第八話「ギデオン・ダイアー」
ギデオンの一人称です。
俺がフォルティスに腰を落ち着かせたのは二年前の冬だった。
その二ヶ月ほど前、アウレラでの仕事を終えてフォルティスに帰ろうとした矢先、妻であるフランが病に冒された。肺の病らしく、咳をするたびに血を吐き、見る見る痩せていった。
気丈に振る舞っていたが、うちの団の治癒師では全く手の施しようがなく、団はクライドに任せ、俺はフランとアウレラに残っていた。
運がよかったことにサルトゥースの高名なエルフの治癒師がアウレラにやってきた。帝国の貴族に乞われて帝都プリムスに行き、その帰りにアウレラに寄ったということだった。
俺はあらゆる伝手を使ってその治癒師に面会を申し込み、何とか治療を行ってもらうことができた。
その時、治癒師に言われたことは、「あと一ヶ月遅かったら手遅れだったよ。家族のことをもう少し見て、心配を掛けすぎないようにすべきだね」ということだった。
彼の言葉が胸に突き刺さった。
その時、俺は四十三歳、フランは四十を越えたばかりだ。小さな怪我を負うことは頻繁にあったが、病気になることもなく、無理をさせているという意識はなかった。しかし、よく考えると、俺が無茶をするたびに彼女には心配を掛け続けていた。
サエウム山脈の奥地にいる邪竜の討伐では魔術師の支援もなしに突っ込んでいって大怪我をしたし、ポルタ山地の盗賊団の討伐ではクライドの言うことを聞かずに罠にはまり、危うく命を落としそうになった。
俺自身は死んでもそれまでの男だったと割り切っていたが、フランにとってはそういうわけにはいかなかったんだろう。今回のことで俺もそのことが嫌というほど分かった。フランに先に逝かれたら、俺は生きていられない。そう思いつめるほどに。
三ヶ月後、フランの体調がよくなり、アウレラからフォルティスに戻った。
戻った後、俺はすぐに引退を宣言した。
フランは言葉では文句を言ったものの、内心ではうれしそうだった。自分の身体では一緒に依頼を受けられないと分かっていたからだろう。実際、今でも昔の体力は戻っていない。まあ、体重は戻り過ぎたようだが。
俺の突然の引退宣言はいろんな連中を驚かせた。
俺の友、クライドは「ダイアー傭兵団はどうするつもりだ!」と総本部のど真ん中で怒鳴るほど怒りをぶつけてきた。それは俺が勝手に決めたからで、理由を説明すると、「仕方ねぇな」と分かってくれた。
話は変わるが、俺には息子が二人と娘が一人いる。息子たちはどちらも二十歳を過ぎたところだが、俺と同じ傭兵だ。甘やかさないように別の傭兵団にいれ、何とか中堅クラスといわれる六級になっている。
娘は傭兵稼業には関わりたくないようで、この街で堅気の商売人と一緒になり、あまり家には寄り付かない。
この三人だが、小さい頃は苦労させ続けた。
フランの奴は身篭ってもなかなか仕事を休まず、子供が生まれてもすぐに団に戻ってきた。それだけじゃなく、子供たちは首が据わるかどうかという時から傭兵団と一緒に旅をした。そのため、周りには荒くれものの傭兵しかおらず、同年代の友はできなかった。
そんなことも引退してから思い出すほど俺は家族のことに無頓着だった。
フォルティスに戻ってからは、フランの看病をしながらのんびりと暮していた。しかし、戦いしか能がない俺にとっては苦痛な毎日だった。あの命を賭ける瞬間のゾクゾクする感じが忘れられず、悶々とした日々を過ごしていた。
そんな時、一緒に引退しギルド長になったクライドがある話を持ち込んだ。
「どうだ、若い連中に剣を教えてみないか」
聞いた瞬間、今更何を言うんだという気分だった。
「俺にそんなことができると思うか? 今まで誰にも稽古なんざ付けたことがないんだぞ。お前も分かっているだろ」
「分かっているさ、もちろん。だが、俺だってギルド長なんかやったことがなかったんだぞ。それでもやらされているんだ。お前だけ気楽な隠居生活を送るのは不公平だ。だから、お前もやったことがない仕事で苦労しろ」
口ではそう言っているが、俺のことを考えて言っていることはよく分かった。それでも俺は素直にそれを受けることができなかった。
「俺が稽古を付けると怪我じゃ済まなくなる。折角の人材を潰されるのはギルドとしても困るだろ?」
俺がそう返すと、「そのことは考えてある」と言って強引に俺を指導員にした。
数日後、クライドが言った考えって奴が分かった。
一つは優秀な治癒師を訓練場専属として配置することだ。これは帝国の騎士、ロックハート家で行っている方法に倣ったそうだ。
「ラッセルを覚えているか? 奴がいくラスモア村では優秀な治癒師を常に訓練場に待機させておくそうだ。特に次男のザカライアスともう一人の治癒師リディアーヌがいる時は、即死以外なら何でもありっていう話だそうだぜ」
その話は聞いたことがあり、俺以上に頭がおかしい奴が帝国にはいるものだと思ったものだ。
「レベル六十台の治癒師を二人用意した。他にも四十台の治癒師を三人だ。これで早々死人が出ることはあるまい」
そこでクライドが何を考えているのか分かった。
訓練だけでなく、フランの病気が再発した時に高レベルの治癒師がここにいるようにしたということだ。
礼を言うのは照れくさいので言っていないが、その気持ちに目頭が熱くなるのを感じたほどだ。
そして奴が打った二つ目の手はフランも指導員にするということだった。
俺がやりすぎた時、確実に止められるのはフランしかいない。やりすぎた時にどれだけ小言を言われるかと考えるだけで冷静さを失わずに済むだろうから。
そんな感じで俺の指導員生活は始まった。
始まると思った以上に面白いと思うようになった。若い連中が強くなっていくのが楽しくて仕方ない。自分が強くなっていく時に感じた高揚感に近いものを感じ、のめり込んでいった。
しかし、それも最初のうちだけだった。
俺が少しでも力を入れると、今の若い連中はすぐに諦めてしまう。
奴らは「ギデオンさんの本気を受けたら死んでしまいますよ」と笑いながらいい、「これ以上痛めつけられたら仕事に支障が出ますから」と言って勝手に切り上げてしまう。
俺が訓練場で若い奴を相手に本気を出したことは一度もない。それに次の日の仕事に差し支えないようギリギリを見極めるよう配慮もしていた。
そのためかどうかは分からないが、俺が指導をしても奴らは「あのギデオン・ダイアーに稽古を付けてもらった」という話のネタにするだけで、飛びぬけて強くなる奴はほとんどいなかった。
そんな日が続き、そろそろ指導員を辞めようかと思い始めていた頃、奴らがやってきた。
そう、ロックハート家の若者たちだ。
最初に見たときに思ったのは面構えがいいということだった。
十歳くらいの娘が若い傭兵に食って掛かった。それも貴族の子供が権力にものを言わせていうのではなく、実力を見極めた上で「もっと強い人がいると思った」と言い切ったのだ。
更に黒一色の装備に身を包んだ若造を見た時、俺の魂は震えた。こいつは面白そうだと。
アウレラで仕事をしていた関係で、学術都市ドクトゥスの噂はよく耳にしていた。更にクライドがロックハートの名を出したことで、彼らの噂も積極的に聞いていた。そのため、稀代の魔術師にして天才剣術士、ザカライアス・ロックハートだとすぐに分かったのだ。
それだけじゃなく、王虎族のベアトリス、赤髪の剣鬼のメリッサもおり、一目見ただけで強いと感じた。もちろん、戦えば俺が圧勝する。だが、彼女たちに感じた強さは全く別のもので、心の強さと言ってもいい。
ダイアー傭兵団の若い傭兵ジェイが絡んでくれたお陰で、運良く手合わせをすることになった。
まずはベアトリスと手合わせした。
獣人、特に虎人族は人間より身体能力がずば抜けて高く、手強い奴が多い。ただ、その身体能力にものを言わせるだけで、技術を磨かない奴がほとんどだ。
しかし、ベアトリスは違った。
よい師匠に基礎から学んでいるらしく、俺が見ても隙はほとんどなかった。それだけじゃなく、実戦で鍛えた突飛な攻撃も繰り出してきて、久しぶりに血が騒いだほどだ。
ただ惜しむらくは闘気が使えないことだろう。
闘気はレベル七十を超えた辺りから使えるようになる技だ。詳しく調べた奴がいないから理屈は知らないが、武器や身体に魔力のようなものを纏わせることで破壊力を増したり、防御力を上げたりすることができる。他にも俺のように相手の動きを見切る技に使うこともできる。
もし、その闘気が使えればもう少し戦いになったはずだ。いや、俺に闘気を使わせた時点で素晴らしい才能の持ち主だといえるかもしれない。最初は使うつもりはなかったのだから。
そのせいで熱くなり過ぎ、やりすぎてしまった。
その後、ザックとメルのコンビと戦った。これも楽しかった。思わず笑い声を上げそうになるほどに。
確かにザックは天才だった。剣や魔法のことをいっているんじゃない。その戦い方自体が天才的なのだ。
奴は二つの魔法を同時に使っただけでなく、その手が通じないことを想定し、上下左右から同時に攻撃を仕掛けるという離れ業をやってのけた。あのくらいの若造なら勢いに任せて攻めてくるだけで、あそこまで周到な準備はしない。
更に恐ろしいことに重要な五感の二つ、目と耳を潰しにきやがった。こいつは戦場では有効な手で、さすがの俺も少し焦った。
これだけ嫌らしい手を念入りに考え、実行する奴はほとんどいない。同年代のベテランと戦っている錯覚に陥ったほどだ。
更にメルも素晴らしい才能だった。
ザックと呼吸を合わせ、彼の作戦が最も有効になるように動き続けたのだから。
幼い頃から一緒に修行しているとはいえ、普通はあそこまで自分を捨てる戦いはできない。どうしても自分で決めたいという欲求に逆らえないものなのだ。
その後、ロックハート家の者たちと手合わせをした。黒髪の少女ルナ以外、全員と手合わせをしたが、ロックハート家の強さというものを実感した。
“獅子心”ゴーヴァンという稀代の英雄に育てられたとはいえ、あれほど心が強い戦士が揃っていることが信じられなかったほどだ。
血反吐を吐き、骨折しても立ち上がり、武器を構える。その目には闘志が宿り、どのような状況でも心は折れないと宣言しているようだった。
二十五歳の一人前の傭兵ですら立ち上がれないほどの打撃を受けた九歳の少女が、ゆっくりと立ち上がった時、皮膚が粟立つのを感じた。
手合わせが終わった後、フランと話をした。彼女も俺と同じ思いを抱いており、
「呆れるほど強いね、あの子たちは」
「そうだな。フォルティスにはいないな、あんな連中は」
そんな会話をした後、フランが一つ提案してきた。
「あの子たちをもっと強くしたいね。特に双子の二人は」
彼女の言いたいことは分かる。確かにザックやメルも育て甲斐はあるだろう。特にメルが俺の剣術を覚えれば三十歳を待たずして、レベル百を超える可能性がある。
ザックもそれに近い。奴の場合は魔法との併用だからそこまでは無理だろうが、あの体捌きに闘気をまとえば、“世界最強”という称号を手に入れることも可能だろう。
しかし、それでは面白くないと思った。
二人の才能は確かに突出しているが、俺が教えられることはあまり多くない。経験を積ませるという点ではよいかもしれないが、やはり直接指導して強くしたい。
その点、セオフィラスとセラフィーヌは打ってつけだ。素直な性格だし、心も強い。
それ以上にあのくらいの歳の場合、弟子というより子供を育てるという感覚に近い点がいい。俺たち夫婦にはまともな子育てができなかったから、余計にそう感じるのかもしれない。
その夜、ロックハート家と宴が行われた。
彼らにも言っているが、俺は貴族と酒を飲んだことがない。ラクス王国にいるハミッシュ・マーカットのように公爵家や伯爵家と付き合いがある傭兵もいるが、普通の傭兵は俺と同じだろう。貴族にとって傭兵とは生きている盾のようなもので、話をする気がないのだから。
フランは、ロックハート家は普通の貴族とは違うと言っていたし、俺自身そう思わないでもなかった。しかし、俺はあえてきちんとした格好をしていくことにした。
それは弟子として二人を預けてほしいと頼みに行くためだ。もちろん、養子にくれという気はないが、大事な子供を預けてくれというのに襟を正さないわけにはいかない。
俺の申し入れは保留になったが、恐らくあの二人は来てくれる。向上心の塊のような二人が俺の誘いを断ることはないはずだ。
ただ、一度ラスモア村に行ってもいいと思い始めている。
ゴーヴァン・ロックハートという人物に会えば、俺自身、何かが変わる予感がしているためだ。
本編の最強の傭兵ハミッシュ・マーカットも人間臭い人物でしたが、こちらも書いていて楽しくなる人物でした。今後もまだ出番はあると思いますので、私も楽しみです。




