第二話「初めての街」
キルナレックの街は灰色の城壁に囲まれた城塞都市だ。
地図上は、カエルム帝国とカウム王国との国境近くになるのだが、この辺りは自由国境地帯のようなもので、両国が戦火を交えたことはない。
キルナレックに城壁があるのは、カエルム帝国が辺境に建設する都市には城塞都市が多く、その流れを汲んでいるだけに過ぎない。
城壁の高さは五mほどで、一辺が一km弱ほどの石造りの壁なのだが、長年風雨に晒された石は黒ずんだものが多い。
街道に繋がる城門には五人ほどの兵士がショートスピアを持って立っていた。
午後三時頃と比較的早い時間であり、城門前には数台の荷馬車がいるだけで特に行列はできていなかった。
ガイに聞いたところでは、夕方になるとボグウッドの街を発った商隊が街に次々と到着するため、長い行列ができるそうだ。
城門の前で馬を降り、ガイが責任者らしい四十代くらいの兵士にオーブ、身分証明書となる魔道具を見せていた。
「珍しいですな、ジェークス殿が女性と子供を連れて街に来られるとは」
ガイは俺に一礼してから、
「こちらはザカライアス・ロックハート様だ。我が主君のご次男に当たられる」
ガイが真面目な口調で俺を紹介したため、その兵士は慌てて俺に頭を下げる。
「これは知らぬこととはいえ、ご無礼を致しました」
俺は「構わなくてもいい」と言うと、その兵士は真面目な口調で
「それでは申し訳ございませんが、オーブの確認をお願いいたします」
街に入るにはオーブの確認と入市税を支払う必要がある。
俺は左腕の袖を捲くり、着けている腕輪状のオーブをその兵士に見せる。小さい頃作ったオーブはペンダント状だったが、腕に着けているほうが旅では便利と聞き、腕輪状のものに作り替えてあった。
兵士は俺の名前を確認し、リディ、シャロンと確認していく。
兵士は「問題は何もございません」と言ったあと、コホンと咳払いをして、「それでは、ようこそキルナレックへ」と歓迎の言葉を掛けてきた。
俺はどう対応していいのか思わず微妙な顔をしてしまった。
(一応、騎士の家だから身分的には偉いんだろうが、こういうシチュエーションは想定していなかったな。うちの家はこういうことに疎いから、兄様も最初は困ったんだろうな……)
俺は何とか「歓迎の言葉に感謝する」と呟き、その場を誤魔化した。
街の中に入ると石造りの建物と木造の建物が混在しており、統一感がない。
ただ、露天の店からは威勢の良い声が聞こえ、街には活気がある。
(昭和の時代の商店街みたいだな。おっちゃん、おばちゃんが元気に声を掛けてくる。村しか知らないシャロンには結構刺激が強そうだ)
シャロンは威勢のいい八百屋の親父に声を掛けられて戸惑い、俺にぴったりとへばりついてくる。リディは声を掛けられたくないのか、マントのフードを深く被り、馬を盾にして歩いていた。
俺は後ろを振り返り、目を丸くしているシャロンに声を掛ける。
「驚いたかい? 村とは全然違うからビックリした?」
シャロンは大きく頷くが、「は、はい……」と言ったきり言葉が続かない。
そういう俺も異世界の街に興味津々で、キョロキョロと周りを見ていた。
ガイの案内で街の中を進んでいくと、数分で宿に到着した。
宿は木造三階建ての割と大きな建物で、開け放たれた木窓から一階を覗くと、カウンターがある食堂兼酒場だった。
ガイが宿泊の手続きを終えて戻り、俺たちは裏にある厩舎に馬を連れていく。
「この宿では自分で馬の世話をしなければなりません。私がやっておきますのでザック様たちは先に部屋にお上がり下さい」
「いや、俺もやるよ。これから自分でやらないといけないんだろ。早いうちに慣れておいた方がいい」
俺がそう言うと、ガイは首を横に振り、
「少なくともキルナレックではお止め下さい。御館様の評判にも関わってきますので」
キルナレックではロックハートの名は有名で、その直系の男子が宿で馬の世話をするのは外聞が悪いと言いたいようだ。
「分からないでもないが、おじい様も父上も気にしないと思うが……分かった。ここはガイの言うとおりにするよ」
恐らく祖父も父も気にしないはずだ。それどころか、自分の馬の世話くらい自分でするべきだと言い兼ねない。しかし、ロックハートの名に誇りにしているガイにとっては僅かでも評判が悪くなることはさせたくないのだろう。
俺は彼の気持ちを汲むことにし、宿に入った。
俺たちが宿の中に入ると、五十代くらいの男が奥から出てきた。
「これはこれは、ザカライアス様。我が宿をお選びいただきありがとうございます」
「丁寧な挨拶、痛み入る。ガイが、いや、従士のジェークスが手続きをしたと思うのだが……」
「はい、伺っております。あとはオーブの確認だけでございます」
宿では偽名を使った盗賊などが入り込まないようオーブで氏名の確認を行う。
俺は左腕を出し、オーブの確認をさせる。
(騎士階級でも確認するんだな。爵位持ちの貴族とかはどうするんだろう? まあ、俺には関係ないか……)
リディ、シャロンもオーブの確認を済ませ、部屋の鍵を受取ろうとすると主人が案内すると言ってきた。
「部屋は二階の端の部屋になります。それではご案内いたします」
主人は俺の荷物を奪うように持ち、「ささ、こちらへ」と俺たちを促す。
二階に上がると、「二人部屋を二部屋と伺っております」と言って、部屋の扉を開けてくれた。
(俺とガイが同じ部屋なんだろうな。俺としてはリディと一緒の部屋がいいんだが……)
中はいわゆるツインタイプの客室で、清潔なシーツが掛けられたベッドと小さなクローゼット、二人掛けのテーブルが置いてあった。部屋に風を通すためか、木窓が開け放たれており、思ったより涼しい風が吹き抜けていく。
「御用の際はいつでもお呼びください。夕食はお部屋でよろしかったでしょうか?」
俺は対人恐怖症のリディのことを考え、「それで頼む」と頷く。
宿の主人が下がると、俺は窓際に立ち、街の様子を眺めていた。
(どういったらいいんだろうな。布張りのテントの露天商が多いからヨーロッパの市場が近いかもしれないな。まだ、早い時間だから冒険者風の人間は少ないな。それでも剣を吊るした革鎧の男が歩いているのを見ると、ここが異世界だと感じてしまう。まるで映画のワンシーンみたいだ……)
俺がぼうっと外を眺めていると、リディが横にやってきた。その後ろにはシャロンもいた。
「何か面白いものでも見える?」
「そうだな。俺は初めてこの世界の街を見たんだ。こういう風景を実際に見るのは初めてなんだ。少し感動しているよ……」
「この世界か……私も見てみたいな、ザックのいた世界を……」
ぼんやり外を眺めていると、馬の世話を終えたガイが部屋に入ってきた。
「ご苦労様。ここの主人を見て、ガイの言った意味が分かった気がする」
彼は曖昧な表情で頷くと、
「それでは街の見物に行こうと思います」
俺は背中の剣を軽く叩き、「武器はどうするんだ?」と尋ねた。
「この街では武器はなくとも問題ありません。ですが、他の街では宿の中でも持ち歩く方がよろしいかと思います」
リディも頷いており、やはり治安が悪いところが多いようだ。
「この付近は先代様が盗賊を狩りつくしておりますので、かなり安全なのです。ですが、他の街ではならず者が幅を利かせていたり、盗賊が忍び込んできたりするのです」
ラスモア村は非常に治安が良かった。先代の祖父が治安維持に尽力しているためで、子供たちが村の中で遊んでいても危険を感じることはなく、盗賊やならず者といった犯罪者は皆無と言っていい。
俺は何となく剣を持って街に出たいと思い、そのまま街に出ていくことにした。
まず、ガイの用事を済ますため、ギルドに向かう。
ガイは歩きながら、これからの予定を説明していく。
「明日以降なのですが、予定通り商隊に同行いたします。商業ギルドで同行できそうな商隊を探そうと考えています……」
商業ギルドで明日出発する商隊を紹介してもらい、同行の交渉をする。ただ、北に向かう商隊は午後五時頃にならないとキルナレックには到着しないため、先に冒険者ギルドと傭兵ギルドで情報を入手するそうだ。
「どんな情報を手に入れるんだ?」
「冒険者ギルドでは主に出没する魔物の情報を、傭兵ギルドでは盗賊の動向を確認します。南行きの商隊は既に到着していますから、傭兵ギルドには最新の情報が入っているはずです」
(さすがに情報の重要さを理解しているんだな。この世界の常識なのか、ロックハート家の常識かは分からないが、俺としては安心できる……)
ロックハート家では常に村の周囲の状況を丹念に確認している。
偵察が得意なヘクターやガイが、猟師のロブたちを使って、村の周囲を常に警戒していた。そのおかげもあって、村の中に魔物が迷い込んでくるようなことはほとんどない。
宿から数分で木造二階建ての冒険者ギルドの支部に到着する。
一見すると食堂のような感じの入り口だが、中に入ると木製のカウンターがあり、数名の受付が座っていた。
既に依頼を完了した冒険者たちが報告に来ており、カウンターはすべて埋まっている。
俺は初めて見るギルドに興奮していた。
(異世界の定番、冒険者ギルドだ。あっ! あそこに獣人がいる。猫耳っぽい……こっちには犬耳? それとも狼耳か?……うちの村には獣人は一人もいなかったからな……あそこに掲示板がある。あっ、依頼票が張ってある……)
俺は年甲斐もなく、子供のようにキョロキョロと周りを見回していた。もちろん、見た目は十歳だから違和感はないのだが。
「あまりキョロキョロしないの。シャロンの方がちゃんとしているわよ」
リディに指摘され、途端に恥ずかしくなり、ガイとリディに「すまない」と小さく謝る。
ガイは苦笑に近い表情で「初めてですから……」と言ってくれるが、リディは「ガイが恥を掻くでしょ」と容赦がない。
返す言葉がなく、頭を掻いて誤魔化していたが、やはり獣人が気になってしまう。
(耳とかってどうなっているんだろう? 尻尾もあるのかな?……)
リディに肘で突かれ、ようやく我に返る。彼女は呆れ顔で何も言わなかった。
カウンターの一箇所が空いたため、ガイがその席につく。
ガイは「ここから北の魔物の状況を知りたいのだが」と言いながら、二十代半ばの受付嬢にオーブを見せる。
「四級冒険者のガイ・ジェークス様ですね。分かりました。春以降、四級相当以上の魔物が出たという情報はありません。五級相当も灰色熊が迷い込んだことがありましたが、今のところ、魔物による大きな被害は出ておりませんね……」
(ガイのオーブは冒険者のものなんだな。リディのもそうだと聞いていたけど、そう言えば“級”があるって言っていたな……)
冒険者ギルドに登録している冒険者には、その貢献度によって一級から十級の“級”が与えられる。十級から始まり、ギルドがランク付けした依頼をこなすことによって徐々に級が上がっていくシステムだ。
一般的には七級までが駆け出し、五、六級が一人前、四級がベテランとされる。三級以上は一流冒険者といわれ、地方都市にはほとんどいない。
冒険者ギルドの級はギルドへの貢献度であるため、戦闘力と直接的には関係が無い。
傭兵ギルドの級も一級から十級の十段階だが、冒険者のものとは異なり、戦闘力、すなわち剣術士や弓術士といった職業レベルによって級が決まる。
四級であるガイは、キルナレックのような地方都市では数少ないベテランクラスの冒険者だった。
ガイが受付嬢に軽く手を上げ、戻ってきた。
「魔物のほうは特に危険な兆候は見られないようです。これから傭兵ギルドに向かいます」
俺たちはガイに促されるまま、傭兵ギルドに向かう。
まだ獣人に興味はあったが、これから先、何度も見るだろうと諦める。
傭兵ギルドは冒険者ギルドからやや離れたところ、商業ギルドの横にあった。
建物は冒険者ギルドより大きく、石造り三階建ての立派な建物だった。
入り口の木の扉は開け放たれており、金属鎧を身に纏った大柄の傭兵たちが何人も出入している。
(強そうに見えるけど、どの程度なんだろう? ガイが剣術士レベル四十くらい、弓術士レベルが四十七だったはずだけど、傭兵たちはガイより高いレベルなんだろうか?)
リディにそのことを聞くと、
「そうね……商隊の護衛をしている傭兵だと、隊長クラスがガイと同じくらいだと思うわ。ガイだと三級手前の四級だから、一流どころの傭兵団でも充分通用するレベルよ」
「そう言えば、おじい様が三級相当だっけ? そう考えると一級の傭兵ってどのくらい強いんだろう?」
俺の呟きにリディがくすりと笑い、
「一級なんて国に一人いるかいないかっていう化け物クラスよ。少なくとも実際に見ることなんてないわよ」
そんなことを話しながら、傭兵ギルドに入っていく。
冒険者ギルドより人が多く、四箇所ある受付には数人ずつ並んでいた。
俺が「人が多いな」と呟くと、
「この時間は商隊が着く時間ですから。特に明日は長距離を移動しなければなりませんので、臨時の傭兵を雇うことが多いのです」
ガイの説明では、キルナレック-ボグウッド間は深い森の中を三十五kmも進むため、早朝に出発することが多い。そのため、前日に必要な情報や追加の護衛を雇うことが多く、この時間は混雑するという話だった。
ガイは近くにいる傭兵に話しかけ、街道の情報を確認していく。
周りにいる傭兵たちは、二人の子供とフードを深くかぶったリディの姿を胡散臭そうに見ていた。
さすがに声を掛けてくるようなことは無かったが、俺たちの姿は傭兵たちの好奇心を刺激しているようだ。もしかしたら、護衛を依頼しに来た客だと思われているのかもしれない。
ガイが数人に話を聞いてから、戻ってきた。
「盗賊についても特に危険な兆候は無いようです。ただ、元々盗賊の出没する場所ですから、油断はできませんが。それでは受付に商隊の情報を聞いてきます。申し訳ありませんが、もうしばらくお待ち下さい」
ガイは俺に頭を下げ、受付前の行列に並ぶ。
時間が掛かりそうなため、俺たち三人はロビーにある打合せ用のテーブル席に向かった。
何人かの傭兵たちが椅子に座っているが、やはりちらちら見てくる気がする。
(小説のテンプレだと絡んでくるチンピラ風のモブがいるんだろうけど、さすがにプロの傭兵はそんなことは無いんだ。まあ、気にはしているようだけど、仕事に絡むかどうかが気になっているだけなんだろうな)
傍目に見れば、俺とシャロンはいいところの子供でリディがその世話係、ガイが護衛のリーダーと見えないことも無い。特にシャロンは、美しい金髪と白い肌に加え、ほぼ毎日風呂に入っているから薄汚れた感じが全く無い。俺と同じような革の服を着ているが、知らない人間が見れば、貴族の令嬢のお忍びと間違えてもおかしくはない。
(俺も見た目はいいようだから、貴族の旅行に見えているのかもしれない。そうなるとちょっと厄介だな……)
貴族の子息のお忍びの旅行と見られると、その噂が盗賊たちを呼ぶかもしれない。特にこの先は危険が多いそうだから、更に厄介だ。
(リディがフードを取るともっと大変なことになりそうだな。これだけの美人まで付いてくるとなると、鴨が葱を背負っているようにしか見えないからな……)
十五分ほどでガイが戻ってきた。
「それほど危険が増えたという話はないようです。北行きの商隊が到着し始めましたので、商業ギルドに向かいましょう」
俺は頷きながら、今考えていたことをガイに話していく。
「俺とシャロンは金持ちの子供に見えるんじゃないか?……」
俺の話を聞いたガイは、難しい顔で考え込むが、俺たちを安心させるように笑顔で話し始める。
「そうですね。やはり無理をしてでも大きな商隊に紛れ込んだ方がいいでしょう。ですが、大丈夫です。私とリディアさんが無料で護衛に加わるといえば、どこでも入れてくれますから」
俺たちは商業ギルドに向かった。




