第四十一話「成果」
また一気に二年が過ぎました。
二年が過ぎ、トリア歴三〇一二年の五月になった。
十歳になった俺は剣術や魔法の他に斥候系のスキルもあがり、猟師たちと行動を共にしても足手纏いになることはなくなった。
剣術士レベルは十六、剣術スキルレベルは二十三になっているが、それ以上に気配察知と隠密が二十に上がったことが大きい。
僅か二年だが、二日に一度は森に入っているため、一気に猟師として生きていけるレベルに上がったようだ。
一緒に修行している猟師ロブの息子ダヴィだが、彼はどちらもレベル十三になっているが、俺に引き離されたことでかなり凹んでいる。
魔法も風属性がレベル二十三と見習いレベルを超え、一人前と言われるレベルに到達している。
体つきも百五十cmほどの身長になり、随分大きくなった。
この身長になって一番嬉しいのは、リディと話す時、彼女に屈まれなくなったことだ。
まだ、彼女の方が十cm以上高いのだが、それでも子供を扱うように前屈みになられることがなくなったことは何となく対等になれたようで嬉しい。
ザックカルテットの状況だが、メルは更に剣術の腕を上げ、剣術士レベル十七、剣術スキルレベル二十四と、俺を追い抜いている。
まだ、回避スキルのレベルが低いのか、模擬戦で負けたことはないが、十一歳にして一般兵なみのレベルに達している。
そして、徐々に女性らしい体つきになり始めており、前髪をかきあげる仕草などに、幼女趣味でもない俺が思わずドキッとしてしまうことがある。
ダンは剣術と弓術、更には森歩きに力を入れていた。
剣術士レベル十二、剣術スキルレベル十五、弓術士レベル七、弓術スキルレベル十に達している。更に気配察知と隠密の技能も少しずつ上がっており、彼の父、ガイ・ジェークスのような斥候になれそうだと喜んでいる。
身長も伸び、既に百六十cmを超えていた。鍛えられた細身の体と真面目な性格で、村の同世代の女の子たちの視線を集めている。
シャロンはリディの個人授業を受け続けていた。リディの見立てでは、風属性魔法は魔術学院の卒業生並みのレベル――レベル十五くらいに達しているそうだ。火属性魔法でも見事な攻撃魔法を見せ始め、純粋な攻撃力なら、俺に次ぐ威力を持っている。
更にリディに習い始めた剣術も剣術士レベル四、剣術スキルレベル五と着実に上がっている。
外での訓練が多くなったのに、相変わらず白い肌はきれいなままで、薄い金髪を三つ編みにした姿は人形のようだ。
兄のロドリックだが、三ヶ月に一回くらい手紙が届き、近況を知らせてくれている。
昨年の夏、従士に昇格したそうでラズウェル辺境伯領の東、ポルタ山地の麓の砦に配属されたそうだ。その地は魔物が多く、毎日山に入って魔物を狩っていると手紙に書いてあった。
手紙ではレベルについて書いていなかったが、文章の端々から自信が窺えており、かなり上がっているようだ。
弟たちだが、双子のセオフィラスとセラフィーヌは五歳になり、二人とも剣術の訓練を始めている。魔法の才能についても調べてみたが、残念なことに二人には才能が無かった。
妹のセラフィーヌまで剣術の訓練をやらなくてもいいと思ったのだが、聞いてみるとメルを見てやる気になったそうだ。
まだ、始めたばかりなのでどの程度の才能を秘めているか分からないが、兄のことを想えばある程度の才能はあると思う。
一年半前の十月に妹が生まれた。
名前はソフィアと名付けられた元気いっぱいの女の子だ。
ぱっちりとした目をしており、将来必ず美人になるはずだ。
ソフィアの他にも従士たちの家に子供が生まれており、館ヶ丘は小さい子供の声で満ち溢れている。
ラスモア村の状況だが、堆肥作りの成功と文字を覚えた農民に生産日記をつけさせたことで、生産効率が上がっている。
輪栽式農業は続けているが、一部の条件のいい畑では輪栽をやめ、根菜類専用の畑にしている。有輪式重量犂の導入もあり、館ヶ丘の南の草原でも開墾が始まっている。
幼児死亡率については、五年前、俺が改革を始めようと思った頃は三割以上あったが、現在では一割程度にまで低下している。衛生管理の徹底が功を奏したと思いたいが、本当のところはよく分かっていない。
この他にも出産後の産褥期、つまり出産から二ヶ月くらいの死亡率が低下している。これは出産時の衛生管理を徹底したことが大きいと思う。このリスクが減ったことから、ラスモア村ではベビーブームになり、年間三十人程度だった出産数が、四十人程度にまで上がっている。
更に幼児死亡率が低下したことから、ラスモア村の人口は五百五十人を超え、五年前に比べ十パーセントほど増加している。
教育についてだが、五歳以下の幼児の数が増えたことから、託児所を兼ねた学校を建設した。
これは従士のニコラス・ガーランドが、かなり積極的に父に働きかけたもので、ほとんど彼一人で進めていた。俺は自分の訓練に忙しく、意見を求められた時にアドバイスをした程度だ。
学校は木造二階建てで、館ヶ丘の西斜面に建てられている。南が丘に住む子供たちにとっては少し不便なのだが、俺が緊急避難場所に使えるから、一番安全な館ヶ丘に設置すべきだと進言したためだ。
未だ農作業の合間にしか授業は行っていないが、農繁期でも託児所代わりに使われており、小さな子供たちが館ヶ丘の草原を駆け回っている姿がよく見られる。
校長はニコラス、教師は彼の妻のケイトと娘のジーン、特別講師としてリディが時々顔を出している。
酒造りは順調だ。
蒸留器は初期の小型の物から大型の物に更新され、更に蒸留所も増築していた。
責任者のスコットに五人の専任スタッフが付き、かなりの生産量になっている。
原料についてはラスモア村だけでは足りなくなり、近隣の村から買い取っている。さすがに麦を多く買い取るわけにはいかないが、ワインとその搾りかすは結構買っている。
今は安定的な麦の供給のため、近隣の村にも農業指導を行っているところだ。
販売については、小さめの樽――百リットル強のクォーター樽クラス――で三年寝かせた“スコッチ”をカウム王国の王都アルスに向けて出荷しているだけだ。
本来は大型の樽で寝かせるつもりだったが、早期に出荷する必要があり、小さめの樽で早期熟成を狙ったのだ。
元々樽売りはしたくなかったのだが、アルスに住むドワーフたちから何度も問い合わせがあったため、仕方なく樽で売っている。
そのおかげなのか、輸送についてはドワーフたちが専門の輸送業者を雇い、村まで取りに来てくれる。このため、輸送のリスクとコストを考慮する必要が無い。
更に蔵出し価格で一樽千C(=百万円)ほどで買い取ってくれるため、結構な収入源になっている。
余談だが、その輸送業者には腕利きの傭兵が二十人ほど護衛についており、ドワーフたちの並々ならない酒への執着心が窺い知れる。
この村に住むドワーフの鍛冶師ベルトラムにそのことを聞いてみると、どうやら鍛冶師たちの間でスコッチがブームになっているようだ。
「アルスじゃ、“スコッチ”を飲めるのは一流の鍛冶師の証みてぇになってるそうだ。なんせ、一杯が二十Cだからな。エールの五十倍もする高級酒だからな」
ベルトラムの話では、アルスの鍛冶師の間では、スコッチを飲んでいいのは一流の鍛冶師だけという不文律ができつつあるそうだ。確かに高級酒を飲める収入を得ていないといけないのだろうが、金の問題というより一種のステータスのようなものだそうだ。
まあ、一杯と言っても、ショット(=六十cc)ではなく、ジョッキ(=ワンパイント=五百六十八cc)だから、ボトルキープだと思えば、二十C=二万円でもそれほど高くはないのかもしれない。
俺としてはちょっと微妙な感じだ。
そもそもスコッチの飲み方としてどうかと思う。作った方としては、じっくり味わって飲んでもらいたいと思っている。
とは言うものの、ラスモア村のスコッチはドワーフ御用達の酒として認知されつつあり、特産品化に成功したと言ってもいいだろう。
食生活についてだが、小麦粉を挽く石臼を改良してもらい、かなり細かい小麦粉ができるようになった。
改良と言っても大したことはしていない。水車小屋の責任者に細かく挽いてほしいと頼んだだけだ。
話を聞いてみると、今までは細かく挽くニーズが無かっただけで、少し手を加えれば細かい粉は簡単にできるとのことだった。細かい小麦粉は保存や運搬が大変なため、需要が無かったそうだ。
その細かい小麦粉でパンを焼いてもらい、良質なパンが出来上がった。
パンについても、メイド長のモリーにイメージだけを伝えて作ってもらったので、俺の功績ではない。
更に“燻製”の手法を村に広めた。
燻製についてはやり方は知っているものの、日本ではやったことが無かった。
そこで試しにベーコンっぽいものを作ろうと、狩りの帰りに拾ってきた桜の枝を細かく砕き、大きな木箱の中で塩漬け豚バラ肉を燻してみた。
少し温度が高かったようで、それほどうまくいかなかったが、家族の意見を聞いてみようと料理を作ってみた。
ベーコンもどきを厚くスライスし、茹でたジャガイモの角切りと玉ねぎと共にフライパンで炒め、ジャーマンポテトっぽいものを作ってみた。
胡椒が無いため味にアクセントが無いが、つまみに出したら、これが父や祖父にはかなり受けたようだ。
更に野菜スープの出汁に使うと、他の家族からも大好評だった。
父に言われ、燻製のやり方を書いたものを、村唯一の酒場“黒池”亭の主人に渡してみた。これが大好評だったようで、半年も経たないうちに燻製は一気に広がっていった。
肉だけでなく、黒池で捕れるマスやイワナにも燻製を施すようになり、今では黒池亭の名物料理になっている。
養蜂については、蜂の越冬もうまくいき、今では安定的に蜂蜜を手に入れることができるようになった。元猟師のパットという若い男に養蜂を任せたのだが、最初のうちは蜂に刺されるし、蜂蜜はうまく取れないしで、やめたいといつもこぼしていたそうだ。
ニコラスが俺の知識を聞き出し、何とか四年がかりで養蜂が軌道に乗った。
ただ、病気や寄生虫の問題があるので、いつ全滅してもおかしくないと思っているから、蜂蜜は村の消費分だけできればいいと考えている。
ニコラスにそのことを話すと、
「蜂蜜はキルナレックでも需要はありますから、もう少し規模を大きくしたいと思っております。ここは私に任せて頂けないでしょうか」
ニコラスは周辺の街であるキルナレック、すなわち消費地の動向を絶えずリサーチしているようだ。
俺が昔に言った言葉、「需要が無ければ、どんなにいい物を作っても売れない。新しいことをやるときには必ず需要があるか確認すべきだ」を覚えていたようだ。
養蜂についても、いつものようにニコラスに任せることになってしまった。
明日、五月二十五日は俺の誕生日だ。
今年は節目といわれる十歳の誕生日に当たる。
俺は今日、両親や祖父にある提案をしようと思っていた。
そう、俺はこの村を出て行こうと思っているのだ。




