第三十六話「ペリクリトルへ」
前半がシャロン視点、後半がルナ視点です。
トリア歴三〇二四年四月十日。
カルドベックに来てから半年。その間、大きなトラブルはなかった。ザック様は年明けくらいからペリクリトルに移動しようかと考えているみたいで、何度かその話をしている。ただ、肝心のルナさんの決心がつかず、この町に居続けている。
ルナさんを説得するため、ザック様も私たちと同じ宿に泊まって、食事も一緒に摂るようになった。噂が広がっても移動してしまえば問題ないし、それよりズルズルとここにいる方がよくないという判断らしい。
話は全然違うけど、結婚してもザック様の呼び方は変えていない。長い間そう呼んできたし、私だけの人でもないから“あなた”って呼びにくい。メルちゃんも同じみたいで、結局、同じように呼んでいる。
ルナさんも呼び方を変えていない。義理の妹になったのだけど何となく呼び捨てでは呼べなかった。
呼び方を変えたのは義父様と義母様、ソフィアさんたちくらい。ロッド様やロザリー様は今まで通りだし、先代様も他に呼びようがなかったわ。
ここに来た目的であるルナさんの訓練だけど、これはとても順調。冒険者の級も七級になっているし、弓の腕もレベル二十三に上がっている。他の若い冒険者とも上手く付き合えるようになった。
最近では冒険者になったばかりの同じ年頃の子たちと話している姿をよく見る。
ただ不安な点が一つある。それは彼女の精神状態。カルドベックに来た頃は新しい環境ということで明るさを取り戻していたのだけど、年末頃から徐々に精神が不安定になっている気がする。
特にザック様に対して甘える感じが多くなり、ザック様も対応に困っているという感じ。
ルナさんが友人たちと訓練場に行っている間に、ザック様から相談を受けた。
「具体的にどうってことはないんだが、感情の起伏が激しいというか、俺に甘えてくる時とそうでない時の差が激しすぎる。森に入っている時は冷静なんだが、どういうことなんだろうな」
「自信を持ち始めたのはいいんですけど、何かおかしい気がします」と私が言うと、メルちゃんも「私も少し感じます」といつもの笑顔に陰りを見せる。
「あたしも同じなんだが、理由が分からないね。リディアには分かるかい?」
ベアトリスさんに話を振られるが、リディアさんも「いいえ」と言って首を横に振るだけだった。
「俺たちといるのがストレスになっているのかもしれないな。思い切ってペリクリトルに行こうかと思うんだが、どう思う?」
「私は賛成よ。ここにいてもすることはもうないと思うわ」とリディが即座に賛同する。
「あたしも賛成だね」とベアトリスさんも賛成するが、私はメルちゃんと顔を見合わせる。
「何かあるのか」とザック様に聞かれたので、
「ルナさんはここに友達ができたみたいです。だからペリクリトルに行くのは嫌がるのではないかと」
「私もそう思います」とメルちゃんも同じことを考えていた。
「友達か……確かにそれはちょっと問題だな」
「そうかしら?」とリディアさんが首を傾げる。
リディアさんは友達が少なかったからあまり分からないのかもしれない。これは本人の前では言えないことだけど。
「でも、あの連中と一緒にパーティを組むわけにはいかないよ。駆け出し以下の連中なんだからね」
ベアトリスさんが言う通り、ルナさんの友達は最近冒険者になったばかりの五人組。
全員がこの町の出身で男の子が三人に女の子が二人。女の子の一人は治癒師の見習いだけど、他はほとんど訓練も受けたことがない。幼馴染が集まって勢いで冒険者になったという感じが傍から見ても分かるくらい。
男の子三人は剣を持っているけど、レベルは十にもなっていない。
体格がいいから力任せに振っているだけで、私でも三人同時に相手にできるくらいの技量しかない。
治癒師じゃない女の子は男の子の一人に恋をしているから一緒にいるだけで、一応槍は持っているけど、私が見ても握り方がおかしいと思えるほどで、まともに使えるとは到底思えない。
「俺もそう思うが、友人関係を壊すのはな……」
「あの子たちは近いうちに冒険者を辞めるね。まあ、生きていられたらだが」
ベアトリスさんの言っている意味は近いうちに誰かが亡くなるということだと思う。そうなれば、あのパーティは解散するだろうし、それ以前に全滅する可能性の方が高い。
ギルドの職員さんも心配していて、もっと訓練に身を入れるように忠告している。でも、聞く耳を持たないみたいで、ザック様やベアトリスさんが指導してあげようとしても断っている。
「彼らのことはともかく、もう一度ペリクリトル行きのことを話してみるか。元々、そういう考えだったことだし」
ザック様はルナさんのことになるといつも歯切れが悪い。私たちならもう少し強く言ってくれるのだけど、遠慮している感じがする。
「それがいいと思います。ただ、問題が起きなければいいと思うのですけど」
メルちゃんが遠慮気味にそういうとザック様もそれに頷いていた。
夕食後にルナさんを呼んでペリクリトル行きの話をした。
ルナさんは「ここでは駄目ですか?」と上目遣いでザック様に訴える。
「ここにいても学ぶことはほとんど無いと思うぞ。それに新しい仲間を探すならペリクリトルに行った方がいい」
「そうですけど……」
「これはあなたが言い出したことよ。第一、私たちがいなくなった後、ここでやっていけるの?」
リディアさんが少し強めにいうと、ルナさんは「分かりません」と消え入るような声で答える。でも、これは半分演技だと思っている。ザック様の同情を買うための。
「すぐに結論を出す必要はないが、自分でよく考えておいてくれ」
この日はそれだけで話し合いは終わった。
この時、私もきちんと意見を言えばよかったと三日後に後悔した。
ルナさんの友達のパーティが全滅したから。
ギルドで聞いた話だと、大ネズミの討伐の依頼を受けて森に入り、何らかの原因で夜営をすることになったらしい。経験の無い彼らが森の中で夜営をすること自体無謀なのだけど、それ以上に運がなかった。
別の依頼で森に入った冒険者が見たのは、狼らしい魔物に食い荒らされた彼らの死体だった。戦いの痕跡どころか鞘に入ったままの剣が転がっていたということだった。恐らく不寝番が寝てしまって寝込みを襲われたのだと思う。
その話を聞いて私たちは納得したけど、ルナさんはとても落ち込んだ。その理由は友達が亡くなったからだと思うけど、他にもありそうな気がする。何となくだけど、友達を失った自分に同情してほしいという感じがしたから。
ザック様はルナさんを励まそうとするけど、ルナさんは落ち込んだままで食事も摂らない。その姿がどこか演技っぽい感じがして、私は素直に同情できなかった。
私が感じているということはリディアさんも気づいている。
そう思ったらやっぱり気づいていた。
「この仕事を続ければ知り合いが死ぬなんてよくあることよ。冒険者を目指すなら切り替えなさい」とリディアさんが叱る。
「友達の死を悼むことが駄目なんですか!」とルナさんは反論するが、
「あなたは本当に友達の死を悼んでいるの? ザックに同情してほしいだけじゃないの」
リディアさんは思ったことをそのまま言ってしまった。
ルナさんは言い返すことなく、自分の部屋に篭ってしまう。
「今のは言いすぎじゃないか」とザック様はおっしゃるけど、私もベアトリスさんも、そしてメルちゃんでさえ、リディアさんが言ったことは正しいと思っている。多分、ザック様も気づいているけど、それを言えないだけのような気がする。
「そうかしら? 最近のあの子は少しおかしいわ。このくらい強く言わないと甘え続けるだけよ」
「そうなんだが……」とザック様は煮え切らない。
「リディアと一緒にペリクリトルに行ったらどうだい? 今のままじゃ、ルナも頑なになるだけだ」
「そうだな。頃合いでもあるし、先に行ってルナを預けられそうなパーティがいないか探してみるか」
「でも、今のままのあの子じゃ、迎え入れるパーティの方が迷惑よ。きちんと話をする方が先だと思うわ」
私もその意見に賛成だった。
「私もそう思います。きちんと話をしないとこじれたままになると思います」
メルちゃんも同じ意見をいい、ザック様は「そうだな」とおっしゃられてルナさんの部屋に向かった。
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私は一人になってから後悔した。
リディアさんが言っていることは間違っていない。友達と言ってもそんなに親しいわけじゃなかった。歳が同じだから何度か話をしたけど、何も考えていない子供っていう印象しかない。
私と同じ歳だからセラちゃんたちとも一緒なんだけど、心構えが全然違う。それを言ったら私もだけど。
いつかこうなることは分かっていた。
だから、私も何度か忠告をしていたし、ザックさんやベアトリスさんに指導してもらったらと勧めてもいた。
でもあの子たちは「大丈夫だよ。この辺りは割と安全なんだ。それにあの人たちは凄すぎて俺たちじゃ無理だよ」と笑っていた。
なので少しは同情するけど、落ち込むほどじゃない。ザックさんが慰めてくれるから演技をしていた。それをリディアさんに見抜かれただけ。
いつからこんな風になったんだろう。
昔はもっと素直に楽しめたのに、今は一緒にいても全然楽しくない。自分の中の嫌な部分がドンドン大きくなる。
皆さんに謝りに行こうと思った時、扉をノックする音が聞こえた。
「話があるんだ」というザックさんの声が聞こえてきた。
扉を開けると困ったような表情をしたザックさんが立っていた。
中に招き入れると、
「この先のことなんだが、ペリクリトルに行って別のパーティに入った方がいいと思う。だが、今のお前の精神状態だと、受け入れるパーティに迷惑が掛かる。こんなことを言いたくないが、成人したから独立すると自分から言い出したんだ。もう少し大人になってもいいんじゃないか」
その言葉にカチンときた。自分が思っていることを指摘されたから。
「私は全然成長していません! そんなことは分かっています! でも……」
そう言ってからザックさんの胸に飛び込んだ。自分でもどうしてそんなことをしたのか分からないけど、気づいたら泣きながら抱き付いていた。
「私はどうしたらいいんですか! 私を助けてくれるって言ったじゃないですか!」
ザックさんは何も言わずに抱きしめてくれる。
「私と一緒にいてください! 私だけを見てください! 私だけを……」
ザックさんは何も言わずに私の背中を撫で続けている。
私は顔を上げ、もう一度感情をぶつけた。
「愛しているんです! だから……私だけを見て! 私だけを愛してください!」
ザックさんは困った顔をしている。
「俺もお前のことは好きだ。だが、それは家族としてだ。だから、お前だけを見ることはできない」
そう言ってから私から離れた。
「一緒にいることがよくない方向にいっているみたいだ。俺は明日、ペリクリトルにいく。お前はここに残って、この先どうしたいか、きちんと考えるんだ。村に戻ってもいいし、どこか別の町に行ってもいい。だが、それは自暴自棄じゃなく、きちんと考えた結果として決めてくれ」
それだけ言うと立ち上がった。
私は混乱していた。どうしてあんなことを言ったのか、どうしてこんな馬鹿なことをしたのかと。
「ごめんなさい……だから……」
私の謝罪の言葉に「ゆっくりと休んで考えるんだ」と言って部屋を出ていった。
翌日、ザックさんはリディアさんと一緒にペリクリトルに向かった。
ベアトリスさんがザックさんの伝言を教えてくれた。
「もう一度自分を見つめ直してくれ。一ヶ月したら戻ってくる。そう言っていたよ」
「私はどうしたら……」
「ザックの言う通り、ゆっくり考えな。このままじゃ、ペリクリトルに行くにしても碌なことにならないよ」
ベアトリスさんの言う通りだと思った。
「分かりました。昨日は本当にすみませんでした。本当はリディアさんに謝らないといけないんですけど……」
「大丈夫よ。リディアさんも分かっているから」とメルさんが言ってくれた。
「そうよ。今はこれからのことを考えた方がいいわ。ザック様とリディアさんに謝るにしても、きちんと決めてからじゃないとね。大丈夫よ。ザック様もリディアさんもちゃんと分かっているから」
シャロンさんもそう言って慰めてくれた。
その日は一日宿にいた。その日は結論が出なかった。
次の日から依頼を受けることにした。身体を動かしていた方が悩まなくて済むから。
ベアトリスさんたちは私に付き合ってくれた。多分、内心では呆れているし、私のことを駄目な奴だと思っているのだろうけど。
五日後、私はベアトリスさんたちに自分の考えを伝えた。
「ザックさんに酷いことを言ってしまいました。でも、一緒にいると苦しくて仕方がないんです。この五日間でそれがよく分かりました」
「そうかい。で、どうするんだい」
「ペリクリトルに行きたいと思います。そこで新しい仲間を見つけて一緒にやっていきたいと……今ザックさんに会うと、またおかしくなると思います。ですが、いつか心の整理がついたら、きちんと謝ります。でも今は……」
「分かったよ。あたしもその方がいいと思うね」
「なら、明日にでも出発する?」とメルさんが聞いてきた。
「はい。決心が鈍ると嫌ですから」と無理やり笑顔を作りながら答えた。
シャロンさんは何も言わなかったけど、これでよかったと思っているようでニコリと笑って頷いていた。
あと二話ほどでルナの話が一旦終わります。
この辺りは本編側と強くリンクしているので、少し長めになっていますが、その後は一気に終結に向けて加速する予定ですので、今しばらくお付き合いください。




