第十九話「宴会の行方」
後半は三人称です。
一月二十四日の午後三時過ぎ。
エザリントン市街の散策を終え、城に戻ってきた。
公爵令嬢たちとよい関係に見せる策も上手くいき、満足できるものだったが、何かと気を使うことが多く、気疲れが激しい。
(帝都にいけばもっと面倒なことが起きるんだろうな……家族やドワーフたちと飲んで騒げるのはいつのことなんだろう……)
部屋に戻り、椅子に座ってぐったりとしていると、リディが「お疲れ様」と言って労ってくれる。
「本当に疲れたよ。後は夕方の訓練と晩餐だけだから、それほどでもないだろう」
そんなことを話していると、公爵家のメイドが「シーウェル侯爵様がお見えになられました」と伝えてきた。
侯爵家の当主の訪問ということで慌てていると、「疲れているところ、すまんな」と言ってシーウェル侯が姿を現す。
「今宵の晩餐のことで相談があるのだが」
晩餐の話と聞き、ラドフォード子爵の代わりに料理のチェックでもするのかと思ったら驚くべき話を始めた。
「今宵の晩餐は鍛冶師ギルドで行いたいのだが、どうだろうか?」
その言葉に一瞬何の話か分からなくなる。
(晩餐っていうことはエザリントン公も行くってことだよな。どこかの国の王妃様ならあり得るが、帝国の公爵がドワーフの宴会に出席するなんてあり得ないだろう……)
以前、ラズウェル辺境伯がウェルバーン支部のドワーフたちと野外で宴会を行ったが、あれは命の恩人に対する礼であり、異例中の異例だ。今回は現皇帝の従弟、そして帝国の元老である公爵だ。警備のことを考えれば、突然の訪問は異常すぎる。
俺が困惑している間に、シーウェル侯は理由を説明していく。
「アレクシス殿の家臣が聞いてきたそうだが、“ドワーフの友”であるロックハート家と宴ができぬと鍛冶師たちが落胆していたそうではないか。この話を聞いてアレクシス殿が心を痛めているのだよ。しかし、マサイアス卿は既に約束したことを違えることはせぬだろう。ならばということで、ギルドの宴会に参加してはどうかという話になったのだ……」
ロックハート家は元々エザリントン市に二泊する予定だった。一泊目はエザリントン城を表敬訪問し、エザリントン公の代理に挨拶を行い、翌日鍛冶師ギルドで歓迎の宴に参加することになっていた。
それがエザリントン公本人がいたということで、急遽予定を変更した。次期宰相である公爵がいるのに、城の外で行われる宴会に参加するわけにはいかないからだ。
だからと言って、滞在を延ばして三日目に行けばいいだろうという話でもない。滞在している城の主が直々に歓待役を務めているのに、他の宴会に行くという行為はわざわざ帝都からやってきた公爵の顔を潰すことになりかねないためだ。
そのため、昨日のうちに使いを出して、宴会を断っている。もちろん、スコッチは渡し、帝都からの帰りに宴に参加するという条件であり、完全に断るというより延期を願い出た形だ。延期ということで、ドワーフたちも渋々ながらも了承してくれた。
しかし、エザリントン公がその話を聞き、何とかしようと考え、自分への気遣いということなら、自分がギルドに赴けばいいと考えたようだ。これならロックハート家はエザリントン公爵家の晩餐をキャンセルすることなく、ギルドの宴会に参加できる。
「……しかしだ。ドワーフたちがアレクシス殿の参加を認めてくれるか分からないのだ。君の口添えがあれば問題ないと思うのだが……」
今までほとんど接点がなかったエザリントン公と、鍛冶師ギルドのドワーフたちの間に立ってほしいとの依頼だった。
「私は構いませんが、公爵閣下がそこまでしなくともよいのではありませんか。ドワーフの鍛冶師方はそのような細かいことを気にすることはありません。我々が帝都の帰りにここを通れば問題ないと思いますが」
実際、昼過ぎにギルドを訪問したが、最初こそ不満な表情を見せたものの、帰る頃には宴会が楽しみだと笑顔で送り出してくれている。
「確かにそうなのだが……鍛冶師ギルドに借りを作ったままというのはいささか不味い。特にロックハート絡みでドワーフと揉めたという噂が立つことは何としてでも避けねばならんのだ。君には迷惑な話かもしれんが、ここは一肌脱いでくれぬか」
シーウェル侯は俺の説明に納得せず、もう一度同じことを頼んできた。
鍛冶師ギルドは大きな力を持った組織だが、平民である鍛冶師の集まりに過ぎない。
支部長他、有力な親方を屋敷に招き、食事を共にするなら、まだあり得なくもないが、帝国の重鎮たる元老が自ら足を運ぶことは異常すぎる。
皇室に連なる公爵家にあるまじき行為であると、政敵から攻撃材料にされる危険すらあり得る。
「確かにこのままでは鍛冶師方はあまりいい印象を持たないと思いますが、私からケンプ支部長に伝えるだけでも充分かと。公爵閣下が下々の宴会に行ったということの方が問題になる気がします」
シーウェル侯は「うむ」と言って頷いた後、
「第四軍団長として鍛冶師との関係がこじれていると思われることは、政治的にも不味いのだ。ルークスと同じ状況と見られる恐れがあり、外聞が悪すぎる」
確かにそうだが、苦しい言い訳に聞こえた。
(この機に鍛冶師ギルドと良好な関係にあるとアピールしたいんだろうな。俺としてはドワーフたちを政治に利用したくはないんだが……)
ロックハート家を厚遇し、鍛冶師ギルドとの関係が良くなったことをアピールすれば、俺たちが中立派に入ったように見せることができる。そんな思惑なのかもしれないと思い始めた。
「どうだ。一肌脱いでくれんか」
世話になっているシーウェル侯の頼みとはいえ、ドワーフたちを政治に利用したくない。少なくとも何らかの制限を掛けなければ、聞くことはできない。
「鍛冶師ギルドを政治的に利用することは彼らとの友誼からできません。ですので、エザリントン公爵閣下は公式には訪問されず、完全なお忍びとしていただき、その後もこの件に関しては一切口外されないということであれば、ギルドに掛け合うことは可能です。無論、父マサイアスが認めればという条件が付きますが」
公式の訪問でなくとも噂は流れるかもしれないが、俺がギルドに口止めすれば、公爵が訪問したという話は大きな噂になることはないだろう。
もちろん、公爵が自ら広めれば別だが、彼がドワーフを政治利用するつもりなら、それは俺との決別を意味する。
俺はそのことをあえて言及しなかった。
エザリントン公自身に自らの行動を決めさせることにより、彼が敵に回るか、それとも本気でロックハート家と友好関係を築きたいのか見極めるつもりだ。
「よろしい。では、マサイアス卿に確認してくれぬか。私もアレクシス殿に伝えてくる」
「分かりました。では、すぐにでも」と言って父のもとに向かった。
父の部屋に入ると、手短にシーウェル侯との話を伝える。
話を聞くうちに父の眉間に皺が寄っていく。
「……つまりだ。公爵閣下がお忍びで鍛冶師たちの宴会に参加するということか。そこまでしなくてもよいのではないか。私が受けた印象では鍛冶師たちは帰りでもよいと言ったが」
父の疑問に俺が考えた推論を話していく。父は俺の話を聞き、更に疑問を持った。
「……つまりだ。公爵閣下はギルドとの関係が良好であると示したいと。しかし、お前の言った条件を飲めば、それは叶わんのではないか?」
「いいえ。今回のことが外に漏れなくても、これをきっかけに鍛冶師ギルドとの関係をよくしようとされるでしょう」
「それではお前の考えと合わぬのではないか? 閣下がギルドを政治的に利用することになるが……」
そう言って首を傾げる。
「今回の話はロックハート家が仲立ちになっていますから、鍛冶師方も無条件で受け入れるでしょう。ですが、その後は自らの行動をもって、鍛冶師方に認められなければならないのです。政治的な意図は分からずとも、自分たちを利用しようとしている人物をドワーフたちが認めるとは思えません」
父は「なるほど。確かにそうかもしれん」と頷き、
「先のことは彼ら自身に見極めさせるということだな」
俺が大きく頷くと、父は「お前に任せる」と言って了承した。
そのまま西地区にある鍛冶師ギルド支部に向かうが、夕方の訓練までには時間があまりない。そのためエザリントンの街を全力で走っていく。
人通りが増える時間には少し早かったのか、思いの外、走りやすい。しかし、黒ずくめの若い男が物凄い勢いで走っていくため、街の人々は怪訝な顔をしていた。
大した距離はないため、十五分ほどで支部に到着する。受付に顔を出すと、すぐに支部長室に通された。
驚いているイヴァン・ケンプ支部長に事情を話していく。
「……というわけで、俺たちの他にも公爵閣下がお忍びで来られるんだ。そのことは黙っていておいてほしいんだ」
「つまりじゃ、ロックハート家と酒を酌み交わせるということじゃな。まあ、おまけで公爵が来るが、そのことは黙っていろと。お前がそう言うのなら儂らに否はない」
そう言って即座に了承した。
元老であり、この街の支配者であるエザリントン公を“おまけ”と言ったことに思わず苦笑が浮かぶ。
用件が済んだので「じゃあ、俺は戻る」と言って部屋を出ようとした。
「あ、いや……」と、まだ何か言いたそうにしている。
「何かあるのか」と聞くと、「ああ」といった後、中々切り出さない。
「ザックコレクションのことなんじゃが……」と言い始めたところで何を言いたいのかすぐに理解できた。
「もちろん、ザックコレクションは持ってくる」
「オオ!」と声を上げ、「ついに飲めるんじゃ!」と両手を天に突き出すようにして歓喜を表した。
一分ほど喜びを露わにした後、「ところで何人分あるんじゃ?」と確認してきた。
「大した量はないんだ。二十リットルほどだな」
イヴァンはその量を聞き、考え込む。
「五十人じゃと何リットルになるんじゃ? 一リットルはないということは分かるんじゃが……」
ぶつぶつと呟きながら、どのくらい飲めるのか計算している。この世界の人々は計算が苦手で、特に割り算ができる者は経理関係者など日常的に使う者しかいない。
「五十人だとしたら四百cc、ジョッキに半分強といったところだ。まあ、俺が用意するグラスなら五、六杯は飲めるよ」
イヴァンもザックコレクションの飲み方を知っているのか、すぐに納得する。
「午後六時過ぎには来るつもりだ。うちの連中は全員来るつもりだから、場所を空けておいてくれ」
俺がそう言うと、彼はすぐに職員を呼び出し、「ロックハートと宴会じゃ! すぐに準備を頼む」と指示を出す。
俺は夕方の訓練があるからと言って、支部を出ていくが、背後では職員たちの慌ただしい足音が響いていた。
■■■
クレメント・シーウェル侯爵はザカライアスとの話し合いを終えると、その足でアレクシス・エザリントン公爵の執務室に向かった。
執務室ではエザリントン公と腹心であるアドルフ・レドナップ伯爵が待ち構えていた。
「首尾はどうかな、クレメント殿」とエザリントン公が待ちきれないとでもいうように切り出す。
その様子にシーウェル侯は僅かに苦笑いを浮かべるが、すぐにザカライアスとの会話の概略を説明し、彼が付けた条件を伝える。
「……ザカライアスが付けた条件はアレクシス殿が今回のことを内密にするという一点のみです」
エザリントン公は腕を組み、唸るように息を吐き出した。
「恐ろしい男だな。ますますあの者を我が陣営に加えたくなった」と呟く。
「どういうことですかな」とレドナップ伯が問うと、エザリントン公は苦笑しながら自分の考えを話し始めた。
「あの者は私を試そうとしているのだよ」
「試そうとしているのですか?」と思わず聞き返す。
「ああ、私が鍛冶師たちを政治的に利用せぬか確認することで、自分たちを利用しようとしているのか、それとも本気で帝国のために力を貸してほしいと言っているのかを見極めようとしているのだ」
その言葉にシーウェル侯も大きく頷いた。
「なるほど。彼は何度もアレクシス殿の真意を聞きだそうとしていました。それもその一環なのでしょうな」
「そういうことだよ。私が鍛冶師ギルドの宴会に参加したと噂が広まれば、ロックハート家が間を取り持ったことは容易に想像が付く。そうなればロックハート家は宰相派に与したと認識されるだろう。彼に釘を刺されなかったら、私は間違いなくこの話を広めた。鍛冶師ギルドの支援を受けたと宣伝できるからな。それを未然に防いだのだよ、あの者は」
「では、どうされるおつもりですか」とレドナップ伯が尋ねる。
「どうするもないさ。一時の利益に目が眩み、このことを広めれば間違いなくロックハート家は、いや、ザカライアスは敵に回る。敵に回らずとも二度と彼の力を借りることはできなくなる。あの者はそれが分かった上で、この条件をつけてきたのだ。私としては口を噤まざるを得んよ」
その言葉にシーウェル侯が意見を述べる。
「そうとも限りませんぞ。あの者は我らに機会を与えてくれたのかもしれません」
「どういうことかな、クレメント殿?」
「これをきっかけに鍛冶師ギルドと良好な関係を築けばよいのです。きっかけになる宴会の件は口外できずとも、その後の話は別でしょう」
エザリントン公は「なるほど」と頷く。
「つまり、自らの力量でドワーフたちに認められろということですかな」とレドナップ伯が確認する。
「その通り。惜しむらくはイグネイシャスがおらぬことです。彼はドレクスラー匠合長から直々に“飲み仲間”と呼ばれております。ここにおれば我らがどうすればよいか、的確な意見が聞けたものを……残念です」
それに対し、エザリントン公は首を横に振る。
「それは違う気がするな。もし、イグネイシャスがいたなら、ザカライアスは別の条件を出してきたはずだ。つまり、これは私に出された課題ということだよ。助言者がいない中、どう考えるのかを見極めるためのな」
シーウェル侯とレドナップ伯は納得したかのように大きく頷く。
「では、具体的にどうするのか、特に今からの行動について話し合わねばなりません。時間は二時間ほどしか残されておりませんからな」
シーウェル侯が促すと、レドナップ伯が意見を述べる。
「差し入れを行ってはいかがか。パストン商会ならば鍛冶師ギルドと取引があります。あの者なら、ザカライアスを唸らせるものはともかく、ドワーフたちが喜びそうなものは知っておりましょう」
「うむ」と言って頷き、「アドルフ、すぐに手配を」とレドナップ伯に命じた。
レドナップ伯が席を外すと、公爵は真剣な表情で考え始めた。そして、何か思いついたのか、やや興奮気味に話し始める。
「イグネイシャスの話で思いついた。ザカライアスはファーフリーで旬の地の物で料理を作らせたと聞く。ならば、この地の食材を使った料理を差し入れればよい。ただ、それが何かは私には分からんが」
「では、料理長を呼びましょう。こういうことは専門家に任せるのが一番です。料理長が頭を抱えるかもしれませんが」
シーウェル侯の意見ですぐに料理長が呼び出され、公爵たちから難題を突きつけられる。
「今からでしょうか! ドワーフが数十人ですと、人間では二、三百人分の量が必要になります。それを僅か二時間で……」
「済まぬが、我がエザリントン家の命運が掛かっておる。簡単なものでよい。だが、エザリントンらしい素材で考えるのだ」
シーウェル侯の予言通り、料理長は頭を抱えるが、エザリントン公本人から公爵家の命運が掛かっていると言われ腹を括る。
「ラドフォード子爵様よりいくつかレシピを頂いております。それを参考に考えてみます」
エザリントン公は「うむ。頼んだぞ。だが、この件は内密で頼む」と言って料理長の手を取った。
料理長は厨房に戻ると、料理人たちを集め、指示を出していく。
「今日の晩餐は中止だ! しかし、別の話が急遽入った! 今から言う通りに下拵えを行ってくれ!」
彼は自らも包丁をふるい、調理を始めた。
結局宴会をすることに……いつものことか(笑)。




