表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第二章「学院生時代:学術都市ドクトゥス編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/529

第一話「旅立ち」

 トリア暦三〇一二年七月二日。


 丘の間を爽やかな初夏の風が吹き抜けていた。

 俺は今日、故郷ラスモア村をあとにする。


 目的地は魔術学院がある学術都市ドクトゥス。

 ドクトゥスはここから約三百七十km離れた場所にある。

 俺とともに旅立つのは、幼馴染のシャロン・ジェークス、シャロンと俺の魔法の教師リディアーヌ・デュプレ、そしてシャロンの父、ガイ・ジェークスの三人だ。

 シャロンは俺とともにドクトゥスにあるティリア魔術学院に入るためだが、リディことリディアーヌは、ただ単に俺と一緒にいたいために付いてくる。



 朝食を終えた俺は出発の準備をしていく。

 革製のジャケットとロングパンツ、グローブ、長靴を身に纏っていく。夏場の暑い時期にはかなり蒸れるが、防具を持っていない俺にとって、これが防具代わりにもなる。


 腰には従士のヘクター・マーロンから贈られた投擲剣用のベルトを着け、背中に鍛冶師のベルトラムに打ってもらったバスタードソードを背負う。


 ベルトには長さ十五cm程度の投擲剣が五本と小さなポーチが取り付けてある。この投擲剣もベルトラムに造ってもらったものだ。

 両刃で肉厚な刃に柄頭が円環になっているタイプのもので、モデルは昔に読んだ忍者漫画に出てくる“クナイ”だ。穴掘りから壁上りの足場など多用途に使える優れ物だが、今まで一度も実戦で使ったことはない。


 クナイを使うシチュエーションにならなかったことと、やはり攻撃に使うには魔法の方が確実なためだが、こういうものは形が大事だと俺は思っている。そう、俺の子供の頃からの思い入れと言ってもいい。


 そして、革製のヘルメットとフードつきのマントを手に持つと出発の準備が完了する。ちなみに鎧を作らなかったのは、成長期の俺では一、二年で鎧の調整代がなくなってしまうからだ。成長する度にわざわざ作り直すのが勿体無い。



 準備が整った俺は、家族や従士たちに別れを告げていく。

 従士やその家族に別れの挨拶をしながら、記憶が戻ってからの七年間を振り返る。


(三歳で記憶を取り戻してから、もう七年か。いろいろあったな。剣の修行、魔法の勉強、村の改革、森の中での戦闘……日本にいた頃では考えられないくらい充実した毎日だった。本当に日本にいるときは灰色の生活だったからな……)


 従士頭のウォルト・ヴァッセル、その妻のモリー、弓術士のヘクターと続いていき、俺と関わりの深かった内政担当のニコラス・ガーランドの前に立った。

 俺はいきなり「村のことを、父上のことを頼む」と彼に頭を下げた。

 ニコラスは慌てて、「頭を上げてください」と俺の手を取る。

 俺はその手を取りながら、


「恐らく、これからの方が大変なはずだ。人が増え、村は豊かになっていく。そうなれば、村の人たちの心も変わっていくだろう。それは必ずしも悪いことじゃない。だが、その変化は村のあり方を変えるかもしれない。そうなれば、ロックハート家も変わらざるを得ない……」


 ニコラスは「ザカライアス様……」と不安そうな顔をしている。


「でも、ニコラスなら大丈夫だ。ニコラスがいるから、俺は安心してドクトゥスに行ける。だから、自信を持って村を良くしてやってくれ」


 俺はラスモア村が変わっていくと思っている。人が増え、豊かになり、そして、教育により知識も増えている。若者は街に出たがるだろうし、大人たちも娯楽を求めるだろう。

 まだ、村には商店がないが、恐らく数年以内には行商ではない固定の商店ができるはずだ。酒場も今はまだ黒池(ブラックラフ)亭だけだが、そう遠くないうちに新しい酒場ができるだろう。


 今はまだ“スコッチ”の販売は少量しか行っていないが、それでも年間数万(クローナ)=数千万円の収入を得ている。蒸留所の経営はロックハート家の直営であるが、原料である麦や葡萄を、税金分の他に現金でも買い取っているため、村人も以前より現金を持つようになっていた。


 村の人たちが豊かになるのはいい。そのために改革を行ったのだから。

 だが、その変化が急すぎるとどこかに歪が出るはずだ。

 俺はその歪を恐れている。


 そして、この村の安全についてだ。

 これから大人になる子供たちは、昔の危険な状況を知らない。世代交代が進めば、訓練を嫌がる若者が増え、自警団の実力が下がっていくだろう。そうなれば、この豊かな村を盗賊たちが狙うようになるかもしれない。


 ロックハート家についても同じことがいえる。

 祖父や従士頭のウォルトは五十歳を超えた。ニコラスやヘクターも四十代半ばを過ぎている。まだ、全盛期の頃とそれほど変わらないようだが、それでも力は落ちている。

 それを埋める若い世代は、父と同世代のイーノス・ヴァッセル、父より少し若いウィル・キーガンがいるが、祖父たち世代と比べると、どうしても実戦経験が少なく、見劣りがする。


 この村を守るためにどうすればいいのか、俺にも判らない。

 今は自警団と言っているが徴兵制に近い形だ。この先、志願兵や傭兵による専門の守備隊を作る必要が出てくるかもしれない。


 そうなれば、今のロックハート家と従士たちの関係は大きく変わるだろう。家族のような繋がりではなく、雇用関係のような形になるかもしれない。

 俺は今の関係が好きだが、好むと好まざるとに関係なく、ロックハート家が大きくなれば変わらざるを得ない。


 俺がそんなことを考えているとニコラスが笑顔で話し掛けてきた。


「安心してお任せ下さいとは言えませんが、私の力が及ぶ限り、ザカライアス様の愛しておられているこの村を守ってみせます」


 俺は何も言わず、彼の手を強く握った。



 従士たちの間に泣きそうな顔のメリッサ・マーロンとダン・ジェークスを見つけた。

 俺はダンの腕を取り、「メルのことを頼む」と彼の肩を軽く叩く。

 ダンは、はにかみながら「はい。任せてください」と力強く頷いていた。


 そして、俺はメルの前に立った。

 彼女は笑みを浮かべながら明るい表情を作っているが、目が赤く充血し、鼻も少し赤かった。恐らく朝方まで泣いていたのだろう。だが、俺の門出ということで無理やり笑顔を作っているのだ。


 俺はそんなメルが愛しくなり、思わず抱きしめてしまった。

 メルは「きゃ!」という小さな悲鳴をあげて驚くが、すぐに鼻声で「元気で、ザック様……」とだけ呟き、そのまま、鼻をすすり始める。


「ああ、メルも元気でな」


 俺がそう言うと、メルは嗚咽を漏らし始める。

 そして、何か言おうと「ザック様……」と呟く。

 俺は「無理しなくていい。分かっている」と彼女の体をもう一度強く抱きしめた。


 俺はメルを抱きしめながら、「ちゃんとここに帰ってくるから」と囁き、彼女の体をゆっくりと放した。

 彼女は泣き笑いのような表情を見せ、


「必ず帰ってきてください。待っています……」


 俺ももらい泣きしそうになるのを堪えながら、笑顔を作る。端から見ればメルと同じ泣き笑いのような表情をしていたはずだ。



 その後、涙を浮かべている弟のセオフィラス、妹のセラフィーナの頭を撫でてから、祖父、父、母の前に立ち、「それでは行ってまいります」と無理やり笑顔を作る。


 祖父は訓練の時のような厳しい顔で頷き、父は俺の肩に手を置き、「無理はするなよ。村のことは任せておけ」と笑顔を見せてくれた。

 母は俺を抱きしめ、「あなたなら大丈夫でしょうけど、何かあったら、いつでも帰ってきなさい。ここはあなたの家なんだから」と涙を浮かべていた。


 俺も涙が込み上げてくる。

 口を開くと涙が零れそうになるため、「はい」とだけ答え、母から離れた。


 そして、もう一度、「行ってまいります」と大きな声を出し、馬に跨った。

 涙を堪えながら、もう一度家族に笑顔を向けて、我が家を後にした。

 後ろでは従士たちやその家族の「お元気で行ってらっしゃいませ」と言う声と、セオとセラの二人の泣き声が聞こえていた。


 屋敷の門には一緒に出発するリディと、ガイ、シャロンの親子が待っていた。

 俺は三人に泣き顔を見られたくないため、先頭に立ち、馬を進めていった。



 こういう旅立ちは初めてだった。

 日本にいたときにも別れはあった。就職した時に母に送られた記憶はあるが、これだけの人たちに心から見送られるのは初めてだ。


 俺にこの人たちを逢わせてくれたのはこの世界の神だ。

 俺はこの幸せを与えてくれた神に感謝していた。

 そして、神から与えられた使命を果たすためにできることを全力でやろうと心に誓っていた。



 館ヶ丘を下り、昨日の夏至祭の余韻が残る村の中を進んでいく。

 気だるそうに農作業の準備をする村人たちが、俺たちに気付き、手を振ってくれる。俺は美しい村の風景を目に焼き付けながら、フィン川に掛かる橋を渡った。


 そこで一旦、馬を止め、後ろを振り返った。

 そこにはアクィラ山脈の峻厳な頂をバックに、五つの丘が連なる美しい風景が広がっていた。


(ここが俺の故郷だ。ここを守るために俺はドクトゥスに行く。目的を見失わないためにこの風景を目に焼き付けておくんだ……)


 俺は涙でかすむ目でその風景を目に焼きつけ、再び馬を進めていく。

 後ろにはリディがいるが、彼女は何も言わず、俺の好きなようにさせてくれていた。

 そのあと俺は、一度も後ろを振り返らなかった。



 ラスモア村からドクトゥスまでは約三百七十kmある。旅慣れない俺やシャロンがいるため、一日辺り二十五から三十km程度の行程を考えていた。

 まだ十歳の子供である俺、美しいリディと愛らしいシャロンに対し、護衛はガイ一人しかいない。俺たちは盗賊に狙われることを恐れ、商隊とともに行動する予定としていた。


 実際にはリディも四級の冒険者であり、弓も魔法も使える一流の戦士なのだが、傍目には若くて美しい女性にしか見えない。

 このため、父はヘクターかニコラスも護衛につけようとしてくれたのだが、往復二ヶ月近くも、優秀な従士二人を拘束するのは悪いと俺が断ったのだ。


 今日は二十五km先にあるキルナレックの街まで行く予定だ。

 キルナレックは人口三千人ほどの地方都市だが、カウム王国とペリクリトルを結ぶアルス街道にある宿場町であり、田舎の割には栄えている。


 村から五km先の街道に出る頃にようやく落ち着いた。

 湿っぽい雰囲気を振り払うため、陽気な声でリディに話しかける。


「そういえば、街道に出るのは初めてだな。街道の道は結構広いのか?」


 リディは「そうね」と少し首をかしげたあと、


「この道よりは広いけど、荷馬車がすれ違えるかどうかっていう幅ね。森の中だとすれ違えないところの方が多いかも……」


 ラスモア村からアルス街道に出る道は荷馬車が何とか通れる狭い道で、幅二mほどしかない。

 これでも数年前に比べれば荷馬車の通る台数が多くなったため、かなり道幅が広くなったのだが、それでも獣道に毛が生えた程度の粗末な道だった。


(村を発展させるためには道の整備が必要だな。もう少し広くて整備された道があれば、荷馬車も来やすいはずだ……)


 木漏れ日の差し込む西の森の中を、馬に揺られながら道を進んでいく。一時間ほどすると主要街道であるアルス街道に出た。


 この辺りのアルス街道は森の中に作られている。

 ラスモア村行きの道の分岐点は木に隠れて、一見しただけではどこから入るのかが分からないほどだ。よく見ると小さな標識があるのだが、草が生い茂っており、初めての人間は気付かないだろう。


 アルス街道の道幅は、ラスモア村行きの道より広く、大体三から五mほどだ。もちろん舗装などされておらず、結構凸凹だ。ところどころ木の根が張り出しており、サスペンションのない馬車は、乗り心地がかなり悪いはずだ。


 馬も足を取られないように気を付けており、割れ物を運ぶのはかなり難しそうだ。


(やっぱり酒は樽で運ばないと駄目なのか。ファータス河の水運が発達していれば良かったんだが、急流が多くて使えないという話なんだよな)


 アルス街道はファータス河という大河に沿って作られている。ファータス河は山間(やまあい)をうねるように流れる河で、途中に岩が突き出た難所や滝に近いほどの落差があり、水運のためには利用されていない。また、水棲の魔物もおり、危険は街道の比ではないと言われている。


 そして、このアルス街道だが、大雨が降るとファータス河に向かって水が流れていくため、すぐに道がぬかるんでしまうそうだ。

 特にキルナレックと南のボグウッドの間は三十五kmもあり、雨が降ったあとには、荷馬車のスピードが極端に落ちる。冬などは明るいうちに目的地につけなくなることが多く、難所の一つと言われている。


 だからと言って、五kmも離れたラスモア村に立ち寄る商隊はなく、この辺りで野営することが多いそうだ。これはこの辺りがかなり安全な土地で、野営しても問題ないと認識されているからだ。

 実際、ラスモア村から流れるブラック川近くには野営用のスペースがあり、焚き火の後なども残されていた。


 俺はここに宿場町が作れないか考えていた。

 元々、この辺りはカウム王国とカエルム帝国の国境であったことから、街が作られなかったと聞く。今はロックハート領となっており、我が家が開発に手を出さなければ、永遠に町は作られないだろう。

 俺はそんなことを考えながら、馬に揺られていた。



 途中で休憩を挟みながら、アルス街道を北上していく。

 森の木々の間からシェハリオン山が右手に見え始めると、少しずつ森の密度が小さくなっていく。木漏れ日の中から出てきたため、照りつける日差しが眩しい。

 周りを見ていると、ポツンポツンと数軒の農家が固まった集落が現れ、草原に羊や牛が放牧されていた。


 途中の集落で、メイド長のモリーの作ってくれた弁当を食べ、再び馬を進めていった。

 午後二時過ぎ、比較的大きな川であるシーリン川を越えると、城壁に囲まれた街が見えてきた。


 ガイが「あれがキルナレックの街です」と指を指し、俺とシャロンは初めての街に思わず身を乗り出しそうになる。

 俺は思わず、「早く街を見たいな……この世界の街を見るのは初めてなんだよな」と呟いていた。

 リディにはその呟きが聞こえたようで、クスクスと笑いながら、ガイに話しかけていた。


「ガイ。ザックが目をキラキラさせて、街を見たいって言っているわ。あとで案内してあげて……フフフ」


 俺は少しだけむくれた顔をして、「分かったよ。シャロンと一緒にガイに案内してもらうから。リディは宿で留守番だな」と言うと、リディの方が本気でむくれる。


「もう意地悪を言わないの。私も一緒にいくわよ」


「冗談だよ。みんなで一緒に行こう。ガイに用事がなければだけど」


 ガイにも俺たちの声が聞こえていたようで、


「大丈夫ですよ。各ギルドには顔を出しますが、それほど時間は掛かりませんし……」


 ガイもリディも俺が沈んでいると思って、いつもより明るく振舞ってくれている。

 俺にはそのことがよく分かっていた。


(二人とも気を使ってくれている。本当ならシャロンも寂しいのだろうが、俺の落ち込み方が酷かったからだろう。だが、俺は前に進まないといけない。だから、もう振り返らない。強くなって戻ってくるまでは……)


 こうして、俺は故郷ラスモア村から旅立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ