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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第五章「教導者時代:帝国編」

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第七話「ファーフリー子爵領」

 一月十一日。


 空は晴れ渡り、昨日までの寒さも僅かに緩んでいる。

 昨夜は全滅した商隊を見つけたことにより、ロックハート家は重苦しい空気に包まれていた。しかし、朝には危険なファネル峠を越えられるということでいつも通りの明るさを取り戻していた。


 宿場の人の予想通り、朝から天候は回復し、澄み切った青空が広がっている。風は冷たいままだが、俺たちの心は昨日までより軽く、正午頃にファネル峠の頂上に到着する。


 峠から帝国側を見下ろすと、眼下には深い森が広がっていた。そして、その先には帝国東部域の特徴的な丘陵地帯が見える。


「帝国側にはあんまり雪がないんですね」とメルが話しかけてきた。


「そうだな。これだけ急な峠だと次の町の辺りは数百(メルト)くらい低そうだ。そこから先もずっと下っているから、カウムより温暖なんだろうな」


 彼女の言う通り、峠の頂上付近こそ雪に覆われているものの、眼下の森は針葉樹の濃い緑色で、更にその先の丘陵地帯ははっきりとは見えないものの、土色と薄い緑色が点在している感じがする。


 ファネル峠の標高だが、測量技術が発達していないため、正確な数字は分かっていない。カウム王国側からは五百メートルくらい登っているが、眼下に広がる帝国側はその三倍はあるように感じるから、少なくとも千五百メートル、もしかしたら二千メートルくらいあってもおかしくないと思っている。


「ここから先は勾配がきつい。雪は少ないとはいえ、凍結しているところがないとも限らん。今まで以上に慎重にいくぞ」


 父の言う通り、ここから先は九十九つづら折れのように街道が蛇行しているが、ところどころ急勾配の場所が見える。

 それでも最も厳しいファネル峠を越えたことで、父を始め、全員の表情には余裕が窺えた。


 危険な峠を無事に通過した後、峠の中腹にある宿場に一泊し、翌一月十二日の午後三時頃、ファーフリー子爵領の中心都市ファーフリーに到着した。


 ファーフリーの街は帝国の標準的な城塞都市で人口は三千人ほど。峻厳なファネル峠を仰ぎ見る土地だが、雪も山の頂に見える他はなく、峠を越えてきた身としては寒さをさほど感じなかった。



 城門には多くの荷馬車が並んでいたが、皇帝の勅使一行ということで、最優先で城門を通過する。

 街に入ると帝国の国旗である翼を広げた金色の鷲の旗に気づいた市民たちが、「皇帝陛下万歳!」と言って歓迎してくれる。嫌そうな感じはないから、皇室への忠誠心があるのだろう。

 さすがにロックハート家の紋章を見ても「ジーク・スコッチ!」という声は掛からなかったが、「あれがロックハート家か」という声が聞こえており、ある程度知られているようだ。


 夕方に近い時間であるにもかかわらず、街の中は活気に溢れており、多くの荷馬車が大通りを行きかっていた。

 ファーフリーは東方街道の宿場町としてだけでなく、商業都市としても栄えている。

 これは難所であるファネル峠の帝国側にある最後の都市であるため、ここでカウム王国の商人と取引をする者が多いためだ。


 ラドフォード子爵に話を聞くと、アウレラ街道が使えない現在、カウム王国だけでなく、ペリクリトルやドクトゥスへの輸送ルートの重要な中継点となっていることから、いつもより商人が多いらしい。


 ちなみに東方街道は帝国側ではエザリントンからアルスを結ぶ街道の名だが、カウム王国の人々はアルスからファーフリーまでも南アルス街道と呼んでいる。



 城門をくぐり、領主であるファーフリー子爵の屋敷を目指す。

 今回は皇帝の勅使に随行するということで、帝国領内では領主の館に宿泊することが基本となる。もちろん、小さな宿場町では宿に泊まることになるが、その場合も勅使一行ということで最上級の宿を優先的に利用できる。


 ファーフリー子爵の屋敷は街の中心からやや北寄りにあり、門から二十分ほどで到着した。

 城塞都市らしい質実剛健な造りで、裏には騎士団の建物があるのか、馬のいななきと訓練中の兵士の声が聞こえている。


 屋敷に入ると、きれいに整えられたカイゼル髭が印象的な貴族らしい煌びやかな服を着た男性が出迎える。


「この時期の峠越えは大変でしたでしょう、ラドフォード殿」


 年齢的には父と同年代で、細身の体形と金色の髪を後ろでくくった姿は怜悧な文官に見えるのだが、ラドフォード子爵に話しかける口調はその見た目とは異なり、陽気さを感じさせる。

 子爵への挨拶が終わると、父と母の前に立ち、左脚を引いて軽く礼をする。


「ロックハート卿と奥方でよろしいですかな。私はサイモン・ファーフリーと申します。長旅でお疲れでしょう。今宵は我が舘を自分の屋敷と思い、寛いでいただきたい」


 思った以上に腰が低い。確かに帝都に行けば同格の子爵になるが、現状では騎士爵に過ぎず、更に子爵に陞爵したとしても、家格的にはファーフリー子爵家の方が上だ。そのファーフリー子爵が父に同輩以上の敬意をもって接していることに違和感を覚えた。


 父と母が無難に挨拶を終え、更に兄夫婦と挨拶を交わしていた。


「ロドリック卿ですな。巨人殺しジャイアントスレイヤーの異名、我が耳にも入っておりますぞ」


 兄が挨拶を返すと、義姉ロザリーの右手を取り、膝を突いて貴婦人への礼をする。


「さすがは北部一の美女と名高いロザリンド殿ですな。お噂以上の美しさ、ロドリック卿が実に羨ましい」


 ロザリーはラズウェル辺境伯家でこういったことに慣れているのか、ごく自然な笑みを浮かべて優雅に礼を返す。


「ファーフリー子爵様にお会いできて、こちらこそ光栄ですわ……」


 最近では鎧を身に着け、剣を振り回しているイメージが強いが、こういう姿を見るとウェルバーンで“姫様”と呼ばれていただけのことはあると感心する。


 そして、俺たちの前に立ち、笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。


「ザカライアス卿とお見受けする。噂はかねがね聞いておりますぞ」


「ザカライアス・ロックハートです。良い噂ならよいのですが」


 彼の右手を取りながら、苦笑する。


「いやいや、よい話ばかりですぞ。魔術学院の首席にして剣の達人。ドワーフたちに“酒神の申し子”と呼ばれ、帝国一の美食家ラドフォード殿を唸らせる。更には美女を四人も娶られると。すべてよい話ばかりですな。ハハハ!」


 俺は苦笑するしかなかったが、この人物が思った以上に情報に通じていることに感心していた。


(帝都から見ればここも辺境に過ぎない。それなのにこれほどまでに情報に通じている。うちに関する情報だけなのか、情報全般に精通しているのか……後でイグネイシャス様に確認しておいた方がいいな……)


 俺がそんなことを考えていると、話が別の方向に進んでいた。


「……今宵の晩餐について、当家の料理長が貴殿に相談したいことがあると。お疲れのところ申し訳ないが、後ほど相手をしてやっていただけないか」


「構いませんが、どのような相談なのでしょうか?」


 何となく想像は付くが、一応聞いてみた。すると、子爵は苦笑いを浮かべる。


「いや、美食家として名高いラドフォード殿に加え、酒神の申し子であるザカライアス殿に料理と酒を出すということで、料理長が悩んでおるのです。先ほど、私のところに相談に来たのですが、こちらとしても相談されても困ってしまいましてな、ならば、ザカライアス殿に直接聞けばよかろうと、私が助言したのです」


 どうやら料理長がビビッてしまったらしい。


「私でよろしければ」と言って了承する。


 ファーフリー子爵との挨拶が終わり、客室に通される。

 最上級の部屋はラドフォード子爵に当てられたが、次男に過ぎない俺も想像以上に豪華な部屋に通され、驚きを隠せない。


「いい部屋ね。でも、私たちには立派過ぎる気がするのだけど」


 俺と同じ部屋には妻であるリディとベアトリスが一緒だが、スイートルームのような部屋に天蓋付きのベッド、専属のメイドという豪華さに、リディも俺と同じ感想を呟いていた。


「まあ、いいんじゃないか。あたしとしちゃ、でかいベッドの方がいいからね」


 ベアトリスも最近ではこういったことに慣れてきたのか、昔ほど気にしなくなっている。


 俺は料理長の相談を受けることから装備を外すが、ベアトリスとリディは装備を外さず、荷物を置いたらすぐに訓練に向かう。旅行中でも朝夕の訓練は欠かさないようにしているためだ。

 俺としては訓練に参加したいが、十分や二十分で話し合いが終わるとは思えなかったし、恐らく厨房に行くことになるだろうと装備を外したのだ。


 五分ほどすると、ノックの音が響く。

 すぐにメイドが「料理長が参りました。こちらでよろしかったでしょうか」と確認してきた。

 俺はそれに頷き、料理長らしき恰幅のいい四十歳くらい男性が頭を何度も下げながら入ってきた。


「料理長のシェパードと申します。お時間を頂けるとのことで、ありがとうございます」


 そう言って頭をもう一度深々と下げる。


「ザカライアス・ロックハートです。相談があると子爵閣下より伺ったのですが」


 シェパード料理長はすぐに大きく頷く。


「今宵の晩餐なのですが、御館様より何としてでもラドフォード子爵様とロックハート家の方々を満足させよと命じられまして……ラドフォード子爵様にご満足いただけるような料理など、私にはどうしてよいやら……そこで無理を承知でザカライアス様にお知恵をお借りに来た次第です」


 恰幅がいい料理長が背中を丸めるようにして何度も頭を下げる姿に、何とも言えない哀愁が漂っていた。


(ファーフリー子爵も無理を言うなぁ。どの程度の腕があるのかは分からないが、この田舎町の料理長にあのイグネイシャス様を満足させろとは……)


 悲哀を感じさせる料理長に心から同情する。


「私でよければ相談に乗りますが、ちなみに今日の料理はどのようなものをお考えですか」


「今日は帝都から取り寄せた食材を中心に献立を考えております。まずはケンドリューの生ハムと……」


 料理長は帝都や南部の交易都市エザリントンから早馬で取り寄せた食材を説明していった。


「……メインはエザリントンで入手しました、最高級の子豚の丸焼き。既に処理は終わっております」


 料理長の説明を聞きながら、これでは駄目だと考えていた。

 ここファーフリーからエザリントンまでは約四百キロ。帝都は更に遠く五百五十キロもある。子豚は生かしたまま運んだそうだが、他の食材は六日から十日ほど前に入手したものだ。


(この季節だからまだマシだが、野菜と生魚は無理があるだろう。魚は塩で絞めてあるそうだが……見てみないと分からないが、使えるのは生ハムと子豚くらいか……)


 俺の表情が険しくなっていたようで料理長が「何か問題でも」と聞いてきた。


「一度、食材を見せて頂けないでしょうか。それから、本日出す予定の酒も」


 俺はそう言いながら立ち上がった。

 料理長も慌てて立ち上がるが、俺の表情を見て不味いと思ったのか、額には玉のような汗が浮かび、顔が青ざめている。


 厨房に着くとそこには十人ほどのスタッフがおり、下拵えを行っていた。

 料理長と共に俺が入っていくと、誰だという顔で見ている。料理長は部下たちのことに気づかないのか、すぐに食材を指差していく。


「こちらがプリムス河で獲れたスズキです。このカリフラワーはエザリントンのものです……」


 見ていくと状態は思ったより悪くないものの、わざわざ使うほどでもない。


「地の野菜はありますか? ファネル河で獲れた魚もあればいいのですが」


 俺がそう言うと、料理長は小さく首を横に振る。


「野菜はカブなどの根菜類が少しとネギ、クレソンくらいしかございません。魚もラドフォード子爵様にお出しできるような物は。ここにあるような小さなイワナくらいしか……」


 俺はそれを見て何とかなると胸を撫で下ろす。


「生ハムと子豚以外は地の物でいきましょう。子豚のソースはこの辺りで採れた果実があればそれを使ってください」


 料理長は俺の意図が分からず、「他の食材も傷んでいるわけではないですが」と遠慮気味に伝えてきた。俺たちの到着予定に幅があったため、毎日送られてきているそうだが、品質が最高とは言い難い。


「確かに使えないわけではありません。ロックハート家だけであれば充分すぎると思います」


「ではなぜなのでしょう」と泣きそうな表情で聞いてくる。


「ラドフォード子爵様はシーウェルや帝都で更によい品質の物を食しておられるはずです。ならば、この地でなければ食べられない物を中心に料理した方がご満足いただけると思います……」


 料理長は最初納得し難いという表情だったが、帝都の方がよい品質の物があるという指摘に“しまった”という顔になる。そのことを完全に失念していたらしい。


 俺は常々思っていることがある。料理は可能な限り地の物や旬の物を使うべきだと。

 日本のように輸送技術が発達し、地元で食べるものと遜色ないのであれば、料理人の腕次第というところもある。

 それでも地元の食材を使わない料理人はあまり信用できないとも思っている。地元の物を使わないのであれば、東京で勝負すればいいし、地方で店を出しながら地元の食材を使わないということは、その土地に愛着がないということなのだ。

 そのような料理人の料理が美味いとは思えない。もちろん、これは俺の勝手な考えで、いろいろな事情があるのかもしれないが、今まで俺の考えを覆す料理人に会ったことはない。


 話を戻すと、陸上輸送の手段が馬しかないようなこの世界では、無理に珍しい食材を使うより、新鮮な地元の食材を使った方が絶対にいい。ラドフォード子爵のような美食家を相手にするなら尚更だ。

 仮に同じ食材でも地方の特色は必ず出る。だから、それで勝負した方がいい印象を持ってもらえるだろう。


「しかし、ラドフォード子爵様に味わっていただけるような食材がありません。ここにある物はまかない用の安い食材ばかりで……」


「イグネイシャス様は食材の値段を気にされる方ではありません。高級料理であろうが、労働者が食べるような安い料理であろうが、その味をもって判断されます。ですから、新鮮な地元の食材で皆さんが美味しいと思う物を作ってください」


 俺はあえて“イグネイシャス様”と言い、彼の代弁者であると印象付けた。こうすれば、納得し易いだろうと思ったからだ。

 その後、献立を組み直し、それに合わせた酒を選んでいく。


「最初に出す酒は近隣の新酒の白ワインを。少し荒い感じがしますから、この氷でよく冷やしてください。次に出す酒も……最後に出す物は私が後ほど持ってきます」


 そう言って厨房を後にした。


「やっぱり時間が掛かったわね」


 リディにそう言って笑われる。彼女たちは夕方の訓練を終え、汗まで流し終わっていたのだ。結局、二時間近く厨房にいたようだ。

 俺は慌てて浴室に向かった。

また、酒と料理の話になってしまった……

ここ最近、酒と料理のイベントが続いています。恐らくその影響ですので、こんな感じで時々、酒と料理の話が入ってくると思います。

酒と料理の話の間にメインストーリーが入ってくるわけではありませんので、あしからず。


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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
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