第六十九話「フィーロビッシャーの若手文官」
前半が主人公視点、後半が別視点の三人称です。
二月十五日。
昨夜エザリントン公爵家の嫡男スティーヴンから、午前中に会いたいという連絡が届いた。
エザリントン家主催の晩餐会でフィーロビッシャーの蒸留所建設について、若手の文官を紹介してほしいと依頼していた。その目途が立ち、連絡が来たのだろう。
訓練と朝食を終え、午前九時頃に宿泊しているシーウェル家の隣にあるエザリントン公爵家の屋敷に向かう。
今日は秘書代わりとしてシャロンだけを連れていく。
屋敷に入るとすぐに応接室に案内され、そこでスティーヴンが待っていた。彼の後ろに彼と同年代の二十代前半の男性が三人立っている。
あいさつもそこそこに「君に頼まれていたフィーロビッシャー家の若手文官だ」と言って三人を指し示す。
最初に丸顔の少しぽっちゃりとした男性が前に出た。
「レナルド・ミューアヘッドだ」と言って右手を差し出す。その手を取りながら、
「ロックハート家次男、ザカライアス・ロックハートです。こちらは私の婚約者シャロンです」
スティーヴンがすぐに彼のことを説明する。
「レナルドは農務局の官僚だ。酒造についても知識を持っている」
その直後、レナルドは笑いながらそれを否定する。
「もちろん、酒神の申し子と呼ばれる君ほどの知識はないよ。だから、その点には期待しないでほしい」
思ったより陽気な人物のようだ。
「次は私だな」と言って体格のいい男が前に出る。
「ウンベルト・レンフィールドだ。武人ではないとだけ先に言っておく」
身長は二メートル近くあり、分厚い胸板と角ばった顎の持ち主で、前線で剣を振るう武人と言われたほうが違和感はないためだ。
ただし、その足運びは素人そのもので、武人というイメージはすぐに消えている。
「ウンベルトは砂糖の生産で有名なレンフィールド子爵家の嫡男だ。偶然、帝都にいたのでレナルドが声を掛けた」
彼にもあいさつをし、三人目が前に出た。
「モンタギュー・アンダーウッドだ。よろしく頼む……」
ウンベルトとは逆に背が低く痩せた男で、自信がないのか、やや俯き加減でボソボソと話す。
「モンタギューはアンダーウッド男爵家の次男で工務局の官僚だ。道路や港湾の整備を担当しているが、こいつは数字に強い」
何となくそんな感じがすると納得した。
「この三人は宰相閣下とほとんど面識がない。君が言った条件に合うのと思うのだが」
酒造の知識を持つ農業部門の官僚、サトウキビの生産が主力産業の家の者、更に経理に強い官僚。よく考えられた人選だった。
「ありがとうございます。私としましては特に異論はございませんが、一つだけ確認させていただきたいことがございます」
四人は疑問を感じたのか、僅かに互いを見る。そして、スティーヴンが代表して「確認したいこととは?」と口にした。
「皆さん、酒はお好きでしょうか? これが最も重要なことです」
四人は最初理解できなかったのか呆けた顔をしたが、すぐに笑い出す。
代表する形でスティーヴンがその問いに答えた。
「もちろん酒は好きだよ。昨夜も今日の打合せを兼ねて商業地区で一杯やっている。もちろん、ドワーフほど鯨飲はできないし、君やラドフォードほど拘りがあるわけではないが。これで答えになっているかな?」
「はい」と笑顔で答え、
「楽しく飲めるのであれば、問題ございません。ドワーフたちにとって飲む量や味への拘りはあまり関係ありません。彼らは酒を楽しむために生きていると豪語するほどですから」
その後、俺が温めている素案を説明した。
「サトウキビの搾りかすから作られる酒を蒸留して新たな酒を作ります……恐らくですが、甘みを強く感じる香りの蒸留酒となるはずです。ですので、ドワーフ以外にも販路はあると考えています……」
三十分ほど説明した後、三人からの質問に答えていく。最初にウンベルトが質問してきた。
「生産量だが、搾りかすの酒は大規模に造っているわけではない。我が領民が自分たちで飲む安い酒を作っているに過ぎないのだからな。先ほどの話では蒸留酒にすれば、元の酒の三分の一から五分の一になるというではないか。それほどの量を確保するのは至難の業だと思うのだが」
「これは宰相閣下にも説明しておりますが、廃糖蜜を使います。モラセスは大量にある割には使い道が少なく、価格も安いと聞いております。これを原料として使えば、醸造酒の生産は問題ないと考えます」
ウンベルトは「確かに」と頷いた。
「私も話を聞いてから勉強したので間違っているかもしれないのだが」と言ってレナルドが話し始めた。
「フィーロビッシャー領はここよりも南部にある。ここよりも更に温暖な気候で、ワインを熟成させる際、よく失敗するのだ。蒸留酒の貯蔵に問題は出ないのだろうか?」
短期間で勉強したという割には鋭いところを突いてくる。
「その点も問題ないと考えます。温度の変化が大きければ、その分早く熟成するので、短期間で出荷できる可能性があります。やってみないと分かりませんが、蒸留酒は醸造酒より劣化に強い酒です。上手くいけば、一年程度でも充分な熟成となるのではないかと考えております」
短期熟成は恐らくできる。ダークラムやテキーラは短期熟成でも充分に美味いものになっているのだから。
「卿がそういうのであれば問題はないのだろう」と頷いた。
「それに熟成なしで出荷することも視野に入れてもよいとさえ思っているのです」
これはホワイトラムをイメージしている。
「熟成させない……それではドワーフたちが納得しないのではないか?」
スティーヴンが驚きの表情で聞いてきた。
「これもやってみないと分かりませんが、新たな酒として熟成なしの蒸留酒というのもありだと考えています」
「卿が言うのであればドワーフたちも納得するだろうな」
その呟きにシャロンを含め、全員が頷いていた。
ウンベルトが資金のことを懸念する。
「資金面のことなのだが、三年程度の熟成が必要だとすると厳しいが、一年以内に現金化できるなら何とかなりそうだ。問題があるとすれば、蒸留所の建設資金の方だ。閣下がどの程度の予算をお考えかは分からんが、フィーロビッシャー家には余剰の資金はほとんどないはず。その辺りは何か考えているのだろうか?」
「鍛冶師ギルドに融資してもらう予定です。優先販売権を付ければ問題なく必要な資金を低利で融通してくれるはずです」
「それは助かる」とモンタギューが胸を撫で下ろす。
「但し、条件があります」と俺が言うと、三人は表情を引き締める。
「ドワーフたちは酒に関することなら何でもすると思われているかもしれませんが、それは大きな間違いです。彼らは気に入らない相手なら誰であろうと協力しません」
「つまり、我々が気に入られる必要があると」とレナルドが尋ねる。
「その通りです。気に入られるといってもおもねる必要はありません。彼らの友と認められる。この一点につきます」
「“ドワーフの友”か……卿らロックハートとラドフォード殿以外でそれが可能なのだろうか?」
俺はそれに大きく頷く。
「既にシーウェル侯爵閣下はドワーフたちに認められております。また、エザリントン公爵閣下も同様に認められたと聞いております。決してできないことではありません」
それでも三人は困惑の表情を崩さない。
「彼らは情熱を持ってことに当たる人物に好感を抱きます。それは酒に関することでなくとも。ですから、皆さんも故郷のために、熱意をもってこの仕事に打ち込んでいると示せばよいのです。今回は彼らが望む新たな蒸留酒の生産という好条件もあります。ですから、難しく考えずに自分たちの熱い思いをぶつけましょう」
三人はそれで多少気が楽になったのか、笑みが戻る。
その後、シャロンを含めて計画の骨子をまとめていく。
正午前になったため、俺たちは引き上げることにしたが、スティーヴンを含めた四人は計画の骨子をまとめた書類を見つめながら協議を続けるようだ。
帰り道、シャロンに見込みがあるか聞いてみた。
「どうなると思う?」
「そうですね」と言った後、「あの方たちなら、多分大丈夫だと思います」と答えた。
「理由は?」と聞くと、ニコリと笑い、
「皆さん真面目な方でしたから。ドワーフの皆さんは真面目な方が大好きです。ザック様がおっしゃったように一つのことに打ち込む方なら、必ず認めてくださいます」
「そうだな」
「でも、最初はザック様と一緒の方がいいかもしれませんね」
「もちろん最初は一緒にいって説明するつもりだが……それだけじゃなさそうだな」
そこでもう一度微笑み、
「お酒を飲みすぎてしまうでしょうから、ザック様に解毒の魔法を掛けてもらわないといけないと思うんです。そう思いませんか?」
「そうだな。確かにその通りだ」
その時、俺も大きく相好を崩していた。それは彼らのことではなく、彼女が明るくなったことに対して。
(婚約の凍結と言われてからまだそれほど日が経っていないが、吹っ切れたのかな? この調子なら父上の許しを得るのもそう遠い日じゃなさそうだな……)
■■■
レナルド・ミューアヘッド、ウンベルト・レンフィールド、モンタギュー・アンダーウッドの三人は蒸留所建設の計画を練っていく。
スティーヴン・エザリントンは彼らの真剣な討議に参加しながらも、羨ましく思っていた。
(私にはこれほど熱くなるものがない。父に定められた道をただ漫然と歩いているだけだ……)
彼自身、今まではそれに不満はなかった。しかし、近い将来、自分がエザリントン公爵領を切り盛りしなければならないと指摘され、焦りを覚え始めている。
(私にあの父上の跡を継げるのだろうか? アドルフがいれば何とかなるだろうが、その後はどうだ? 今の私に何ができる? エザリントンの名がなければ何もできないのではないのか……)
彼は自分一人で広大な公爵領を統治することに目眩に似た思いを覚えた。父の腹心であるアドルフ・レドナップ伯がいれば承認するだけで済むが、自分の能力では到底不可能だと思っている。
彼は帝国高等学術院を優秀な成績で卒業した英才と言われている。しかしそれは爵位による加算で上位に食い込んだにすぎない。
(それにしてもザカライアスという男は何者なのだろう。父上にあれほど物怖じせずに意見をいっただけではなく、宰相閣下にも意見したと聞いた。閣下に報告するだけでも足が震える者が多い。私自身、最初の一年は閣下の執務室に行くというだけで足がすくんだものだが……)
そのザカライアスが自分に頼みごとをしたことが驚きだった。
その理由がエザリントン公爵家の後継者として鍛冶師ギルドとの関係をしっかりと理解してほしいためと知り、驚きを隠すのに苦労している。
(父上とアドルフが彼を配下にしたいといった理由がよく分かる。私の能力ではエザリントンが衰退すると思っているのだろう。だから、優秀な男をつけようと考えたのだ……)
彼は初等学術院時代から父親と比較され続け、それが嫌で学業を投げ出している。その自責の念が彼の自信のなさの元となっていた。
そんなことを考えていると、レナルドが「スティーヴン様のご意見を聞かせていただけませんか」と言ってきた。
「どのようなことかな」と聞くと、
「カウム王国では蒸留酒の品質に関する法律が施行されたそうです。それを参考にフィーロビッシャーでも同じような法を作ろうかと思ったのです。エザリントン領、シーウェル領でも同じようなことを考えるのであれば、共同で宰相閣下に提案してはどうかということになったのです」
「法律か。あれはカトリーナ王妃の肝いりで作られたものだったな。閣下もその情報を耳にされた時、感心しておられたよ」
そこで法律の内容を思い出す。
「しかし、あれは熟成期間を三年以上としていたはずだ。そのまま導入すると、ザカライアスが言っていた短期での出荷が難しくなるが」
「よくご存知ですね! さすがはスティーヴン様です」
ウンベルトが感心するが、スティーヴンは「偶然だよ」と苦笑いを浮かべる。
彼がその法律について知っていたのは本当に偶然だ。宰相から調査するように命じられたためで、自発的に調べたものではない。
(宰相閣下はこうなることを見越しておられたのかもしれないな。あの方ならありえる……)
明らかに過大評価であるのだが、宰相の存在感からそう思い込む。
「カウムから入手した法案を持っている。それを基に我々で手を加えてみよう」
「助かります」と三人は頭を下げる。
「できたところでザカライアスに確認してもらおう。酒の法律ならあの者に確認させるのが一番だからな」
「その通りですな」
その後、四人は夜が更けるまで計画について話し合った。




