第三十九話「実戦」
東の森のウッドフォード川近くで、俺たちはゴブリンの群れを見つけた。
迂回するにしても風上を通ることになり、敵に気付かれるので奇襲を掛けることになった。俺たちもその攻撃に加わることになり、それぞれ準備を始めていた。
俺は背中に背負っている背嚢を降ろし、丸盾を左手に持って、剣の位置を確認する。
メルはショートソードを抜き放ち、やる気を見せている。ダンは肩に掛けていた弓を左手に持ち、腰の矢筒から矢を一本抜き取っていた。
シャロンは特にすることもなく、俺の後ろに立っていた。だが、その目には怯えの色が窺え、手も少し震えているように見える。
「シャロン、怖いなら魔法は使わなくていい。その代わり俺から離れるな」
シャロンは俺の言葉に首を横に振り、
「だ、大丈夫。でも……ありがとうございます……」
「分かった。だが、間違ってもヘクターやガイたちに当てるなよ。それから魔力を使いすぎないようにな」
シャロンは小さく頷くと、少し歯を食いしばるようにして手の震えを止めていた。
(八歳の女の子なんだから無理をしなくてもいいのに……シャロンがここまで頑張っているのだ。俺が無様な姿を見せるわけにはいかないな……恐怖に飲まれるな。敵はたかだかゴブリンだ……)
シャロンの健気な姿に俺は徐々に冷静さを取り戻していく。
偵察に行ったガイが戻ってきた。
「ゴブリンが二十一匹。特殊な個体はいないようです。どうしますか?」
ガイの問いにヘクターが即断する。
「私とガイ、ロブは弓で奇襲を掛ける。ウィルはザック様たちの護衛を。撃ち漏らしが抜けてくる可能性があるから気を抜くな」
ガイたちが頷くと、俺たちに向かって、
「ザック様には私と一緒に奇襲に加わっていただきます。シャロンも来れるか?」
俺とシャロンが頷くと、
「それでは私の合図で魔法を撃ってください。ダン、メル。お前たちは近づいてくる敵だけを攻撃しろ。慌てたゴブリンがこっちに来るかもしれないからな」
ダンとメルが頷くのを確認したヘクターは、低い姿勢で静かに草を分け入っていく。
俺とシャロンがそれに続き、その後ろにダンとメル、更にウィルが続く。
二分ほど進むと、ウッドフォード川の河原にゴブリンらしき小さな人影が見えてきた。
ゆっくりと近づいていくと、次第にその姿がはっきりとしていく。
昔、祖父に聞いた姿――矮躯に緑色の皮膚、額に小さな角――そのままで、俺は初めてファンタジー世界の魔物を見て、戦いの緊張を忘れて興奮していた。
(初めて見たモンスターだ。ゴブリンが最初っていうのはテンプレな気がするが、本当にいるんだな。エルフのリディを見たときも感動したけど、あれは美しすぎるっていう驚きの方が大きかったもんな。今回はリアルな魔物だ。何かゾクゾクしてきた……)
三十mほどの距離に近づいた時、一匹のゴブリンが俺たちの方を見た。そして、こちらを指差し、キーキーと喚きだす。
それを合図にヘクターの「攻撃開始!」の声が響く。
ヘクター、ガイ、ロブの長弓から矢が放たれていく。三本の矢が三匹のゴブリンの胸に突き刺さり、ゴブリンたちはパニックに陥っていく。
俺は一匹のゴブリンを目標に定め、“燕翼の刃”の呪文を唱えていく。
「数多の風を司りし風の神よ。天を舞う刃の燕を我に与えたまえ。我が命の力を御身に捧げん。舞え! 燕翼の刃!」
俺の右手から透明な刃のツバメが飛んでいく。
ツバメは猛スピードで二十mほど先にいるゴブリンに向かっていく。そのゴブリンも俺の魔法に気付いたようで、手に持っている棍棒でツバメを叩き落そうと構える。
ゴブリンが棍棒を振り下ろした瞬間、僅かに軌道を変えてそれをかわし、ゴブリンの喉にツバメの刃が突き刺さる。
悲鳴を上げる間も無く、頚動脈を切り裂かれ、真っ赤な血を噴水のように吹き上げて倒れていく。
俺の横では同じように“燕翼の刃”の魔法を放ったシャロンが一匹のゴブリンの首の右側を掠めるように切り裂く。そのゴブリンは慌てて首を押さえているが、指の隙間から赤い血が零れ落ちていく。魔法のツバメは勢いを落とすことなく、更にその隣のゴブリンに向かっていった。
そして、そのまま隣のゴブリンの耳の下に突き刺さり、消滅した。
その直後、二匹のゴブリンが血を噴き出しながら、倒れていった。
(うまい! 翼で切り裂けば、複数に攻撃できるのか。俺も負けられないな……)
その間にもヘクターたちの矢がゴブリンたちに突き刺さっていく。いつの間にかダンも攻撃に加わっており、確実にゴブリンにダメージを与えていた。
それでもまだ十匹以上のゴブリンが無傷で、それらは一時のパニックから立ち直り、狂ったような叫び声を上げて、俺たちの方に向かってきた。
「剣で迎え撃つ! ウィル! ザック様たちのことを頼んだぞ!」
その言葉に俺は腰の剣を抜き放ち、シャロンの前に立つ。
「メル! 俺の右に! ダン! 弓を捨てて俺の左に来い! シャロンは俺の後ろから絶対に出るな! ウィル! 後ろに回られないように注意してくれ!」
俺はメルたち三人と護衛のウィルに指示を飛ばす。
ヘクターたちが剣を抜き放ち、俺たちの盾になるように広がっていく。
ゴブリンたちは雪崩を打ったように突っ込んでくるが、ヘクターとガイの剣が煌き、数匹のゴブリンが斬り飛ばされる。
猟師のロブは剣が苦手なのか、二匹のゴブリンに左右から攻撃され、必死に捌いていた。だが、敵の棍棒が彼の脛を強かに打ったようで、彼はその場に蹲るように倒れ込んでいった。
「ウィル! ロブの援護を!」
ウィルは俺の指示を受けるが、ヘクターからの指示との板挟みになり、悩んでいた。
その時、ゴブリンたちは倒れたロブを与しやすいと思ったのか、彼の周りに集まりだす。俺はもう一度ウィルに強く指示を出した。
「ウィル! 行け! ロブが危険だ!」
俺の叫びに、彼は前に行くことを決断した。
その時、俺は二度目の実戦で気分がかなり高揚していた。
野犬に襲われたときのような原初的な恐怖はなく、ただ闇雲に突っ込んでくるゴブリンに対し、ただの標的を見るようで全く恐怖は感じていなかった。アドレナリンが体中を駆け巡り、敵を倒すことに喜びに似た感情が湧きあがっていた。
「メル、ダン。抜けてきた敵を倒すぞ!」
俺はそう言い放つと、剣を構えるが、横にいるメルとダンの動きが硬い。
よく見ると二人の剣が震えているように見える。
(俺だけが舞い上がっていた。ウィルを前に行かせたのは失敗だったかもしれない。リディに調子に乗るなと言われたのに……)
俺は緊張している二人に対し、できるだけ平静な声を作り、
「おじい様やウォルトの木剣の方に比べたら、あんな棍棒は大したことはないぞ。訓練を思い出せ」
俺の言葉に二人の震えが僅かに止まったような気がした。それを確認する間も無く、三匹のゴブリンが俺たちの前に走りこんできた。
矮躯のゴブリンとはいえ、俺より背は高く、そのがっしりとした体からは強い圧迫感を感じていた。
俺の前に立つゴブリンは、俺たちを与しやすい獲物と判断したのか、醜い笑みを浮かべて棍棒を振りかぶる。だが、その鈍く隙だらけの動きのおかげで、俺は余裕を取り戻していた。
「隙だらけなんだよ!」
俺はメルたちに聞こえるように叫びながら、腕を振り上げてがら空きになったゴブリンの鳩尾を狙う。体当たりするかのように体ごと突っ込み、柔らかい腹に剣を突き入れた。
剣がゴブリンの分厚い皮を突き破るブッチという感触、そして、ズブズブと柔らかい内臓の間を抜ける感触、最後に硬い骨に当たるゴギッという感触が手に残る。
俺の剣はそんな感触を残しながら、ゴブリンのでっぷりとした腹に深々と突き刺さっていた。そのゴブリンは信じられないという眼をしながら、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
俺はその気持ち悪い感触で吐き気を催すが、横ではまだメルとダンが死闘を繰り広げており、俺は無理やりその感触を意識から締め出した。
俺が右を見ると、普段の動きを取り戻したメルが、ゴブリンの利き腕をきれいに斬り飛ばすのが見えた。その直後、痛みで地面に蹲ったゴブリンの背中に逆手に持った剣を突き刺し、止めを刺していた。
(メルは大丈夫だな。ダンの方がやばそうだ……)
俺の左では、ダンがダガーを巧みに使って、ゴブリンを翻弄していた。ゴブリンには小さな傷が多数付いていたが、さすがにダガーでは致命傷は与えられない。
俺は周りに新たな敵がいないことを再確認してから、ダンの支援に向かう。
ダンに苛立っているゴブリンは後ろから接近する俺に気付かない。
俺は後ろから敵の背中を袈裟懸けに斬りおろした。
ゴブリンは背中から血を噴出しながら、憤怒の表情を込めて俺の方に向くが、その隙をダンは見逃さなかった。彼はゴブリンの脇腹にダガーを突き込み、致命傷を受けたゴブリンはドサリという音を立て地面に倒れていった。
俺は周囲を見回しながら、「ダン、メル、シャロン! 大丈夫か! 油断するな!」と叫んでいた。
しかし、その時すでに戦闘は終わっており、少し離れた場所でヘクターが弓を構えながら、俺たちの方を見ていることに気付く。
「お見事です、ザック様。おケガはありませんか?」
どうやら、最後の方はヘクターに見守られていたようだ。
(実戦の機会を与えてくれたのかな? それにしても血の臭いが凄いな。これが戦いか……)
ヘクターの笑顔を見て、俺はようやく冷静さを取り戻した。
周りには十匹以上のゴブリンが斬り殺され、血や内臓をぶちまけている。
興奮が引いていくと、鉄のような血の臭いと、内臓から出る糞尿のような臭いが鼻をつき、吐き気を催しそうになる。
俺は吐き気を堪えながら、ケガをしたロブのことを思い出した。
「ロブは大丈夫か? ケガをしたようだったが?」
ロブは右足を押さえて蹲り、脂汗を流しながら未だ痛みを堪えているようだ。
俺は自分の魔力に余裕があることを確認し、
「治癒魔法を掛ける。ケガをしたところを見せてくれ」
彼の右足の脛は大きく腫れ上がっていた。骨折はしていないようだが、かなり酷い打撲のようだ。
「森を作りし偉大なる木の神よ。生命を育む精霊の力により、彼の傷を癒したまえ。我は代償に命の力を捧げん。治癒の力」
ロブの足の腫れは徐々に引いていき、彼の表情も穏やかになっていく。
「これで治ったと思うけど、まだ痛むか?」
俺の言葉に彼は首を横に振り、
「本当にザカライアス坊ちゃまは噂どおり凄いですな。本当に助かりましたです」
何度も頭を下げられるが、俺はそれを手で制し、「ヘクター、他にけが人は?」と聞くが、彼は笑みを浮かべ、「ロブだけです」と首を横に振る。
俺はそこで緊張の糸が切れたようで、その場にへたり込みそうになる。
後ろを見ると、メルたちは三人とも地面に座り込んでおり、既に緊張の糸が切れているようだ。三人は自分たちが倒したゴブリンの死体を虚ろな表情で見つめていた。
俺は三人のところに行き、一人ずつ労う。
「メル、さっきの腕を斬りおとした一撃はおじい様のようだったよ。よく頑張ったな」
俺の言葉にメルの顔に嬉しそうな表情が浮かぶ。
次にダンのところに向かい、
「ダガーで敵と渡り合うなんてなかなか出来ないぞ。それに矢もちゃんと当たっていたし」
ダンもはにかみながら、頷いている。
そして、一番放心しているシャロンの前に座り、
「さっきの魔法は凄かった。俺でも一発で一匹しか倒していないのに、一回の魔法で二匹も倒すなんて」
シャロンは俺の言葉を聞いてもあまり反応しない。それどころか突然、我に返ったのか、ガタガタと震え始める。
俺はゴブリンの血で汚れていない左手で彼女の手を握り、
「最後は怖かったか? そうだよな。俺たちみたいにおじい様の訓練を受けていても怖かったんだし……もうゴブリンはいないから安心していい」
目に涙を溜めていたシャロンだが、俺の手に気付き、少し落ち着いたようだ。
三人が落ち着いたのを確認し、俺はヘクターに「このゴブリンの血を落としたいんだが……」と川の浅瀬で血を拭き取っていいか尋ねた。
「分かりました。ガイ! ロブ! ザック様たちの護衛を頼む」
ゴブリンたちが屯していたウッドフォード川のほとりに向かい、そこで手や体に付いたゴブリンの血を手拭いで拭き取っていく。
腕を斬り飛ばしたメルが一番返り血を浴びており、顔にも点々と血の跡が付いていた。
俺も右手と胸辺りに血がこびり付き、なかなか落ちない。
ある程度落としたところで、まだ臭いが残っていることに気付き、
「帰ってから風呂に行こう。湯じゃないと臭いが落ちそうにない」
剣に付いた血糊を洗い流し、布で拭き取ると急にゴブリンを刺し殺した時の感触が蘇ってきた。俺は自らの手を見つめながら、
(初めてこの手で人型の魔物を殺した……罪悪感というか、忌避感はないな。しかし、あの感触、皮を突き破り、肉を切り裂き、骨を断ち切る時のあの複雑な感触は好きになれないな……俺もいつかは人をこの手で殺すことがあるのだろうか……)
俺が手を見つめていると、シャロンが心配そうに声を掛けてきた。
彼女は後方にいたため、返り血は浴びていないが、一緒についてきていたのだ。
「手をケガしたんですか? 大丈夫?」
俺の顔を覗き込みながら、心配してくれる。
俺は笑いながら、「大丈夫だ。ケガはない」と答え、手の平を見せ、「心配してくれてありがとう」といって、シャロンの頭をぽんぽんといった感じで撫でる。
彼女は顔を赤くしながら、良かったと呟いていた。
剣の血も拭き終わり、戦闘のあった場所に戻っていく。
ゴブリンの死体は一箇所に集められ、ウィルが魔晶石を回収していた。
ヘクターが俺以外の三人に魔晶石の取り方を教え、三人もそれぞれ魔晶石の回収を手伝う。さすがに一発ではできなかったようだが、数回繰り返すと三人ともうまく魔晶石を取り出せるようになる。
そして、それぞれが倒したゴブリンの魔晶石を記念に貰い、三人で見せ合って喜んでいる。
俺はゴブリンの死体の山を前にして、メルたち三人について考えていた。
(シャロンを含め、三人ともこの状況に順応している。俺のような日本人としての常識がない分、順応できるのかもしれないが、血塗れの魔物の死体を前にして、笑っていられるのは凄いな。この中では俺が一番順応できていないのかもしれないな……)
血の臭いに他の魔物が誘われてくることを考え、魔晶石を取り出すとすぐに村に向かって出発する。
途中で猟師のロブが一頭の立派な牡鹿を見つけた。
その牡鹿は百mほど先におり、彼は巨体をうまく隠しながら、慎重に接近していく。俺はその様子をじっくりと眺めながら、
(さすがに猟師だ。警戒心の強い鹿に気付かれていない。隠密と気配察知のレベルはかなりのものなんだろうな……)
彼が三十mくらいに近づいた時、鹿が危険を察知したのか、周囲をキョロキョロと見始める。
(三十mか。必中の距離じゃないが、当てられないことはないな……ロブがいない?)
俺が鹿に目を奪われている間に、ロブは草むらの中に潜り込み、気配を絶っていた。そのため、俺は彼の姿を完全に見失っていた。俺と同じく牡鹿も消えた気配に戸惑っているようだ。
(隠密のスキルは結構厄介だな。ロブの巨体でも野生の鹿が居場所を察知できないなら、素人の俺なんかは完全に奇襲を受けてしまう。気配察知と隠密のスキルは出来るだけ上げておくとしよう……)
牡鹿は勘違いだったと判断したようで、再び草を食み始める。
牡鹿の首が草むらに入ったところで、ロブが立ち上がり、矢を放った。
牡鹿は立ち上がったロブを見て、ピィィという笛のような鳴き声を上げて、跳ねるように逃げようとした。
しかし、ロブの方が一瞬早く矢を放っており、牡鹿の後足に見事に命中する。
牡鹿は足を引き摺るようにして逃げるが、跳躍力の要の後足を射抜かれたことから、ロブの次の矢を避けることが出来なかった。牡鹿の首に二本目の矢が突き刺さり、鹿はそのままドサリと倒れていった。
ヘクターを始め、俺以外は大物を狩れたと喜んでいるが、俺は今の狩りで自分の目指す姿について考えさせられていた。
(俺は兵士になりたいわけじゃない。正々堂々の戦いより、相手に出し抜かれないこと、相手を出し抜くことを目指すべきだろう。そのためには気配察知と隠密のスキルは役に立つ。どちらも才能レベル三だったはずだから、かなりの腕になるはずだ。だが、誰にそれを習うかだが……)
残念なことに俺の参照スキルは自分のスキルしか見ることができない。
(やはりじい様に聞くしかないか。俺が斥候の技能を極めたいって言ったらどういう反応をするんだろうな)
牡鹿の処理が終わり、再び森の中を進んでいくが、魔物に出会うことなく、無事村に到着した。
ロブが治癒魔法のお礼だと言って、仕留めた鹿を差し出してくる。
さすがに打撲の治療でそれはないだろうと断るが、ロブは「俺の気持ちなんです。受取ってもらえねぇでしょうか?」と引く素振りを見せない。
困った俺は、「肉の一部を貰うよ。明日にでも届けてくれるかな」というが、納得しない。ガイが間に入ってくれ、最上級の部位を最高の状態で持ってくるという約束でようやく納得してくれた。
ロブと別れた後、なぜ彼があそこまで拘ったのかをガイに聞いてみた。
「森の中で動けなくなるほどのケガをすれば、死に繋がります。さすがに今回はヘクター殿と私、ウィルがいましたから、死ぬようなことはありませんが、森の中でケガを治してもらうということは、猟師にとっては命を助けてもらったというのと同義なのです」
猟師だけでなく、冒険者でも事情は同じで、治癒師がいるパーティといないパーティでは生存率が大きく変わってくるそうだ。
「ザック様が冒険者になれば、引く手数多ですよ。剣も使える、攻撃魔法も使える、更に治癒魔法も使えるとなれば、そのお歳でも一流どころのパーティでも入れると思いますね」
一般的に治癒師の人口に占める割合は大体百人に一人だ。更に治癒師は村に必要な重要人物であり、非常に大切にされる。そのため、危険な冒険者になるものは少なく、元々供給が少ない。
冒険者のパーティは通常四人から六人だそうで、すべてのパーティが治癒師を求めると、供給量に対して圧倒的に需要の方が多いことになる。
更にその少人数のパーティに戦闘の苦手な治癒師が入ると、一気に戦力ダウンに繋がるため、戦闘ができる治癒師というのは非常に人気があるそうだ。
実際には、冒険者や傭兵の治癒師は弓術士を兼ねることが多く、俺が思うほどの戦力ダウンには繋がらないそうだ。
(なるほど。リディのように弓も一流で、更に攻撃魔法も使える治癒師は貴重なのだろうな。この村の治癒師は森に入らないし、もし、森の奥で動かせないほどの大怪我を負えば、死ぬしかないか……それでも鹿一頭は大袈裟だよな)
一度、屋敷に戻り、祖父にゴブリンとの戦闘の報告を行う。
ヘクターが俺たちの戦果を報告すると、祖父は珍しく驚いていた。
「ザックが魔法と剣で一匹ずつ倒したのは驚かんが、シャロンが魔法で二匹、メルとダンが剣で一匹ずつというのは驚きじゃな。儂はこの子らの歳を忘れてしまいそうじゃ」
更にヘクターが俺について報告する。
「ザック様がゴブリンを倒したことについては、私も驚きませんでしたが、メルたちに指示を出すお姿はベテランの指揮官を見るようでした。ウィルもザック様のご指示で動いておりましたし……あれほどの視野をお持ちなら、将来、軍を率いる立場になられてもおかしくないと……」
ヘクターは途中から俺の様子をきっちり見ていたようだ。
くすぐったいような気持ちでその報告を聞いていたが、血で汚れた自分の姿が目に入り、
「おじい様、私から報告すべきことはありませんので、風呂に行ってきます」
俺はメルたちと合流して、館ヶ丘の南にある公衆浴場に向かった。




