第二話「目覚め」
ようやく本編に入ります。
俺は見知らぬベッドで目を覚ました。
周りは薄暗く、雨戸でも閉まっているのか、窓の隙間からうっすらと光が差し込んでいるだけだった。
(ここはどこだ……)
これがライトノベルズなら、「知らない天井だ」と呟くのだろうが、俺にそんな余裕はなかった。
普段、寝起きは悪くないのだが、今日は無性に眠い。そのせいか、頭が全然回らない。
首を振って目を覚まそうとすると、すぐ横に大きな白人の若い女性の顔があった。
(あわっ! でっかい女だな。でも、金髪の凄い美人だ……)
感覚的には俺の二倍はあろうかという巨人の顔に一瞬驚くが、その美しい顔につい見惚れてしまった。
(見惚れている場合じゃないぞ。昨日の夜、俺は何をしていたんだっけ……思い出せ。いや、それよりこの状況をどうにかしないと……知らない女性と同衾している……酔っぱらった勢いでベッドイン? いや、俺にそんな甲斐性は無い……)
完全にパニクっている俺は、考えが全くまとまらない。
とりあえず、ベッドから出ようと、掛け布団に手をやった。
俺は自分の手を見て、声を上げそうになった。
(小さい……子供の手だ……)
俺は自分の手をしげしげと眺める。
小さく、無駄毛など一切ないすべすべとした皮膚、仄かにピンク色で、幼児の手のように、ぷにぷにとしている。
俺はもう一度、周りを見回していった。
(大きな部屋じゃない。俺が小さくなっているんだ。子供の体になっている……)
俺がゴソゴソとしていると、隣に寝ていた女性が目を覚ましたようだ。
「ザック、どうしたの? ×× ○○……」
最初の言葉は聞き取れたが、その後はほとんど意味が分からない。
(英語に近いけど、知らない単語が多いな。待てよ、今、知らない外国語なのに、知っている単語が、勝手に日本語になっていたぞ。どういうことだ……)
パニックになりそうになり、どういうことかとこの女性に聞きたいが、言葉が出ない。
固まっていると、その大きな腕で俺は抱え込まれてしまった。
「怖い……夢……見たの?……」
分かる単語をつなげると、怖い夢でも見たのかと聞いているように聞こえた。
俺はその豊かな胸に顔を押し付けられる。
女性独特の匂いがして、心臓の鼓動が伝わってくると、自然とパニックも収まっていった。
(どうやら、俺は子供になったようだ。リアルな夢なのか……それにしてはリアルすぎる。まさか、転生したのか?)
必死に記憶をたどるが、家に帰ってネット小説を読んでいたことと、夢でTRPGのキャラクターを作ったことしか、思い出せない。
(そう言えば、不自然なことがあったな。何でキャラ作りの夢なんか見たんだろう? もしかしたら……参照……)
俺はあり得ないと思いつつ、キャラ設定の時に付けた“参照”のスキルを使ってみた。
参照は触ったものの名前と、簡単な説明が頭の中に浮かぶというスキルだ。
(まず自分を見てみるか。参照っと……名前はザカライアス・ロックハート。年齢は三歳、人間の男か。参照ではこれだけしか分からないな。もし、これがトンネル&ドラゴンズ(T&D)の世界なら、ステータスが見られるかもしれない。念じればいいのか……)
“ステータス”と念じるが何も起きない。パラメータとか、メニューとかでも何も起きなかった。
(駄目か……待てよ。参照は日本語で考えたな。もしかしたら、情報かもしれない……)
駄目元で“情報”と念じると、目の前に、ザカライアス・ロックハートと表示が現れ、その下にステータスとスキルが並んでいた。
筋力 : 二/五〇
反射神経 : 四/九〇
肉体制御能力: 四/九〇
耐久力 : 五/一二〇(八〇×一・五)
魔力 : 四/一〇〇
精神力 :一二〇(八〇×一・五)
知力 :一〇〇
製作能力 : 二/五〇
容姿 :八七
魅力 :八二
HP :四八
MP :四〇
スキル :なし
特殊能力 :頑健、病気耐性、毒耐性、精神耐性、視力強化、死力発揮、前世記憶、
参照、魔闘術
(スラッシュの後の数字に見覚えがある。この体はあの時のキャラクターで間違いない。まだ、子供だから数字が小さいのかもしれないが……うん? 知力や容姿なんかは最大値になっているな。容姿はこの年齢なりの数字なんだろうけど、知力と精神力、魅力はなぜ最大値なんだろう……)
そこまで考えた時、ふと、俺はなぜ冷静に考えられるのか、疑問に思った。
(俺は元々パニックになる方じゃないが、ここまで異常な事態に冷静にしていられるほど、胆力があったわけじゃない。ステータスの精神力が効いているのか? それでも、動揺してもおかしくないはずだ……)
俺が身動きしないため、俺を抱きかかえている女性は、そのまま寝息を立て始めていた。
(いい匂いで、いい気持ちなんだけど、ムラムラはこないな。三歳の体だから仕方がないのかもしれない……折角だから、この女の人を参照してみよう)
俺はそうっと彼女の腕に手を当て、参照と念じる。
(名前はターニャ・ロックハート。年齢は二十三歳、人間の女か。名字が同じで一緒に寝ているから、母親なのだろう。俺はどう呼んでいたのだろう……頭に何か浮かんできた……“母さま”か……記憶が少しずつ蘇ってきた……)
俺の頭の中にザカライアス・ロックハートという幼児の記憶が少しずつ蘇ってきた。
今までは俺=川崎弥太郎の記憶がこの小さな脳に収められていくため、隅に追いやられていたのだろう。記憶の整理がついたことで、俺の意識が目覚めたのではないかと考えていた。
(これからどうするかな。夢でないとすると、本当に転生したのか、あのキャラなのかを確かめる必要がある。もし、転生したのなら……俺の願いが叶ったことになる)
そこで俺は何の説明も無く、転生したことに疑問を持った。
(……だが、なんで、俺は転生したんだ? 神様でも、管理者でも、三途の川の渡し守でもいいが、何の説明もなかったしな。そもそも俺は死んだのか? 確かにパソコンの前で胸が苦しかった気がするが。心筋梗塞とか、心臓発作とかそんなものが起こったのか……しかし、普通、こういう条件で転生させてもらえるのは誰かを助けたとか、神様が失敗したとかだよな……駄目だ。完全に頭がラノベに侵されている。とりあえず、今考えても答えは無さそうだし、流れに任せてみるか……)
こうして俺の第二の人生は始まった。
母、ターニャが目覚めると、俺も一緒に起きることにした。
ベッドから出ると、思った以上に部屋の中は寒く、俺は震えを止めることができなかった。
母は俺のその姿を見て、すぐに服を取り出し、何か俺に言ってくる。だが、最初のうちはただの外国語にしか聞こえず、単語を拾うことしかできなかった。
母が服を取り出しながら、話し掛けてくる言葉を聞いていると、少しずつ言葉が理解出来てきた。
(思い出すって感じだな。俺の意識が戻る前に覚えた言葉が、自然と頭に浮かんでくるな。語彙は少ない。まあ、三歳だからこんなものか……)
母が着替えさせてくれた服は、薄茶色の麻のゴワゴワした丸首のシャツで、ダボダボの腰回りは紐で縛っていた。ズボンも同じ素材のもので長い裾を折り曲げ、無理やり履いていた。靴は皮の粗末なもので、しかも、これも大きさが合わず、ウールの靴下を重ねて履くことで何とか履いているといった感じだ。
「ザック、ご挨拶がまだよ。おはよう」
優しく微笑みかける母の顔が眩しく、俺ははにかみながら、「おはようございます。母さま」と呟くのが精一杯だった。
そんな俺の姿をほほえましく思ったのか、にっこりと笑いながら、俺を抱きかかえる。
身長の三倍くらいの高さに持ち上げられ、少し怯えるが、この位置だと今までの視線の高さと同じになるため、意外と安心感がある。
俺が部屋を見回していると、ベッドからもう一人、起き上がってきた。
金髪の髭面の男だが、まだ若く、結構美男子だ。
記憶が整理された俺には、この男の正体は既に分かっていた。
(確か、俺の父親だ。名前は……あれ? 母さまはマットって呼んでいた記憶があるな。マット・ロックハートかな)
「もう起きたのか、ザック」
「おはようございます。父さま」
俺は父に挨拶を返すと、母は俺を下に降ろす。
そして、二人は抱き合い朝の挨拶なのか、キスを交わしていた。
(堂々と目の前でキスをされるのは、恥ずかしいものがあるな。でも、普通のことのようだけど……)
二つの記憶が混在するため、どうも考えが安定しない。
(これからゆっくり整理していこう。この世界のことは何も知らないし、それまでは”悪魔憑き”とかって言われないようにしなければな……)
父も母も着替えを済ませ、窓を開ける。
窓にはガラスはなく、ただの木窓だったようで、一気に朝の眩しい光が部屋に差し込んできた。
父も母も俺と同じような地味な麻の服を身に纏い、どう見ても騎士階級には見えない。
(どう見ても農家の若夫婦一家だな。せめて、立派な剣でも置いてあれば騎士らしいと思うのだが……)
俺の想いなど関係なく、父が窓の外を見ながら伸びをする。
「今日もいい天気だ。牛たちも機嫌がいいだろう」
俺はその言葉に驚き、父の後姿を茫然と眺めていた。
(牛たち? うちは騎士の家じゃないのか? それともこの世界では牛に乗って戦うのか? 本当に情報収集をきちんとしないとボロが出そうだ……)
俺は第一日目を無事に過ごすことに集中しようと、気合を入れた。