第十話「ドクトゥスへ」
前半がザック視点の一人称、後半がルナ視点の三人称です。
七月十日。
ダンの結婚式とドワーフ・フェスティバルが無事終わった。もちろんドワーフ・フェスティバルの方は後夜祭まで参加したため無事とは言い難かったが。
それでも大きなトラブルもなく終了し、村は平穏な日常を取り戻している。
ここ一ヶ月ほどバタバタとしていたため、ぽっかりと時間が空いたような錯覚に陥っていた。
といっても、毎日の訓練と東の森への偵察、蒸留酒造り、更には左手を失ったニコラスの義手作りと暇なわけではない。
その義手作りだが、上手くいっているとは言えない。
その原因だが、入力回路に問題は見つからず、変換回路部分の問題が大きいと言うことまでは分かっている。具体的にはニコラスが命じた動きを精霊たちに伝える際に、エラーとなっているらしい。
また、出力部分でもいろいろとやってみたが、微妙な角度で止めることが難しく、魔力を消費し続けなければならないなど不具合が山積している。
最初の義手だが、手首と指の両方の動きを再現しようとして失敗した。原因は魔法陣が複雑になり過ぎ、精霊たちに意図が伝わらないのではないかと考えている。
そのため、単純化を図ってみた。
その第一弾として人差し指と親指だけを動かすように改造を行った。
力加減はまだ制御し切れていないが、二本だけなら上手く動くことが確認できている。ただ、指の本数を増やすと途端に動きがおかしくなり、制御不能となってしまう。この不具合の解決策が思いつかず、試行錯誤を繰り返している状況だ。
そんな日を過ごしていたが、今日、恩師ラスペード教授の手紙が届いた。
その手紙には新たな情報を得たことと変換回路部分でいいアイデアを思いついたとあり、直接話をしたいからドクトゥスに来てほしいとあった。
夕食後、酒を傾けながら「どうしたものかな」と独り言を呟く。
「ドクトゥスに行くのもいいんじゃないの。ついでにアウレラに行って新しい食材を探すのもありだと思うわ」
リディは旅行に賛成だった。
ベアトリスはやや消極的で、「旅もいいけど、ここの暮らしが一番だからね」といい、メルも「受験の時期にもなりますし、もう少しゆっくりしてもいいと思います」とベアトリスに賛成する。
「私はドクトゥスに行くべきだと思っています」とシャロンが珍しく、はっきりと主張した。
「どうしてなんだい? メルの言う通り、今のドクトゥスは人で溢れているよ」とベアトリスが聞くと、
「キトリーさんの研究が気になるからです」
「しかし、神々から関わるなって言われたんだが」と俺が反論すると、
「確かに神々からルナさんに関わることは禁じられました。ですが、調べることまで禁じられたわけではないと思います。虚無神のことを調べ、その結果をいろいろな人に知らせることは、神々の言う干渉に当たらないのではないでしょうか」
「つまり、ルナさんに直接関わらずにできることをやるっていうこと?」とメルが聞く。
「そうよ。私が直接聞いたわけではないからはっきりしたことは言えないのだけど、ヴァニタスはいろいろな人に干渉しているわ。あの魔将もそうだし、アンデッドの王ヴラドも……何もできないというのなら、私たちが生きていることすら干渉になるわ。だって、ルナさんはロックハート家の養女なのだし、間接的にはどうしても関わらざるを得ないのだから」
シャロンのいうことは極論だが、大きく外れていることはないだろう。実際、調査程度で干渉と看做されるなら、俺が示唆したキトリーさんの研究も立派な干渉になる。
「俺としてもヴァニタスについては気になることが多すぎてすっきりしないと思っている。ただ、それを解消するとして、逆にもっと深みに嵌らないか気になっている」
「深みに嵌る? どういうこと?」とリディが疑問を口にする。
「知ってしまったら動きたくなるんじゃないかと思っているってことだ。知らなければすっきりしない程度のもやもやで済むが、知ってしまったら放っておけるのか、干渉と分かっていても何かしたくなるんじゃないかって思うんだ」
「確かにそうだね。世の中知らないほうがいいことだってあるんだから」
ベアトリスの意見にシャロンが反論する。
「ですが、このままにしておいて世界が滅びたら目も当てられないと思います。ザック様のお話ではルナさんと光の神の御子と呼ばれる人が力を合わせても数千年しか封印できないんです。つまり失敗したらすぐにでも世界が滅びに向かうかもしれません」
「いや、それはないと思う」とシャロンの言葉を否定し、
「俺がこの世界に来た時、もう二十年も前のことだが、その時に神々に会ったことがある。その時の話では数百年から数千年後に滅びる可能性があるということだった。つまり、今すぐというわけではないということだ」
「そうであるなら余計に調査に向かうべきです。すぐに影響が出ないのなら挽回のチャンスはあるのですから」
シャロンが必死になっているが、なぜなのかが気になった。
「言いたいことは分からないでもないが、そこまで必死なのはなぜなんだ? 確かにキトリーさんの研究が鍵になるかもしれないが、全く関係ないかもしれないんだぞ」
「私もいろいろ考えました。どうしてヴァニタスの存在がこれほど知られていないのか。始まりの神殿と呼ばれるクレアトール神殿がこれほど重要視されないのはなぜか。そもそも最初の神であるクレアトールがこれほど信仰されていないのはなぜなのか……神々か、ヴァニタスが意図的に隠しているとしか思えないのです」
彼女のいうことは俺自身も気になっていることだ。しかし、それを調べる意味が何かが理解できない。
「確かにそうだが……」
「私たちは何も考えない家畜じゃありません。知らないところで神々が何をしようと構いませんが、自分たちの手の届く範囲のことまで任せてしまうのは人としてどうなのでしょうか」
シャロンの言いたいことは分かった。
「そうだな。知った後にも慎重に動けばいいだけだ。神々も直接的な接触は禁じたが、間接的な関与についてはあいまいなことしか言わなかった。よく考えて行動すれば問題が起きない可能性もある」
「つまり、ドクトゥスに行くということ?」とリディが確認する。
「そういうことだ。ヴァニタス、クレアトールだけじゃなく、すべての神々について知っておくことは今後の行動方針を決める時に役に立つはずだ。それにこの村を守るという点でもな」
俺が気にしているのはヴァニタスの行動原理だ。世界を滅ぼすことが存在理由だとしても、無条件に破壊するわけではないと考えている。もし、ヴァニタスが無条件に世界を破壊する神なら、世界ができた時から破壊活動を行えば最も効率がいいはずだ。
だから、何らかの条件があるのではないかと思っているのだ。
十一柱の神々についても同じことが言える。
世界を守るために動いているという割には制約が多すぎる。干渉しすぎるとヴァニタスに力を与えるという話だったが、力を与える前に叩き潰せばいい。だとすれば、ヴァニタス以外の存在に制約を掛けられている可能性が高い。
この間、神々と邂逅した時に自分たちより上位の存在がいて、それに制限を掛けられていると言っていた。その上位の存在について調べることで、神々の行動原理が見えてくるかもしれない。
「父上たちには今回の目的を伝える。その上で意見を伺い、反対がなければドクトゥスに向かうつもりだ」
「そうだね。御館様や先代様には相談した方がいい」とベアトリスも賛成する。
「もし、ジルソールに向かうことになったらどうするんですか? 帝国経由だとエザリントンを通らないといけませんし、アウレラからだとルークスを通ることになります」
メルが懸念を示す。
「成り行き次第だが、帝国内を行くよりアウレラ経由で海路を使う方がいいと思っている」
「それはなぜですか? ロックハート家は光神教にとって仇敵と言えると思うのですが」
「アウレラの商人の伝手を使って旅行者に成りすませば、問題は少ないと思う。まあ、この辺りは情報収集をしてみないと何ともいえないが」
「そうね。アウレラから帝都に向かうには聖王国の港を使わないといけないわ。たくさんの船が行き交っているから、商人だけじゃなく旅行者も多いはずだし、港町から出なければ目立つことはないと思うわ」
リディの言う通りで、商都アウレラと大消費地である帝都プリムスを結ぶ海路は多くの船で賑わっている。その中には身分を隠した諜報員も多くいるが、聖王国も商業ギルドとの関係を重視し、大々的な取り締まりは行っていない。
そうは言っても帝国と聖王国の関係が悪化した現状では危険がないとは言えない。帝国内を移動すると政争に巻き込まれる可能性はあるが、身の危険という点では不安はほとんどない。しかし、聖王国で正体がばれれば帝国や鍛冶師ギルドに対する人質として拘束される可能性が高い。
その後、父と祖父に相談にいった。
俺の話を聞いた父は「そうか」と言った後、考え込むように目を瞑った。
祖父は俺の行動に賛成のようで、
「敵について調べることはよいことじゃ。特にあの漆黒の魔族の行方が分からぬ今、敵がどう動くのかを知っておくことは必要じゃろうな」
祖父の言葉を聞き、父はゆっくりと目を開いた。
「父上のおっしゃる通り、敵について知っておくことは必要なことだ……」
そこで言葉を切り、俺の目をしっかりと見つめた。
「……危険を承知で行くというのであれば、私が止める理由はない。第一、今のままではお前自身が納得できんだろう。このまま悶々として過ごすくらいなら、思い切って行動する方がよい」
父には俺の心の中が見えていたようだ。
「ありがとうございます。ですが、ドクトゥスからジルソールに行くと最短でも半年、恐らくは一年ほど村を離れることになります。あの敵がここを狙うとは思いませんが、何かあった場合に戻って来られないのは不安が残りますが」
「その点は大丈夫だろう」と父は言い、更ににやりと笑って付け加えた。
「もう神々からの使命ではないのだ。気負う必要はない。リディアたちと水入らずで旅行すると考えればよいのではないか。確かお前のいた世界には“新婚旅行”というものがあると聞いた。新婚というには時期を外しているが、それだと思ってのんびり過ごすのもよいだろう」
俺が神々の使命に縛られているのではないかと気を使ってくれたようだ。
「そうですね。アウレラやジルソールに観光に行くというつもりで、気負わずに旅行してみます」
父たちと別れた後、リディたちに報告を行う。
新婚旅行の件では四人から賛同の声が上がったほどで、先ほど乗り気ではなかったベアトリスとメルも喜んでいた。
出発は三日後の七月十三日とし、準備を行っていく。
準備といっても今の俺はロックハート家の次男という立場以外に役職もなく、蒸留所もスコットたちがいれば問題はない。鍛冶師ギルドの研修所の講師の仕事も先日の鍛冶技能評定会で分かるように親方クラスはほとんど受講しているため、喫緊でやることはない。
母や家臣たちには心配を掛けないため、新婚旅行に行くといってある。
「時々手紙は送りなさい。それに子供ができたらすぐに戻ってくるのよ」
母に笑いながら言われてしまうが、
「わかっていると思うけど、無茶はしないで。あなたがすべてを背負う必要はないのだから」
言わなくても俺が何をするのか分かっているようだ。
七月十三日。
家族や家臣、村人たちに見送られ、ラスモア村を出発した。
村人たちは気楽な旅行に行くと思っているが、家族や家臣たちは詳細を話していないにも関わらず、重大な仕事に向かうと感じており、道中の安全を祈る言葉が掛かる。
いつも通りアルス街道を北上し、ペリクリトルに向かう。
途中で危険なカルシュ峠を通過したものの、魔物や盗賊の襲撃を受けることはなかった。
七月十八日に無事、ペリクリトルに到着する。
今回もルナと会わないように北地区の宿に泊まり、その甲斐もあって彼女に出会うことはなかった。
七月二十二日にドクトゥスに到着した。
■■■
ザックたちがペリクリトルを去った後、ルナは彼らの噂をパーティリーダーのヘーゼルから聞いた。
「ザックさんたちがペリクリトルにいたそうよ。何でも結婚したからいろいろなところに旅行に行くんだって。羨ましいわね」
「新婚旅行ですか……」とルナは答えるものの、それ以上は何も言わなかった。
「いい身分だな。何の目的もない旅行なんて、俺には考えられねぇよ」
ライアンの言葉に猫獣人のファンも頷き、
「そうだな。まあ、あの歳で二級冒険者だ。がっぽり稼いだからのんびりするんだろうよ」
「他にもお酒でも儲けているらしいから、私たちみたいにあくせく働かなくてもいいのよ。でも、あのくらい何でもできたら嫉妬する気にもならないけど、羨ましいことに変わりはないわ」
「羨ましいのは金があるからか? それとも結婚しているからか?」とファンがからかう。
「あら、それは私がもてないって言いたいのかしら?」とヘーゼルが睨む。しかし、すぐに笑い声を上げ、それにライアンも釣られて笑い始めた。
そんな会話にルナは加わらなかった。
(本当に新婚旅行なのかしら? でも私には関係ないわね。あの人たちから逃げ出したのだから……)
自嘲気味にそう考えるものの、会えなかったことが心に影を落とす。
「会いたかったの?」とヘーゼルが茶化すような感じで聞くが、その目には彼女を気遣う色が見えた。
「いいえ。折角の楽しい旅行なのだし、邪魔はしない方がいいわ。それに私にはみんながいるから寂しくなんてない」
ヘーゼルには強がりに見えたが、その点には言及せず、「そうね」と言ってルナの肩を抱く。
「さっきのお金の話じゃないけど、そろそろ拠点を移すわよ」
「唐突に何の話だ?」とファンが首を傾げる。
「この宿も悪くないけど、夏の間に稼いで九月には“荒鷲の巣”亭に移りたいわ。あそこは料理が美味しいって有名だから」
「でも俺たちで大丈夫なのか。ここでも充分だと思うんだが」とライアンが言うと、
「あなたががんばるのよ。うちのパーティで大物を倒せるのはあなただけなんだし、ルナに美味しい物を食べさせたいでしょ」
ヘーゼルはライアンの肩をポンと叩く。
そんな会話を聞きながら、ルナはいい仲間と一緒になれたことを神に感謝していた。




