第四十話「猟師」
東の森でゴブリンと戦った日の夜。俺は隠密や気配察知のスキルを得るべく、祖父に相談に行った。
今日の戦闘の後に感じたことを話していく。
「ゴブリンの戦闘でも感じたのですが、敵の気配を早期に察知することはとても重要だと思うのです。更にこちらの気配を察知されないことも……」
祖父は黙って俺の話を聞いており、俺は本題に入っていく。
「……剣の修行も続けていきますが、気配察知などの斥候兵のスキルも身に付けたいのです。そのためには猟師に付いて森に入るのが一番だと感じました。まずはそのことについて許可をお願いします」
祖父は少し間を置き、
「それについては儂も同じことを考えたことがある。儂の場合はそれに気付いたのは、騎士になる直前の戦いじゃったがな。あの時、敵の気配を察知できていれば、味方の損害を減らすことが出来た。そう思うことが何度もあった……幸い、儂の配下にはヘクターがおったが、それでも暗殺専門の部隊と戦った時には苦労させられたものじゃ……良かろう。お前の思うようにするがよい」
許しを貰った俺はホッと息を吐く。
「私はこの村で誰が得意なのかを知りません。おじい様のご意見を伺いたいのですが」
「ガイじゃろうな。しかし、ガイは村のために働かねばならん。猟師たちと行動を共にするのが最も良いが、彼らの邪魔になるのも憚られる……」
「ロブが言うには治癒師が同行してくれるのは助かるとのことでしたが、私に何かあると困ると考えるかもしれませんね……」
俺は猟師たちと行動を共にしたいと考えていたのだが、領主の息子を森に連れていき、ケガでもされたら大変だと断られることを恐れていた。
「うむ。その点については、儂とマットから言い含めよう。ケガをしようが見棄てようが構わぬと、領主であり父であるマットが言えば、彼らもお前を連れていきやすかろう」
翌日、猟師のロブ、ジョアン、テッドの三人が屋敷に呼ばれ、俺を猟師として仕込んで欲しいと祖父と父が依頼する。もちろん、俺に何があろうと免責するとの条件付きだ。
リーダー格のロブは俺の魔法の腕を見ており、俺の同行に賛成してくれた。若いジョアンとテッドは八歳の俺が役に立つとは思っていないようで、領主の息子という厄介な存在に否定的な態度を取っていた。だが、最後にはロブが責任を持つならと渋々賛成した。
ロブの話では彼の息子ダヴィが修行を始めているとのことだった。
ダヴィは俺と同じ歳の八歳。今年の春から森に入りだし、最近では鳥などを仕留めるようになっているそうだ。
俺は三人に「よろしく頼む」と頭を下げ、翌七月九日から本格的に森に入ることになった。だが、俺の力量が不安というジョアンの意見で、ロブの息子ダヴィを含めた四人と共に、今から西の森に入ることになった。
ロブ以外の猟師だが、ジョアンはひょろりとした細身の男で今年二十七歳になる。五年前に結婚して、三歳の娘がいるそうだ。ロブから、ヘクターと同じくらい強い弓を使うと聞き、どこにその力があるんだと思ってしまった。
一番若いテッドは短く刈り込んだ茶色い髪の二枚目だ。だが、しゃべると話が止まらなくなり、二人からはおしゃべり鳥のようだと言われている。
俺もその後、親しくなったテッドのことを“残念系の二枚目”だと思うようになる。
最後にロブの息子ダヴィだが、父親に似て体が大きく、俺より十cm以上背が高い。パッと見なら、十歳と言っても信じてしまいそうな少年だ。
俺が領主の息子と聞き、敵愾心を抱いているように見える。領主の息子が我儘を言って自分の父たちに迷惑を掛けていると思っているようだ。
ちなみにこの村の猟師はこの三人の他にもいるが、ほぼ猟師専門で生活しているのはこの三人だけになる。以前はもう少しいたのだが、今は農作業の合間に罠を仕掛ける猟師がいる程度で、弓を使って本格的に猟をしているものは三人以外にはいない。
その理由なのだが、元々この村では畜産が盛んであり、肉の供給量が多い。更に俺の始めた農業改革で畑からの収入が増えたため、危険な森に入ることを厭うものが多くなったからだそうだ。
更に狼などの害獣の駆除は自警団の仕事であり、専門に猟師をやる必要性があまりないこともある。
そうは言っても、たまには違った味のものが食べたくなるし、毛皮などが欲しくなることもある。この小さな村でも猟師に対する需要があり、彼らの仕事がなくなることはない。それに、俺が前世の記憶を取り戻してからは、うちが野鳥類をよく買い上げている。屋敷に卸す野鳥が彼らの大きな収入になっているそうだ。
この三人なのだが、猟師といいつつ、うちの従士、元冒険者のガイの部下のような扱いになっている。魔物の目撃情報や追跡など、ガイに付いていけるのはヘクター以外、この三人しかいないからだ。
俺は弓も持たずに彼らの後ろをついていく。
三人は彼らの身長ほどの長弓を肩に掛け、腰には短めの剣を差し、皮で出来たヘルメット、ジャケット、ズボン、長靴を身に着け、いかにも猟師という出で立ちだ。
ダヴィも同じような出で立ちなのだが、長弓はまだ使えないのか、百二十cmほどの短弓を手に持っている。
弓を持たない俺に対し、ダヴィが「弓も持たずにどうやって狩をするんだ」と嫌味を言ってくるが、俺は何も言わずそれを無視する。
西の森に入ると、彼らの雰囲気が一気に鋭くなる。姿勢を低くし、出来るだけ音を立てないようにルートを選びながら、森の中を進んでいく。
俺も真似てみるのだが、周りを見ていると足元の木の枝を踏んでしまい、バキッという音を立ててしまう。足元ばかり気にしていると、今度は周りが見えなくなる。
(思った以上に難しいな。何かコツがあるはずだ。歩き方、身のこなし、視線の送り方、何でもいい、かならず吸収してやる……)
出発が午前十時頃だったため、二時間ほどで昼食の時間になる。今日は急に出発することになったため、本格的な弁当ではなく、パンと干し肉と水しかない。
簡単な食事を取ると、ほとんど休憩せずに森に入っていく。更に一時間ほどすると、ようやく視線の送り方、歩き方などが分かってきた。ある程度、先を見越してルートを選定しておき、枝や潅木がありそうなところをうまく避ける歩幅で歩いているようだ。
(どの草なら踏んでも大丈夫で、木の下も枝の落ちていそうな場所はうまく避けている。何気にルートを選んでいるようで、結構考えているのだな……)
そして、時折見せるハンドサインも気になっていた。
手の平を開いて横に伸ばす“止まれ”のサインなどは、何となく意味が分かるのだが、指を使ったサインはほとんど意味が分からない。
仕方なく周りに合わせて動くのだが、どうしても一拍遅れてしまう。
(ある程度聞いておいたほうがいいな。帰ってから聞いてみよう)
村から午後二時の鐘が微かに聞こえてきた。
さすがに食事の時に休憩を取っただけで歩き続けているため、かなり疲れている。
ヘクターやガイが俺に気を使って休憩を多く入れてくれたことがよく分かる。
(それにしてもダヴィは凄いな。このペースで歩き続けることができるとは。森に入って三ヶ月くらいと聞くが、俺より二ヶ月くらいしか先行していない。やはり俺は気を使われていたようだな)
それから一時間ほど経ち、俺の疲労はピークに達していた。
(しんどいな。だが、ここで弱音を吐いたら、明日以降に関わる。俺は何としても猟師たちのスキルを手に入れたい……)
午後四時頃になると、俺はどこを歩いているかも定かではなくなっていた。
途中で何度か止まり、矢を放っているが、今のところ獲物は一匹も取れていなかった。
(俺がいるのが原因だな。俺が音を立てるから、獲物が逃げる。明日から相手にしてもらえるか、微妙になってきた……)
その後、森から街道に出た。
どうやら、西の森の道沿いをうろうろしていたようだ。
ロブが突然、俺に声を掛けてきた。
「試してすまんかったです」
そう言って大きな体を折り、深々と頭を下げてきた。
俺は何のことか分からなかったが、次の言葉で今日の行動の意味が理解できた。
「ザカライアス坊ちゃまがどのくらい森で歩けるか試させてもらったです。ジョアンもテッドも途中でバテられたら困るっていうんで。俺は大丈夫だって言ったんだが、どうしても信じられねぇって……」
「頭を上げてくれ。ジョアンとテッドが心配するのは当たり前だよ。少なくともダヴィと同じくらい歩けなきゃ話にならんってことだろ?」
ジョアンとテッドがバツの悪そうな顔で俺に頭を下げている。
俺は構うなという感じで手を振り、ダヴィに声を掛ける。
「それにしてもダヴィは凄いな。大人の猟師に付いていけるんだ。俺ももっと頑張らないとな」
俺はそう言いながら、ダヴィの肩を軽く叩く。
彼は俺の行動に驚くが、
「そんなことない。俺ももうヘトヘト。ザカライアス坊ちゃまの方が凄ぇよ。ぜってぇ文句を言うと思ってたのによ……」
実際にはダヴィも疲れ果てていたようだ。しかし、俺に対する意地で一切顔に出さなかった。
(結構負けず嫌いなんだな。そのくらいじゃないと猟師には向かないか)
「俺のことはザックでいい。ザカライアス坊ちゃまじゃ呼びにくいだろ?」
その一言で、彼らの顔が笑顔になる。やはり領主の息子の相手ということで彼らもかなり緊張していたのだろう。俺がフランクな態度を取ったことで少し安心したようだ。
そのおかげかどうか分からないが、帰り道は森の中と打って変わって打ち解けた感じになっていた。
帰り道にハンドサインについて質問したり、歩き方のコツを聞いたりして和気藹々と村に帰っていった。
翌日、朝の訓練を終えると、俺はロブの家に向かった。
メルとダンがいつものように“一緒に行く”と叫んでいるが、こればかりは譲れない。二人には悪いが、俺以外は本当に足手纏いになるので、ロブたちに迷惑が掛かってしまう。多分俺でも迷惑を掛けるが、治癒師の能力分で補うことができるだろう。
ロブたち猟師の家は南が丘の黒池近くにある。
冬の渡り鳥を狙うために便利だからそうだ。
彼の家で四人と合流する。昨日とは打って変わって、ジョアンもテッドも笑顔で接してくれる。ダヴィの表情はまだ固いが、彼の歳なら自分の心に整理をつけるのに時間が掛かるだろうから、あまり気にしていない。
「今日は南の森に向かいますです。南の森は魔物は少ないですんが、時々、熊が出ますです……」
俺はロブが敬語を使いにくそうにしているので、敬語は不要と言い渡した。
「助かった。そいじゃザック様、わりぃが普通にしゃべらせてもらう。南の森は熊が出るんだ。精々灰色熊くらいだが、それでも俺らの弓じゃ結構やべえんだ……」
彼の話では南の森は猪や鹿、ウサギなどが多くいるが、熊が入り込むことがあるそうで、注意が必要とのことだった。弓だけで熊を倒すことはかなり難しいそうで、見つけても近づかず、自警団に連絡するだけに留めるそうだ。
(ツキノワグマでも弓だと厳しそうだ。熊撃ちの弾は結構な重さの鉛だったし、それより大きな灰色熊なら罠を仕掛けるとかじゃないと無理なんだろうな)
俺の叔父に猪や熊を専門とするマタギのような猟師がいた。俺には絶対に懐かない凶暴な秋田犬を三頭も飼い、晩秋からは毎日山に入るという半農半猟の人だった。その叔父が仕留めた熊を見たことがあるが、一mちょっとの割と小さい個体だったが、毛皮のゴワゴワ感はよく覚えている。
俺たち五人は黒池をボートで渡り、南の森に入っていく。
植生は東や西の森とあまり変わらないが、木がやや小さいような気がする。倒木も多く、下生えの草がかなり鬱蒼としていた。
後で聞いたのだが、ラスモア村ができた当時、今から百年ほど前に大規模な森林火災があったそうだ。その時、ほとんどの木が焼け、樹齢百年以上の大木がない。
幸い、ウッドフォード川と黒池、ブラック川があったことと、風向きが北寄りだったことから、ラスモア村には飛び火しなかったそうだ。
その鬱蒼とした森の中をゆっくりとした速度で歩いていく。
時折、ウサギや雉などが姿を現すが、何度か逃げられていた。
昨日のように強行することはなく、二時間ほどしたところで一旦小休止に入る。
獲物は取れないが、野生の果物――プラムのような実やサクランボなど――は結構取れている。どうするのかと聞いたら、スコットの蒸留所に売るそうだ。
(果実酒の原料はロブたちが取っていたんだな。確かにこれだけ豊かな森なら、原料に困ることはない……桜の木が結構ある。これは燻製に使えるな……)
再び歩き出すと、すぐにロブの合図で停止する。
彼のハンドサインでは、前方に雉か山鳥がいるというものだった。
俺たちはその場で静かにしゃがみこむ。そして、一、二分その状態で気配を消していき、ゆっくりと弓の準備をする。
俺は彼らの動きを目で追いながら、その場を動かない。俺が動いて彼らの邪魔をしないためだ。
ロブがほとんど音を立てずに草むらの中に分け入っていく。コツがあるのか、草がほとんど動いていない。すぐに彼の姿が消え、一分ほど時間が止まる。
周りにはセミの鳴き声と、風が揺らす草の音しか聞こえてこない。十m以内に四人の猟師がいることは全く感じられない。
ロブたちの立ち上がるガサリという音で、その静寂が破られる。
シュッという矢の放たれる音と、ケーンという甲高い鳴き声が森に響く。すぐにバサバサという鳥のもがく音が聞こえ、ロブたちの鋭い声が聞こえてきた。
ロブが美しい羽根を持つ雉を手に戻ってきた。
「立派な雉だ。お屋敷用だな」と笑顔で俺に見せてくれる。
その後、ウサギを二羽とキジバトを一羽仕留め、休憩に入る。
休憩中、ロブに気配の消し方を聞いてみるが、
「草を倒さねぇように、ゆっくりと動くんだ。あとは獲物からぜってぇ目を離さねぇ……」
彼の説明を聞いても理解できないので、
「獲物は小物でいい。何か見つけたら俺にやらせてもらえないか? それで悪いところを教えて欲しい」
「分かっただ。今日は調子がええから、何回でもやったらええ」
休憩の後、更に森の奥に進んでいく。
二十分ほどで鶉のような鳥が地面で餌を探しているのを見つけ、ロブが俺に行っていいと合図を送ってきた。
俺は小さく頷き、三十mほど先にいるウズラに近づいていく。
草を掻き分けると、耳元でガサッという草がこすれる音が響く。その音に俺の方が驚き、思わず動きを止めてしまう。ウズラを見るとまだ気付いておらず、更に低い姿勢で進んでいく。少しずつ近づいていくと、ウズラが首を上げ、警戒し始めた。
(草の音より、地面から来る響きを感じているのか? それともこの草を掻き分ける音が駄目なのか? とりあえず近づけるところまで近づいてみよう)
俺はこのウズラに逃げられてもいいと思っていた。俺がどこまで近づけるか試すため、攻撃は極力控えようと思っていたのだ。
慎重に五分ほど掛けて十m以内に近づく。まだ、ウズラは俺に気付いていないが、異変は感じているようで餌を探す動きを止め、周囲をしきりに見回している。
(気配を感じているんだな。逃げる方向を見定めているのかもしれない。頃合か……)
俺は“燕翼の刃”の呪文を静かに唱え、ウズラが俺の反対側に顔を向けた瞬間に静かに放つ。
ツバメは草の間を静かに抜けていく。
ウズラはようやく俺の攻撃に気付いたのか、慌てて羽ばたくが、伸び上がったところで魔法のツバメに首を切り落とされていた。
俺の後ろから「ザック様、お見事ですだ」というロブの声が聞こえてきた。
俺はまたしてもロブの接近に気付けなかった。ウズラに集中するあまり、周囲の状況に気を配れていなかったようだ。
ウズラを仕留めた高揚感より、ロブの接近を許した方がショックだったが、仕留めたウズラを拾い、ロブに渡す。
「歩き方がもうちょっとだが、悪くはねぇ。一日でこんだけ出来りゃ十分だ」
その後、耳のいいウサギに逃げられたものの、高所に止まるキジバトを仕留めることに成功した。
ロブたちも更にキツネを一匹仕留めていた。
午後四時の鐘を聞きながら黒池を渡り、今日の狩りは終了した。
俺は自分で仕留めたウズラとキジバトを手に持ち、屋敷に戻っていく。
(気配察知や隠密は経験あるのみだな。厳密に言えば理論もあるんだろうが、暗殺者の養成機関でもなければ、そんな理論を教えてくれるところはないだろう)
翌日から剣の訓練と森の偵察への同行に加え、ロブたちとの狩りが俺の訓練メニューに加わった。
ロブは彼の息子のダヴィに教える傍ら、俺にも罠の設置や動物の習性、更には上手な血抜きの仕方など、役に立つ技能を教えてくれた。
俺の気配察知、隠密、罠のスキルは一気に上がっていった。




