五十か……がんばっているな……」
セオたちもそろそろ十九歳になる。
この歳でレベル五十を超えるというのはロックハート家でこそ珍しくないが、一般的には二十歳でレベル三十を超えたら天才と呼ばれているほどで、驚くより呆れられるレベルだ。
「それでソレル族の情報なんだが、どの辺りにいるか教えてもらえないか」
「難しいな。祭で聞いたときには南の方を回ると言っておったが、奴らの場合、五十kmなのか、二百キメルなのかは分からんからな」
人馬族の一日の移動距離は五十キロメートルほどと言われている。もちろん、毎日動くわけではなく、牧草がなくなるまで一箇所に留まる。しかし、他の氏族との縄張りもあり、草原の民以外、どのルートを通るのかはよく分かっていない。
「セオたちに会いに来たんじゃなければ、何でソレル族に会いたいんだ?」
「ちょっと頼みたいことがあってな」と言葉を濁す。
「言えない理由なら聞かんが、急ぎなのか? 今月末か、来月の初めには顔を出すと思うが」
「取り立てて急いでいるわけじゃないんだが、そろそろ村に戻ろうと思っているんだ。一度探しにいってみるよ」
そう言ってギルドを後にする。
リディが歩きながら、「闇雲に探すの?」と聞いてきた。
「とりあえず南に向かうが、街道を使うつもりだ。野営地にいる遊牧民に聞けばもう少し情報があるかもしれないからな」
草原を通る街道には宿場町がほとんどない。
その分、野営の場所が設定されており、そこで遊牧民たちが必要物資を売り現金収入を得ている。
その遊牧民たちにソレル族の情報を聞けば、街で聞くより正確な情報が手に入るのではないかと考えたのだ。
「中央街道ですか?」とメルが聞いてきた。
ネザートンから南に延びる街道は南東に向かう中央街道と南に向かうメオルズ街道がある。中央街道はフォスデールを経由しエザリントンに向かう主要街道だが、メオルズ街道はアウストレリア海に面したメオルズという城塞都市まで延びている。
メオルズは帝国拡大期にできた古い街だ。
主要な都市から離れているが、豊饒な土地で小麦などの穀物生産が盛んなだけでなく、良好な漁場も近いため水産物も多い。それらをネザートンや遊牧民たちに売っており、比較的栄えているという話だ。
草原の民もメオルズ街道沿いで取引をすることが多いため、情報が手に入りやすいだろう。
「街道沿いで情報を仕入れるといっても、見つけられるのかね」とベアトリスは懐疑的だった。
「見つからなくても俺たちがいるという情報が耳に入れば、少なくともセオたちは会いに来てくれるだろう。その伝手を使ってソレル族に会いにいけばいい。最悪、十日ほど草原をうろついてからここに戻ってきてもいいんだからな」
「確かにのんびり草原を旅するのもいいね。あんたと一緒だと酒と食い物で困ることはないんだから」
飲兵衛のベアトリスがおどけながらそう言うと、全員が笑いながら頷いていた。
夜はいつも通りドワーフたちの宴会に呼ばれる。
そこでも蒸留所の話になり、何人ものドワーフから何とかしてくれと頭を下げられてしまった。
とりあえず、やることが済んだらヴォーン川沿いの蒸留所に行くと約束することで何とか納得してもらった。
翌日、朝からメオルズ街道を南に向けて馬を進める。
街道といっても主要街道のように土属性魔法で整備されたものではなく、馬車の轍や人や馬によって踏み固められただけの道だ。何とか見分けられるが、夏になったら草で道が分からなくなるのではないかと思うほどだ。
何度か商人たちとすれ違い、その都度情報を集めるが、人馬族の情報はなかった。
それでも遊牧民の情報はあり、初日の野営地にエニス族がいることが分かった。エニス族はカルカス族と並ぶ遊牧民の有力氏族で、七年前にネザートンを訪れた際に会ったことがある。
「エニス族がソレル族のいる場所を知っていればいいですね」とシャロンが話しかけてきた。
「恐らく大体の場所は知っていると思う。ソレル族は人馬族のまとめ役だから、何かあった時に連絡が取れるようにしているはずだ」
草原の民は氏族の代表、つまり族長たちによる合議制で草原を管理している。多くの氏族がいるから、広大な草原と言っても縄張り争いも起きるだろうし、他にも調整すべきことはあるだろう。
前に聞いた話では祭を利用して、年に何回か会合を開いているが、緊急の案件があった場合には即座に連絡を取り合って族長が集まるシステムになっているということだった。
日が傾いた頃、目的地である野営地が見えてきた。
既に何組かの商隊が野営の準備を始めており、焚き火の煙が上がっている。
商人に聞いた通り、エニス族らしい遊牧民が天幕を立てて商売に励んでいた。食料や燃料の調達を口実にその中の一人に話しかける。
「ソレル族の居場所を知りたいんだが……」
その若い男は胡散臭げに俺を見つめ、「人馬族に何のようなんだ?」と聞いてきた。
俺は笑顔を絶やさないように注意しながら、
「弟たちが世話になっているんだよ。聞いたことがないか。人族の若者五人がソレル族の世話になっていると。その中に弟のセオフィラスと妹のセラフィーヌがいるんだ」
俺の言葉で納得したのか、「ああ知っているぜ。この間の祭でも派手に模擬戦をやっていた若いのだろ」と笑顔を見せる。
「祭で模擬戦? そんなイベントがあったっけ?」と首を傾げると、
「いや、いろんな氏族のところにいって模擬戦を申し込んでいたんだ。戦士長クラスと戦わせろって言ってな。それでも結構勝っていたんじゃないか。さすがはロックハートだとみんなが言っていたな。そういや、弟ってことはあんたもロックハートなのか?」
「ああ、ザカライアス・ロックハートだ」
「あの有名人か!」と目を見開いて驚いている。
どの話で有名なのかはあえて聞かず、ソレル族の情報を聞き出していく。
「というわけでソレル族のことを聞きたい。南にいるとは聞いているんだが、どこにいるのか見当も付かないんだ」
「そりゃそうだ。草原の民以外に分かるわけはないさ」と笑い、
「ソレル族ならここから南に二日、あんたらの馬なら三日くらい行った場所から西に半日ってところに春営地がある……」
距離的には南に百キロ、西に二十キロくらいの場所で、大きな池があるところらしい。
話を聞くと、遊牧民たちは四季によって場所を決めているらしく、この時期は春営地と呼ばれるところに居住する。
男に礼を言い、リディたちのところに戻る。
ベアトリスとメルも同じように情報収集を行っており、聞いてきた話は同じだった。
「それにしてもセオたちは何をしているんだ? 祭で模擬戦って」と俺が零すと、ベアトリスが笑いながら、
「あの子たちらしいじゃないか。元気でいる証拠だよ」
昔からセオたちには甘かったことを思い出す。
「大体の場所が分かってよかったですね。でも、草原の民ならともかく、私たちがその大雑把な情報だけで見つけられるんでしょうか」
シャロンがそう心配する。
「まあ、ソレル族は二千人くらいの氏族だし、家畜も多いはずだ。近くに行けば足跡か痕跡を見つけられるだろう」
それから街道を南下しながら更に情報を集めていく。最初の野営地で聞いた情報に誤りはないようで、三日目の五月十五日に街道を外れ草原に入った。
草原は緩やかな起伏があり、時折小高い丘に登って周囲を見ると思いのほか視界が開けている。収納魔法に入れてある望遠鏡を使えば、一キロ以上は見える。
「これなら何とか見つけられそうだ」
その日の夕方、そろそろ野営の準備をしようと考えた時、人馬族の一団が現れ、弓を構えて誰何してきた。
「何をしている! ここはソレル族の縄張りだ!」
周囲を警戒していたらしい。
「ザカライアス・ロックハートといいます。弟たちが世話になっていると聞きましたので、挨拶に参りました」
「ロックハートだと……」と言いながらも警戒していたが、俺たちの姿を見て「確かに昔会ったことがある」と弓を下ろす。
「まだ移動できるな。我らの春営地まで行くぞ」
まだ完全に日が落ちているわけでもなく、移動に問題はないため、そのまま付いていく。
ソレル族の春営地は二キロほどの場所にあった。
丘の間に直径二、三百メートルほどの池があり、そこに沈む夕日が写りこんでいる。丘の影が長く伸びていく中、ソレル族が料理に使う炎が幻想的な光景を作り出していた。
「族長のところにセオたちはいる」と言って池のほとりにある大きな天幕を指差す。
薄暗い春営地を進んでいく。
突然の来客が珍しいのか、興味深げに見ている者が多い。
そんな中、人族の若い女性が池のほとりからこちらに向かって走ってきた。
革鎧は着けているもののヘルメットを被っていないため、その特徴的な淡い色の髪とシャロンに似たスカイブルーの瞳がよく見える。
「ザック様! シャロン姉様!」と叫んでいる。
「ユニス!」と珍しくシャロンが大きな声で応える。その女性は彼女の妹、ユニス・ジェークスだった。
「どうしたんですか? 突然でびっくりしました!」
ユニスはそう言って俺たちの前で止まる。その声が聞こえたのか、天幕の中から四人の男女が現れた。
弟のセオフィラス、妹のセラフィーヌ、メルの弟のライル・マーロン、ロックハート家の家宰イーノス・ヴァッセルの娘ロビーナ・ヴァッセルだ。
「ザック兄様!」といって、セラが俺に抱きついてくる。
「元気そうだな」と言って受け止めるが、前に会ってから随分経つため、記憶の印象と大きく違った。
二人は六月で十九歳になる。以前の子供らしさは見た目からはなくなり、若い冒険者か傭兵の一団と言っても違和感がない。
しかし、中身はあまり成長していないのか、抱きついたままリディたちに挨拶をしている。
「リディア姉様、ベアトリス姉様、メル姉様、シャロン姉様。ご無沙汰してます」
その仕草がおかしかったのか、リディが噴き出し、「プッ……変わっていないわね」と笑う。
「本当にそうだよ。でも元気そうで何よりだ」と言ってベアトリスが昔のように彼女の頭に手を置く。
「もう! 子供じゃないんですよ!」と抗議するが、セオが「いい加減にザック兄様から離れたら」というまで自分の状況に気づいていなかった。
「話は後だ。まずは族長に挨拶をしてくる」
そう言ってセラを離すと、案内の戦士に「すみません」と頭を下げる。
戦士にとってはいつものことなのか、笑っているだけで特に気を悪くした様子はなかった。
族長の天幕に着く前に巨大な馬体の壮年の男性が現れた。
「ご無沙汰しております」
リーヴァ・ソレルは「久しいな、ザカライアス」といい、更にリディたちにも一人ずつ声を掛けていく。
「立ち話もなんだ。飯を食いながら話をしようではないか」
鍛冶師ギルドではないため、そのまま宴会に突入ということはなかった。
第六章「教導者時代:諸国編」で続けていってもよかったのですが、百話を超えてしまったので章を立てました。三十五話も続けてからすることではなかったかもしれませんが(笑)。




