第三十八話「発見」
前半が三人称、後半がザック視点の一人称です。
一月三十日。
蒸留所建設候補地視察の報告を終えたザカライアスが去った後、クレメント・シーウェル侯爵はイグネイシャス・ラドフォード子爵にブドウの品種について尋ねた。
「この辺りのブドウはすべて同じものだと思っていたのだが、それが違うとはな。イグネイシャス、お前も気づいていなかったのか?」
「恥ずかしながら」と言って頭を下げると、
「言われてしまえば、その通りと思ったのですが、今までの私の認識では、村やその年ごとでワインの味に違いが出るという程度でした。無論、同じ村のワインも一樽だけではなく、いろいろと味は見ていたのですが、単に出来の差であると思い込んでおりました」
「なるほど……で、その長期熟成に向いたブドウというのはあると思うか?」
子爵は「間違いなく」と大きく頷く。
侯爵は子爵の自信ありげな様子に疑問を抱く。
「それほど自信があるのはなぜだ? ザカライアスもないかもしれぬと言っていたのではないか?」
子爵は表情を大きく崩し、「そのザカライアス殿が自信を持っていたからです」と言った。
「そこがよく分からんな」と言って首を傾げる。
「あの酒神の申し子が“シーウェルワインに革命を起こす”と言ったのです。彼は確信がなければ、そのようなことを口にする者ではありません。酒に関しては特に」
侯爵は「なるほど。確かにその通りだな」と笑いながら頷く。
「明日見つからなければ、すべての村のワインを確認してもらうつもりです。これはシーウェル領にとって大いなるチャンスだと思っておりますので」
「頼んだぞ」
ラドフォード子爵は「お任せください」と答えた後、
「そのブドウが見つかった後の処置ですが、ザカライアス殿に“秘術”を使ってもらい、本当に長期熟成に向くか確認してもらいます。最上のものになるという前提ですが、その村のブドウを他の村にも植え、シーウェルワインの目玉にしようかと考えております」
「そうだな。それがよい。しかし、そのワインだが、それほど味が違うものなのか? 先ほど味を見たが、私には全く分からなかったのだが」
「私も御館様と同じ感想を持ちました。これはザカライアス殿も同じで、唯一ベアトリス殿だけが香りの違いに気づいております」
侯爵は「うむ」と言って腕を組む。
「獣人を雇い入れることも視野に入れるべきではないか」
その問いにダルントンが代わって答える。
「ザカライアス卿も同じことをおっしゃっておられました。鼻がいい種族の獣人に品質管理を任せれば、よりよいものができると。もっとも、これは私に提案したものではなく、ベアトリス殿との雑談を偶然聞いたものですが」
侯爵は「うむ」と言って考えこむ。
「ルークスから流れてきた獣人の難民がいたはずだな。宰相閣下も頭を悩ませていた問題だが、我が領内で雇い入れてみるか」
ルークス聖王国では人間至上主義を採っており、亜人、特に獣人たちは迫害の対象だ。
元々獣人たちは同じ種族ごとに数百から千人程度の比較的小さな集団を作っていたが、そのコミュニティごと焼き払われ、捕らえられた獣人は奴隷にされている。
奴隷にされる前に帝国に逃げ込んできた者がおり、その数は数千人規模になっていた。
難民の一部は冒険者や傭兵として世界に散っているが、老人や子供、戦いに向かない一部の種族ではルークスとの国境付近に難民キャンプを作って暮らすしかなく、現在、その扱いが問題となっていた。
帝国としてはルークスの非道を宣伝する上で獣人たちを迎え入れていたが、ルークスとの国境付近は農地に向く土地が少なく、食糧援助を行うしかない。
南部や東部には入植できる土地はあるが、着の身着のままの彼らが自立できるまで支援を続けることができる貴族は限られている。また、農民には保守的な者が多く、異人種を受け入れることに反発することが多かった。
「我がシーウェルなら千人程度でも充分に養えるし、私が領民を説得すれば反発も少なかろう。後は獣人たちにやる気があるかどうかだが……」
「話してみなければ分かりませんが、一族ごと受け入れると言えば、相手もある程度は妥協するはずです。治安の悪化が懸念されますが、そこも相手次第でしょう。戦いに向かない小柄な犬人族なら性格も大人しいと聞きますし、試す価値はあるかと」
「うむ。これについてはアレクシス殿にも相談しよう。我らが始めれば、エザリントン公爵領でもすぐに取り入れるはずだ。ならば、ザカライアスの提案として話を持っていき、アレクシス殿を仲間に引き入れれば、後のことも楽になる」
シーウェル侯は元老であるアレクシス・エザリントン公爵を引きこみ、帝国政府に治安維持のための軍の派遣の根回しを頼もうと考えた。
「この件もザカライアス殿に一度確認した方がよいでしょうな。彼なら更に良い考えを示す可能性がありますから」
そして、ザカライアスが呼び出され、その計画を聞かされると、彼はもろ手を上げて賛成した。
「素晴らしいことだと思います。難民は経済的な負担だけでなく、治安悪化の要因にもなります。治安が悪くなる原因は難民たちが生活に不安を、特に経済的な不安を持つためです……」
更に彼は興奮気味に話を続けていく。
「……獣人たちにとって、彼らにしかできない仕事を与えられることは、彼らのプライドを守る上でも非常によいと思います。誰もがやりたがらない仕事を与えられたのであれば、彼らのプライドを傷つけることになりますが、“自分たちにしかできない”となれば、その仕事に誇りを持ち、彼ら自身が成功に導こうと努力するはずです」
シーウェル侯は彼の言葉を聞き、「そこまでは考えていなかったが、確かにそうだな」と頷く。
「獣人を差別する光神教の考えは間違っています。光の神は“遍く光を照らす”神であり、まさに神の下では人はすべて平等であることを体現している神です。その神の名を使い、村を焼き払い、罪の無い人を奴隷化する行為を行うことは、神を冒涜する行為と言ってもいいでしょう」
ザカライアスはいつも以上に辛辣に光神教を批判する。
「君の言う通りだな。私としてはもう少し具体的な提案としたいのだが、よい知恵はないか」
侯爵にそう問われ、
「獣人族にも彼ら独自の文化や伝統があります。それを尊重し、更に認めることが融和の第一歩でしょう。そのためには閣下自らが先頭に立ち、交流を進めることが重要かと思います」
「言わんとすることは分かるが……」
「具体的には互いの文化を披露し合うのです。シーウェル領ではワインをこよなく愛しています。そのことを祭やイベントで彼らに示すのです。そして、彼らにも自分たちが誇りに思っていることをその場で披露させ、それを閣下自らがお認めになれば、獣人族も自分たちは哀れな難民ではなく、シーウェル侯爵領の一員だと感じるのではないでしょうか」
「うむ。確かにそうだな」
侯爵が頷くと、ラドフォード子爵も賛同する。
「幸いなことにシーウェルでは御館様の人気は絶大です。その御館様自らが獣人族に手を差し伸べ、シーウェル領の発展のために力を合わせるべきであると宣言して頂ければ、民たちも納得するでしょう」
ザカライアスは更にアイデアを提示していった。
■■■
その後、シーウェル侯爵領に千人を超える犬人族が移住した。
当初、彼らはシーウェル侯から与えられた仕事に戸惑うものの、侯爵自らが依頼してきた案件であること、更には安全な土地で安定した仕事ということで、それを失うまいと必死になって覚えた。
彼らの努力は報われ、次第に人族の醸造職人からも一目置かれるようになる。
そして、シーウェルワインの品質向上に彼らの存在は欠かせないと言われるほどの存在に成長していった。
隣のエザリントン領では更に大規模な移住が行われた。
エザリントン公爵は戦いが苦手な種族だけでなく、虎人族や獅子人族、熊人族などの戦いを得意とする種族にも土地を分け与えた。
エザリントン公は彼らが農業に向かないことを分かっており、兵役につくことで収入を得ることを提案する。
その条件は比較的緩やかなものだった。
戦いが得意な獣人族に対し、ある一定の割合の者が限定された期間のみ兵役につくことを条件としており、その条件をクリアすれば食料援助を行うと約束したのだ。
もちろん、エザリントン騎士団に入れると皇帝から謀反の疑念をかけられるため、帝国軍に入ることになった。
獣人たちはエザリントン公と帝国に対し忠誠を誓い、帝国のために戦った。特に自分たちを追い出したルークス聖王国との戦争では死を恐れぬ戦いで大活躍する。
発案したシーウェル侯はその功績で領地が加増されたが、その土地は獣人たちに与えられた。
シーウェルはワインと美食の地というだけでなく、獣人たちの安住の地としても知られるようになっていく。
そして、最高峰のシーウェルブランデーには、発端となったベアトリス・ロックハートの二つ名、雌虎という名が与えられることとなる……。
■■■
二月一日。
蒸留所建設候補地の調査の二日目、今日はシーウェル河の対岸側、西の村々を巡った。
シーウェル市に最も近いドワリー村から始まり、クレイグラッグ村、ムーラン村、ブレア村と確認していく。途中、ワイン造りをしている村で試飲をしながらであったため、北に十二キロ離れたブレア村に到着したのは午後二時過ぎだった。
西岸の村々も蒸留所建設の条件的には合格であるものの一長一短があり、昨日見つけたクライタイモア村より適した場所は見つからなかった。
しかし、昨日ベアトリスが気づいた謎のブドウは見つけている。
そのワインはシーウェル市から北に九キロほどのところにあるムーラン村で、そこのワインの中に若いカベルネ・ソーヴィニヨンに似た味のものがあったのだ。
しかし、いくつかの樽を試飲したが、品質にバラツキがあり、ラドフォード子爵も「この村のワインは当たり外れが多くてな」と言っていたほどで、現状では果実香はよいものの渋味が強く、美味いワインとは言い難いものが多かった。
村の醸造職人に詳しく聞くと、苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
「当たりの年はいいんですが、天候が少しでも良くないと収穫量は少ないし、味も渋味が強くて大したことがないワインにしかならないんです。だから、他のブドウと混ぜているんですが、うちの村の者たちはこの木を抜いて、別の木にしてはどうかと言っているくらいなんです……」
「それはもったいない!」と思わず声に出していた。
「個性があるなら、それは残すべきです。この村のワインにはシーウェルでも一、二を争う高品質のものになる可能性があるのですから」
実際、試飲したものの中には昨年贈られたものより、よい品質のものがあった。
これにはラドフォード子爵も驚いたほどで、
「渋味は強いが香りはよいな。あと数ヶ月寝かせるだけでも随分美味くなるだろう」と言っていたほどだ。
この樽を贈ってもらう五つの樽の一つにしてもらったが、俺としては早くこのワインを熟成させてみたいと思っている。
ただ、収納魔法を公にするつもりはないため、一度村に送ってもらう必要があり、ボトルに詰めるのは早くても今年の六月頃になる。
(念のために館ヶ丘に地下貯蔵庫を作っておいたから味が落ちることもないし、樽での熟成もいい感じになるだろう。でも、俺が早く飲みたいんだよな。こっそり、ボトル二、三十本分くらいもらうのもありかな。どうなるか確認するためといえば、イグネイシャス様も侯爵様も認めてくれるだろうし……)
一応、収納魔法の理論は恩師ラスペード教授の論文で公になっている。しかし、この魔法が使えると知られると、いろいろな不都合が考えられる。
皇宮や王宮では武器を出したり、毒を持ち込んだりできるため、暗殺を疑われる可能性がある。他にも窃盗に使えるし、密輸にも使える。
更に俺の収納魔法は一つ一つの収納スペースは小さいものの、理論上、数はいくらでも増やせるため、無限収納と言える性能を持っている。軍事的には一人で数万人分の物資を輸送できる便利な存在だ。
(知られても面倒なだけでメリットが全くないからな。教授もキトリーさんも黙っていてくれると言ってくれたし、イグネイシャス様たちにも特殊な魔法としか言っていないから、今のところばれる恐れはないんだ。いくら飲みたいからと言って手の内を晒すのは……)
そう考えるものの、どうしても気になるため、ラドフォード子爵に同じ味の樽を二十リットルほど譲ってもらうことを申し出た。
「今日は持ってきていませんが、ロックハート家の荷馬車に金属製のタンクがあります。それにこのワインを分けていただき、私の魔法で熟成を早めようかと思うのですが、いかがでしょうか」
子爵も気になっていたのか、すぐに了承する。
「それはよい! こちらから頼もうと思っていたのだ! 二十本分と言わず、一樽でも構わんぞ。もちろん、贈る分とは別でだ」
俺はその言葉に苦笑しながら断った。
「さすがに一樽分を入れるだけのタンクは持ってきていませんし、ボトルも足りません」
実を言うとボトルもあるし、沈殿に使うステンレスタンクも充分な数がある。ただ、それだけのものをどこに持っていたのかということになるため、荷馬車にあってもおかしくない量を伝えたのだ。
「厨房をお借りすることになりますが、明日中に分けていただければ、四日後には結論が出ると思います」
「明日の朝一番で騎士に取りに来させる。明日の昼には渡せるだろう。無論、厨房も好きに使ってくれていい。折角なので領内で作ったボトルでも試してもらいたいのだが、どうだろうか?」
子爵はシーウェルで作ったボトルで長期熟成が可能か確認したいようだ。
「もちろん問題ありません。コルクもこちらの魔術師が作った物を使いましょうか? その方が比較しやすいと思いますが」
「うむ。それで頼む」
ボトルの栓であるコルクだが、これは通常の木材から木属性魔法で改質して作っているものだ。本物のコルクも探したのだが、今のところ見つかっておらず、苦肉の策で使っている。俺の魔法で確認した限りでは、二十年相当の熟成にも耐えられるため、充分に実用的なものだ。
最終的にシーウェル領で作ったボトルとコルクで二十本分を作ることにした。
新品種のブドウが見つかりました。
この後どうなるのか、私が一番気になります。(ストーリーが進まないので……)
獣人の話は本編側の第一章で少しだけ出ています。
本編で最初に出た街モルトンの傭兵ギルド専属指導員が、ルークス出身者のシャビィでした。覚えている人は少ないだろうな……
雌虎という名のシーウェルブランデーは、一昨年の5月に書いた短編「Bar ロックハート 「幻の発泡ワイン」」https://ncode.syosetu.com/n6517dh/ で少しだけ出てきたものです。
ようやくこってでも出せた(笑)。




