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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第一章「少年時代:ラスモア村編」

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第二十九話「春の日々」

 四月になり、ラスモア村を覆っていた雪もすっかり溶け、春らしい黄緑色の色彩が帰っていた。

 風はやや冷たいものの、日差しには温かみを感じられるようになっている。

 村の農地では冬蒔きの麦が伸び始め、畑には緑色の絨毯が敷かれている。


 俺の生活はあまり変わらず、剣術と魔法の訓練と遊び、そして、改革プランの立案と検証で埋められている。


 春にやろうと決めていたのは、養蜂とメープルシロップ作りだ。


 養蜂の方は木工職人のクレイグに頼んで、巣箱と巣板を作ってもらってある。

 以前、中国地方にある大手の養蜂場に巣箱の滅菌についての営業をしたことがあり、巣箱の構造だけは知っていた。

 だが、蜂をどうやって巣箱に入れるのかまでは、さすがに調べていなかった。運任せだが、蜂が活動を開始する三月半ばから森近くに巣箱を放置して勝手に入ってくれるのを待っている。


 メープルシロップについては、屋敷の東側に楓の木が結構生えていたので、鍛冶師のベルトラムに太さ一cmくらいの金属の管を作ってもらい、酒を入れるために作った陶器のボトルに樹液を回収している。

 こちらも三月後半から始めたのだが、取れる樹液の量が少なく、ようやく煮詰める段階に達したところだ。

 何で見たのかは覚えていないが、シロップにするには二十倍か三十倍に濃縮する必要があるはずなので、二、三リットルくらいになったところで、鍋に入れて火に掛けていく。


 今回は甘いものが大好きなウォルトの娘、トリシアに手伝ってもらっている。おっちょこちょいの彼女に手伝ってもらうことに一抹の不安を覚えるが、一番乗ってきそうなので彼女を指名したのだ。


「とにかく焦がさないように、かき混ぜながら煮詰めて欲しい。この鍋の下のほうに溜まるくらいまで煮詰める必要があるから」


 トリシアは最初半信半疑だったが、煮詰まるにつれ、メープルシロップの甘い香りに魅了され、いつもの、のほほんとした顔から、真剣な顔つきに変わっている。

 毎日、時間を見つけて煮詰めていくこと三日間。

 トリシアが、「多分出来ていると思うのですが」と自信無さげに伝えてきた。

 俺が鍋を覗き込むと、鍋底には二百ccほどのあめ色の液体が見えた。


 スプーンで掬って味を見る。

 ややとろみが足りないような気がするが、口の中にはメープルシロップ特有の甘い味と香りが広がっていた。

 俺は「ご苦労様」と彼女を労ってから、


「出来ているよ。もう少し煮詰めてもいいかもしれないけど、これでも使えそうだし、こんなところだろう」


 彼女はホッとしたような、満足そうな顔で頷いている。


「樹液はまだ取れているから、またお願いするよ」


 彼女が頷くのを見てから、「そうそう、今回の分はトリシアが好きに使ってくれていいから」と付け加える。

 俺の一言で彼女の顔がパッと明るくなる。


「ありがとうございます! また、頑張って作りますね」


 そして、出来たシロップを大事そうに抱え、スキップしそうな足取りで奥に戻っていった。


(甘いものに飢えているからな、この村は。現金収入が安定したら、砂糖を買おうかな)



 四月も半ばを過ぎ、村は春一色といった感じで色付いている。

 牧草地や道の脇にはシロツメクサ(クローバー)や名前を知らない黄色い花、スミレのような青い花などが咲き乱れ、見ている俺の気分も明るくなる。


 妊娠中の母の状況だが、特に体調を崩すことなく順調なようだ。

 メイドのモリーやニコラスの妻のケイトから聞いた情報なので、知識も経験も全く無い俺には本当にそうなのか良く分からない。ただ、この屋敷の中で一番経験がなく、母の状態に一喜一憂しているのも俺なので、もし順調でなくとも俺を心配させないため、誤魔化している可能性は否定できない。


 まあ、俺が見た感じでも元気そうだし、さすがに三人目なので本当に大丈夫なのだろう。

 ほぼ同じ時期に出産を予定しているシャロンの母クレアと、メルの母ポリーも順調なようで、祖父の言葉ではないが、夏には赤ん坊の泣き声で賑やかになりそうな気がする。


 赤ん坊が生まれた際の懸念である衛生管理については、少なくともロックハート家と従士の家では石鹸の使用が当たり前になり、かなり清潔な環境になっている。

 手洗いが増えたため、水の消費量が増えており、井戸にポンプが設置できないこの屋敷では、水を汲み上げるウォルトの負担が大きくなっていると思う。まあ、彼を見る限り、ほとんど負担を感じさせないが。


 それでも何とかして省力化が図れないか検討はしている。候補としては風車による動力化なのだが、いい方法がなかなか思いつかない。


 石鹸については、村の方でも使用が開始され、既に四ヶ月以上経っている。

 ニコラスがどのような説明をしたのかは分からないが、村人たちは言われたとおり石鹸を使っているようだ。

 特に子供の衛生管理については、リディが巡回授業の時に確認しており、昔のような不潔な子供はかなり減っているとのことだった。



 俺の訓練状況だが、剣術のレベル上昇が遅いことが気になる。メルとの差は変わらないので、レベルが上がると上昇速度が落ちるのかもしれないが、一月にレベル四になってから、訓練時間を増やしているにも関わらず、四ヶ月で一しかレベルが上がっていない。

 そのことを祖父に言うと、「一日二、三時間程度の訓練でそこまで上がれば充分じゃ」と言われてしまった。


「焦る気持ちが分からんでもないが、その歳でレベル五は異常じゃ。お前を含め、メルもダンもレベルが上がるのが異常に早い」


 兄のロッドがレベル五に上がったのは、訓練を開始してから二年後。ちなみに九歳になった兄の現在のレベルは十だそうだ。普通は真面目に訓練している子供でも、十歳でレベル五くらいだから、これでも充分に早いとのことだった。

 納得はいかないものの、焦っても仕方がないと諦めている。


 魔法については順調だ。

 風属性がレベル六、光、木、水属性がレベル五になっている。


 特に嬉しかったのが、治癒魔法を使えるようになったことだった。

 治癒魔法は、光、木、水の三属性と相性が良く、骨折や切り傷などの外傷系が木属性、毒や病気、内臓の損傷などが水属性、光属性はどちらでもといった感じだ。

 リディから呪文を習い、基本を学んだあと、自分の手に傷を付けて魔法を使う。

 痛みを堪えながら、木属性の呪文を唱える。


「森の作りし偉大なる木の神(アルボル)よ。生命を育む精霊の力により、我に付きし傷を癒したまえ。我が命の力を代償に捧げん。治癒の力(ヒール)


 そして、細胞が活性化するイメージを精霊に伝えていく。


 僅かに流れる血が止まり、傷はみるみる塞がっていく。その様子は微速度撮影のようで少し不気味な感じがするほどだ。

 自然治癒力を高めたイメージだから、外傷系は割りと簡単だった。


 一発で魔法を成功させても、リディは驚かなくなった。

 今回など、「それにしてもきれいに治っているわね。どうやってやるの」と逆に聞いてくるくらいだ。


 簡単な傷の治療はできたが、他の治癒魔法については試すわけにいかないので、イメージを固めようと思っている。

 毒の浄化は血液の濾過をイメージ。少し違うかもしれないが、透析に使う人工腎臓(ダイアライザー)をイメージすれば出来そうな気がしている。

 問題は内臓系の損傷だろう。傷を塞ぐだけではすまないだろうし、外科医でもない俺にはイメージしにくい。

 今考えているのは、水と木の複合魔法が一番イメージに合うだろうということだ。水で浄化しながら、木で再生していく。そんなイメージならそれほど違和感はないはずだと思っている。


 今回治癒魔法を覚えたことで、自力で治療できると少し気が楽になっている。

 俺たち四人はよくケガをする。遊び自体も訓練を兼ねているので、木や平均台から落ちたり、ロープで擦り傷を作ったりとケガをしないときの方が少ないくらいだ。


 そして、ケガをする度にリディに治してもらうのだが、彼女は最近、巡回授業で忙しく、屋敷にいないことが多い。擦り傷くらいなら我慢するのだが、骨折していそうなケガの場合は、誰かに呼びに行ってもらっていた。

 俺たち、特に俺がケガをすると、リディは真っ青な顔をして駆けつけてくる。その度に悪いなと思っていた。


 治癒魔法を覚えてから、光と木と水の三属性の上がりが早くなった。不思議なことに俺の治癒魔法は消費魔力が少ない。

 リディに言わせると、治癒魔法の方が他の魔法、攻撃魔法などに比べて魔力消費量が多いそうだ。

 俺の場合、擦り傷程度ならほとんどMPを消費していない。恐らく、人体の構造の基本を知っているから、イメージを明確にできるからだろうと思っているが、本当のところは分かっていない。



 五月に入ると寒さは感じなくなり、日射が強い日などは暑さを感じるようになる。

 この世界に転生してよかったと思うことの一つに、花粉症で苦しむことがなくなったというものがある。

 この辺りに昔苦しんでいた杉やヒノキはないが、花粉症の原因となる白樺やイネ科の植物は多く生えている。


 ヨーロッパでは四月頃から花粉症を発症するというのを聞いたことがあるが、去年も今年も全くその兆候がない。ただ単に、まだ幼いというだけかもしれないが、春のこの季節になると毎日マスクをしていた俺にとっては天国のような感じだ。


 そして、養蜂の方も巣箱の一つに蜂が出入りしているそうだ。

 どのくらいの期間を置けばいいのか分からないが、ガイに頼んで森で蜂蜜取りをしていた男を紹介してもらい、養蜂担当に任命した。

 ニコラスを通じて、いろいろ情報は与えているが、これは完全にトライ・アンド・エラーでいくしかない。



 さて、俺が最初に手掛けた改革はトイレの改革だった。

 堆肥作りを始めてすぐに、人間の排泄物ではうまくいかないことに気付いた。

 どうも水分の多いことが悪さしているようなのだが、設備で対応する方法が思い付かない。そこでこの館ヶ丘にたくさんある馬、牛の糞と混ぜ合わせることを思い付いたのだ。


 実を言うと、草食動物の排泄物は簡単に堆肥にできると思っていた。だが、これも成功するまで結構手間が掛かった。

 最初は森の腐葉土と混ぜ込んでおけばいいと思ったのだが、どうもうまく行かない。ミミズも馬糞の中には入っていかず、結局、試行錯誤を繰り返すことになった。人の排泄物と同じで水分量が問題だろうと当たりをつけ、麦藁などを混ぜ込んでみた。


 そうすると、発酵が始まったのか温度が上がり始める。だが、それも何日か経つと止まってしまった。そこでもう一度考え直してみた。

 発酵が始まるのは微生物がいるからだ。微生物が生きるためには、栄養分と酸素が必要だろう。ならば、掘り返すことによって空気を適度にいれてやればいいのではないか。俺はそう考え、数日おきに掘り返すよう指示を出した。

 すると、二ヶ月ほどで堆肥が完成したのだ。


 そこで、本命である人の排泄物を混ぜ合わせる方法を試してみたのだ。

 館ヶ丘には常に馬が十頭くらい、牛が五、六頭いる。それに対し、人間はロックハート家五人、従士とその家族が十五人、リディを含めても二十一人。馬や牛の排泄量は人の五十から百倍程度だから、人の排せつ物の割合は重量的には数パーセントだ。


 但し、放牧している馬や牛の糞はそのまま牧場に残されているため、計算通りにはいかない。それでも、厩舎や牛舎のものを集めればかなりの量になる。

 それに人の排泄物を混ぜ合わせ、家畜の糞で成功した方法を試してみた。

 少量混ぜる分には成功するのだが、実験のため人の排泄物を多く混ぜていくと、途端にうまくいかなくなる。館ヶ丘の人と家畜の比率程度なら問題ないが、比率が高くなるとかなり難しい。

 つまり、村全体に導入する場合、馬や牛の数が少な過ぎるため、導入できない可能性があると言うことだ。


 村には約百頭の牛と約二十頭の馬がいる。更に二百頭ほどの豚がいるが、豚の糞では試していない。豚の糞でも同じように出来れば、堆肥化は可能だが、試してみないと分からない。

 これについては、村の農民が本格的に始めてから、考えていけばいいと思っている。


 そして、一番の問題は冬場の堆肥作りだった。

 ここラスモア村の冬場は非常に寒い。十二月の半ばから二月一杯は雪が降る日が多く、体感だが最高気温が零度近い日が続くこともある。

 微生物の働きにより排泄物が分解するなら、微生物が活動しやすい温度があるはずだ。普通に考えれば温度が高い方がいい。つまり、温度を下げない工夫が必要になるということだ。


 そこで放熱面積を小さくするため堆肥の山を大きくしたり、麦藁の束を保温材代わりに置いたりして温度低下を防ぐ工夫をしてみた。

 それでも、冬場の低温期には発酵が遅いため、夏場より期間が掛かる。

 いろいろ試行錯誤した結果、十二月からの作り始めた分は四ヶ月ほど経った四月に、ようやく堆肥化に成功した。


 堆肥化については問題点が二つある。

 一つは思った以上に手間が掛かることだ。

 俺の知識不足が原因なのだが、排泄物に微生物を放り込んでおけば勝手に堆肥になると考えていた。だが、発酵という手段を使う以上、微生物の“世話”が必要になる。特に数日おきに数百kgの堆肥の山を掘り返していく作業はかなり重労働だ。


 二つ目は人の排泄物の処理方法だ。

 元々衛生管理のために始めたものだ。それをうまく利用しようと堆肥化を考えた。試行錯誤の末、馬糞と牛糞ではうまくいったが、村にいる馬と牛の数では村人全体の排泄物の処理には至らない。豚の糞でうまくいけばいいのだが、これについては検証が済んでいない。もし、うまくいかず、処理が追いつかない場合は、直接森に廃棄する方法を取ろうと考えている。幸い、森は広く落ち葉なども多い。薄く撒くような感じで廃棄すればそれほど影響はないと考えている。だが、この方法だと負けたような気がするので、別の方法を考えるかもしれない。


 トイレの改革については何とか目途が立った。

 このプランについては反省点が多いが、一番の反省点は目的と手段を混同してしまったことだ。

 本来の目的は、排泄物を放置することによる衛生上の問題を解決することだった。そのためにトイレを普及させるという目標を立て、目標を達成させる手段として、ユーザーである村人のやる気(インセンティブ)を上げるため、農業生産に利用できる堆肥作りを始めた。


 最初のうちは、簡単にできるだろうという甘い見通しがあったことが原因だが、徐々に堆肥を作ることに注力していった。確かに堆肥が出来れば農作物の生産量を増やすことができるが、目的である衛生管理を考えるなら、堆肥化に拘泥する必要はなかったのだ。


 衛生面だけを考えるなら、村に排水路を整備し、川に流すという方法もあった。下流の人には悪いが、村の人口と川の規模を考えれば、それほど大きな汚染になるとは思えない。実際、村を出て行くブラック川の下流に人は住んでおらず、その先のファータス河は大河なので、まず影響は出ない。


 個人の好みから言えば、処理されていない排泄物を垂れ流す方法は取りたくないが、現実問題として影響が少ないなら、そんな方法もあったはずだ。

 近代以前では処理した水を川に流すほうが少なかったはずだし、良い悪いは別として“川下三尺”という言葉があったくらいだ。


 他にも乾燥させて処分する方法などを検討しても良かった。

 堆肥化に拘り過ぎた結果がトイレの導入の遅延だ。今のところ赤痢などの伝染病が発生していないから良いようなものの、不潔さが原因の病気が発生していたら悔やんでも悔やみきれない。


 今回の成果を父に報告した。父は堆肥の効果を確認した後、村に導入することを許可してくれた。

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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
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[良い点] 汚染野菜にならなくてよかった
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